Momosei808
2023-08-04 22:11:54
7217文字
Public SD(リョ花)
 

ケーキとオレと、はなみちと

だいぶ遅刻したリョ誕のお話。
リョ花になり切らないリョ+花だけど、ちょっとだけ危うい関係でもある二人のお話。

毎年、この日、この時を迎えるたびに、リョータが目にするものは。
たっぷりの生クリームと苺の載ったショートケーキと。
それに添えられた、もう割られることは無くなったチョコレートのプレートだ。
かつて、兄がぱきりと割って、兄の分、自分の分と綺麗に半分こしていたそれは、もうその半分を食べる相手は居なくなった。
代わりに、リョータが自分でプレートを割って、食べるようになったのだが。

…………あ」

リョータは、思わず小さな声を上げた。
いつものように、この7月31日──自分の誕生日を迎えて、ソータ&リョータと書かれたチョコのプレートを半分に割って。
自分の名前の書かれたプレートは、自分で食べようとして。
いつものように、自分の名前の書かれたプレートを。
ぐしゃり、と、握りつぶして。
ぱきぱきと手の中で崩れたチョコの破片を、いつものように自分用の切られたショートケーキの横に、ぱらぱらと振りかけた。

いつもと違っていた、のは。

その様子の一部始終を、目の前の、赤い髪の男にじっと見られていたことだ。


……あ~~~~~~、しまった………
リョータは、内心マズったことをした、と思った。
誕生日を迎えた今日、リョータは赤い髪の後輩──桜木花道を、自宅に招いた。
リョータが湘北バスケ部のキャプテンに就任してから県予選を勝ち抜いた湘北は、念願のインターハイに今年もまた行けることになった。
リョータにとっては、高校最後の夏だ。
今年こそ全国制覇を狙う湘北バスケ部は、夏休みに入ってからハードな合宿や練習に明け暮れていた。
今年のインターハイは、8月2日開幕で、まだ1日の猶予がある。
家で相手校の研究でもしないか、と、敵チームの試合の様子を収めたビデオを入手したリョータが花道を誘ったのだ。
勿論、ビデオはバスケ部員全員に見せるつもりだし、ビデオは体のいい口実である。
本当のところ、リョータは誕生日を出来るだけ、花道と一緒に過ごしたい、という隠れた願望を持っていた。



『あら、桜木くん、いらっしゃい』
先ほど、リョータが花道を連れて家に帰った時、リョータの母は快く花道を迎え入れた。
食卓を共にして、それから例年のごとく、妹のアンナがホールのショートケーキを切り分ける。
生クリームと苺のショートケーキは、余りにもオーソドックスに過ぎるだろうが、これが無いと誕生日という感じがしない、というのもリョータにとっては事実だった。
『はい、花道くんの分』
『お、頂きます!』
切り分けたアンナから朗らかにケーキを受け取った花道は、ダイニングのテーブルのリョータの隣に座っている。
いつの頃からか、花道が宮城家に顔を出す機会が、格段に増えた。
そしてリョータもまた、花道の暮らすアパートにちょくちょく寄るようになった。
リョータの母も、妹も、リョータがどれだけコミュニケーションに難があり、親しい友人を作るのに苦労する性質なのかはよく知っていたため、この見た目にはいかつい赤い髪の大男が、リョータの現在最も懇意にする友人であると知って、密かに喜んでいるようだった。
『ソータ&リョータ』と書かれたチョコレートのプレートを奪い、自分の分のケーキに載せると、リョータは花道を連れてテレビとビデオデッキのあるリビングへと移動した。
そして、リョータが台所に舞い戻り、自分の分と花道の分のアイスコーヒーのグラスを受け取ったところで、母が言ってきた。
『リョちゃん、ちょっと買い物行ってくるから、お留守番頼むね』
『マジで? 俺が行った方が良くない?』
リョータが言ってきたことに、早速妹が口を挟んでくる。
『だいじょーぶ、私も付いてくから』
そんな妹をちらりと一瞥すると、リョータは母に言った。
『荷物持ち、コイツで足りる? だいじょーぶ?』
もう夜も遅いし……、ということを言外に滲ませて言うと、母は安心させるようにリョータの肩に手を置いた。
『だいじょーぶやよ。すぐそこのスーパーやから』
それを聞いたリョータは、ん、と頷いた。
『だから暫く花道くんと二人っきりだね、リョちゃん』
早速言ってきた妹の生意気な発言は、無視することにした。



