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ダベミ
2023-07-12 23:55:47
12559文字
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ダブルハンターXの8話をこうしたいってイメージがありました
ほぼ2年ぶりの投稿なので実質初投稿です
それにしても生物の気配がない。
「ほんとにここで合ってるんだろうな?」
不気味すぎるくらい静かな廊下を歩きながら、俺は傍らの相棒の方を見る。
警備員の一人くらいいたっておかしくはないのだが、人の気配が全くない。なんなら天井から釣られた監視カメラの類いの電源すら入っていない。明らかに不用心、いや、それ以上。
入ってください、と言わんばかりだろうよ。そもそも裏口どころか正門に鍵がかかっていなかった
……
ってのはさすがにやりすぎだ。
───罠。
直感働かせる以前、もっともっと初歩的な段階で明らかに誘っている。しかも、行けばどうにもならなくなる。
んなことは分かってんだよな。
盛大に溜め息が漏れ出す。めんどくせぇ、めんどくさすぎる。
が。
分かっていても進むしかなくて、心中どうにも落ち着かない。
「大丈夫ですよ。ここまで来れたんですから」
気休めにもならない言葉がかけられた。
そういうフラグを立てんじゃねえよ。言うんだろ?こういうのをフラグって。
「だといいんだけどな」
はあ、と再び溜め息吐いて歩き出す。
時間ならいくらでもあるんだ。焦る必要は無いんだ、そう思ってもなんだか胸はざわついて仕方がない。
「無事に帰るぞ」
……
夜はまだ始まったばかりだ。
◆◆◆
.8 さーちんぐ[みつける]
ことの切っ掛けは数日前まで遡る。
「そんなに考え込んでも
……
仕方がないですよ。振り出しに戻ったんですから」
そう言う相川の声も心なしか沈んでいる。
無理もない。やっと掴んだはずのヒントが全て泡と消えてしまった。
闇夜の攻防、酒月 了を模した謎のファニーボイスボサおが何者かに処された夜から三週間。
その三週間の間、簡単に言えゃなーんにも進んでいなかった。
切っ掛けは無く、敵からの攻撃は無く、新情報は無く、本当に事件のひとつも起きやしねえ。俺が来たばかりの頃の✕✕市そのもののような平和な日々が訪れ、そしてただだらだらと過ぎていっていた。
異常な珍事が確実に明らかになるであろう証拠の類いは、もう消え失せたに等しい。繋がっているものが何一つ無いのだ。
俺達に残されているのは、以前開示された
……
日千社長から署長に送られた資料の一式と、ビデオテープくらいか
……
が、あれらは新しい情報には繋がっていない。
『おおよそ、常人ならまず存在を信じることのない組織がある』と言う資料だが、それでも作り物と言われても仕方がないくらい、内容がぶっ飛んでいる。ぶっとびすぎている。ぶっとびすぎているから問題だ。
信用できねえだろ、そんなモノを。人は。
しかもさらに厄介なのは、今まで相川周辺で起きていた特殊能力を利用した犯罪が、ここに来てぴたりと止まってしまったことだった。
「くそ」
机をどかん、と叩いたところでやはりなにも起きない。相川はちょっと困った顔をしてこちらを見てきたが。
……
お前こそもっと焦らなきゃダメなんじゃねえのか?自分の出生の謎とかその辺が追えなくなりそうなんだぞ?お前を付け狙う変な【組織】とやらも見つからないかもしれないんだぞ?
