ダベミ
2021-09-20 21:00:13
16697文字
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これでダブルハンターXの5話も妄想しました

祝日に二回投稿は初めてなので初投稿です

情けないぜ、助けてくれ。
……なんて泣き言を言えるようになったの、生まれて初めてかもしれない。子供の頃は、言えなかったから。幼いながらに、分かっていたから。
僕を育ててくれた両親が、実は血の繋がった家族ではないことなんて、すっかり理解していた。
子供の頃の記憶がないように、今の家族のところに連れて来られた時の記憶は全くないんだけれど、それでもなんとなく理解していた。
思考が読めたせい、というのもあるかもしれない。顔も似てなかったし、性格も全然違った。おおらかな父さんと、誰にでも優しい母さんだった。
僕みたいなひねくれものには、もったいないくらいの両親だったと今でも思う。
だからこそ弱音が吐けなくて、なんとなく頼れすぎなくて、喧嘩らしい喧嘩もせず、素直にすくすく成長してしまった。警察官になりたいと言った時のふたりの笑顔も、実際になれた時の喜び方も、きっと忘れないだろう。

そういえば、部屋を勝手に片付けないでほしいと伝えたら、二度と僕の部屋に勝手に入らなくなったな。
きっと『自分が両親じゃないから』と言うのを理解していたからこそ、あの時、ちょっと悲しそうな笑顔を作って、『それが終くんの望みなら、叶えてあげないとね』と内心で折り合いを付けたんだろうな……、とそこまで考えたところで……ぐすっ、と鼻をすするような音が聞こえてきた。
え、なんで?と視線を向けると……いやあの、なんで泣いてるんですか、平原さん。そんな泣けるような話はまだしてないはずなんですけど?

「あー……なんだろうな、なんでだろうな?なんか……グスッ、まるで……映画みたいに、その場面が見えた気がしてな……

うわ、こんなのまで伝わっちゃうのかよ。
っていうか、思考だけじゃなくて、僕が思い描いた風景まで伝わってる?ヤバイな……


◆◆◆


.5:すりーぴんぐ[ねむる]


夕焼けが明るく、窓から家に射し込んでいる。✕✕市の空はいつだってきれいだ。

「適当に借りるぞ」

一言告げて、平原さんがキッチンに向かうのがわかった。とはいえ、料理はしないって言っていたような記憶があるんだけれど、果たして僕の家のキッチンで何をしようって言うんだろうか?
と思ったらそちらから声が聞こえる。

「粥作るんだよ。流石にそんくらい出来るわバカ」

バカにはしてないんだけどな。
キッチンから視線がこちらに向いているのがわかった。あー、疑われてるー。でも僕、平原さんの料理センスについてはノーコメントで。そんな風に思っているとますます抗議されそうなもんだけど仕方がない。
ていうか普段料理しない人が、なんでお粥なんて作ろうと思ったんだろうか。

「だってお前、風邪引いたの初めてなんだろ?」

今までよりも輪をかけて、優しい。まるで父さんみたいな柔らかい口調で平原さんが問いかけていた。
確かに、僕が風邪を引いたのは……初めてだけど。
それを『聞いた』平原さんが、はぁ、と溜め息吐いてから、僕に言い聞かせる。

「なら、黙って寝てろ。病人はな、寝て、そんですぐ病気治す。それが仕事だ。いいな?」

……はい。
正論過ぎて、そう返事をする他ない。というか、そう思うしかない。

初めて風邪を引いた僕は、どうやら特殊能力である【人の心の声を聞く】能力が暴走しているらしく、結果としてなぜか平原さんに僕の心の声が筒抜けになる……と言うとんでもない状況になってしまった。
なんだこれ。どうしてこうなった。
まあ、特殊能力になぜ、どうして、なんてこと言っても、ナンセンスすぎるのは分かっているんだけれど。
幸いなのは、僕の心の声が聞こえているのが、平原さんだけ、と言うことだ。他の人には聞こえていないらしい。それが助かった。

「ほんとだよな。隣から殴り込まれても文句言えねえぞ、こんなの」

いやほんと、そのとおりで。
僕は慣れているからもう今更、だと思っているものの、普通の人ならまあありえないことだ。
もしもある日突然、どこからともなく誰のものとも知らない『声』が聞こえるようになったら、それはそれはドン引きするだろう。
自分がおかしくなったのではと思うだろうし、病院にも行くし、家族にも相談するだろうな、多分。
それにしても、変なことを考えれば、平原さんにすぐ伝わってしまう、というのだけは厄介だ。というか、平原さんはいっつも、こんな感じで僕と一緒にいたのか、すごいな。

「それこそ今更だな。お前、俺の『声』のうるささに参ってたんじゃないのか」

言われれば確かに今更だった。
元来、平原さんは小さいことを考えすぎるきらいがある。体はあんなにおっきいのに小さいことを気にしている。もっとワカチコすればいいのに。