図らずも二人っきりになった家の中で、リョータはアイスコーヒーのグラスを持って、リビングの花道の元に戻った。
リビングのローテーブルを引っ張りだし、その上にケーキの載った二つ分の皿と、二つのグラスを載せる。
それから、自分宛に差し出されたチョコレートのプレートを、リョータはぱきりと半分に割る。
最初の頃は割るとガタガタのいびつな形になったが、今では真っ二つに割るのが大分上手くなった。
自然な流れで、チョコプレートの『ソータ』の分を、花道の分のケーキの上に載せてやる。
そしてそれから、これまた自然な流れで、リョータは自分の名前が書かれた方のチョコプレートを、ぐしゃりと握りつぶしたのだ。
完全に、無意識だった。
既に、半ばルーティンと化しているようなものだ。
だが、それをじっと見つめていた花道の視線が、刺さるような強さで向けられている。
……………
一部始終を見ていた花道は、何も言って来ない。
それでも、大きな目を大きく開いてじっと凝視している視線の強さは、痛いほどで。
……どーやって言い訳、すっかな……
リョータは、密かに頭を悩ませていた。
花道のことだから、食べ物を粗末にすんな、とかは言って来そうではある。
いや、砕いたチョコも一応ちゃんと食べるし……、などと、リョータが考えを巡らせていると。

……リョちん」

花道が、いつもより低い声で、リョータを呼んだ。
低い、言い知れぬ迫力のある声に、リョータの身体がびくりと震える。
恐る恐るリョータが花道の様子を窺うと、花道は。

「チョコ、俺に食わせろ」

──こんなことを、言ってきた。

(へ……? 何………???)
リョータが内心の戸惑いを隠せないでいると、花道はおもむろに目を閉じて、それから口を大きく開いた。
まるで、親鳥からの餌を待つ、雛鳥のように。
……ッ、おま……!?」
大きく口を開いた花道の様子に、唖然とした声が出た。
それでも花道は黙ったまま、リョータの行動を待つのみだった。

(チョコ……、食わせろ、っつったよな……
自分の分の皿の上の、砕かれたプレートと、花道の皿のケーキの上に載った、『ソータ』と書かれたプレートを見比べて、一応確認する。
「あー、花道? お前が食わせろ、っつってんの……
「リョちんが、たった今、粉々にした方だぞ」
目を瞑ったまま、花道はあっさりと返答した。
花道の行動は突飛すぎて、相変わらずリョータには、その思考はすぐには分からない。
ただ、花道が単純に、リョータの行いに腹を立てているというのも違う、というのは何となくわかる。
とりあえず、リョータは花道の謎の行為に付き合うことにした。

ケーキの横に振りかけたチョコレートの断片を、フォークで拾おうとすると、花道が、再度口を開いた。
「直接、手で持ってきてくれ」
言われた言葉に、リョータは目を剥いた。
「ハァ!?!?」
てめ、何言ってんの?という思いを存分に載せた声が出る。
しかし花道は、そんなリョータに怯むことなく、言ってくる。
「いーから。口ん中に放り込めよ」
何という、殿様ぶりだろうか。リョータは思わず眉間を押さえたくなった。
「おめーなぁ、自分を何様だと思ってんだよ」
「天才桜木様に決まってんだろ。ほら、早くしろ」
……へーへー」
花道の独特のジャイアニズムにも、付き合いが2年目を迎えるとだいぶ慣れてくる。
リョータは、はぁ、と小さくため息を吐くと、先ほど自分が砕いたチョコプレートの欠片を幾つか手に取った。
指で摘まみ上げると、瞬く間に人肌の熱で溶けてくる。
指先にべたつきを感じながら、リョータは摘まんだチョコを花道の口元に運んだ。
間近で見ると、よく分かる。その睫毛は短いが、びっしりと密度濃く生えていて。
髪色と同じ、赤色だっていうことも。
肌はよほど新陳代謝が良いのか、ニキビの跡も見当たらない。
そこらの女子や妹がよほど羨ましがりそうな肌をしている。
そんなところをまじまじと見つめながら、大きく開けた花道の赤い、唇の、中に。
チョコを摘まんだ指を、入れる。
目を閉じたままの花道が、リョータの指の感触を口内に感じると同時に、ぱくりとその指を、咥えて。
……ッ、おまっ……!?」
その、口内の熱さに、リョータが思わず声を漏らす。
花道はそんなリョータの反応も意に介さないように、すかさず与えられた甘味を堪能した。