「僕だって焦りますよ、そりゃあ。だけど
……
」
「あ?だけど?」
「こういう時は焦っても仕方がありません」
俺の相棒は、思った以上に大人だった。
「それに、」
「
……
なんだよ」
しかも、こう付け足してくる。
「何もないなら何もない方がいいじゃないですか」
「あ~~~
………
?」
はた、と。天井を仰いで、気付いた。
それは確かにそうだ。
平和なら平和な方がいい。相川も、変な組織に狙われてねえんならその方がいい。
俺の方だって、ようやく了を名乗っていた偽物も処したし、安心院や坂口に連絡取ってた『了』が誰なのかも分かったし
……
いやダメだ、あのファニーボイスボサおが───
「平原さん、【岩藤】ですよ」
……
ああそうそう、【岩藤 円尾《イワフジ マルオ》】だ。了を名乗って変化していたあの男。俺達が取っ捕まえた損ねてしまったその岩藤が、誰に撃たれて殺されたのか、そこら辺をはっきりさせねえといけないんだ。
ちなみにあの日一緒に死んだもう一人の方は、探しても探しても該当する人物が見つからない。少なくとも✕✕市の住人ではない。
そもそも『了は了じゃなくて最だった』っていうところから一旦整理したいとこではあるんだけど。
「まだそれですか?」
「
……
っせえな!俺としてはまだ納得行ってねぇの!そう簡単に納得できるかよ!」
俺がずっと相棒だと思っていたやつの名乗っていた名前が、まさか別人のものだった
……
なんていきなり判明しても、はいそうですか、と飲み込めるはずがない。
それが人間の心情ってもんじゃないですか。違いますか、あなた?
本名が最だとして、俺は了って呼んでたし。
て言うか本人も了のつもりだったんだろ?
なんだっけ?本物の了が持っていた能力
……
『作り替える能力』で、了と最の容姿をまるまる入れ替えたんだっけ
……
?ああもう、そっからなんだよ俺の理解は。
大体、なんだよ『作り替える』って。
そんなまとまりのない思考のまま、今日もなにも収穫無く1日を終えることになりそうだった。
「銃の能力、多分笹塚を殺したやつとも、了さんを殺したやつとも同一ですよ、きっと」
ふと、相川は突然そんなことを言う。
「
……
あ~~~?そんなこと、なんで分かるんだよ?」
「いいですか?【望郷の組織】は、最と同じ能力に目覚めた僕を消そうとしていたんです。彼らにとっては、この世に同じ能力は二つも必要の無いものですよ」
「だからって
……
あ。」
つまり、だ。
その銃の能力
……
詳細は不明だが、とにかくその銃絡みの能力は、恐らく一人しか存在しないだろうということだ。
だが、ここで疑問が生じる。
どうやって、そこにいたのか。
どうやって、その場に『能力』を行使したのだろうか。
笹塚の時、了の時、そして前回。どれもが、一般人ではそうそう辿り着ける場所ではない。それ以上に、全ての現場に出くわしていないといけない。
まさか実は、ずっと、もっと、身近に能力者がいたとでも言うのだろうか?
例えばまさかと思うが───
「署内に既にいる?」
「ですけど、藪茂さんは読み取った中にそんなの無かったですし
……
」
「消してるって可能性は?」
「無くはないですけど、そうすると前回の件がうまく説明できません」
「二重人格とか」
「まさか。僕が読んでる限りそんな素振りないですよ
……
」
「他に怪しそうなヤツは?」
刹那、ちらりと視線が合い、
「えーと
……
ああ
……
でも分かんないな
……
」
明らかに言葉を濁された気がした。
にしても、藪茂が違うとして。
候補に上げられる人間があまりにも少なすぎるから。だからこそ疑いたくて、だけれども疑いたくなくて。
やっぱりまとまらない答えを今日も自宅に持ち帰るのかと思った矢先、それは来た。
がらり、と。
「煮詰まっているわね」
「いきなり何が
……
署長!?」
