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黒竹
2020-09-12 15:22:58
3221文字
Public
スタリラ
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シクフェ卒業式ネタ
【晶栞】
雪代卒業の日。できてない晶栞。
空を見る。振り仰いでも見えるのは澄んだ蒼穹ばかりだ。恩師への感謝など浮かびはしない。送り出す側なので当たり前かもしれない。
いなくなってしまう二人の顔ばかりが浮かぶ。
式も滞りなく終わって、卒業生と在校生と教師と父兄の声でにぎやかな学び舎から逃げるように、夢大路栞は生徒会室で一人たそがれている。
本来なら良くないことだ。在校生として、生徒会の一員としてきちんと卒業生を送り出すべきで、こんなところでぼんやりしている暇はない。
それでも足が動かなかった。弱さなのだと思う。立派に務めを果たしているひとつ上の先輩たちのような、心の通ったたゆまぬ強さも、飄々としたしなやかな強さも持たない己の心根が嫌になる。強くなったのは身体ばかりか。
あの二人はどうしているだろう。とても人気のある人たちだったから、まだ後輩たちに囲まれているかもしれない。きゃあきゃあとはしゃぐ輪の中でそつなく笑う二人の姿を思い出す。栞はそれが演技だと見抜いていたけれど、はれの日だ、それも良いだろう。きっと取り囲んでいた少女たちの美しい思い出になる。
けれど夢大路栞はそんなものはほしくなくて、だから輪の中に入れずここに一人でいる。
背後でドアの開く音がする。やちよかメイファンだろうと思って振り返ったら、本日めでたく学院を卒業する先輩の姿が目に入った。「えっ」思わず小さな悲鳴が上がる。さっきからまぶたの幻が消えない人が、その本人が現れてしまったので。
「ああ、栞か。卒業式当日まで生徒会の仕事とは、ご苦労だな」
「え、いえ、そういうわけでは
……
」
晶はなんだかずいぶんと疲れた表情で、廊下を軽くうかがってからドアを閉めた。それから小さく嘆息する。
「どうしたんですか? なにか忘れ物でも
……
?」
「そういうわけではない。一般生徒が入ってこられない場所はここと校長室くらいだからな」
「まあ、そういう意味では私も無断で入ることは許されないだろうが」肩をすくめ、最後だから見逃してくれと疲れた息を吐いた。栞がブンブンと首を振る。許されないなんてとんでもない。彼女ほどここにふさわしい人もいなかった。任を辞したからといってそれは変わらない。
「記念にリボンがほしいという者たちに囲まれてな。ミチルはうまくあしらっていつの間にか姿を消しているし、こちらに来ていた連中はいくら断っても諦めないし」
そんなわけで、不本意ながら生徒会室に逃げ込んできたらしい。
「毎年見かけた光景ではあるが、いざ自分が巻き込まれるとなかなか苛烈だな」
首元のリボンをいじりながら晶がぼやく。彼女の言葉通り、毎年、卒業式後に起こる恒例行事なのだ。憧れの先輩がつけていたリボンを欲しがる後輩の争奪戦。元生徒会長となれば熾烈さは想像に難くない。
「リボンなど欲しがるより先に、新しいステップのひとつでも覚えるべきだと思うが」
「まあ
……
、それだけ、雪代先輩の人望が厚かったということではないでしょうか」
あまりにも苦々しげに言うものだから、なんとなくフォローするようにそう答える。この厳しさでなお、大勢に囲まれるほどの人気を誇っていたのだから、そういった部分に自覚的でもいいのではと栞は思う。
晶が不可解そうに眉をひそめた。
「こんなのはただの験担ぎだろう。元|白金の君<フラウ・プラティーン>のリボンをもらっただけで生徒会になれるなら誰も苦労はしない」
「え?」
「なんだ?」
話題は一致しているのに別のものについて話しているような、胸騒ぎに似た感覚をおぼえる。
おそるおそる、問いかけた。
「雪代先輩
……
リボンをあげるのって、どういう意味かご存知では
……
?」
