ダベミ
2021-09-18 07:46:13
15950文字
Public
 

ダブルハンターXの3話も妄想しかない

ブース内で火打ち石から火花が出たので初投稿です

がちゃり、と扉を開ける音。

「それじゃ、行ってきます」

いつものような朝。
男は部屋の内側へ出掛けの挨拶をして、それから玄関に向かう。これから仕事だ。危険と常に隣り合わせだが、人類の平和が自分一人と釣り合うならむしろ安いくらいだと思った。
靴を履いて出ていこうとして、はたと思い出したのかその前に慌てて、玄関の靴箱の上に大切そうに置かれた小さな箱を開ける。ぱかり、そこには、飾りっ気の全く無い輪っかが入っている。
これはアンクレット、って言うらしい。
鈍いシルバーの輝きが箱の中で光った。朝の日差しが当たると、きれいに見えるのだ。装飾らしい装飾はなく、まるでチェーンのようにも見える。
確か、彼にもらったのだった。靴下の上からでもいいから、とにかく付けておけと言われて。
いつものように、装着しようと手を伸ばし───

(やめるタイミングが無いんだよなぁ、こうなると)

ふ、と瞼を閉じて、瞬間、脳裏に思い出す。
あの姿を。かつての、友を。
屈託のない笑顔を、真剣な眼差しを。

最期の時を。

(………今日は、いっか)

そして、男はアンクレットを装着しないまま、玄関を出ていった。


◆◆◆


.3:むーゔぃんぐ[うごきまわる]


今日はいつもと様子が違う。


…………」『タッチ……操作が……あー……

……

……………???」『ここを、ぽち、え?違、いや違う違う、それじゃなくてこっ、違っ、もぉ何ぃこれぇー!!』

いつにも増してうるさい。

……平原さん」

「〜〜〜!」『なんなのこれほんとに、操作しづら!あのパカパカでいいんだけど俺ぇ、むしろパカパカにしてくんない!?無理すぎる、無理すぎてハゲるぅ!』

「平原さん、うるさいです」

「しょーがねーだろ!」『スマートフォンむずかしいんだから!』

はあ。これで何回目だろうか。僕は今回の件でかかった費用の確認やら、それから事務処理と、色々な打ち込みを含むパソコン業務を進めながらそちらに視線をやる。愛用のノートパソコンがうんうんと唸りを上げている。……唸り?これも換えなきゃ駄目かなあと、溜息を吐いた。
今日一日こうなので、ほんとに話が進まない。仕事もままならない、ばかりか僕の脳が勝手に平原さんの思考を音として聞き取ってしまうせいで、ぼんやりしているとそれを文字起こししてしまう始末だ。

……大概、僕も真面目に仕事してなさすぎる。

仕方がないのだ。ここ、【特殊犯罪捜査課】は、普通の人間では起こすことができないような、特殊能力者が起こした異例の事件のみを取り扱う場所。
署長の企みも分からないが、特殊能力者に寛大な署長自身の心ももっと分からない。
なにより、事件がない時は、僕の上司たる【平原 新立】のもと所属していた【地域課】の仕事を手伝わされているのが全然わからない。だって地域課の仕事で立て込んでも残業代出ないって言い出したんだよ署長。なんで?

……と、僕の愚痴はとにかく。
平原さんの様子がまるで初めて文明の利器を目の当たりにした猿人類の如くといった様相で、諸々合わせて溜息とがっくりが止まらない。
いつもは凛々しく、雄々しく、憧れのダンディズム、と言わんばかりの姿なのだ。こういうなよなよしい、おじさんのソレは見たくない。後輩として、部下として、ただただ悲しくて仕方がなかった。
テーブルの上は散らかり放題だ。空き箱、ケーブル、説明書、何かの錠剤、ボールペン、謎の付箋、署長からのコメントの書かれたペライチの紙……

「駅前のスマホ教室行ってきてください。さもなくば、スマホのこと考えるのやめてください……僕の脳に取説ダウンロードするつもりですか」

「ダウンロードくらい分かるよ馬鹿野郎!」『教養のある馬鹿に仕方すんな!』

「たまたまです」

そもそもどうしてこうなったのかと言うと、結論から言えば、マイクロ波を操作できる特殊能力者のせいだ。
先日の事件で、平原さんの愛用していたガラケーが破壊されてしまった。その理由はたったひとつ、マイクロ波攻撃だ。まあ、もはや説明しても意味は無いのだが。
……その代わりに、と署が費用を出して、平原さんに新しい携帯端末を寄こしたのだが。

よりにもよって、スマートフォン。

平原さんはスマホの使い方を知らない、全く知らない。
先程までタッチパネルひとつに驚いていた。こうなったらもはや文明に取り残されたおじさんが哀れに見えてきて、ちょっと泣きそうになった。
ワープロ時代から文字打ちをやっているとあってか、パソコンはなんとか使い方を知っているらしいのだが、それもどのレベルか怪しい。Wordとか知ってるのかな、まあワープロが使えるなら文字入力は問題ないだろう、分かんないけど。
はあ、ますます落ち込んで、溜息がひとつ。