リョータが花道と出会ってから1年と数か月の間に、二人の関係は、少しずつ変質していった。
それこそ、最初は本当に、それぞれが異なる異性に叶わぬ片思いをするのを応援しあう、同士のような関係だったのだ。
学年も違うし、バスケ歴も違う。
それでも、お互いの境遇に共感し、お互いの空気を心地よいと思うほどに、二人は親しくなっていった。
家のある方向が近いというのもあり、登下校をよく一緒にしたのも、親密さを増す要因だったとリョータは考える。
そして、いつしか。
本当にいつの間にか、と言っても良いくらいに。
二人の心の中は、異性への片思いよりも、バスケそのものに対する比重がかなり大きくなっていった。
必然的に、バスケに打ち込めば打ち込むほどに。
リョータと花道は、お互いがお互いをよく知り、必要とするようになり。
どんどん、心理的にも身体的にも距離を縮めていくことになった。

とは言え別に、二人の関係性は、友人と言った枠からは外れていない。
二人にとって、互いの関係は、学年の違う友人、先輩後輩、バスケ仲間という括りのままだ。

ただ、時折それを逸脱したように、互いの心身が深く触れ合うだけだ。

今、この時のように。


ちゅぷ、と音を立てて、花道がリョータの指を解放した。
「あめーし、うめーな」
きろり、とした瞳はリビングの室内灯を受けて、明るく輝いている。
いつもならもっと、喧嘩を売るような強い眼差しをする癖に。
今日に限って、とろりとした優し気な眼差しを向けて、更に口を開いて待ち構えている。
仕方なしにリョータが再度チョコの破片を口に入れてやると、途端に花道の柔らかい熱い唇が、ちゅう、と吸い付いてくる。
……ッ」
花道の口の中の熱さを感じて、リョータの頬に朱が走る。
どろどろとしたチョコが、花道の口の中とリョータの指の体温のせいで溶け、リョータの指に絡む。
それを、花道が心底美味そうに舐めしゃぶっている。
余りの熱さに指がふやけそうだ。
べろべろとした舌の熱さと同時に、立派に生え揃った健康的な歯の存在感も感じられる。
時折リョータの指を甘噛みするように吸い付いてきて、そのたびにリョータはぴくりと身を跳ねさせた。


そうやって、たっぷり数分間かけて、花道がリョータの分のチョコプレートを食べきる頃には、リョータの指は完全に熱くふやけた状態になっていた。
自分の指の惨状を見遣りながら、リョータは力なく呟いた。
……おめーさぁ」
「んー?」
呑気な声と態度で返事をする花道を、リョータがじと、とした目つきで見遣る。
──何なんだよ、本当に、マジで。
チョコプレートの自分の分を、ルーティンのようにうっかり砕いたと思ったら、それを食わせろ、と言ってきて。
挙句の果てに、チョコの欠片と一緒に、指も悪戯のように散々舐められ甘噛みされた。
何度も花道に舐められた指先は、じんじんとした感覚が残っている。
食べ物を粗末に扱ったことを咎めるならまだ分かる。
そんな予想を遥かに超えた行いに、リョータは戸惑い続けた。

すると、花道は、

「チョコなんて、どんなカタチでも、食っちまえば全部同じだな」

こういうことを、ひそりと呟いた。



リョータは、それを聞いた瞬間、目を見張った。
思わず、花道の顔を凝視する。
花道は、相変わらず食べ終わったばかりのチョコレートを堪能するように、口の周りをぺろりと舐めていて。
それからリョータの方を、じっと見つめ返してきた。
間近で見た人間だけが分かる、花道の薄い目の色だ。
喧嘩を売るでもない、それでも強い眼差しでリョータを射抜きながら、語り掛けてくる。

「リョちんが、これからもチョコ、バキバキに砕く、ってんなら、俺がそのチョコ、全部食ってやるよ」

言われた言葉を咀嚼し終えるよりも早く、リョータは花道を見上げた。
……あ?」
随分と、間の抜けた声が出る。
何だなんだ、こいつは、一体、何言って──。
そう思っている間に、花道は更に言葉を継いだ。

「リョちんがチョコ、バキバキにしなくなるまでな」

そういうことを宣言して。

花道は、ニッ、と笑った。





その言葉を聞いて、リョータは瞠目した。
何かを言おうと思って口を開いても、思いが喉を塞ぎ、ぐるぐるとリョータの胸に滞留している。
今、この年下の癖にバカでかい図体の友人は、何を言ったのか。
リョータにとっての、チョコプレートを砕く行為は、ある意味自分の中の劣等感と罪悪感の代償行為だ。
自分の言った言葉が呪いのように、言霊のようになって永遠に海に連れ去られた兄への。
そして、兄の代わりにも父の代わりにもなれず、苦労と心配をかけてばかりの家族への。
そんな行為に対して、花道が、言った言葉は、まるで。
まるで──。