「だから、縁起物のようなものではないのか。受験の時に優秀なOBからペンを借りたりするような話はよく聞くからな。私もミチルも自己研鑽のみを信条として舞台に臨んでいる。まったく、ああいう手合いの考えは理解できない。他者の力にすがるなど、シークフェルトの生徒としては生ぬるいと言わざるを得ないな」
「はあ
……
」
自身の口から出たのが相槌なのかため息なのか分からないまま、栞は小さくうなずく。ご高説、実に立派だがまったくの的外れである。
最後のチャンスだからと勇気を振り絞って晶へ声をかけたであろう生徒たちに、思わず同情する栞だった。
近づけなかった自分より、彼女たちのほうがよっぽど勇敢だったろうに。
訂正するべきかどうか迷っていると、晶の制服のポケットが震えた。晶がスマートフォンを取り出し、これだけはとミチルに叩き込まれたメッセージアプリを開く。
「ミチル先輩ですか?」
「ああ。先生がたへ挨拶回りをする時間だ。まあ生徒たちも帰り始めているし、そろそろ出ても先ほどのようにはなるまい」
「そうですね、外の様子も少し落ち着いていますし」
「お前も戻ったらどうだ」
こんなところで一人でいてもつまらないだろう、という表情の晶に、栞はどうとも応えあぐねる。
本音を言えばずっとここにいたい。ここにいれば校門や校舎の玄関や教室のそこここに掲げられた「卒業おめでとう」の文字を見なくて済む。
この人がいなくなってしまう、その事実から目を背けていられる。
「その
……
少し、ここを片付けてから戻ります」
「そうか。せっかくの祭事だ。仕事熱心なのはいいが無理はしないように」
「はい」
不意に晶が首元のリボンをほどいた。ひょい、とそれを差し出される。
つままれたリボンを見下ろしながら栞が時を止めた。
「人は減ったが、またあんな目にあっては堪らないからな。お前が持っていろ」
「え
……
」
「欲しがっていた連中も肝心の物がなければさすがに諦めるだろう。適当にどこかでなくしたと言っておく。ほとぼりが冷めるまで預かっていてくれ。私とミチルは父兄の謝恩会に代表として出席しなければならないから、帰るまで会わなかったら捨てても構わん」
飾り気のない細身のリボンが、栞の手のひらにはらりと落ちる。
意味が。
このリボンにどんな意味がついているのか、彼女が分かっていないのは明白なのだけれど。
「それに、験担ぎはくだらないが、そういうことならお前が持っているのが一番いい」
この人に選んでほしいだけで進んできた道だった。意味は、いろいろある。
今までありがとうございましたと告げるのが悲しくて、離れてしまうのが苦しくて。
だからここにいたのに。
「
……
雪代先輩が卒業しちゃったらどうしようって、ずっと思ってたんです」
「ん?」
「私の道は雪代先輩と征くものだったので。一人になってしまったら、道が、見えなくなって」
「ふむ」
顎に手を当てて得心顔の晶。
「私は二年くらいなら待てるが?」
「え?」
「道は消えないよ。お前が追ってくるなら」
晶はこちらの内心など気づきもしないで、小さな子どもみたいに栞の髪をくしゃくしゃ撫でた。
優雅さのかけらもないその撫で方が、他の誰にもされないことを、二人とも知らない。
そうか。
追えばいいのか。
「ではそのリボン、二年後に返しに来い。その時には友としてお前を迎えよう」
道は続くし。
リボンは結ぶためにある。
たぶん意味はいろいろある。
「二年、は、長いです」
「すぐに過ぎる」
「雪代先輩は、私のことを忘れてしまうかも」
「そんなことがあるものか。お前を選んだのは私だぞ」
見くびるなと勝ち気に笑う王様を、泣きたくなるような気持ちで見つめた。
何も分かっていないくせに欲しいものを全部くれる優しい王様。
さっきまでその手を掴んで行かないでと言いたかった栞に、彼女がくれたのはどれだけ離れても消えない目印だった。
「待っていてください。必ず追いつきますから」
「ああ」
くしゃりと、晶の手が栞の頭を撫でる。
その意味は、まだ分からない。
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