「初期設定はやってあげたじゃないですか」

冷たい視線を送る。何でもかんでも、僕が教えると思ったら大間違いだ。そもそもそういうのは、ちゃんと教えを請うべきだと思う。
知っている人に対価を払い、きちんと己の血肉にして貰わないと困るのだ。だって、僕達が遠くにいたら連絡が取れないんだから。
思考はずっと僕に頼りたい、と泣いている。残念だが僕も貴方も大人なので、そのへんはちゃんと分別付けなきゃだめだと思った。

「相川ぁ〜〜〜……」『ああもう無理、マジ無理、超絶無理、無理杉田玄白……

「考えてること結構若いな!?……その思考でなんでスマホ無理なんですか……

「指がちょっと太いから……?」『ていうか何だろうね、老化なの?辛い、感じたくなかったそんなところで。俺はもう駄目だ、相川……あとは任せた……

「勝手に終わらせないでください。それに、平原さんはまだ老化現象を体験するには早すぎます」

……」『いやそんなこと言ってくれんなって、お前だけなんだよ。そうやってフォローしてくれんの、お前だけなんだよ。そして思考でうざ絡みしても怒んないし』

「いや、僕も怒る時は怒りますけどね……?」

「えっ」『あ、やだ、待って相川、俺がスマホ操作に慣れるまで……

「それはあと何百年先の話ですか。……外、出ます」

あー、なんか馬鹿らしくなってきた。
ムカムカする腹の奥が収まらなかったので、ぱたんとノートパソコンを閉じてから、立ち上がる。
悲しそうな顔がこちらを見ていたが、無視した。

……あとで電話かけますから、それに出てみてくださいよ」

それだけ言い残して。


◆◆◆


外のコワーキングスペースのどこかでも借りて、事務処理してしまおうかなと思った。
いやあ、こういう辺りは、最近特に推奨され始めているテレワークに感謝したい。個室で、しかも防音で!一人きりの世界がそこにあると言うのは有り難い限りだ。何より他人と関わるのはめんどくさいんだもん。
そしてとにかく嬉しいのは、ある程度値段のする施設に行くと、なんと人の心の声が聞こえないことがあるのだ。微弱な人体の電波を感じ取って……いる……?だかなんだか、理屈はわからないけれど、とにかくそんな理由で作用する僕の能力を、強制的に無効化する場所がたまーにある。
まあ、勤務中にそんな場所に行くわけには行かないから、適当な場所に入ろうかなと思っているのだけれど。
と、署を出てから十分ばかり、歩いて少し離れた辺りの小さな建物へ入る。

「あ、いらっしゃい」『珍しい人、あ……警察官?いやいやいやうちは怪しくない怪しくない……

「一人で。すいません……

以前から目をつけていた、カフェと個室ブースが合体したような建物だ。美味しいコーヒーを頼んで、ゆったりした時間を感じながら作業ができる。
防音スペースも完備しているらしい。僕には無縁だろうなと思った。ここの防音施設では、僕の能力は消えないだろうとなんとなく思ったからだ。

……はい、3番のブースへどうぞ」『怪しくない怪しくない怪しくない怪しくない怪しくない怪しくない』

「分かりましたよ、怪しくないですから、大丈夫ですから……

言い聞かせるように小さな声で答え、ホットコーヒーを一杯注文してからスペースへ入った。やっと人の目を気にせずに仕事ができるだろう……人の『声』は気にせず、とは行かなかったが。
背後のスペースに入り込んでいるのか、猫らしき動物から『あそぶ……あそぶ』『じゃんぷ……ねえねえあそぼ』等々の声が脳裏をかすめ、つい引っ張られて一回だけにゃあ、と言ってしまった。誰にも見られていないから、良かったのだが。
そこで初めて気がつく。実は猫や犬、小動物くらいなら思考を声として拾えていたことに。マジかよ。これは気を付けなきゃならないな、と思った。
コーヒーが運ばれて来ると、個室が格式高い匂いでいっぱいになった。久しぶりに幸せかもしれない。家じゃ豆を挽いて、なんてことしないもんなあ。

などと、勝手にほっこりしながら作業して、ふと気付けば三十分は経っていただろうか。

……大丈夫かなあ、平原さん」

すっかり空っぽのグラスをソーサーに置いて、時計を見た。そういえばあれからどうしちゃったのか、とても不安で仕方がなかった。
さすがにあのおじさんが、誰かに「す、スマホの使い方、教えてくれ!」なんて頭を下げているわけないし。そんなの署内の誰かに見られたら多分破裂してしまうだろう。
ということは、まだ彼にとってのスマートフォンが「ぴかぴかひかるてつのいた」の可能性がある。……いや、流石にないと思うんだけど……そのレベルで終わっていたらどうしよう。僕だって、平原さんを人並みには心配する。
事前に、端末の電話番号は登録してある。電話帳の名前をぴ、と押して、電話を鳴らしてみた。
コールが一回、二回、三回……
出ない。まさか、出方すらわからない?
そう思った矢先───