………はな、」

幾つもの思いが言葉にならず、やっと口を突いて出てきたのは、目の前の男を呼ぶ声で。
だがしかし、名前を呼びきるよりも前に、リョータの目に飛び込んで来たのは。


「もーらいっ」

花道が、リョータの分のケーキの上に燦然と飾られていた大粒の苺を奪い取り、口に放り込む光景だった。

それを、目にした途端、リョータは夢から覚めたように、身体を跳ねさせた。

「てっめ、花道!!! 何勝手に人のイチゴ食ってんだよ!!!」
すかさずリビングの床に花道を引き倒して、馬乗りになる。
すると花道は、組み敷かれた体勢のままからからと呑気に笑っていた。
「チョコもイチゴも、変わんねーだろ」
「イチゴは食って良い、っつってねーだろが!!!」
大粒の苺を口に咥えたままの花道の顎を掴み、ぐぐぐ、と開かせようとするが如何せん、並外れた馬鹿力と食い意地を誇る男だ。
もごもごと苺を頬張り、咀嚼し始めた花道を見て、「あーーーーー!!!!!」、と声が出る。
「てんめぇ、花道! よくも俺のイチゴを……!!」
「ウカウカしてるからわりーんだぞ!」
「てめ、返しやがれ!!!」
「インハイでもこんな風にボール取られんじゃねーぞ、キャプテン!」
ナマ言ってんじゃねーぞ、コラぁ!!!」
リビングの床の上で、くんずほぐれつの攻防が始まった。
とは言え、お互い明後日からは二人にとっての大事な大会が始まるので、勿論本気で喧嘩などはしない。
子供同士の喧嘩のように床でドタバタと暴れていると。

……リョちゃん? 桜木くん? 何、しとんの?」

いつの間にやら買い物から帰宅していたリョータの母が、妹と共に目を丸くして此方を見つめていた。


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『こんな夜遅くに暴れると、近所迷惑だから、やめなさい』
リョータの母から苦言を呈されて、あっさりと二人の子供じみた喧嘩は終戦した。
それから、リョータが本来の目的を思い出したように、ビデオデッキに相手校のビデオをセットして、再生を開始する。
ローテーブルに二人身を寄せ合って座り、今は黙々とケーキを口に運んでいた。
結局、花道がチョコプレートも苺も食べてしまったリョータの分のケーキは、花道が食べることになり。
当初、花道の分として渡されたソータのプレートの載ったケーキを、リョータが食べることになった。
流石に兄の分のプレートを砕くなんて真似は出来ないので、リョータは大人しくチョコプレートをそのまま頂いた。
口の中に溢れる大粒の苺の甘酸っぱさと、生クリームの優しい甘さが心地いい。
そんなことを思いながら、リョータは既に氷が殆ど溶けかかったアイスコーヒーを飲み干した。
………
黙ったまま、花道の方をちらりと見る。
花道は、テレビ画面に映った映像に視線が釘付けになっていた。
その、思いのほか真剣な眼差しと横顔に、目を奪われる。
花道自身の努力の甲斐あって、1年前よりもずっと、彼なりにバスケのことが分かるようになり、試合の流れやプレーの良し悪しも判断できるようになってきた。
そういった意味でも、バスケの試合を映しただけの映像でも、面白いのだろう。
ふと、花道の口元に、生クリームが付いたままなのに気づいたリョータは、手を伸ばした。
「花道、くち」
言いながら、指でクリームを指で拭い、自然な流れのように、リョータが指のクリームを舐めとる。
視線を感じて見上げると、花道は酷く赤面していた。
──いや、さっきお前がやった指舐めのが、よっぽど恥ずかしくね?
そんなことを思っていると、俄かに花道が口を開いた。
……はずいコトすんなよ、リョちんこ」
照れがあるのか、随分と小さい声で言ってくる後輩の膝を、宥めるようにぽんぽんと叩く。

「ほら、前、集中」
そう言って、再び画面に意識を向かわせる。

「ガンバろーな、インハイ」
リョータがそう呼びかけて。
花道が小さく「おー」と返した。

リョータと花道が二人揃って過ごす、高校の最後の夏は、もうすぐそこに来ていた。


<終>