現れたのは白馬署長だった。ハクバと書いてシロマ。美脚が白い馬みたいで確かに綺麗だなと改めて思った。いや、んなことはどうでも
……
おい相川、こっち見てクスクス笑うな。
「なに?」
「いえ、なんでも
……
」
「そう?では
……
二人に少し頼みがあるの」
肩を竦めてから、署長は俺達に改めて真面目な顔を向ける。
それからひっそりと、胸元からひとつ封筒を取り出した。
差出人の名も、なにもない、飾りっ気のないただの茶封筒。そこからするりと取り出されるのは、便箋のようなものだった。
「確実に、罠よ」
署長が言いながら、便箋を俺達に見せる。
「これ、は
……
」
そこに書かれていたのは、告発のような何かだった。
◆◆◆
さて、ちょっと話が逸れるが聞いてほしい。
この✕✕市には、✕✕市の経済を支えていると噂されるほど有名で、巨大で、素晴らしい企業が多く存在する。
その中でも特に素晴らしいものを、市民は栄誉を称えて【✕✕市三大企業】と呼んでいる。
ひとつが、透明犬の飼い主がいる【ドドメキフーズ】。
ひとつが、署長の友人である日千社長の経営する【サンデー出版】。
そしてもうひとつが、【イリクサ製薬】と言う製薬会社だ。
【イリクサ製薬】は古い会社らしく、その起源は江戸時代だかの薬売りにルーツを持っており、そこから企業として成り立ったそうだ。
薬品メーカーとしてもそうだが、これまでの人体データや豊富な経験を生かして作り上げたメイク用品や、別な会社との共同で作った試験用具、その他多くのジャンルに精通しているのが特徴である。
例えば、フィットネスジムの経営もやってたとからやってないとか。
そんな幅広ーく、手広ーく仕事をやってるとんでもない会社がある。
そんなにとんでもなく手広い仕事をしていたら、どこかでほころびが生じてもおかしくない。あるいは有名になり、✕✕市以外でもその名を聞くようになるかもしれない。
【イリクサ製薬】のスゴいところは、流通ルートを制限することによって輸送などのコストを低減し、それによって原価を下げることに成功したことだ。
地産地消、みたいなものだと思ってもらえばいい。要は✕✕市にのみに販売を絞っているのだ。
代償として、✕✕市内でしか知名度はないけれど、支えられ、皆から愛された結果、しっかり大企業として成立していると言うところは、本当にスゴいと思う。
◆◆◆
さて閑話休題。
先程の署長の便箋には、このようなことが書いてあった。
「イリクサ製薬に、怪しい人間がいる
……
?」
なんでも、どうやらイリクサ製薬の役員の中に『日本の力を取り戻す』と宣言しているものが数名おり、それが非常に怪しいらしい。
そして彼らは、✕✕市にしか流通を持たないはずのイリクサ製薬において、どうも桁が普段よりも全然違う、全国規模での商戦を見越したプランを練っているらしい。
最近になってそんな垂れ込みが来た理由は、該当の役員の立ち居振舞いが普通に怪しいのと、さらに怪しい噂が立ったかららしい。
その噂と言うのも、これまた噂でしかないのだが、どうも身寄りの無い子供を引き取って世話しているらしい。
そうして彼らを会社の地下にかくまっているらしいとか、或いは地下でえげつない研究をしているらしいとか、そういう噂が後を絶えないため告発者もほとほと困っているらしい。
……
らしいらしい、って結局それほんとなのかどうかわかんねえじゃねえか!イカれてんのかよ!
「なあ、これって
……
」
「
……
」
こんなぼんやりした内容でどうしろって?
「いやぁ、明らかに
……
」
「でしょう?罠よ、これは」
「だけど」
だけど、だ。
これは、チャンスだ。
今何のヒントもない俺達が、これを逃す手はなかった。
だって、これを見逃したのなら、どうなるか分からない。告発者が死ぬ?俺達が死ぬ?それとも✕✕市がとんでもないことに?