ぷつっ、と音がした。

えっと……これって、繋がった?
画面を見る。通話中の文字が出る。
【平原 新立】……間違いない、平原さんの番号。

「あれ?もしもし、平原さん」

………

「平原さん?」

………

妙だ、電話の向こう側が静かだった。あの平原さんがこんなに静かなわけがない。物理的にも。

「平原さ……

何度めかの問いかけで、

『相川 終だな』

……誰だ?」

知らない人が向こう側にいることに気付いたのは、返事があってからだった。
さすがに電話先の相手の心の声を拾えるほど、僕の能力は精度が高くない。

『この……平原?とかいうおっさん。俺が預かった』

「は?預かった……?」

『ああ。預かった……ケケケッ』

「どういうことだ」

ケタケタと笑う男。
誰なのかわからないが、なんだか神経を逆撫でされている気がした。

『どうもこうもねえよ。選択肢がないのは分かってんだろ?俺はお前を、組織に連れていければいいんだからな』

え、うそ。
こいつもまた、組織に関わっている人間なのか。
……というか組織ってそもそも何なんだ。名前からして中二病極まっていて、僕はとても不快だ。もっと別な名前はなかったのか、第一【組織】以外に名称がないのが不気味すぎる。【教団】かよ。

『なあ相川。俺と鬼ごっこしよう』

と悪態を我慢していたところ、電話先の男が突然提案をしてきた。まあ、選べる立場にない僕は「いいだろう」と余裕がある素振りを見せながら答えるしかないのだが。

『なんか偉そうだなお前。ま、いいや。鬼ごっこな』

「って言っても、アンタの居場所とかが分かんないとゲームになんなくない?」

『そこはあんたの能力で見つけてみろよ〜。その代わり、俺は【逃げる】ぜ』

「は?え、どういう……

『じゃあー、スタートな。あ、タイムリミットは日が暮れるまで……日没ってことでいい?』

「いや、ちょっと、待っ」

『見つけてみろよ、俺を。そんで、捕まえたらお前の勝ちな。……でなけりゃ、あのおっさん、どうなるかな?』

そこで電話は切れてしまった。


◆◆◆


✕✕市のとある廃ビルの三階。
そこでとある男がスマートフォンの画面を操作する。不用心にロックすら付けられておらず、なんなら最初に「剝してください」と書いてあるシートすら外されていない、ほぼ新品の画面をぽちぽち、と触っていく。
カメラモード、オン。
するとそのカメラが、何の色味もないコンクリートを映し出した。ある程度年数が経って、あまりきれいとは言えない色をしている。
男がすっ、とカメラをだんだん動かしていく。その先に、どこか見覚えのある靴があるかもしれない。
高級な革靴だ───普通に買えば二十万円はくだらないだろう、手入れのきっちりなされた革靴。大人の男が身につけるのに相応しい。
そういえば言っていたような気がする、普段から。男の嗜み、趣味の云々について。身につけるもののソレにすら気を使い、注意を払い、常に美しくあれと。それは消して自分のためだけではない、周りのためなのだと。
そこから、徐々にカメラの視線はぬるりと上がっていく。見覚えのある制服、後ろ手に手錠が掛けられて……顔が映る。平原だ。後頭部でも叩かれたのか、気絶しているようだった。猿ぐつわを噛まされ、ぐったりとしている。が、幸い、呼吸に問題はない。死んではないのか。
アンクレットは、なかった。

『よぉ、相川。こいつは無事だぜ、今んとこな』

ぬ、と手が画面の中に入り、指先でチャリチャリと何かを鳴らす。よく見ると……鍵の束だ。おそらく指で掴んでいるのが、手錠の鍵なのだろう。

『じゃ、頑張って探しな。』

一言吐いた途端、ぷつん。映像が途切れた。

そいつこそが、つい先程電話に出た男だ。
メールの差出人によれば、【安心院 光進《アジム コウシン》】と言うらしい。偽名だろう、まあ、十中八九。


◆◆◆


「こいっ、つ……!僕を馬鹿にしてんな絶対!」

ワーキングスペースを後にした僕に、そんな動画が送られてきた。ああ、やっぱ、初期設定のついでに「あ、僕の連絡先入れておきますね」なんて優しさ見せるんじゃなかった。
念の為署に電話をしたところ、やはり平原さんの姿は三十分前からどこにもなかったとの事で、完全に拐われたと考えるのが適当だった。
頭に血が登るのがわかる。めちゃくちゃ腹立ってきた。僕ってこんなキレやすい若者でしたっけ?いや、よく分からないけれど。
周りからは「あまり人と関わらず淡白」「ギャグセンスが低い」とかなんとかさんざん言われてきたな、そういえば!ついでにそれもイライラしてくるな!