…………あ?」

ごめんなさい、なんでもないです。
風邪を引いているせいで、思考が定まらない。全然うまいこと、考えられていないようだ。
そんな僕がどうでもいいことを考えている中、平原さんは誰かに電話をかけていた。
声だけは聞こえてくる。物理的な方の。
心の声は全く読み取れない、そればかりか僕側の方だけが一方通行で向こうに読まれているとなると不思議な感覚だ。
今日だけは、平原さんが何を考えているのか全く分からない。人って、何考えてるか分かんないとこんなにも怖いものなんだな……。いくら平原さんと言ったって、普段と勝手が違うと未知の生物に等しい。

「もしもし、ああ、うん。……いや、ほらいつも話してるアイツが、風邪を引いたって……そう、そう。だから、飯でも作ってやろうと……

誰かと話してるな。誰だろう。

「嫁だよ」

キッチンから補足説明が飛んできた。ああそういや平原さん、既婚者だっけ……既婚者だっけ?僕は平原さんのことをあまり知らなさすぎるんじゃないかな……なんて思った。家庭とか、そういう話あんまり聞いてないな?

「うんうんうん。うん……うん、ああ、うん……

電話先の奥様と、なにやら話し込んでいる。普段なら一体なんの話をしているか、どんなことを思っているのか、心の声を聞き取れているからこそ、そんなになんとも思わない。
……いや、普通の人はこれがデフォルトなのか?僕以外の人は、こんなにも相手が何をしているのかわからない、不安な状態で過ごしているのか?人間すごいな。
まるで何視線がわからない、よくわからないことを考えてしまう。風邪のせいってことにしよう。どっちにしろ、今の僕にはまともに動く気力もない。

「うんうん、あー……

何かを聞きながら、おもむろに平原さんが冷蔵庫を開けた。中身を見て渋い声を出す。

……ないな。買ってくるか……あとは何がいる?ああ……あ、分かった、メールでちょうだい。……らいん?なにそれ?ん……

知らない単語を聞いた学生みたいに驚いている。なんだ。基本的な機能は覚えたとはいえ、やはり平原さんは平原さんだったか。

「るっせぇぞ、相川」

あ、そうか、これも伝わっちゃうんだった。
……なんにしても、アプリケーションのことについては全然分からない平原さんが、奥様からどのボタンを押せばいいのか、だの何だのをレクチャーされている。
ついでに多分レシピを聞いている。聞いた上で、絶対忘れる自信がありすぎたので、文章で送ってもらうようにお願いしていたようだ。

……ああ、分かった。じゃあそれ見る。うん、ありがとう。大好きだよ」

最後にちゅ、と電話先にキスを飛ばしたのを確認した。
ひゅー。お熱いことで。

「いいだろ別に。俺と嫁は愛し合ってる、それだけが事実なんだよ」

別に構いやしないですけど、後輩がいる前でもやるんですかそれ?……それだけお互いが愛し合っていることを確認し合う作業が自然で、当たり前で、尊いものだと言うことなんだろうけれど。

「つうかお前、冷蔵庫にモノなさすぎだろ。買ってくるから、まあ寝とけ」

独り暮らしには大した食材は必要ないから、あんまり買い物しないんだよな。だから冷蔵庫は割とがらんどうで、何も入っていないように見えるんだろう。
そんな有様なので見かねた平原さんが買い物に行ってくれるという。奥様から聞いたレシピに必要な食材を揃えてくると言って、家の鍵を手にさっさと出ていった。
ぱたん、と言う玄関が閉まる音を最後に、外からは何も聞こえなくなる。
部屋に残っているのは、僕のやや苦しそうな呼吸音と、わずかに擦れる掛け布団の音、それから時計の秒針のチクタクくらいだった。

ああ、静かだ。
なんて静かなんだろう。
普通の人は、これが当たり前に存在しているだなんて。

人は自分が持っているものしかわからない、人は自分の立場でしかものが言えない。その時に、その立場になってみて、初めて分かることがある。今まさに僕がそうだ。
今までこういうことがなかったかといえば、ないことはないのだけれど、それでも完全に全く心の声が聞こえてこないのが、こんなにも長く続いたのは初めてだ。

完璧な設備の整った防音室で、数回、心の声が途絶えたことがあった。あれは嬉しかったな、まさかそんなことがあるだなんてと、泣きそうになったのを覚えている。
確かに嬉しかった、一瞬は感動した。……けれど結局、すぐに出てしまった。

静寂が、ひどく恐ろしいものに感じたのだ。理由はよくわからないけれど。

チッ、チッ、チッ。
普段なら気にならない時計の秒針がやけにうるさいように感じていた。バックグラウンドミュージックがなければ、サウンドエフェクトが聞き取りやすくなるようなものか。
チッ、チッ、チッ。
やることも、できることもないし、秒針の刻む音を耳にしたまま、僕はただ目を閉じた。


◇◇◇


「よぉ、終」

真っ白い空間に、僕らはいた。いつの間にか。
僕は何か、ベンチのようなものに座っていて、その僕に対して誰かが話しかけている。誰だろう。
ふ、とそちらに視線を向けると、目元を隠すくらいの黒髪の子供がいた。