そう言うあらゆる可能性がある。
乗るしかない。
乗らざるを得ない。
「
……
それを見越しての、告発文」
悔しいが、ゼロよりは1の方がいいに決まっている。
「我々はこの餌に、見え透いた罠に食いつく他がない」
所長としても苦渋の決断のようだった。なんせ、手のひらに爪が食い込んで内出血でも起こしたみたいな痕が残っていた。
そりゃそうだ。仲間が、部下が、明らかに罠と分かっていて、まして死ぬかもしれない危険な場にわざわざ足を向けると聞いて
……
それで両手を挙げて送り出すバカはいねぇだろう。
だからこそ
……
所長の悔しさが目に見えてしまったからこそ、断る理由がなくなった。
そもそも今の状態じゃ逮捕状や捜査令状も取れない。有効な証拠がないんだから当たり前である。と言うことはつまり、夜に紛れて潜入捜査するくらいしか、実態を掴む方法がないと言うわけだ。
これってすっげぇ、敗けの可能性が高い賭けだよな。
「行くぞ、相川」
「え、でも」
「罠にかからなきゃいいだけだろうが、こんなもん。餌だけ食って帰るんだ」
バッチリ決まった、かもしれない台詞を受けて、とうとう相川が信じられないみたいな顔をした。
「そんなこと、出来ます?」
◆
「出来なかったねぇ~」
できなかった。
「は
……
へへ
……
恥ずかしいよねぇ~
……
」
ここに至るまでを簡単にかいつまんで説明する。
死んだような廊下を歩いて数分、待ち構えていたのは無機質な倉庫のような部屋だった。中には男が一人と、パイプ椅子が数脚と、行きと帰りの扉だけ。
シンプルイズベスト、断捨離を極めきったみたいなあっさりしすぎた部屋にたどり着いた。
そして、つまり───結局のところ、俺達はしっかりと罠にかかっていた。
いや、かかったと言うか、何と言うか。
「残念だったね
……
ここから先にはいけないよ
……
」
謎の男がにやにや笑いながら言った。
こいつもどこから湧いたか分からないのだが。
「いやぁ、すごいですよこれ!」
もうやることがなくなってはしゃぐしかない相川が、来た道に続いていたはずの扉の向こう側を覗いた。すると、そちらからも相川の顔が見える。
なに?
これ?
ばぐ?
こわいこわい。
なんか、こういうのあるよな。特撮もので見たことがあるような気がすんだけど。
「うわー
……
時空を歪ませる能力?ほんとにゲームみたいだ、こんなの初めて見ました。実現できるんだなぁすごいすごい」
さて、これを見た相川はめちゃくちゃテンションが上がっている。
「な、なに?なんなの、どうしたのお前、その
……
なんか
……
すごいはしゃいでんな」
「はい!僕の好きなゲームにそっくりなんですよ、この能力!」
「ああ、そうなの?こんな感じなの?」
相川はたまにワケわかんないことを言う。俺にはさっぱり分からん。なんの話だ?
「時空を歪ませてる
……
すごいですよ、恐らく時空操作の能力ですね。こちら側の扉とあちら側の扉の空間が繋がってるんです!」
「お、おう
……
」
「ほら!見て!見てこれ平原さん、ほら!あっち側に僕の手が出てますよ!ほら!!」
「おう
……
」
俺から離れた方の入り口に相川が手を入れ、遠く離れた部屋の反対側から手がふりふり振られている。現実には有り得ないが、そこで確かに起きている現象がそれだった。
つまり今は、右と左の空間が繋がっている、完全ループ状態ってわけだ。いや最初期のマリオかよ。
にしても
……
相川の目がキラキラしている。しかも別人みたいにベラベラ喋るので、さすがに面食らった。お前、こんなやつだったの?