とイライラするのはさておいて。
とにかく探さなければならない。

宛はないが、宛を作ることくらいはできる。なんせ僕は特殊能力者、そのための【人の心の声を聞く】能力じゃないか。

……って言っても範囲が広すぎる!」

ああくそ、平原さんの声が聞こえてくるのが一番だけど、気絶してる人間の声って拾ったことないから分かんないな。雑踏と聴き比べて、違いが分かるんだろうか。自分でも自信がないぞ……
まあ、今はやれることをやるしかなかった。
まずはこの付近の人の声を聴き比べていく。周りから聞こえてくる音を、とにかく色々比べてみるのだ。それの中に、ヒントがあることを願って。


『〜〜〜……

ラジオのチューニングを合わせている時を思い出す。雑音混じりにいろんな音楽が、いろんな言葉が流れてきていたっけな。それらの雑多な中から、自分が探しているものを見つけなきゃならない。

『!?……………………〜わ〜〜〜……

遠いな……それじゃなくて……

……こや……まいよ、おじ…………べな……

違う……

……ぁん………………、』『いか二貫!?』『なんでギャル曽根ってあんなキレイなんだろう』『復活し………ああ………願い………………』『……ぁて、俺………のくら……つけら……』『だからここで、体力調整をする必要があったんですね』『フェリ………の、新………………

ん?
それっぽいのがあった、ようななかったような。ふらふら歩きながら更に声をたどる。そっちに意識を傾けろ。

『信じ……ねえ、けど……にあんの……

いや……これだ、こっちだ、こっち!確信を得てずんずん進む。

『人の心の声を聞き取るねぇ……怖い怖い、他の能力なんかより断然恐えよ』

……ビンゴ。声がクリアになる。僕のことを知っている人が、僕について考えている。なによりさっきの電話の声とほぼ同じ声だから、これで間違いない!よし!
と、意気揚々と歩きだそうとしたのだが、それは遠慮なしに降ってきた。

「まあ追いつけなきゃ意味ねえんだけどな!」『さあ、ファーストコンタクトは派手にだぜ、コウシン!』

二つの声!『声』はともかく物理的な声はどこから!……上、からか!
驚いて見上げると、すぐ僕の横にあった、ビルの屋上にそいつはいた。安心院……随分とラフな格好、シャツには焚き火のイラストが描いている。大振りな黒縁のメガネをぐいっと上げて、やつが不敵に笑う。
なんだこいつ。

『よし、まずは近くまで』「よ、っ!」

掛け声と同時、その姿は手に届きそうな程近くに、突然現れた。ものすごく遠くから、いきなり目の前。

「うわっ!?」

『ビビってる、ビビってる!ナイスだ、オレぇ〜〜』「よお、初めましてだよな?」

ほんとなんだこいつ?
僕を試しているのか、からかっているのか。ニヤニヤしているのが本当に腹立たしくて、イラッとした僕は、次の瞬間───ついにやってしまった。

「なんかあれだなお前……泥水を濾過しようとして、もっと汚い泥水にしそうな顔してるな(笑)」

今までの怒りと鬱憤を込めた煽り文句を一つぶつけてしまった。ほぼ事故だ。
普段はこんなこと言わない。言ったら相手が不愉快になるのが目に見えている、と言うか、『心の声色』が明らかに変わるので実感できる。
まあ、作ったこともない濾過器を無理やり作るお前が悪いのだ。僕をさんざ笑かしたお前が悪いのだから。……どこの世界線の話をしているのかは、僕にももうよくわからなかった。ただ、こいつが、それに似ていたのだ。
おっと、どうやら例に漏れず安心院も不快だったらしい、メガネの奥の目が、ちょっとキレたのがわかった。

……は?【飛んで】、殴るか。相川のうしろ』

飛んで?飛んで───まさか、と振り返らずに右側へ腕を構えて受け身の姿勢を取ると、まさしくそこへ安心院のハイキックが繰り出された。がっ、となんとか腕で受ける。体格差はあまり無いはず、と思いきや、勢いに押されて軽く弾かれる。読めていたおかげでバランスを崩すことはないが、驚きのあまり振り返った。
こいつ、どういう理屈だかわかんないけど、一瞬で眼前から僕の背後まで飛んできた。ああ、もう疑いようのない、それ以外を考える余地もない。

こいつの能力は……テレポーテーション!

