黒竹
2020-06-11 21:51:42
3506文字
Public スタリラ
 

無題

【雪代晶】【夢大路文】
雪代と姉大路その1。劇フェスも各種イベントもなかった世界線。

「ぅえっ!?」
「む?」
 奇妙なうめき声が聞こえてそちらを見れば、懐かしい顔がこちらを凝視していた。
 ターミナル駅の改札前、人通りは多い。それに、人待ち顔で佇む人々も。その中のひとりとして埋もれていたはずなのに、よく見つけたものだ。人は見たくないものほどよく見えるらしいがそういうことだろうか。
「文ではないか。久しぶりだな」
 かつての友人へ雪代晶は尊大に声をかけた。文が大きく顔を歪めてきたが特に気にしない。
……なにしてるのよ」
「ミチルと買い物へ行く約束があってな。ここで待ち合わせなんだが、ミチルの乗った電車が少し遅れているらしい」
 それでこうして待ちぼうけているわけだ、と肩をすくめると、夢大路文はふんと鼻を鳴らして晶から目をそらした。
「相変わらず仲がいいことね」
「まあそうだな。進路も同じだし疎遠になる理由がない」
「っ、なにそれ、嫌味?」
「なにがだ?」
 学院を去った彼女とは実に二年ぶりの再会だったが、晶はそれを意識していなかったし、そもそも文が不快に感じていることすら気づいていない。文がこっそりと奥歯を噛み締めた。
 隣に並んできた文を横目で見やる。彼女も待ち合わせなんだろうか。
「お前はどうしたんだ」
「バイト帰り。で、今日は後輩が主演の舞台だったんだけど、うちに集まって打ち上げしたいっていうからその買い物にね」
「ふむ」
「演劇同好会の会長だった子がここで乗り継ぎなのよ。せっかくだから一緒に行こうと思って」
「凛明館のか」
「そう」
「仲がいいんだな」
 文は無言のまま応えなかった。
 彼女が新しい学校でどんなふうに過ごしていたのか晶は知らない。それほど興味もなかったというのが正直なところだ。シークフェルト音楽学院の生徒でなくなった彼女がどうしていようと、自分には関わりのないことだと。
 風が冷たい。秋も深まってそろそろ冬の面影が見え隠れしている。
「今も一人暮らしなのだったか」
「そうだけど?」
「もう少し帰ってやれ。栞が寂しがっていた」
……あの子だって寮暮らしじゃない。長期休みには戻ってるし、顔も合わせてるわよ」
 まあそれも聞いてはいるのだが。
 まるで義務は果たしていると言わんばかりの表情と声音。確執は解けたはずなのにどこかいびつだ。
 晶は正面を向いたまま冷たい息を吐いた。
「今年で栞が演る『エリュシオン』は最後だぞ。一度くらい見に行ってやったらどうだ」
 文も正面を向いたまま乾いた息を吐いた。
「簡単に言わないで。どんな顔してのこのこと学院に行けっていうのよ」
「お前のことなど誰も覚えてはいないよ」
……それ、嫌味?」
「慰めたつもりだったのだが」
 実際はどうかは知らない。まがりなりにも|気高き君<エーデル>の一員だったのだから生徒に名前は知られていただろうが、顔を合わせて誰なのか気づく者がどれだけいるのか。
 思い返してみたが、けっこういるのかもしれない。ミチルほどではないにせよ人当たりも良かったし世話焼きだったから、彼女の世話になった後輩も多かろう。
「行けるわけがないのよ」
「怖いか」
 視界の端で、文がぐっと拳を握るのが分かった。
「未練が──ないわけじゃないの。諦めたけど、逃げ出したけど、私だって」
 あの舞台に立つために。
 努力していたのに。
「だが事実としてお前は逃げ出しただろう」
…………
「実に無様だったな。最後は私たちとまともに会話もできなかった」
 暗い、卑屈な視線と憎悪に似た気配。
 今でもはっきりと思い出せる。それくらい強烈な感情だった。
「がっかりしたぞ。お前がその程度だったとはな」
……晶には分からないわよ。一番近くにいる子が自分よりずっと才能にあふれていて、それなのに無邪気にこっちを『すごい、すごい』って言ってくる惨めさなんて」
「今もそう思っているのか」
 文は自分を守るように腕組みをしている。それをちらりと横目にしながら、晶は平坦な口調で問いかけた。
 叱責でも諫言でもない、無色の問いかけだったから、文も色をつけずに答えた。
「そうね。たぶんずっと、栞に対するコンプレックスは消えないと思う」