まるで子供みたいだった。なので、これは敵による妨害行為なんだよと言う事実を伝えそびれてしまった。
いや、なにしてんだ俺も。
「
……
あのー」
さすがにたまらず、男が口を開く。
「なに?どうしたの、ああ、ありがとう謎の男さん!」
「いやあの、ぼくにもちゃんと名前が
……
」
「こんなの初めて見た。すごいね、僕ほんと感動しちゃって!」
「あの、えっとぼくは、あの~
……
」
「ねえ男さん!」
「【古金《コガネ》】です、ぼくあの」
「こがねむしさん!」
「コガネです」
「いやー、すごいな。時空操作ですよね?これがミッションクリア型のゲームなら、めちゃくちゃ活用してますよ」
「あの、ねえ、ぼくの話聞いてるかな
……
」
「どういう理屈で成り立ってるんだろう、これ
……
外側からは入れないのかな、きっとここだけ隔離されてるんだろうし入れないよね」
「え、ちょっと本当に何
……
?まあ、入れないと思うけど
……
」
めちゃくちゃはしゃいでいる。
敵の話を聞いてないくらいには。
「
……
で?古金とか言ったな。お前なんなんだ、妨害工作のつもりか?」
「あ、やっとそれっぽい雰囲気になった」
「俺が締めねぇと締まらねぇんだよ、空気が。それなりにシリアスだろ今」
仕方がないので俺とこいつで対峙する。
外に出られない、外から入れない。ここは完全に隔離されている状態、らしい。
それならこの古金をぶん殴ってか何かして、この状態を解除させないと俺達も進めない。
「えぇ~?まだ楽しめますよ、これ?」
「おめえは黙ってろ!!」
時空転移の奇妙さにまだ焦がれている相川はともかく、俺は冷静になろうと勤めた。
「ふふ、いいじゃないですか」
「よくはねぇんだよ、よくは。あのね、俺らはさっさと中に進まなきゃなんねぇの」
───そうだ。
そもそもなんで潜入調査しようとなったかっていうと、イリクサ製薬に情報が残っている可能性があるからだ。
罠だとしても、ほんの一夜で痕跡の全てを消すことは難しい。
商戦のプランやらが見つかる可能性は大きい、それ以外に怪しい役員とやらのリストもあるのでそいつらのデスクを片っ端から見ていけば、必ず何かのヒントがあるはずだ。
地下の空間が見つかれば万々歳だし。
……
まあ、相手が超能力者集団なので、その可能性が露と消える可能性も当然あるのだが。
「だから、ぼくは足止め
……
」
「ふぅん?本命ではねえ、ってことか」
「ふふ、どう思ってもらっても、結構
……
」
「あ~~~?はっきり喋れよ。何が目的だ」
イライラしてきた。
そもそもなんだこいつは。はっきり喋れ。
「時間稼ぎ、だよ
……
」
それに、なんだって?
時間稼ぎ?
時間を稼いでなんとするって?
「
……
僕達をここに閉じ込めて、仲間が来るまで持ちこたえようとしてるってこと?」
やっと次元ぶっ壊れドアに興味を失った相川がはっとしてこちらを見る。
「まあ、そういうことに、なるかな」
古金が言葉を濁しつつも、確定的に明らかな事実に首を縦に振った。
「やっぱこいつ殴るか」
結論は出た。
「今回に関しては同感ですね。さっさと仕留めないと不味そうです」
「それ、お前が言うんだ」
あんだけはしゃいでたお前が何を、と思った。澄ました顔をしているが、数分前までは興奮で目をキラキラさせて、いつまでもこれで遊んでたいって訴えていたんだ。
まあ一旦それを忘れるとしても、だ。
どうすりゃいいのか考えるまでもない。
能力を無理矢理に解除させる。
その方法はもちろん、暴力だ。
「あ!あ!あ!うそだ、そんなことするんだ!ひどいよぅ!」
古金が声を上げたが、そんなことは知らない。
「るっせぇな。殴られたくねえんなら、この空間の変なの解除しろ!」
「ふ、ふ、ふ
……
それは無理だね、ぼくが意識を失わない限りは」
「だってよ相棒!」
「うん、殴りましょう」
「だな、手っ取り早く気を失ってもらうぞ」
「え!