「ああ、了くんか」

僕はなんの気無しに彼を呼ぶ。
いや、いや。待て、なんで僕は彼の名前を……そもそも、なんて?『了くん』?
その名前に驚愕する。なによりもその名前を僕自身が放っていることに驚愕する。
そうしてはたと気付いた時には、僕は小さな子どもに戻っていた。清潔な白の上下の病院服を着させられて、了もまた同じような衣服を身に着けている。

ああ、そうか、これは……夢だ。
いつかの夢、もしかしたら僕が無意識にセーブしている、或いは消されたはずの、忘れてしまったはずの、子供の頃の夢なのだろう。
夢だから、なんでもありなんだろう。きっと了というのも、僕の幻想なんじゃないかと思えてきた。

「やっぱウケんな。終と了で『終了』。おしまいコンビとか言われてんの、知ってる?」

「マジで?そんなこと言われてるの?」

今時の子供っぽい口調、なのだろうか、そもそも事実かどうかわからないので、脚色はあるんだろうけど。

「だって、ろくに『能力』出てねえの、俺とお前だけじゃん」

「ああ……確かに……

へえ、そうなのか。僕は一人で勝手にそんなふうに思っている。終了コンビか。……了、か。にわかに現実味が増してきた。終了コンビという単語をどこかで聞いたような覚えがあったのだ。けれどそれがどこだったのか、ついぞ思い出すことができない。
なんなら僕自身が単語を選んで喋れているわけではなく、まるでゲームに自動挿入されているアニメパートを見させられているような気分だった。

「みんなすげえわ、ほんと。よくあんなんできるって」

……最くん、だっけ。【人の心の声が聞こえる】、って言ってたの」

また新しい名前が、というか、なんだか聞き覚えのある能力が聞こえた。なるほど、僕と同じ能力の人がいたのか。

「あれな。すごくね?」

「ババ抜き最強だよ。勝てないもん」

「エゲツな!……あれは?勝海の、【電気びりびり】」

「それもすごいよ。痛かったなあ」

「え、お前やられたん?」

「うん。やってあげるねって。痛かったよ」

「バカじゃん!なんでそんなん人に向けんのよ」

「でも、実際人に向けて使うための能力……なんでしょ?あれとか、【なんでも溶かす】とか……【回転させる】とかさ」

「多分な」

いろんな人がいるんだな、とぼんやり思った。
これが事実ならすごいことだ。事実なら、だが。
人に向けて使う能力とは、果たしてどんな意味を持つのだろうか。その意味も理由も、今はわからなかった。

……ま、頑張ってこいよ。終、お前ならなんとかなんだろ」

ぽん、と肩を叩かれた。どうやら、僕はこのあと何かしに行くらしい。

まばたきを一つ。

幕が下がって上がって、場面がぱちりと切り替わる。
目の前にいるのは了じゃなくて、見知らぬおじさん。
僕は何かの機械に拘束されている。両手も両足も動かないし、立つこともできないばかりか首を動かすことさえもできない。

「このプログラムでも成功しなければ、また手順を見直さなければナ」

これは一体、誰だ?
そう思っていると、びりっ、と、体にしびれる何かが当てられる。ああ、

あ、やめ、て痛い、

痛─────

引き裂かれそうな痛みが七回走った。
目の奥で星が幾度も飛び散り、その度に全身が弾け飛ぶような錯覚を覚えた。
脳の中で誰かが囁いている。
『これはお前に与えられた運命なのだ』と。
それが何なのか分からない分からない、分かりたくない、分かるはずもない。
天と地がひっくり返るような刺激を与えられて、とうとう僕はその場で、白目を剥いて気絶していたらしい。

暗転、明転。
まるで一瞬のように感じたが、それは非常に長い時間だったらしい。全身がびしょりと汗に濡れ、頭がクラクラして、視点が合わない。雑念が飛び交い、脳の内側にガンガンと何かの音がした。
白衣が何かを期待するように僕を見る。

……手順は完璧だったはずだ。あとは』

………………

呻きながら目を覚ます。
誰かの声が聞こえる。

『さあさあ、見せてくれ、』『この手順なら完璧のはずよ』『流石に終了コンビと言えど、行けるだろう?』『終、頼むよ、おじさんたちを喜ばせてくれ』

いいや、誰も喋ってなんかないはずなのに。
頭の中で誰かが喋っている。僕のことを見て、何かずっと喋っている。ざわざわと、さざめいている。

『終くん!いい子だから何か言ってくれ!』『やはり子供には厳しかったのか?』『昇給かかってんだよガキ、頼むぜぇ』『体力回復のためのプログラムを実行しなければ』

誰だ、なんだ、なんなんだ。ああ、もう、頭が割れて壊れてしまいそうだ。
ぐるぐるぐるぐる、誰かが脳みそを叩くようだ。誰も僕に話しかけてやいないのに、見えない誰かが耳を通り越して、僕の内側に声を直接聞かせているみたいだ。
そのどれもが黒くて、黒くて、どす黒くて、どうしようもなくて、僕を見下していて、僕に何かを期待していて、