「おっほ!読めんのか!」『人の思考を音として拾ってんのか?!』

「まぁね。僕、冷静さには自信あるんで。」

正直、相性でいったら僕は彼に相当有利をつけている。
テレポート。瞬間移動。いわゆる「どこかからどこかへ、一瞬で移動する」特殊能力。通勤通学に便利、という印象がある。
本来なら、普通の人間を相手にするのであれば。不意打ちやバックアタックを得意とするこの能力の前に、ほとんどの人は太刀打ちできないだろう。

だが、今回の相手は、この僕だ。

なんせ思考を『心の声』として読み取ることができる僕には、不意打ちやサプライズ、油断させようと言う技そのものが効かない。
日常でずっと『音』に囲まれてきた僕は、人の思考には特段強い。安心院が何をしようとしたのか、それを聞いて先読みし、最適解の行動を合わせるくらいはできる。
今回は、だ。だがこれも別に『相手が何をしようとしているのかがわかる』と言うレベルの話であって、例えば、これで安心院がプロの格闘家だったら多分無理だった。
いくら警官になるために訓練を耐えたと言ったって僕はただの一般人、プロクラスと比べてしまえば体を動かす速度は完敗だ。相手の思考に合わせて動いたとて、構えるよりも先に蹴りが側頭部に入っているだろう。仮にガードが間に合っても、容易く弾かれる。
でもそうはならなかった。安心院自身も格闘技が得意ではないと見える。僕の体でも、充分追いつける速度ということになる。勝機が見えた気がした。それならまだ接近戦も可能だ。
問題は、接近戦に付き合ってくれるかどうかだが。

「なるほどね!」『そうなると俺からできることはねえな……飛ぶか、あっちのコンビニ』

ヒュンッ!

再び眼前で安心院の肉体が突然姿を消す。安心院の目の前にあったコンビニに行ったのだろう、思考通りに。しかし、何秒ほどのクールタイムが必要なのか、まだ計れていない。何かヒントがないかと慌ててコンビニへと走っていったが、すでに安心院はいなくなっていた。
連続で移動ができるとしたら問題だ。思考をいくら読み取ったところで、移動に時間がどうしてもかかる僕では、彼に永久に辿り着けない。
だが、もしも能力に穴があるなら。その時は僕にもチャンスがあるだろう。……それを確かめるには。

「また追いかけなきゃ、な……

長い一日が始まる予感に、目を細めた。


◆◆◆


簡潔に言えば、追いかけっこだった。
安心院が移動する。僕はそれをすぐさま感知して追いかける。僕の気配に安心院が気付けば、僕とて前に回ったり、安心院が移動するだろう方向を遮ったりしてみる。
しかし不意を打っても、安心院はすぐに僕の背後や手の届かないところへ跳躍する。
一度は僕に捕まった直後でさえ、手の中をすり抜けてしまうのだ。

僕の努力が無駄であることは目に見えて明らかだ。

瞬間移動という能力には、いくつかのパターンか存在するのだが、安心院の場合はそのうちの中でも、特に汎用性が高く取り回しのしやすいものであると判断できた。
というのも───テレポートには『空間跳躍』『空間置換』『高速移動』が存在する。と言われている。
それぞれ、『点Aから点Bへ、中間の物理的な情報を無視して瞬時に移動する』『点Aと点Bの一定範囲を入れ替える』『単にめちゃくちゃ早く移動する』という意味だ。
(ちなみに量子ねじれを応用した『量子テレポーテーション』なんてのもあるが、あれは単純なテレポーテーションとはまた別らしいので割愛させてもらう)

フィクションでよく登場する、いわゆる「これがテレポーテーション!」という王道は『空間跳躍』と考えるのがもっとも適当で、いくつかのデメリットもあるものの、基本的には移動先との間にある障害物などを無視して飛び越える。
安心院は、風紀を守ってジャッジメントですの、したいお年頃なのかもしれない。わかんないけど。

もはや気絶させるしかあるまいと思ったのだが、そこはさすがにテレポーター(※テレポーテーションを持っている特殊能力者は基本こう呼称する)、安心院は常に様々な可能性を考慮して生きている。当然ながら、移動先の人間が武器を持っている可能性も考慮している。
敵対して感じる限り、彼の能力にほとんどデメリットはなく、なんなら移動時のタイムラグはなかったようだった。
目の前にぐっと迫り、視界を遮っただろうと思われた時ですら、僅かな隙間を縫って消えてしまったのだ。
ぐぐ、くやしい。

とにかく振り回された。見つけては逃げ、対策を練り、そうこうして✕✕市じゅうをあちらこちら走り回っていたと思う。そんなこんなしていても、僕が頭を使っても、どうしようも無かった。
何よりすごかったのは、今度こそ捕まえたと思い、部屋の一室に追い込んだのだが、なんとやつは外へと飛んだ。……ビルの七階から、外へ。ぽん、ぽん、ぽんとリズミカルに空を飛ぶ。高いところが怖くないのか?或いは既に慣れているのか?いずれにしてもすごい根性だ。
そのままヒュンヒュン、と何度かの移動を繰り返して、視界に捉えるのもやっとなほどに遠くの方にあるビルまで飛んでいってしまった。