……
え!え!なんで!」
今の流れで「なんで」はねえだろうよ、と溜め息が出てくる。
殺すつもりはない。ただ、この場で意識を失ってもらうだけだ。
基本、能力者ってのは自分の意思でこうした超常現象を起こしているらしく、ひとたび意識を失えば制御が出来なくなるようなのだ。
簡単に言えゃ、こいつの場合は現象の解消。
つまり繋がっている両方の入り口(もしくは出口)が解除されて、向こう側に行けるようになるって寸法だ。わかりやすい。
「というわけで一瞬だ、まあ暴れなさんな」
「そ、そうは行きません」
と。
生意気にも古金は対立を表明し
……
いやそりゃそうか、もともとこいつは俺達を足止めしてえんだから当たり前か。と言っている場合ではない、古金はパイプ椅子の一脚を折り畳み、よろよろ持ち上げている。
筋力足りてないんじゃねえの?
「ふんっ」
よろっ、と振られたそれに当たるわけがない。
……
のだが、少しだけ背筋が凍った。なぜだろうか、あれに当たっては行けない気がした。
それでも、ここで足踏みするわけにも行かない。ずっとここにいればこいつの思う壺なんだからな。
「
……
相川」
「はい」
ふたりがかりならなんとかなんだろ、と踏んで一気に襲いかかる。
「っ
……
!」
室内はそんなに広くない。
古金の背後は壁。逃げるスペースもそんなにはない。
一秒にも満たない時間で急激に距離が縮まり、腕を伸ばしかけて───
「
……
平原さん!」
到着の直前、相川が叫んだ。まもなく俺は右腕を伸ばすだろう、というところに、パイプ椅子の上の部分───背もたれと座席の間の、よく手をかけて持ち上げるだろう部分の隙間が迫っている。
もしかしてこれでどうにかしようと
……
とそこで花火が夜空に開いた時のような閃きが降りてくる。
そうか、こいつは空間を操作できる。
能力ってのは人それぞれだ。こいつ、このパイプ椅子の空いている部分も『空間の入り口』として認識することが出来るのかもしれない。
とすると、どうなる?切断マジックのような様相で、俺の腕は吸い込まれて別なところに出てくると言うわけか?
古金は、かかった、と思ったんだろう。
だが、俺には無敵のアイテムがある。
腕は止まらない。
相川も止まらない。
「
……
は?」
次の瞬間、驚愕の表情を浮かべているのは、俺の方だった。
「動かないで」
結論から言おう。
俺は、古金の能力の影響を受けていた。
「なんで
……
」
「あ~
……
?おい、なんだこれ?」
ふたりして驚愕する他ない。
アンクレット
……
そうだよ、【反能力装置】とかなんとか言うソレはどうしたんだよ。
今回はあれだよ?普段つけてない宝石だってつけてんだから。それのお陰で俺は、自分に害ある能力は食らわねえんじゃなかったんかよ。
脳で冷静を保とうとしても難しい。
空をかっきって、結局何も掴めなかった腕が虚しくグーパンしながら椅子の脚部側の方の空間からこんにちはしている。
テメエの方に向かって伸びているテメエの右腕っていうのもとにかく気持ち悪い。
このまま腕を引き抜けばいいだけだろうが、いやしかし、古金の能力解除とどっちが早いんだか。もしこの状態で解除されたらどうなる?
ええっと、今は繋がっていないはずの空間を無理矢理繋いでるんだから
……
。それを解除するってことは
……
。
「
………
」
最悪の想像をする。
空間が分断されたことで腕がちぎれたりしたら、もう目も当てられない。
「動かなければ、なにもしない
……
から」
古金がギラリと目を輝かせながら言う。
他方、相川は古金の左肩に掴みかかったものの、この状況を察知して凍りついたように動かなくなった。
「どう言うことだよ、これ」
「古い、ってことだよ
……
技術は常に更新されるんだから
……
」
訳が分からない。
「対策された?」
まるで意味が分からない。
今まで無事だったのが奇跡だったのか?
