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黒竹
2022-05-30 21:41:20
4268文字
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明け六つに紫陽花冴えて
【ルカミク】
現パロ。黒い下着が似合わないミクさんと似合っちゃうルカさん。
まずミクが目を覚ます。覚醒までに至らないまどろみの中で、昨夜の甘い思い出を至近から薫る芳香で包装して、ゆったりと口にくわえる。吸い込んで、頬の内側をくぐらせてから、静かにくゆらせる。ふぅ、と吐くと鼻孔が小さくうごめく。
肺に甘いけむが充満する。蜜のようにとろりとして、綿菓子のようにひそやかなそれを、夢うつつに味わう。
夏の朝、空はほとんど明けている。カーテン越しに強い日差しが室内を明るく照らしている。まぶたを持ち上げようか、いやもう少しこのままでいよう、ミクは怠惰に寝そべったままけむをくゆらせ続けている。
下着が黒なことを思い出す。上下とも。冗談でプレゼントされて、冗談で身につけたそれ。え、うわ、なんか恥ずかしい。当人よりも仕掛けた方が照れて赤面する、その顔を思い出してくくっと笑った。
せっかくだからと受け取ったけれど、本当は淡いブルーとかグリーンとか、パステルカラーの方が好きだった。だってそのほうが可愛い。黒にはロマンがあると力説されてもいまいち理解できない、初音ミク十六歳。
次にルカが目を覚ます。右肩から先の感覚がない。もっと寒い時期なら抱きしめてしまうのでそれほど痺れたりしないが、夜でも蒸し暑いこの時期、二人の間には少々隙間が存在している。だらりと伸ばしたルカの右腕にミクが頭を乗せて、胸元に寄せた彼女の腕がルカに触れるギリギリの位置。そうすると痺れる。手の甲に洗濯バサミをつけられても何も感じない。以前ミクにやられて実証済みである。
ミクがくわえていた昨夜の残り香を反対側から含んで吸い込む。舌に甘露が広がる。ゆるゆる昇るけむが顔の前で揺れる。すん、と鼻を鳴らしてそれも吸い込む。
下着はお揃いの黒。ミクでは冗談にしかならないそれが冗談にならない程度に似合う。逆にそれがつまらないとルカ自身は思うが、それを言ったら自慢かーっと怒られた。ミクは怒りながら胸を揉んできた。親の仇かというほどに激しく。まったく気持よくなかった。実際、ただの妬みだったのだろう。ルカはミクの慎ましやかな胸の方が好きである。
そんなふうに似通ったところのない二人は、それでも仲良く寄り添いながら眠る。ミクはルカの痺れた右腕などおかまいなしで、ルカはミクの滑稽な下着姿を可愛いと思いながら。
二人の唇に昨夜の甘美がすべて吸い込まれて、ようやく、ルカがまぶたを上げる。痺れていない左手でミクの髪を撫で梳いてやると、うぅんムニャムニャ、ミクがわざとらしい寝ぼけ声を洩らす。
少女の寝たふりはもう少しくっついていたいの合図だ。首を上げてヘッドボードに置いてある目覚まし時計を見やる。なんだ、まだこんな時間じゃない。明るいからもっと遅いかと思っていた。
それならあと二時間くらいは寝かせてやろう。どうせ今日は日曜日だ。寝坊といったら休日の醍醐味ではないか。ルカは痺れた右腕をさらに痺れさせる決意を固める。
と思ったら、ヘッドボードから甲高い電子音が鳴り響いた。さすがにびっくりする。目覚ましなんてかけてたっけ? そう思ったが彼は沈黙を保っていた。デジタル表示の秒数だけが黙々とカウントアップしている。では音の源は、と探してみたら、二つ並んだ携帯電話のうち一つだった。同じ機種で、カバーを赤と青にして区別している。その赤い方が着信している。
「ミク、電話」
「
……
にゃあぁぁ」
不思議な唸り声を上げながらミクがのっそりルカの腕を這い上がって、けたたましく鳴り響いている電話を取り上げた。カップが余った黒い下着がルカの眼前へ迫る。
「もしもし。
……
もしもし? お母さん? もしもーし?」
しばらく経って、ミクは電話を切った。会話らしい会話はなかった。
パクパクする黒いカップを眺めていたルカは、視線を持ち主の顔に移す。
「なに?」
「うちの猫が電話してきた」
「
……
なに?」
「だから、リダイヤル。踏んづけて押しちゃうの。たまにあるんだよ」
怒るに怒れない、という表情でミク。朝の幸福なまどろみを邪魔されて気分を害したが、相手が猫では文句も言えない。言ったところで改善されないからだ。
右手を振って痺れを追い払いつつ、ルカは意地悪く微笑んだ。
「夜遊びばっかりしてるから、お母さんが心配してるって猫が知らせに来たんじゃないの」
「大丈夫だよ、うちのママわりと放任主義だから。ルカちゃん家に泊まるってちゃんと連絡してるし」
ミクは母親のことをお母さんと言ったりママと言ったりする。その中途半端な具合がルカには面白く映る。お母さんどころか「うちの母が」なんて言い回しをすることも増えたこの頃、ママなんて冗談でも呼べない。
「あー」無意味な声とともにミクが降ってきた。首筋にまとわりつかれてカプカプ噛まれる。甘咬みに色はない。
「眠気飛んじゃったよ。せっかくルカちゃんといちんちべったりしてようと思ってたのに」
「外に出なさいよ。いい天気なんだから」
「いい天気はこれから何度も来るよ」
「私もいつでもミクといるわよ」
