ぐつぐつと煮える鍋から出汁のいい匂いがする。鶏肉に、くたくたになった白菜と長ねぎが、うどんと共にゆらゆらと黄金の中で泳いでいた。
その光景にぐぅとお腹が早く食べさせろ!と抗議の声をあげる。呼応するように、口の中がじわりと湧いた唾液で満たされた。
「……まだ?」
「まだだ。もうちょっと待ってろ」
そうは言うけれど、待ちきれなくて鍋の中身を恨めしそうに見てしまう。ルルーシュ特製の煮込みうどんは絶品なのだ。一度食べてしまったのなら、他のものには戻れないほどに。
今日は大掃除や買い出しで随分と動き回っている。カロリーの消費が激しい。大晦日でもあり年越しそばならぬ年越し煮込みうどんが食べられる日に、間食なんて無粋な真似は出来ない。
我慢に我慢を重ねているが鼻腔をくすぐるいい匂いに抗えない。もうお腹が空きすぎて、お腹と背中がくっつきそうだ!
「溶き卵と落とし卵のどっちがいい? それともいれない方がいいか?」
「それじゃぁ、落とし卵を入れて欲しいなぁ」
「とろみはつかないぞ?」
「うー……餡掛け風も捨てがたいけど、今日は落とし卵の気分かな」
「了解」
ルルーシュがボール皿の縁で卵の殻にヒビを入れた。ぐつぐつと煮える鍋へ優しく置くように卵を割り入れる。透明度のある黄金のつゆに包まれて、卵は色を変えていった。
こくりと喉を鳴らして唾液を飲み込むと、ルルーシュは忍び笑いを溢していた。
「ふふっ……そんなにもお腹が減っているのか!」
「さっきお腹と一緒に抗議していたでしょー」
「そこまでとは思わなかったんだよ。もう少ししたら完成するから、テーブルを準備してくれないか」
ルルーシュから手渡されたのは、取り分け皿と蓮華に箸だ。
「準備していれば少しは紛れるだろ」
しっしっと早よ行けと言わんばかりに、カウンター越しに追い出される。ルルーシュの言うことも一理あるとスザクは、うどんを尻目にテーブルの準備を始めた。
「ほら出来たぞ」
鍋敷きの上に置かれた一人用のこじんまりした鍋。ご丁寧に蓋がされている。
毎年、どんぶりに分けられていたのに、今年はどうしたのだろう。
スザクの目の前に座るルルーシュは、にこにこと嬉しそうな表情を見せていた。
「どうしたのさ」
「いいから蓋を開けてみろ」
疑問をぶつけても、急かすように鍋の蓋を開けるように言う。
「わぁ……!!」
ルルーシュに言われるまま蓋を開くと、出汁のいい香りと共に現れたのは2尾の大きなエビ天だった。
「どうしたんだい、このエビ天! 高かったんじゃ……」
この時期のエビ天は需要もあって価格が高く、倹約家であるルルーシュがいくらエビ好きであろうとも、一人二尾など今までならあり得ないことだ。それに毎年エビ一尾を二人で半分こにして食べていたのだ。
そんなケチケチした感じだったのが、今年は一人一尾を通り越して二尾。毎年尾っぽか頭部のどちらかを取るかで喧嘩になる。(恒例行事と言っても過言ではない)
スザクが思わず声を上げてしまうのも当然の事といえよう。
「倹約を突き詰めて今年も喧嘩になるのは避けたかったんだ。まぁ、俺の収入も安定してきたことが一番の理由だな」
「まさかルルーシュ、その収入って掛け事じゃないだろうね」
ルルーシュが発した「収入」という言葉に引っ掛かりを覚えたスザクは、思わず声が低くなった。
スザクの疑いに気分を害したルルーシュは、ムッとした表情を見せ声を荒らげる。確かにちょっっっっっと前までは賭けチェスで収入を得ていたこともあるが、妹のナナリーやスザクに泣かれてからはきっぱりとやめた。
最愛の人を泣かせてしまう程とは思わなかったのだ。
「お前はいつの話をしてるんだ! 前に言わなかったか、投資で収入を得てるって」
「……賭け事じゃないみたいだから良いけど」
あまり納得していないような表情であったが、それを更につついて蛇を出す真似はしない。エビの部位の次は自身の収入での喧嘩をこの大晦日にすることはアホらしい。
「それより年越しうどんが伸びてしまうぞ。熱々で食べるのが美味しいが?」
そうスザクに問えばきゅるるると盛大な腹の音が聴こえた。身体は正直だ。
「そうだね、お腹が空いたよ! 早く食べよう!」
腹の音が少し恥ずかしかったのか、顔が赤く色づいていた。
それでは、手と手をあわせて。
「「いただきます」」
「ん~、これこれ!」
「口に合ったなら好都合」
「ルルーシュの作るご飯は何でも美味しい。大好き」
「……そんなこと言っても、エビ天はやらないからな」
「君が好きな物を取る真似はしないってば!」
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