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黒竹
2020-12-28 00:09:55
4618文字
Public
スタリラ
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嵐の後、気高き君
【晶栞】
青嵐公演のその後のシークフェルト。できてない晶栞。
窓の外は快晴だ。嵐の後はいつだって空は青く澄む。摩訶不思議な劇場から学院に戻ってきた雪代晶は、真っ青に塗られた空を目線だけで見やり、ごくわずかに唇の端を上げた。
「この私に世話を焼かせるとはな。
……
まあ、礼は選手権での舞台の出来栄え、ということにしておこうか」
迷いの晴れた良い舞台を見せてくるなら良し、そうでないなら改めて叩きのめすのみである。
生徒会室のドアを引き、「今戻った」低く静かに告げる。揃っていた生徒会のメンバーが一斉にこちらを見てきた。その中で鳳ミチルの眼差しだけが少し跳ねて、おや、とおどけたように目を丸くしてみせる。
「おかえり。どうしたの、機嫌いいね」
「少しな」
「オーディションに晶だけ呼ばれるのって珍しいよね。勝ったの?」
ミチルの問いに晶は答えず、生徒会長の椅子に腰を下ろして小さく息をついた。
「今日のはエキシビジョンのようなものだ。勝ち負けは重要ではない。先日やって来た青嵐の連中がいただろう。あちらの先生のはからいだったらしい」
話を聞いていた
真珠の君
《
フラウ・ペルレ
》
こと鶴姫やちよが、その二つ名によく似た玉虫色の声音で割り込んできた。
「ああ、晶センパイはお手伝いっていうか、メンターみたいな感じだったってことですか? それなら負けても問題なさそうですね〜」
「勝ち負けの話ではないと言っただろう」
「はいはい、失礼しました」
「昨日のって、青嵐総合芸術院の人たち?」
やちよが下がり、代わりというようにミチルが前に出てくる。全員揃っていたけれど、今は忙しいわけでもなく、細々した仕事を片付けながらお茶をしていたようなものなので、ミチルの口調ものんきだった。それに毒気を抜かれたか、晶も頬杖をついて苦笑気味に眉をしかめる。
「ああ、柳小春と穂波氷雨、それと、もう一人いたな。その三人のテコ入れに私が使われたというわけだ。まったく、失礼な話だが、せっかく選手権で競う相手だ。あまりに弱くては張り合いがない」
「そっかあ。ミチルはてっきり穂波さんのことが気になってつい参加しちゃったのかと」
「なんのことだ」
「別にー」
からかうような視線にとまどう。そんなつもりはなかった。穂波氷雨とはろくな会話もしていない。舞台についてのスタンスに共感していたようだけれど、だからといって「お友達になりましょう」みたいな雰囲気にもならなかった。
ただ、ただ少し、彼女の大切な友人に対する思いに、触れただけだ。
どういうわけなのかミチルがいやに嬉しそうで、晶はそこを深く突くと困ったことになりそうだったから、疲れたふりをして目を閉じた。
「晶さん、お疲れさまでした」
机の左側からリュウ・メイファンが菓子盆に乗ったお菓子を、右側から夢大路栞が紅茶のカップを置いてくれる。「ご苦労」赤というか紅というか深紅のチップスを優雅に口へ運び、口の中に残った唐辛子パウダーを紅茶で流し込む。ひと仕事終えた後の激辛スナックは格別である。
そういえばよく分からない失礼な輩がいたな、と思い出す。
「なんだったんだ、あいつは」
思わず洩れた独り言を、両脇に控えていたメイファンと栞が聴き止めて、二人とも不思議そうに首をかしげた。
「今回のオーディションには青嵐以外の学校の生徒もいたんだが、そのうちの一人がこれを人の食べ物ではないとかなんとか言ってきてな。早口なうえに訛りがひどくて何を言っているかほとんど聞き取れなかったが」
「ああー