こんなん、無理じゃない……


◆◆◆


それから、二時間は経っただろう。だんだん太陽が傾き始めている。まずいな、僕も内心焦ってしまいそうになっている。
ヒュン、ヒュン、安心院は姿をどんどん消してしまう。つまりそれは、安心院が僕に気付いた瞬間に逃げられると言うことを指している。ならば気付かれないように近寄るほかないが、なんせ✕✕市も「市」なだけありそれなりの街である。
障害物も多いし、ビルもある。エレベーターのボタンを押している間に、ヒュンヒュン飛び回られていることさえある。階段を降りれば、いくら慎重にやったとしてもその足音で気付かれてしまう。
平原さんのように、これでも発砲許可を得ようとしてみていいでしょうか。
安心院の足でも撃ち抜ければ、きっと集中することができなくなり、正常なテレポーテーションが不可能になるのではないかと睨んでいたのだが。

「まあ、無理……だよな」

当たり前か。
ではどうしたものか。このままでは、普通にタイムリミットには間に合わない。
平原さんならこういう時どうするんだろうか、と不意に思って、それから忘れようとした。発砲、応援要請、封鎖……どれも碌な事ではなさそうだったからだ。
どうする、どうする?

……それなら……

ここで僕は、雷に撃たれたかのような閃きを得た。
確かタイムリミットは日没と言っていた。
それまでに安心院を見つけなければならない。なんとしても探し出し、捕まえて、鍵を手に入れなければならない。でなければ人質がどうなるか、想像も付かない。
だが、そんなこと普通に考えて不可能に近いだろう。なんたって相手は瞬間移動能力者だ。よほど隙を突かない限りは、先手を打たれて逃げられるばかり。
ならば、と思いついたのだ。

逆に、日没までに平原さんがいるビルを特定して、タイムリミットが過ぎたと油断した安心院が来るのを待っておけばいいんじゃないか?

思い付いた時にはあまりにも名案過ぎて泣きそうになった。自分の賢さにガッツポーズしてしまった。
これだ、これで行くしかない。
だが……、根本的なことに気がついて、次の瞬間にガッツポーズがだんだんへにょへにょ萎えていく。
では一体、どうやってそのビルを特定するのか。
さすがにこれだけの時間が経ったんだから、起きてますよね?平原さん。いや、正直わからないのだが───薬品で眠らされていたのなら、もはや探し出すことは不可能だろう。それでも、それでもだ。
僕は最後の可能性に賭ける。この✕✕市に溢れた雑音から、今度はビルに閉じ込められているであろう人物の嘆きを探し出す。

プラスで。
ひとつだけ、ちょい足しを。

……薮茂さん、ちょっと協力してほしいことがあるんです」


◆◆◆


やがて、✕✕市に日没が訪れた。
タイムリミットだ。いろいろな意味で。

「んだよ、結局捕まえらんねえんじゃん、あいつ。つまんねえわ……

廃ビルの三階、天井から吊り下げられたランタンがぼんやり、そのフロアを照らしている。
はぁ、と溜息をついてそこに現れたのは、安心院だった。瞬間移動ではなく、律儀にここまで上がってきたようで、軽く息が上がっていて、うっすら汗も掻いている。
なぜ、瞬間移動ではないのか。なぜ、わざわざ階段を上がったのか。理由はまだ、説明もないため分からない。
階段を上がった先、何もないフロア。その端っこの方、安心院の眼前にじゃり、とコンクリートの破片を足裏で踏みつける男がいた。平原だ。相川 終を誘き出すための餌として拐ってみたのだけれど、その相川は最後までたどり着くことがなかった。残念だ。
全ての遊戯に飽き飽きした、と言わんばかりに、安心院は男の口を塞いでいた猿ぐつわを外す。冷たい視線でそれを見下ろせば、やっと顎が自由になった平原は犯人をぎろりと睨み付けた。

「げほっ、ぺっ!いつまでこんなもん噛ませてんだよテメェよぉ、顎イカれたらどうすんだよ!」

おーおー、元気なもんだ。
声がうるさくて、うるさすぎて、フロア全体にキンキンと響き渡る。残った反響音ですら、鼓膜を責め立てるようだった。

「っせーなおっさんは、マジうっせ!うるせえ!」

「あ〜〜〜?うるせえのは生まれてからずっとなんだよ、お前こそうるせえなあ!ちんたらちんたらしやがって、さっさと上がってこいよ、階段くらいよぉ!……つうか腕のこれも外せ、これ!んでなんだ、お前、お前……あれか?相川に遊んでもらなかったのか?」

がちゃがちゃぎしぎし、それから悪態。
直後、パチン、と叩く音がした。
安心院が平原の頬を強く叩いたのだ。平手打ちだ。あんまりこの状況で、他人を平手打ちってない気がする。