気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

きもちわるい。

「うる、さい……

僕から放った言葉がブースの中に広がったと同時、失意があらゆる方向から投げかけられたのがわかった。

『この反応は?』『ああ……』『なんと言うことだ』『刺激の回数は減らしたはずでは?』『馬鹿な、馬鹿な!私が間違えたのか!』『クソがッ!なんでだよ!』

様々な声が、物理を伴わない『声』が僕を責める。
責め立てる。
何も知らない少年を、ただただ。

『同じものは二つとあってはならない』『どうする、上になんて説明すんだよ』『あああああ……神様、助けてくれ、助けて……!』『死にたくない死にたくない死にたくない』『処分用のプログラム?あれはちょっと時間かかるじゃん』『クソガキがよォ〜〜〜、死ぬ前に俺のために役立てよッ!』

悲鳴が上がる。怒号が襲いかかる。
これが僕の特殊能力が生まれた瞬間なのだろうか。
今聞こえているソレが、この人達の心の声か。

眼前の白衣は、僕を見て心底悲しそうにした。

『イヤア、まあ……、終。残念だヨ。君はどうやら本当に……

知らなかったよ。僕自身も。
僕は、僕の運命ってやつはどうやら、とっくのとうに、


───終わっていたらしい。


◇◇◇


「んだよ、それ……!」

悲痛な叫び声で目を覚ました。力なくまぶたを開けて、とろんとした目をなんとか動かすと、僕のすぐ脇に立っている平原さんがめちゃくちゃに泣いていた。
……え。泣いていた?ちょっと、ちょっと。
何が起きたのかよくわからない。
おそらく、あまりのだるさに僕は眠ってしまっていたのだろう。そうして、夢を見ていた。よく分からない、あまりちゃんと思い出せないけれど、まああまり良くない夢だろう。全身がぎしぎしと軋んで、ビショビショになるほど汗をかいているのがわかる。
それで、なんで平原さんが泣いてるんだろう。
って言うかこの人よく泣くな。
視線をなんとか動かす。すぐそばには買い物袋が乱暴に置かれている。中身割れたり崩れたりしてないよな、と不安になるくらいだった。

「お前、そんな……そんなきっつい目に遭ってたのかよ……ぐずっ……、んなの……なんで言わねえかなぁ、なんで言ってくんねえかなあ、あと了がなんでいんの!?全然……ずびっ、分かんないんだけどぉ〜……!」

僕と視線を合わすなり、ズタボロの状態で平原さんが問いかけてくる。物理的なうるささと、物理的な文章量がすごいな!がんがん頭が痛む。
直後、あー。そうか、と合点がいった。僕の意識が、心の声が伝わってしまっているように、見ていた夢も共有されてたんだ。僕自身が覚えていないのに、全部見たんだ、見せられたんだ。

「え、なに……ぐずっ、覚えてないの……?」

「夢、ですからね……。それに僕、子供の頃の記憶はない、ですから……

………ぐすっ」

泣きやんだ……

「あ"ー……。買い物帰ってきたら、なんか頭の中にこう、ぼんっと、映画が突然上映されたみたいな、映像が出てきてな」

「なるほど……僕の夢を、映像として見ていたと……

なんとも不思議な感じがしただろうな。それにしても、まさか夢を見られるとは思わなかった。なんだか恥ずかしいし、それ以上に、心の声が聞こえているのとはまた別種の問題が起きている気がした。
今日は、アンクレット付けてるのか。今更そんなことに気付く。

「それで……あー、あれは夢……なんだよな?」

……なんじゃないですか?内容は分からない……です、けど」

平原さんが口を開く。
なんだか、それを聞いてはいけないような、そんな気がしたけれど。止められるわけがない。

「なあ、相川。ほんとに覚えてないのか?……【了】って名前に、覚えはないのか?」

「了……

夢の中で、僕はその名前を呼んでいたらしい。
目元が隠れるくらい長く伸ばした黒い前髪、健康そうな日焼けを通り越した焦げ茶の褐色の肌、いたずらっぽく笑う声。
そのどれもが。

「特徴が。……そっくりなんだよ、俺の知ってる了と」

「え……?」

「なんでだ?どうして……?だって、了は……

それだと、おかしい。確か了さんは───平原さんの元相棒の了さんは、僕が来るより少し前に死んだって……僕と『了』は恐らく同い年だろうと推察できる、だから……ええと、同じくらいのタイミングで警察学校に入ってないと、おかしくって……

「了は、三年前に来たんだ」

後出し的に、新情報。
つまり、僕より三年早く警察学校に行って、卒業して、✕✕市の✕✕署に入ってないとおかしいわけで……
ん?
年齢が了のほうが……、上?
あー、だめだ。熱のある頭じゃよく分からなくなってきた。

「まあいいや、よく分かんねえしそもそも夢なんだろ?あー、色々混ざってるかもしんねえからな、不問ってことにしとこう」

そうしてもらえると助かります。

「じゃ、おかゆ作るか」

……え。今からですか?
そっか、買い物から帰ってきてこれだから、そもそも料理はまだ始めてなかったのか!
だんだん夕日が沈み、部屋中が暗くなってくる。それを見て平原さんが、僕を寝かせているリビングと、それからキッチンの照明を点灯しながら、病人の食べられる料理のレシピを参照していた。奥様から送られてきたもののようだ。
作れるのかな、大丈夫かなあ、と心配する僕をよそに、