 でも。何かを逃がすように、ささやく。
「それと同じくらい、あの子は私の自慢の妹なのよ」
「そうか」
「だからあの子のエリュシオンは見なくてもいいの。どうせ大成功するわ、私の妹なんだから」
……そうか」
 くっと、晶の喉が小さく鳴る。「なによ」さすがに照れくさかったのか文が眉をしかめて少しだけ赤面した。
「シークフェルトにいた頃より、ずいぶん丸くなったな」
「あー……周りがお気楽な子ばっかりだからね。当てられたんじゃない?」
「話に聞く限りでは、あちらでも色々と苦労したようだが」
「それも含めて、よ。あそこでは私は……ひとりにさせてもらえなかったから」
 苦笑のような、しかし温かみのある声だった。おそらくシークフェルトにいては出なかった声だ。
 称号を持つ五人は、いつだってそれぞれがひとりだった。そういうものだったしそれでうまくいくようにできていた。
 個人の集まりとしてチームワークを形成するのと、チームとして個人が立つのではあり方が正反対だ。
「適材適所ということか」
「どうかしら」
「お前は他人を放っておけないタイプだからな。そちらのほうが合っていたんだろう」
……そうかもね」
 夢大路文が凛明館女学校でどう過ごしていたのか、雪代晶は興味がない。
 しかし、それでも。
「未練、か。なるほどな」
「え?」
「たらればを言っても仕方ないが、今のお前とエリュシオンを演れたら、歴史に残る良いものになっただろうと」
「今更ね」
「ああ、そうだな。私ももう|白金の君<フラウ・プラティーン>ではないしな」
 とうに失われた|翡翠の君<フラウ・ヤーデ>と、無事次代に継いだ|白金の君<フラウ・プラティーン>はそろって同じように苦笑した。
 ただの思い出話と、叶わなかった未来の話だ。
 益体もない。
「まあ、お前がいなくても私たちは最高のエリュシオンを作り上げてみせたが」
「口数少ないくせに、肝心な時に一言多いのよあなたは」
「お前の妹を褒めているのだよ。あの短期間でよく仕上げてきた」
「だから、それ私のせいってことじゃない」
 文が呆れたようにため息をついた。晶は小さく首をかしげる。人を褒めるのは難しい。
 人の流れが増えて、それをかき分けるように小さな人影が近づいてくる。跳ねる一房の髪が特徴的で、二人は同時に気づいて顔を向けた。
「晶、ごめん遅くなっちゃった。って、あれ、文?」
「久しぶりね、ミチル」
「あれー? どうしたの、こんなところで晶といるなんて」
「偶然ここで会っただけ。こっちも待ち合わせなのよ」
 簡単にいきさつを説明すると、ミチルは「ふぅん」と小さく呟いて唇をすぼめた。
「ミチルが来たならお役御免かしら。邪魔したわね」
「いや、いい暇つぶしになった」
「あのねえ……
 文が疲れた表情でこめかみを押さえ、ミチルは遠い目をしながら「あはは」と笑った。
「じゃ、行こっか、晶」
「ああ。それでは文、また」
 『また』の機会があるものだろうか、と微妙な表情をする文。連絡先の交換すらしようとしないのに。
 一歩踏み出してから、晶がふと思い出して「そうそう」と文のほうへ振り返った。
「お前の自慢の妹だが」
「なによ?」
「卒業したら私がもらうぞ」
 言うだけ言ってきびすを返す。スタスタと迷いなく歩き出す晶の後ろをミチルが追いかけていく。
 意味を掴みかねたか、文はきょとんとして、思わず晶の背中を見つめた。
 卒業したら。
 もらうって。
 誰が。
 誰を?
「は……はぁ!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ晶! それどういう意味……っ」
 雑踏にまぎれて文の声が遠ざかっていく。隣でミチルが唸った。
「相変わらず、相思相愛のくせに絶妙に相性が悪いよね、晶と文は」
「なんのことだ?」
「しかも二人とも分かってないし。うまくいくはずないんだよね……
 さっきからミチルは唸ってばかりである。
「いったいなんの話をしているんだ、お前は」
「晶の好みはめんどくさいって話だよ」
 さっぱり訳が分からなくて眉をひそめる晶。
 ミチルはそれ以上説明する気がないようで、今日の買い物の予定を確認したりし始めた。
 その様子を眺めながら、お前が一番面倒くさいだろう、と思ったけれどなんとなく怒られそうだから言わずに済ます晶だった。