……あ?」

「アンタ、状況良く分かってねえみたいだけど、オレのが立場は上だからね?」

「ちっ……!」

拘束が外れない以上、安心院に対して反撃が出来ないのは確かにその通りだった。仮に手も足も動く状態だったとしても、一般人である平原では太刀打ちができない。

「んでさ、オレ。相川 終さえ捕まえられたら良かったわけなのよ」

……なら……お前の能力なら、簡単だろ?相川を捕まえるなんて。なぜわざわざこんな、回りくどい真似をした?なぜ俺を使う?」

「なんでだと思う?」

「なんでか言えよ、回りくどいな」

急かされてせっつかされて、安心院は平原の前にしゃがみこむと、まるで古い昔話でも読み上げるかのごとく他人事みたいに、ありもしないことを口にした。

……この世界には『運命力』ってもんがあんだって」

「運命力?」

「そ。運命力……主人公力、とでも言えばいいのかなぁ。あらゆる困難を乗り越えて、どんなタイミングでも作戦が成功する、全ての障害を突破する能力……オレらみたいな特殊能力とも違う、運みてぇなモンなんだって」

「ゲームのやりすぎか?サイエンス・フィクションに取り憑かれたか?馬鹿馬鹿しいな、んなもん世の中にねえよ」

「いや、あんだよ。あんの。それがお前にはあんだってさ、平原 新立」

「は?」

そうやって指さされた本人が理解できていない。
ものすごく居心地悪そうな顔をして、平原が疑問符を浮かべた。言っている意味がわからない。本当に。
ましてや、安心院のこの言い草はまるで誰かからそんな話を直接聞いたと言わんばかりだ。平原を知る誰かから、荒唐無稽な運命力の話を?

「だから相川をそのまま捕まえる、じゃあ、アンタに阻まれんだ。ほぼ間違いなく。そのために、わざわざ先にアンタを潰した」

「イカれてんのか?そんなわけねえって、誰が言ってたのか知らねえが、俺にそんな特殊能力を超えた力なんてもんがあるわけがねえだろ。自分で言ってて頭おかしくなんねえのか?なんだ、運命力って。馬鹿げてるぜ?」

と、当然ながら否定するのだが。

「リョウが」

「───あ?」

「リョウが、言ってたんだ」

その名を、聞いて。

………テメェ、ふざけるのも大概にしねぇと、殺すぞ」

今までの荒い雰囲気が一転、平原が内に秘めた本気の怒りで体を蒸気させた。温度変化の能力でもあるのかと言わんばかり、額にじわりと汗をにじませ、眉間に深くシワを刻み込み、手も足も出ないはずなのに、今すぐにでも安心院を殺してしまいそうな威圧感である。
だって、いるわけがないのだ。リョウが、自分のかつての相棒が。こんな得体の知れない男と話すことが出来るはずがなかったのだ。
冗談でからかっては行けない領域を踏み越えた。平原の怒りが滲み出る。

だって、アイツは───

(今だ)

じゃり、と。音が増える。

「あ?」

「───ッ、おりゃああああああ!」

声が、聞こえた。


◆◆◆


ほんのちょっと時間を戻し、結果を話そう。
僕は平原さんを見つけることに成功していた。

……なんだ?パトカー?』

ファンファン、と街をパトカーが走っていく。パトランプの音は聞き取りやすい、もし平原さんが既に気を取り戻しているのならば、これに気付かないわけない。
今の状況を話したら、薮茂さんが協力してくれたおかげでできた。こんなこと、適切な手続きなしにやったらどうなるかわかっとんのか?などと散々怒られたけど、結局やってくれた。
……やっぱり、いい人、なのかな?

『パトカー?なんで……こんな街を周回して?もしかしてお前なのか……?』

音に合わせた心の声を探った結果、いるじゃん、いるじゃないか!結構必死に探したぞ!街のど中心だった!
灯台下暗し、木を隠すなら森の中。廃ビルだからきっと遠くの方だと思って散々走り回ってしまったが、実際のところは、解体予定がご時勢で一旦延期になってしまっていた建物だった。

……来い、来てくれ相川……!』

「言われなくても……行きますよ、平原さん」

あの時僕を助けてくれた貴方のように、僕が。
なんだか、数週間前と立場が逆みたいだ。あの時は僕が願って、平原さんが助けに来てくれた。今度は僕がそれに応える時なのかもしれない。いや、こんな短期間で立場逆転、なんてお互い思ってなかったはずなんですけど。
そんなこと言っても……仕方ない。

さて、向かうか。そして向かったのなら、あとは待つだけ。最後のその瞬間を、安心院の不意を突ける、おそらく最初で最後のタイミングを待つだけだ。
ああもう、根回しだとか、建物の所有者に連絡とか、それだけで多分最後の時間を使い切る。本当にギリギリだな。


◆◆◆


「おりゃあああああああ!!」

言うてここは解体予定だったビル、そこにはものが雑多に置いてある。死角はいくらでも作りようがある。
僕は物陰に隠れ、その時を待った。そして、完全に安心院が油断した瞬間、背後から現れる。
必然、安心院は驚くだろう。そして逃げるだろうが、そう遠くに転移することはできない。