「あ?まあ………………、なんとかなんだろ。レシピもあるし、具材も買ってきた……し?」

疑問符だらけの声が聞こえてきた。
……ねえ、本当に大丈夫なの……


◆◆◆


普段から炊いてストックしてある冷凍のご飯をレンジでチンしてほかほかに戻す。マイクロ波様々。
お鍋に入れて、お水を足して、塩を少々。

「ここに、えー……と?」

がさがさと袋をまさぐる音。

「これこれ……

ちょっと、何入れるつもりなんですか?と僕はつい問いかけている。

「長ネギ、梅干し、たまご。体に良さそうだろ?それから……

上着を脱いだ平原さんの背中がいつもよりも大きく見える。本物の父親ってこんな感じなのかな。

「うるさいな。そんで、お湯で溶かすだけの生姜湯っつーのも買ってきたぞ」

生姜湯。体が芯から温まって、疲れによく効くらしい。
それは確かに願ったりかなったり、今僕が一番欲しいものじゃないか。なんてありがたいんだろうか、さすが気の利く先輩だ!

「すいません、ありがとうございます……

「なに、お前が風邪治してくんねえとな、俺への負担がデカくなんだよ」

照れ隠しのつもりだろうか?そんなことを言いながら、平原さんは調理を始める。粥は問題なし、まな板に食材を……乗せて……
あれ、普段料理しないんだよな、平原さん。
食材、切れるのか?

「そのくらいはできるだろ。…………………、多分」

心配すぎて流石に起きた。体が全然ダルいし、両腕も鉛みたいに重いし、背筋の寒気など全く解消されていなかったのだが、それでもできない人に包丁を持たせるより断然マシだ。
長ネギを細かく切る。細かく……?いや、細かくなっているかどうかもうよく分かんないけど、とりあえずトントントン、と軽快に切っていく。もういいや、ちょっとくらいおっきくても、一緒に煮込めば食えるだろ。

「意外と適当……

「そんなもんですよ、僕は」

梅干しの種の処理は流石にめんどくさいので任せた。ついでにたまごを入れるタイミングを確認する。米と水を煮込んでおおよそ二十分、トロトロになってきたら、仕上げのタイミングでお願いします。
あ、ネギと梅干しも、一緒に。

「ああ、はいはい。大丈夫、大丈夫だってぇ」

ほんとにぃ?
そのへんが信用ならない。

「お前なぁ……

ああ、体が辛い……。世の中の人、よくこんなのを市販薬だけでなんとかして乗り越えようとしていたな。馬鹿なのか?いや、馬鹿じゃないか、それだけ世間には広く知られた病気というわけだ。
ん、でも確か、風邪と言う名前の病気って無いんじゃなかったっけ?
正式名称は「風邪症候群」って言う、ウイルスが身体に侵入することによって発生する炎症だったような。

……! そうなの!?」

驚いてる場合じゃないですよ、平原さん。ちゃんと鍋見ててくださいってば。
しかしあれですね、喋らずに僕の言いたいことが伝わるのはなんというか、うん、便利だな……
これは平原さんが当初喋るのを諦めて、僕に心の声を読ませようとしていた理由が大いにわかる。
けれど、今回のように、僕自身が誰かの心の声を聞けなくなってしまうことはあるんだろうから、やっぱり、大切な報告ってのは肉声で聞きたいものだった。

鍋の音、火の音、他人から聞こえる息遣い、なんだか色々忘れていた音があったみたいだ。
それが妙に心に暖かく、安心させる音だった。まぶたが自然と落ちていくのがわかる。僕はまた、眠ってしまっていたらしい。
そうして夢うつつ、たゆたうこと、二十分ばかし。平原さんが満足そうにしている。それが出来上がった。
おかゆ、のような、何かと……ええと、おちゃ?

「生姜湯だろ」

生姜湯ってこんな茶色かったっけ……

「あと、それ食ったら薬な。一回二錠、ちゃんと飲むように。それ食ったの見たら、俺も帰るから」

かしゃかしゃ、と箱を振る。今では大物司会者の仲間入りを果たした、ピン芸人が書かれた箱だ。昔はヒッチハイクなんかして国民的人気を得ていたらしいが、それもかつての栄光、とはいえ今は別な人気があるらしい。
いつの間にやら夕暮れは過ぎ去り、✕✕市には静寂の夜が訪れていた。太陽はすっかり沈みきって、代わりに夜闇をふんわり、月光が照らし出している。
✕✕市は都会だというのに、空が本当にキレイだなと思った。

「こんな日だったな、了と別れたのも」

……平原さん」

布団からなんとか体を起こして粥を口にする僕を尻目に、窓にカーテンもかけないままで月夜をぼうっと眺めながら平原さんがつぶやく。月の光は空には優しいけれど、平原さんには冷たかったのかもしれない。