いや、それはないだろう。
……
ってことは、やっぱり相川の言う通り対策されたんだろう。こいつの力を凌駕するなにかを、古金は持っている。
「
……
とにかく。動かないで」
ギラリとこちらを睨み付ける古金の目は明らかに本気だ。俺をここに縛り付けるために、どんなムリでも通そうっていう気概があるってのが分かっちまった。
時間がないってのに、まずいぞ、これは。
ここで長く足止めされれば、こいつの待っているモンが来るだろうし、それが無いにしたって朝になれば全てが終わりだ。
と───
「あんまり、やりたくないんだけどな」
ため息を吐いてから、相川がぼやいた。
「え、な、なに?」
未だ少し重たそうに椅子を持ち上げている古金が、俺から目を離すことはない。
転じて、左側に陣取った相川を見ることは不可能だった。
「お前が僕達の対策をしてくるように、僕もまた、対策が出来てるってこと。能力の拡大解釈
……
ってやつかな」
妙に気取った物言いで相川が言う。
次の瞬間。
「貴方の脳に、入りました」
表現が難しいが、ズシッと空気が重くなる感じがした。肺の中に鉛を入れられたと言えゃいいのか、気圧がぐっと下がった感じと言うべきなのか。とにかく、全身がぐっとプレッシャーと言うか、何かの強い重苦しい力を感じる。
同時に古金はそろりそろりと俺から離れようとしているみたいで、能力を維持しながら俺の腕を引き抜こうとしているようだ。
……
奇妙な感覚が腕を支配する。自分からもそろりと腕を抜けば、あっさりと無傷でその場に立てている。
「
……
あ"」
古金が呻く。
無傷なのは俺だけらしい。
ボタボタ、と結構な水滴の音がして、見れば相川が鼻血を流していた。
……
は?
何がどうなってる、俺の理解を越えてなんかすんな!
「う、ぅ"
……
やめ、これ、止めて
……
」
「ッ
……
できない、相談だよ」
「ぁ"ぁ"ぁ"
……
ぁ"、最悪、気分悪い、だから
……
、ねえ、謝るから」
「できない」
コンクリートを染める赤。
やめろ、と俺自身もまた言葉を出そうとして、灰色に映える赤が目に映って息ができなくなった。まさか
……
トラウマって、やつ?克服したんじゃ
……
と自分に問うよりも早く、ぐらり、足元が揺れる。
ちょ、ッと待て
……
!血液を見ただけでこれか、情けねぇ!
……
と脳では完全に割り切れているはずなのに、なのに。
声が出ない。
て言うかこいつ、いったい何を
……
!
「や、うぅ"
……
、おね、が
……
」
「できない!」
「なんでも、する、から
……
」
「それなら!
……
今すぐこの部屋から僕達を出せ!」
「や、だ
……
やだ、やだやだや、
……
ッ!」
沈黙。
きっかり3秒して、喉に空気が詰まったような音を立て、古金が白目を剥いて倒れ込んだ。
どさり、がちゃがちゃ。
お前
……
一体、何をした?強烈な圧が消えた直後、全身に悪寒が走る。
「あい、かわ」
今はただひとつ、危機が去ったことだけはわかった。ようやく喉が機能し始めてくれたことに喜びつつ相川を見た。
「
……
はい」
それを見た。
生気の感じられない返答。
すっかり血走った目、だくだくと垂れ落ちる血、不自然すぎるくらいぼんやり輝くように見える金髪。てらてらと汗に濡れる、不気味なくらい白い肌。
目が。
あの目が俺を見るんだ。
ぞっ、とする。
あんなに一緒にやってきたのに、色々あったけどいいやつだと思ってたのに、なんで。俺の本能はこいつを遠ざけようとしている。
そんなことしては行けないと理性で言い聞かせたかったのに、声が上ずってどうにもならなくなった。
「な
……
んだ、お前
……
それ
……
?」
人間は未知を理解しようとする生き物らしい。
同時に、未知を恐怖する生き物だとも。
だからこそ、目の前のソレは未知でしかなく、恐怖の対象だった。
はは、やべ、足が震えてきたぞ。
「
……
すみません、隠してたつもりだったんですけど」
「は?隠し
……
」
「僕、自分の考えていることを相手に伝えられるようになったじゃないですか、以前」
「
……
ああ」
肺に入る空気が妙に冷たい。
「それの応用で、僕の声を相手の脳に
……
幻聴みたいに。直接浴びせられるようになりました」
指先がなんだかかじかんでくる。
次を聞くのが、怖くなってくる。
「それ、って
……
つまり?」
「相手の思考を僕の声で埋め尽くすんです」
声が耳に入るが、理解が到底及ばない。
「もう、そこまで来たら
……
これは、洗脳とかそういう類いのものです」
「洗脳
……
」
「笑いますよね。僕は
……
ひとつだけじゃなく、ふたつも能力が被ってる」
笑えるわけがない。
これは、悪用しないから平和なだけなんだ。
本来なら、そうして使うつもりもなかった能力だが、今回ばかりは譲れないと、だからこそ自分がバケモノになってでもそれを用いたと?