……
」
「えっと
……
」
顔色ひとつ変えずにパクパク食べている晶に曖昧な相槌を打ちつつ、紅玉と翡翠はこっそり目を合わせ、見知らぬ誰かに同情的な顔をした。
「そ、そうですね、食べ物の好みは十人十色、千差万別と言いますし。その人は辛いものが苦手だったのかもしれません」
「いや晶センパイを基準にしたら、大抵の人は辛いもの無理になるでしょ〜」
「やちよは黙っててください!」
紅茶を飲みながら、やちよは「あーかわいそ」と全然そう思っていなさそうな口調で呟いた。天の邪鬼な彼女だから実は本当にかわいそうだと思っているのかもしれない。面白がっているだけかもしれない。誰にも本心は見えない。
「青嵐の人たちと、晶センパイと、その激辛スナック食べちゃった人。オーディションの参加者はそれで全員だったんです?」
「いや、聖翔からも来ていたし、そうそう、我が学院の稽古場に勝手に入った不届き者もいたな」
喉の奥で笑いながら人差し指を立てる。その様子に、隣で控えた夢大路栞が顎を引いてひゅっと息を吸い込んだ。ミチルは食えない表情でそれを見ていて、やちよはわずかに視線をそらして肩をすくめる。メイファンは何も考えていない。
「あ、京都の
……
?」
「ああ、羽成、といったか。お前と同学年の舞台少女。あれも今回の参加者に入っていた」
栞を斜めに見上げて言う。視線の先で、栞はやや表情を強張らせた。
「ど、どうでしたか?」
「礼儀はなっていないが、ダンスについてはかなりのものだったな。あれでまだ一年となると、この先、どう成長するか楽しみだな」
「
……
っ、わっ」
「ん?」
一度、栞の声がひっくり返って、それから羞恥心のせいで引っ込む。「なんだ、言いたいことがあるなら言ってみろ」促すと小動物みたいな少女は晶と目を合わせないままおずおずと口を開いた。
「
……
わたしと、どっちがよかったですか
……
?」
およそ態度とは正反対な、挑戦的な質問だった。
晶は一瞬、きょとんと目を丸くして、それからふっと小さく吹き出すと、自身の顎を撫でながら天井を見上げた。
「それは無論、今の実力で言えばお前とは比べるべくもない」
栞の頬がほのかに赤らむ。ミチルとやちよはニヤニヤしていて、メイファンは「良かったですね、栞」と無邪気に目で語った。
「が」
「え?」
「レヴューで見せた伸びしろは、とてもじゃないが楽観できるようなものではなかった。いくら栞が優れた舞台少女だといえど、うかうかしていると追い越されるかもしれん」
「
……
っ!」
「とんでもなく無礼なうえに私より花柳を崇めているようなやつだが、レヴューで組んだ時はちゃんと私についてきていたし、アドリブセッションで見せたポテンシャルもなかなかのものだった。シークフェルトに来ていたら、さぞ鍛え甲斐があっただろうな」
「
……
っ、っ、
……
!!」
栞の背筋が垂直に伸びる。それからあわあわと身体を震わせ、どうしていいか分からなくなって助けを求めるように先輩たちを順繰りに見回し、最終的に晶の前まで戻ってきた。
「
……
ま、ま、負けませんから!」
「ふむ。まあ選手権まで間もない。お前もシークフェルトの
気高き君
《
エーデル
》
だからと油断せず精進しろ」
優雅に両手を組み、王者然とした態度を崩さないまま雪代晶は言う。
ミチルは頭を抱えていて、やちよはひーひーと呼吸だけで笑い転げて、メイファンは晶の言葉にうんうんとうなずいていた。
「晶さんの言うとおりです! 他校にも優秀な生徒はたくさんいますからね。油断大敵、我々も全力で挑みましょう! どうです栞、仕事も一段落していますし、これから自主練でも」
「お、お願いします!」
盛り上がる二人は手に手を取り合い、稽古場という名の明日に向かって歩き出した。走りはしない。校則違反なので。
晶はそんな二人を見送り、うむ、と深くうなずく。
「うまくいったな」