……お前には話しておかないとな、流石に」

夢という形で、僕の知る了の話を聞いたからこそだろう。平原さんが重い口を開いた。
酒月 了と言ったっけ、その人。どんな人だったのだろうか。
僕よりも前に、平原さんのバディとして活躍していたというその人の話が、始まった。


◆◆◆


今から三年前。

平原さんはその頃から地域課に務めていたと言う。そしてその年の新人として、彼は配属された。
目が隠れるくらいの長さの前髪、健康的を通り越した黒に近い焦げ茶の褐色の肌はこの辺りでは珍しい。

「えっ、と……酒月、です。あの、へへ……よろしくお願いします」

「おう、お前の指導係を任されている、平原巡査長だ。まあ、よろしくな、新人」

硬い握手。
高卒の平原さんと、大卒でちゃんと学校に入った了さん。まあ、自分の立場が追い抜かれるのは早いなと、なんとなく思ったらしい。
なんせ頭の回転が早く、サポート能力に長けていたとか、なんとか、足も早いから不審者を捕まえるのにすごく役立っていたとか、聞く限りでは平原さんの口から賛辞の言葉しか出てこなかった。それだけ素晴らしい人だったのだろう。
けれど、時が経つにつれて慣れたのか、どんどん態度はふてぶてしくなっていった、らしい。
赴任から一年もしない頃には、巡査長からようやっと警部補に階級を上げた平原さんに、「ちょっとパン買ってきてくんね?」とまで言い放つようになっていた、とのことだ。

「まあ、そんなところも可愛く感じるみたいな、変なところがあったんだよ」

「いや、普通無いですよ……怒りましょうよ」

動物には特別厳しいが、人間には、こと自分の話を聞いてくれる人間にはめちゃくちゃ優しい平原さんなので、そんな感じの対応をされても「おっ、言うようになったなぁお前ぇ〜!」くらいの反応で返しつつ、ちゃんとカレーパンを買ってあげていた。
優しすぎる。

「で、まあ最初の一年ばかしはなんにもなかった、本当にな。けど、ある日変なことが起きて……

「変なこと、ですか」

それは了さんが✕✕警察署に務め始めて二年を過ぎた頃、ある日彼が見たこともない便箋を持ってきた。
中を開いて、その文面に怯え驚愕し、平原さんにも何も言わずにシュレッダーにかけたあと、それさえも復元されないように焼却していたところを全部見てしまった。
本当は、最初の時点で「大丈夫か?」と声をかけたかったものの、その驚きっぷりについ言葉を失ってしまい、とりあえず心配で様子をうかがっていたと語っていた。
そこまでやるなら声をかけてあげればいいのに。

それから更に三ヶ月が過ぎただろうか。
✕✕市で不審者の報告例が相次いで上がってきた。

黒いコートのフードまですっぽりかぶり、両手は黒革のぴっちりした手袋、両足はミリタリー趣味の人が履くようなごついブーツ。きょろきょろとあちこち見回し、ナニカを探しているような素振りをしている。
さらに、黒髪の男性のみが、何故か後ろを尾行されたり、突然走って追いかけられたり、声をかけられたりする事案が複数発生した。
この手の事件はたいてい、変態が女の子を尾けまわしたりするものなのだが、それともまた違うようだった。

そんな報告ばかり上がるのならば、地域の治安維持のために地域課がパトロールの回数を増やし、不審者を突き止め、あわよくば拘束したり話を聞いたりしようと働きかけるのは自然な話だ。
けれども、それが思う壺というか、相手が探していた人物を出してしまう羽目となった。

……ある日、俺と了は、パトロールに出た」

「ふたりで、ですか?」

「ああ。地域課の中じゃ一番頼りになったんだ。すっかりお互い馴染んでいたし、勝手知ったる仲……かなり長い時間を過ごしたから、有事の際でも互いの意志がすぐに通じる相手が良かった」