にしても、だよ。
あまりにも急すぎた。
急すぎたから俺自身驚きすぎている。
「ただ人の『声』を聞いているだけなら、こんなことできませんでした」
古金になんて投げ掛けたのか、怖すぎて聞けなかった。もはや返答の言葉が思い浮かばない俺は、ただ呆然とそれを見ていた。
「
……
でも、今回は
……
時間、かけてられないから
……
」
ぐい、と制服の袖で鼻を拭い、相川は努めて冷静でいた。
それにしても、なんで。やっぱり、お前は。いろんな言葉が脳に浮かんだがどんどん消えていく。適切なワードが見つからない。
「行きましょう。」
「
……
お、おう」
結局のところ、なんにも気の利いたことが言えない凡庸な俺の脳は、一旦考えるのをやめようとしていた。
たぶんそれが正しいんだろう。
だって、考えたところで、無駄すぎる。
俺が何をしたとて、相川を救える訳がない。
だから今はここを進んで、とにかく、こいつを狙っているやつらの正体を
「正体なんて、気付いたところで無意味ですよ、平原課長」
思考が途切れる。
聞いたことがある、声に。
「あ?」
顔をあげれば、確かにそこにいた。
「ああいえ、失礼しました」
……
都(みやこ)
……
だよな?
「なんでお前、ここに」
「何ででしょうね?」
ぱん。
なにかが弾けたような音がした。
「
………
っ、ひ
……
!」
うるさくはなかった。
しかし、相川の表情が引き吊っている。あ?どうした?俺の方見て、そんなにびびることあったか?と言いかけて、喉の奥からなにかが迫り上がる。
ごぽっ。
言葉も空気も遮断して、何かを言わんと開いた口から外界にぶちまけられたのは、俺の血だった。
意味が分からないと思った次の瞬間、胸元やら腹やら、焼けるような痛みが複数走った。あまりの痛みに手を置く。
ぬるりとする。
「即死とは行きませんでしたか。貴方も了さんも運がいいですね」
どうやってやった、とかそんなこと聞く余裕もなかった。
遠くから相川の悲鳴が聞こえたが、直後に都が打撃を決めたらしく、それ以上は続かない。
先程のトラウマもあってか、全身に力が入らなくなってきた。立ってられない、体が持たない。ぐらりと世界は歪んで、体はコンクリートに思いきりぶつけた。
どさりと倒れて、灰色にさらに赤を塗りたくっていく。
遠くの方に気絶した金色が見えた。
相川、確か
……
地面に色を塗るゲームがあるんだよな?それでなら俺、お前に勝てるかもな。
などと、時間稼ぎにもならない軽快なトークをしようとしたが、全然思うように話せるわけもない。
脳に浮かぶのはあの冷たい月の日のこと。
俺はお前とおんなじように死ぬかもしれない。
いやだっつったらいやだけど、死ぬんならそれがいいかもしんねえな。
なあ、了。
「運良く生きてれば、また会いましょう」
それが最後に聞いた言葉だった。
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