2017/10/24『リチャード3世』観劇感想

夜公演を見ました。ネタバレなので自己責任でお願いします。

狂宴の開幕、宴の後の静寂の閉幕。

マーガレットが踊る時に呪いが発動しているのかと思ったけど、杖を携えて見えない誰かと回る彼女は呪いそのものと踊っていたのか、それともリチャードの夢の中で姿かたちを変えて繰り返し呪いを吐く亡霊に彼女もまた踊らされていたのか。

最初から一貫して権力闘争する人間達は滑稽でなにかがおかしい。
地下空間の閉鎖された場所のような舞台の上で重い鉄の扉の向こうで勝手に踊って、勝手に怯えている。
最初から最後まで無言の圧力があって『権力に踊らされる人間はこんなにも可笑しいんだぞ』と静かに強力に舞台の裏手から透けて見えるような、耳元で呟かれているような。

きっとマーガレットの呪いさえ小市民からすれば滑稽で、雨雲の向こう、鉄の扉の向こうでの出来事。遠い場所の話。
銃声は小市民に届かない、だって誰も彼を愛さないと彼が自分にとっての真実に辿り着いてしまったから。
ほかの何も彼は愛さなかったから。

自分はルサンチマン的思考をしている自覚がある分、最初から最後まで『お前等は何を勝手に騒いでいるんだ』という感は否めなかったけど。

それはそれとして。
なんであんなにヒールで颯爽と歩けるんだ今井さん。
足を組み替える動作もあれを教壇の上でやってたらただのえっちな女教師AVだった。黒網タイツにタイトスカートはあまりにヤバイ。でも脚が健康的に逞しすぎて色気より(あ、すげー格好良い)っていう感想の方が先に感じた。
あと佐々木蔵之介のシックスパック凄い。

ロックミュージカルのように歌とサックスが響いてまだ頭の中で鳴っている。
圧政者よ『この世に思いを絶って死ね』。


追記2017/10/25 11:33
『玉座獲りゲーム開始。』のキャッチコピーはミスリードか、それか失敗だな。
あれに騙された気がする。
玉座を狙うんじゃなくて、もう、椅子取りゲームの参加者を消していくゲームを不成立にしていくものだったから。
だから、リチャード3世が死んでようやく舞台の幕が下りるんだな。

追記12:08
血と罪、罪に目覚め、この世に思いを絶って死ね。――あの例のフレーズ。
あれは自覚・啓発を促す無意識下からのリチャード3世自身の声なのかもしれない。
だって罪に気付かなければ人は絶望も罪悪感も覚えないから。
リチャード3世が自分が重ねてきた罪に気付いて絶望したのは『誰も俺を愛さないという予感』からだったけど、それに対して悲しみさえ覚えなかったら彼は引鉄を引かなかった筈な訳で。

追記19:16
改めて思った事。
マーガレットの不倶戴天の悲しみや憎悪も、リチャード3世の愛されない事の悲しみも、陥れられ裏切られ殺されていった人間達も。
誰にも感情移入出来なかった。
正直に言って同意も納得も出来るけど理解は出来なかった。
「だからなんだ、誰が王様になったからって何が変わるんだ?」
「じゃあ逆に誰が王様になれば被支配者層の国民は万歳と帽子を掲げるんだ?」
そういう気持ちが観劇中ずっと頭にあった。
私の視点はきっと、鉄の扉の向こうの市民だったし、雨の広場で沈黙していた市民だった。
多分だけど。


追記2017/11/23 22:14
もしも『リチャード3世』がエディプス・コンプレックスの物語だったなら。

リチャード(グロスタ公)にとって
自分を外界から守り閉じ込めるもの、同一化ないし所有化を目指すもの=母:玉座、アン王女。
自分を啓蒙し外界へ引き擦り出すもの=父:マーガレット、バッキンガム公その他彼の周囲の存在すべて。

かもしれない。

『父を殺し母と交わる』のエディプス・コンプレックスの克服すべき呪いは、すべて彼が呪いを実行してしまったので。
本来おそらくバッキンガム公の手を取るのは死の間際ではなく未来の王政の為に必要であっただろうし。
玉座を望むのは間違いではないけどその為の筋道や選択を間違えたのかもしれない、オイディプスのように。

そうして見た時に、もしかしたら彼のアンティゴネに成れたかもしれないバッキンガム公を彼は殺してしまったので、ああいう自ら幕を下ろすような結末になったのかな。

という事をふと思い付いた。



〈思い付き次第追記〉