「急に殺し文句言わないでくれるっ!?」
きゃー。ミクがふざけ声の悲鳴を上げるけれど、本当に照れていることは赤くなった耳で判る。じたばたする身体を両腕で抱きくるんでやったら途端に大人しくなった。
「早起きしたんだし、どっか行く?」
「んー
……
あ、CD買いに行きたい。まだ新譜買ってないんだよね」
ルカに絡みついたまま鼻歌をうたいだす。ところどころ歌詞の覚束ないそれは、ミクの好きなグループの新曲で、清涼飲料水のCMで使われているのでルカもサビだけ聴いたことがあった。
鼻歌を続けながらルカの髪に指先を差し入れて、一房巻きつける。何度か巻きつけてはほどくのを繰り返し、ワンコーラス終わったところで指先も止まった。それからじっとこちらを見つめてくる。顎を持ち上げると唇が降ってくる。触れるだけの爽やかなキスをして、今更のように「おはよう」とミクが言った。ルカも「おはよう」と返す。
「タワレコ?」
「かな」
「じゃ、クレープ屋さんも寄ってこ。ブルーベリーレアチーズ美味しいのよね」
「フルーツショコラキャラメルに生クリームをトッピング!」
「甘っ」
「女の子はお菓子でできています」
確かに彼女の香りは甘い。香りだけでなく、色々と。近世、姫君は身体中に香を焚き染めたそうだけれど、現代の少女はそんなことをしなくても甘やかに薫るのかもしれない。
朝から胃もたれしそうな会話を交わしつつ、二人は楽しそうだった。君さえいれば他に何もいらない。ただし甘いものと心弾む音楽とお喋りと面白い漫画とドラマと映画と気の置けない友人は別。そんな風に楽しんでいる。
「あ、でもどうしよっかなー。そろそろ美容院行きたいんだよね」
「別に大丈夫でしょ? 買い物もお昼すぎには終わるだろうし」
「そしたらルカちゃんといる時間が短くなるでしょーっ」
「だったら待ってるけど」
「マジで?」
「切ってもらってるところの写真撮ってあげる」
「撮ってどうすんの」
「待受に」「しなくていいから」
そんなのよりちゃんと可愛いのあげるからなんだったら今から撮るよミクさん自撮りちょう上手いよ。軽くヒステリックに言い募ってくるミクへ、「今から?」と冷静に問い返す。
ミクは上体を少し持ち上げて、ブカブカの黒いカップとその下の滑稽な黒を見下ろすと、「
……
着替えたら撮る」唇を尖らせながら答えた。
デートプランも決まったところでようやくベッドを抜けだした。ルカがクロゼットから洋服を選んでいる間に、ミクは持参のバッグをあさって着替えを取り出す。「あ、それ可愛い」「でしょー」初めて見るシャツを褒めると、ミクがだらしなく顔を緩める。
ミクの洋服に合わせてルカもカジュアル寄りにコーディネートを決める。鏡に向かって整えていたら、背後から手が伸びてきてするりと首筋に回った。小さく乾いた音がして、鎖骨の下あたりにリングが揺れる。ミクとペアで買ったピンキーリング。ルカの方には小さな青い石がはまっていて、ミクがしている方は淡いピンク色の石が飾られている。ミクは青が好きで、ルカは赤が好きだったから。「これがいい」とそれぞれ選んだ、相手のものをつけている。
「早く指にはめたいなー」
「ミクが失くさないようになったらね」
「う
……
」
一度目は薬指に合わせたリングを贈った。しかし学校に行っている間はつけられず、放課後などはしまっていたのを取り出してはめていたのだが、そんなふうに一日のうち何度もつけたり外したりをしている中で、いつの間にか行方不明になってしまった。
失くした、と告白してきた時のミクは顔面蒼白、この世の終わりだとばかりに落ち込んでいて、それならと次に贈ったのがこれだった。制服の襟に隠れて見えないそれは一日中つけていても咎められることはなく、今のところ無事にミクの首元で揺れている。
「あ、写真写真」有言実行ということなのか、ミクがルカの携帯電話を拝借してキメ顔で写真を撮った。角度を変えてもう一枚。笑顔を調節してさらに一枚。ピースしながらおすまし顔で念押しの一枚。
最も写りの良い写真を待ち受けに設定して、よし、と満足気に頷く。ルカの携帯電話にはそんな写真が大量に保存されている。もちろん、ルカが撮ったものもある。主に寝顔とかぼーっとしている時とか辛いお菓子を食べて「ひー」となっている顔とかを撮ったものが。ミクはその時だけ怒るが、消去したことはない。
「おなかすいた。朝ごはん食べてから行こっ」
「作るの?」
「マック」
「モスがいい」
「朝からハンバーガーって太るかな」
「クレープも食べるしね。やめる?」
「行く」
バッグを持って、右腕にミクをぶら下げて、出かける準備が整った。
駅までの道すがら、不意にミクが足を止めた。右腕でつながっているルカも合わせて止まる。
「紫陽花だー。綺麗だね」
知らない家の生垣に、大ぶりの紫陽花が咲き誇っていた。
「ほらルカちゃん、キラキラしてて綺麗だよ」
「そうね」
朝露に濡れた紫陽花が陽射しに照らされて煌めいている。「いいもん見ちゃった」ミクがはしゃぐ。
「ほら、出かけることにしてよかったじゃない」
「うん」
ミクが指先でちょんと花弁をつつくと、朝露が一粒、地面に落ちた。
赤と青の花が入り交じって咲くその姿は、寄り添って佇む二人によく似ていた。
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