その夜は妙に静かで、何よりも月の光が青く冷たかった。
パトロールに出ると、すぐに報告に上がっていた不審者を見つけた。二人で近寄っていく。

「ああ、そこのフード被った貴方、そこ止まって。」

「ちょっとお話、聞かせてくださいねぇ〜……

了さんが、フードの奥の顔と、目を合わせた。

「それじゃあ、あ……、え………?なんで、アンタ……

……ん?どうした、了。とりあえず話聞くぞ」

「い、いや、だめです。こいつは……ダメだ、話なんて聞けないですよ」

「は?」

なんのこっちゃ、という顔をする平原さんをよそに、了さんはおののいていた。あの時、便箋を読んでいた時のように。

「探したぞ、リョウ」

……なに。貴方、酒月と知り合い?」

平原さんの視線が両方に向かって泳ぐ。

「知り合いつか、いや、なんつか……

「知り合いじゃなかったら何なの?」

「その……言えない、です」

「は?」

なんだか歯切れの悪い了さんに、平原さんも意味不明すぎたのか、眉間にシワを刻み込んで不可思議と言わんばかりに首を傾げた。

「リョウ。私達はお前を、探していた」

「ひ、っ……

───明らかに了の態度がおかしい。空気を察知し、平原さんが割って入る。

………ちょっと署まで来てもらいましょうか。話はそれからだ」

しかし、それで言うことを聞くような相手ではない。

「少し黙っていてくれ。君には関係ない話だ」

「関係はありますよ、こいつは俺の部下ですから。部下に何かあるなら、上司として俺が知っていなけりゃならんでしょう?」

「本当に関係ないんだ、お願いだから黙っていてくれ」

「できない相談ですね。貴方、同じような状況でそのお願いを承諾するんですか?」

「聞き分けのない……

「!」

男が何かをしようとして、動いた。
平原さんの体は、驚きで動かない。もしかしたら、別な要因かもしれないけれど、何も分からなかった。
そして次の瞬間には、全てが終わっていた。
ぴす、と言う情けなくも感じる音がする。驚愕している彼の前に、男が一人立ち塞がっていた。
───拳銃!それもサイレンサーの付いた……
理解出来たのは、それが目の前で起きたあとだからで、自分が無事だったのは、咄嗟に了さんが自分の前に飛び出したからだった。
相手としては本末転倒、了を得ようとして了を失う展開になってしまった。
スローモーションで時が動き、目の前で男が一人崩れ落ちた。警官帽がふわりと風に乗って、少し遠くに落ちる。
意識が回復する、体の硬直が途端に解除される。正義感が己の肉体を稼働させて、その場から即座に逃げ出そうとした男を捕まえようとしたが、怪我人がいる。すぐさまレシーバーを手に、声を張り上げる。

「緊急要請、緊急要請!こちら地域課、平原!パトロール中に不審者に遭遇……一名、負傷!至急、応援を……!」

レシーバーの向こうから、要請に応えるという旨の返答と、負傷者の様子を伝えるようにと急かす声が聞こえた。
それで、やっとその状況を認める。
目の奥がジンと痛む。スレッジハンマーで側頭部を全力でぶん殴られたような強い痛みが襲う。


……致命傷だ。一目で分かった。


一発の銃声しか聞こえなかったはずなのに、了さんには六発の銃弾が撃ち込まれていた。
意味がわからない。理解ができない。脳がこの現実を受け入れることを拒否している。
どう考えても、間に合わない。

……不審者は、サイレンサーのついた拳銃らしきものを所持。違法に入手したものと……思われる。負傷一名は、銃弾六発を……体に、受けて……

そこまで言って、言葉を失う。
その場に、フィクションでも見たことがないくらいのおびただしい血の池ができている。震える手で、つい数十秒前まで無事だった相棒の体を抱き上げた。
冷たい。体温が急速に失われている。
彼にとっては、あまりにも突然の別れだ。

「なん、なんで……なんで、了……

全く理解ができない。どうしてこんなことになったのか、全く理解ができない。
なぜどうして、がぐるぐる回っている。

「せん、……ぱ、い……はは、助かって……よかった」

「ばっ……かやろ、俺の部下が、俺より先に死ぬな!」

「すんません、命令……破っちまいました……

それはいつかのパトロール中に、軽口で言った命令。俺より先に死ぬんじゃないぞ、なんて冗談まがいに言ったことがあった。✕✕市は犯罪も殆ど無い街だなんて、二人ともそう思い込んでいたからこそ、子供みたいに純粋にそんな冗談を言えていた。

…………、了……!!」

「うるせぇ先輩っしたけど……ゴフッ、か……ガサツで、機械も使えねえ、駄目な先輩したけど……

「もう、もう喋るな……!助ける、だから……逝くな、俺を置いて……逝かないでくれ……

「ま、アンタに、会えて……悪かなかった……かな……

手を握る。その手が握り返されることはない。

「了ーーーっ!!」


果たしてこの結末は、回避できたのだろうか。
何度も、何度となく、考えてしまう。
何度も何度も、あの月の夜の光景を夢に見る。
自分に何ができたのだろうか、或いは了の言う通り真っ先に逃げていたのなら、何か変わったのだろうか。
それとも便箋が届いた時?話を聞いていれば、食い止められた?一体どのタイミングでなら、この結末は起きずに済んだ?

唐突な別れが、平原さんを今でも雁字搦めにして苦しめている。
唐突だからこそ、平原さんがしなくてもいい後悔をしてしまう。
時々、あの手の中に残る、赤いぬるりとした感触を思い出して、胃液が反射的にごぷりとせり上がり、嘔吐してしまうらしい。

しなくてもいい別れを経験した彼は、その傷があまりにも深すぎて、明らかな心的外傷、トラウマを抱えていることがその後判明した。

「で、この前も署長から、セッティングするからカウンセリングに行けだと書いた書面が……わざわざ家に届いたんだよ。……これ以上、嫁も子供も心配させたくない」

仕事も数ヶ月休んでいた。当たり前だ。夜もろくに眠れず、まして立って歩くことすらままならなかった。
それでも家族の献身や、周囲のサポート、なによりも『相棒をこんなひどい目に遭わせたやつを必ずや捕まえる』という、燃えるような執念により、ようやく彼は復帰した。
署に復帰した時には、既に【特殊犯罪捜査室】が出来ており、✕✕市で不可解な事件、明らかに人知を超えた犯罪が起き始めていることをそこで知った。

