クライムオブザハート感想

2017-09-04の夜公演です。

思った以上に席が舞台に近くて死んでしまう。死んだ。ローチケ神席用意してくれてありがとう。死んだ。

舞台中央席前列から数えて2列目通路から2席目という好条件すぎる好条件で見たんですが。
岡本さん、ちっっっっさ!
だいたい6等身以上ある!
ぎゅっとまとまってる!
顔に栄養行った所為で身長伸びなかったタイプのイケメンだあれ!
多分ヒール履いたら私の方が背が高くなる!
小さい、小さいということが分かるくらい距離が近い!
ていうかイケメンなのに可愛いって反則か意外と可愛いお顔立ちなのかな!
あと髪めっちゃふわふわしてそうでとてもリンスインシャンプー自然乾燥とは思えない!

という感想がドーンと押し寄せて圧迫されて死にました。死んだ。すき。格好良い。かわいい。思い出すだけでなんかもうむり。しんどい。とうとい。私が生きてるうちに高橋和也さんと舞台で共演して(?)

たった一度の出会いを引きずるような、個人的恨みを引きずるような、若くて器の小さい男なんだけど「個人的恨みに囚われて振り回されるよりもっと大事なことがある」って言えるのは、とても良い事だなって。彼は少なくとも良い人生を経験してきたからそれに自発的に気付いたんだなって感じた。勝手に。原作と映画は見てないから知らん。

怒涛のような言葉の渦中に放り込まれて掻き回されるようなそんな舞台。
女きょうだいだけじゃなく、女家族ってこんな感じだよなと身につまされる描写が多々あり。
「女は生まれた時から女」なんて言葉があるけど、角度を変えて捉えると、人の生き死に・法律的な罪・仕事・家庭や恋愛……山積みの人生のしがらみさえ女の前では些事、というか。
日々生きていく為に悲しい哉、女は適度に身繕いを整えないといけないし、明日という近未来の為に昔を思い出してもすぐ今の事を考えないといけないし、自分以外の事をやらなきゃいけないし。
だから今話してる話題が急に飛んだり戻ったり話題そのものがころころ変わっても全部繋がっているんだよ。

……って事だと思うんですけど、自分はそういう『女独特の話が前後したり急に話題変更したりする脈絡のない・文言化されてない暗黙の了解等が存在する前提ありきで続行される・主語が省略され指示語やこそあど言葉のみで行われる会話』っていうのが、他人とならお互い心構えや気遣いがあるからもしそうなってもある程度修正可能だから大丈夫なんだけど、身内同士で会話すると本当に色んな前提をすっ飛ばしていきなり始まったりするから苦手で耐えられないので、女四人の会話シーン割と苦痛でした。マジで。うわーそうだ女ってこういう会話するわ! ってなった。岡本さんのパンフの言葉の意味が分かった瞬間でした。


カーテンコールで舞台奥のセットの木に向かってみんなが見上げてピースしたり手を振ったりしていたんですが(ピースしてたのは岡本さん)。
あれは、しゅうさんへのメッセージなのかなってちょっとほんわかしました。ほろりと来るというよりは、それが自然な事であるような。
しゅうさんは、三姉妹のおじいさんだったり、三女の夫だったり、長女の元恋人だったり。電話の向こうの人だったんだと思うのでした。

でもなんかとりあえず最後まで見終わった時に「えっこの斉藤直樹さん演ってる役を中嶋しゅうさん演るつもりだったのモテモテやんかおいしすぎない?」ってまず混乱した。田舎のモテ男の役がやりたかったんだろうか(身も蓋もない)


この戯曲のテーマとしては『Life goes on.(人生は続いていく)』なんだろうなと思った。

自分に関わっている人間関係の数だけ自分という人間以外の感情やしがらみに、気を取られ煩わされ振り回されて。
人生は生きている時、最悪だと思う時の方が最高だと思う時よりきっと多いし、喜びは一瞬で哀しみは続いていくけど、乗り越えないといけないし、乗り越える方法を学んでいかないといけないし。
いつか人は自分の人生について誰かに自ら進んで話さなければならない時が来るし、そうしたいと思う時がくるし、話したいと思う事は人間的な欲求で、それはきっと、一人で生きるのも死ぬのも怖いと分かっているから、誰かに自分にとっての真実を話したいと思うんだろう。

……と、いう感を得ました。個人的に。

あとすごい個人的な事なんですが斜め後ろの席に近藤芳正さんがいました多分。思わずググったけど多分そう。長袖ノーカラージャケットにTシャツにラフなズボンに眼鏡で、一人で見に来てたのかもしれない。チラチラ見てすみませんでした。