「なにが?」
「栞は学年の中では飛び抜けた能力の持ち主だ。先輩である私たちが指導することはできても、同年代のライバルと切磋琢磨するような経験は、シークフェルトの中ではできないだろう」
強者ゆえの悩みだな、と重苦しくつぶやいて、「だから」と続ける。
「しのぎを削りあえる存在が外にいるならそれもよし。結果的に栞の能力を伸ばすことにつながるからな」
そのためにわざと他校の者を褒めそやしたのだ、と胸を張る晶に、ミチルは笑顔のまま「うーん、三流」と口の中だけで吐き捨てた。外に出さなかったのはやちよがいたせいか。飲み込むしかなかった呪詛がミチルの腹の中で黒く溜まる。
「まあ、それはそうかもね」
平坦に鳳ミチルが言う。
「あっはっは、栞かわいそー」
鶴姫やちよの口調は、やはり本心が読めなかった。
「何が可哀想なものか。他校であれ友を得られるなら、それがいいに決まっている」
「ん?」
「あれは、一人だからな」
すっかり冷めた紅茶は、それでも美味い。そういうふうに栞が淹れてくれるからだ。書類作成や脚本チェックに夢中になって、飲むのを忘れてしまってもいいように。一度、新しいのを淹れてきますと言ってきたのを断ってからそうするようになった。
「同級生に友人はいるだろうが、どうしたって栞は特別だ。
気高き君
《
エーデル
》
である以前に、あれと並べる舞台少女は我々の他にこの学院にはいない。私にはミチルがいるし、やちよとメイファンもお互い気が置けない関係だろう。そういう存在を、私は栞に見つけてやりたい」
舞台で並べる実力者で、彼女が心から信頼できて、有事には支えになれるような、そんな存在。
「羽成がそうなるかはともかく、同年代に競い合えるほどの優秀な者がいると実感するのは悪くないだろう」
ミチルがむにゃむにゃと唇を波立たせる。飲み込んだ三流の二文字が溶けて消える。
「
……
晶がそこまで人のことを考えられるなんて」
「別に、生徒会長として当たり前のことだ」
目を閉じて、吹き荒れる青い風を思い出す。
大切な友人とすれ違っていた彼女たちを、愚かだと思う。
家族みたいだと言われていた三人。言いたいことも言えず、相手を思いやっているようでその実、壊したくなくて怖気づいていただけの脆弱な友情だった。
それを磨いて、研ぎ澄ました末の嵐を雪代晶はその目で見た。
そんなふうにできる相手が、夢大路栞にもいればいいと思う。
「でもそれって」
鶴姫やちよの玉虫色の声。
「友達じゃなくても、もっと別の関係でもいいような気がしますけどね〜」
「なんだ?」
「さあ」
なんでしょうねえ、と、やちよが真珠みたいな艶のある声ではぐらかし、空気より軽く「あは」と笑った。
「晶センパイ、もしかして自分じゃそうなれないって思ってます?」
「なにを言っている」
「なんでしょうね〜」
「やちよ、それくらいにね」
頃合いを見計らってミチルが口を挟んでくる。
「まあ当面はミチルたちで栞の面倒を見るしかないんだし。せっかくだから晶もレッスンに付き合ってあげなよ」
「そうだな。レヴューでなかなか面白い動きをする者がいた。あれを忘れないうちに分析して取り入れておきたい。栞たちにも教えておくか」
晶が王座を立ち生徒会室を出る。窓の外は青い。
その青さに何を重ねるでもなく、雪代晶は稽古場に歩を進めた。
迷うことはなかった。たぶん嵐もこの身には起こらない。
すれ違っていることは、知らない。
二人、残された生徒会室で、同時に大きく息を吐く。
「なんでここまで来て気づかないかなぁ」
「惜しいんですけどね〜。今日のはすごく惜しかったですね〜」
「実力も」
「信頼も」
「憧れも」
「思いやりも」
「執着も」
「持ってるくせに、ぜんぜん気づかないんだから」
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