そして、了さんが巻き込まれたソレが、最初の事件だったらしいということも、その時知った。
初めの頃は自分も特殊犯罪捜査室に加えるようにと強く食ってかかったのだが、残念ながら署長からも室長からも許可が出なかったという。

「そん時には、お前の存在を署長は既に知っていたらしい。どこまで知っているかは分からんがな。組織だの何だのというワードは、俺も聞いていないよ」

……署長にも計算外だったのは、僕が来るより前に、特殊犯罪捜査室の室長が殺されてしまい、さらにその犯人が室長になりすましていたということだった。


◆◆◆


今の平原さんを動かしているのは強い執念。
けれども、それは誰にも言うつもりがなく、また僕に踏み込ませるつもりなども全く無かったため、僕ですら読み取れないブラックボックスの中にあった。
そのくらい、熱く、暗く、どす黒い感情だ。
全てを読み解いてしまったら、おそらく、先に僕の神経の方がどうにかなってしまうだろう。
人の強すぎる感情というのは、そういうものだ。

……まあ、ああ、そういう話だよ。もっと具合がいい時に喋りたかったんだが……ああ、面白くもなんともなくて悪い」

「そんな、そんな言い方……!」

「なあ相川」

そこで再び平原さんの目の奥が、まっ黒く、どす黒くなったことに気付いた。踏み込めばどこまでも落ちてしまいそうな黒だった。

「俺は、そのフードの男を絶対に許さない。確実に見つけ、始末する。たとえそれが法として誤っていたとしても、俺はもう後悔したくない」

……平原さん」

「止めるなよ、その時には。……頼むから」

そう言って、上着とカバンと、自分の持ち物を整理して平原さんが立つ。

「さあて、お前も飯食ったし、俺も帰って飯食うかね。相川、ちゃんと治せよ?」

………

もう言葉が出てこない。

「そんなにしょげんな。お前は悪くない。」

知ってる、わかってる、だけど。

「何も言うな。それに、もしかしたら……そのフードの男、お前を狙ってる組織とも関係あるかもしれねえんだ」

……それは」

「俺とお前、二人とも目的は同じ。そうだろ?」

最後にくるりと僕の方に振り返って、平原 新立は笑ったのだ。

「だから、その時までよろしく頼むぜ、相棒。」

恐ろしいほど柔らかくて、悲しいほど優しい笑顔でそう言って、家を出ていった。
あとに残されたのは、冷えそうなほど青い月の光と、ぽかぽかに温まった生姜湯だけだった。


◆◆◆


翌日。

「おはようございます」

「おう、おはよう」『すっかりピンピンじゃねえか。ああ、いいね!地域課からの仕事の負担が半分だ』

寝て起きたらめちゃくちゃ元気になっていた。
更には能力の方もなかなか調子がいい。

「平原さん。いや、平原課長、昨日はありがとうございました」

「なんのなんの。部下が健康になるためならあのくらい、なんともねーよ」『まあ色々話ししたけど?覚えてんのかなコイツ……夢だと思って覚えてなかったらどうしよう……

「大丈夫です。覚えてます。それと、報告が」

……なんだ?」『えっ、なに?もしかして「やっぱり平原さんのこと、僕止めますよ」とかそういう格好いいこと言ってくれる感じ?まあそれはそれで嬉しいけど』

「それも言いたいですけど……どうも今朝から、僕の能力が調子いいんです」

「調子がいい?」『……は?どういうこと?バトル系漫画とかにありがちな!成長しちゃう感じなの!?』

なのかもしれませんね、と心で念じると、平原さんが驚いて目を丸くしていた。
……ちょっとだけ疲れるし、自分から強い決意を持ってやろう、と思わないと出来ないのだが、どうやら【自分の心の声を、決まった誰かに届ける】能力が芽生えたようだ。
僕の能力が少しだけ変化しているようだった。そういう意味では……成長した、と言う感じなのかな。

それ以外は特に変わってないから、大幅な成長進歩とは言いにくいのだけれど。
これでオンオフが自由にできるようになれば、もう少し使い勝手が広がりそうなものなんだけどなあ。

「まあ、いいじゃねえか。これで、咄嗟の時でもお前から俺に声をかけられるんだろ?」

平原さんが確かめるようにそんなことを言って───

『もしも、それで俺の決意を覚悟を、止めるようなことがあったのなら』

腹の底が冷えるような、冷たい感情が流れ込んでくるのがわかった。

……その時は、俺は。果たしてどんなことを思うだろう、どんな行動を取るんだろう。まだわからないけれど、後悔はしたくない』

僕達の結びつきが強くなった?平原さんが僕に心を開いてくれた?なんなのかよく分からないけれど、今まで読み取ることを拒否されていた感情が、僕にもわかるようになったようだ。
嬉しいような、悲しいような。いや!喜ぶべきだな!前向きに捉えることにして、今日の業務に入る。


二人のハンターは、互いに強い目的を持ち、ひとつの結末に向かって走り始める。
まだ道半ばだけれど、決着の時はそう遠くないような、そんな気がしていた。