確信している。
理由はひとつ。
タイムリミットだ。

───ずっと気になっていた。なぜ安心院は、このおいかけっこのタイムリミットを『日没まで』と設定したのか。
あれは、別に僕を焦らせたいわけじゃない。自分のためなのだ。

追いかけながら検索した結果分かったことだが(インターネットの情報がどこまで特殊能力に適応されるかはわからないけど)、テレポーターには弱点がいくつかある。
その人それぞれによって弱点が違うのだが、例えば安心院のようなタイプは【自分の視界内にしか移動できない】ことが多い。ましてや黒縁のメガネをかけている、おそらく(何かの持病由来ではない限り)近眼なのだろう。
外が暗くなれば、視認できる範囲も極端に狭くなり、移動範囲が明らかに小さくなる。それでは自分の弱点を自らバラすようなものであり、故にそのデメリットを打ち消すためにも『日没まで』と時間制限を設ける必要があった。 

とはいえだ。このフロアには明かりがある。安心院の視界に入るところに飛ぶこと、それそのものは可能だ。
だが、そんなのを許す僕じゃない。

ばさ、と。
安心院の目の前で、それは開く。

「あァ!?」『か、傘ぁ!?』

黒くて大きな傘。それを目の前で開き、驚かせて───

「すまん!」

瞬時に閉じると同時に、突き出した。ごり、と嫌な音がする。手の中に柔らかい触感が伝わってきて吐きそうになったのを堪えつつ、安心院を平原さん側にふっ飛ばした。

「えっ、」『おい、ちょ、避けらんない避けらんない!俺の方に来、ぐべぇ?!いたあああ!』

「っが……!」『いた、痛い痛い痛い痛い痛い……!』

二人の心の悲鳴を聞いて、罪悪感が湧き出す。が、それより先に処理しなきゃならないことがあった。安心院だ。
傘をその場にポイと投げ捨て、ダッシュして即座に安心院に覆いかぶさる。

「手こずらせてくれたね。拉致監禁、十分犯罪だ。ちゃんと逮捕させてもらうよ」

今まではどちらも容疑者が死んでいた。しかし今回はようやく、ようやっと、犯人を捕まえることに成功したのだった。
平原さんから遠ざけるように安心院を転がし、その背の上に膝を立てて立ち上がれないようにホールド。そのまま後ろ手に手錠をかけてやる。
逃げられないように、頭に目隠しもつけてやった。

「うわ、ちょ!え!なに!?」『こい、つ!意外と考えてやがんなくっそ……!』

「視界外に転移することも出来るんだろうけど、ワープ失敗すれば肉体がどうなるかわからない。あまりにもリスキーだよな?おとなしく捕まりな」

……くそっ」『ちくしょー、途中までうまく行ってたのに……

安心院の負けゼリフを聞きながら、ぽんぽんと体を探っていくと、平原さんの手錠を解くための鍵があっさり見つかった。

恐らく、安心院はテレポーテーションで署内に侵入。そして背後から平原さんを襲った。気絶させた平原さんを運ぶのは、普通の人なら困難だろうが、そこはやはりテレポーター、安心院は重い肉体を運ばずに、空間を転移することでここまで運んだのだろう。

これで複合的な別の能力───ものをどこかに飛ばす能力などが一緒に会得されていたら、もはや勝ち目はなかったかもしれない。薄い確率の賭けに勝ち続けた結果、僕は大切なものを守ることができた。
大切なものを。
大切な……もの………
あれ……ほんとになんだか、恥ずかしくなってきたな……
けれど、今度は僕が、仲間を救っている。なんだか複雑な心境で手錠から開放しながら、平原さんを見下ろした。

「やるじゃん。助かったぜ」

平原さんが笑いながら、

……助かったぜ、相棒』

内心言いにくかったであろう感謝の意を僕に示してくれたのだった。
それにしても、あれは一体……安心院と平原さんの会話で気に掛かったことがあって、つい尋ねてしまうのだ。

「平原さん、リョウさんって」

読み取れているはずなのに、分かっていたはずなのに、それでも。

……言わなきゃいけねえのか?」『わざわざ言葉に出させる理由はなんだ?』

「平原さんが言ってくれなきゃ、僕は聞きませんよ」

………」『どうせ俺の考えてることは全部読めてるくせによ』

「それとこれとは、違う」

……死んだよ。お前が来るより、少し前に。」『安心院が、こいつが知ってるわけがねえんだよ、リョウについてなんて』

聞けば聞くほど、胸の中が掻き回される言葉だった。

「リョウは……【酒月 了《サカヅキ リョウ》】は、死んだんだ。俺の目の前で、な」

その時の目が、あまりにも暗くて。そしてなにより───その時【何を考えているのかが、聞き取れなくなるほど心を閉していて】。
それ以上僕は、声を掛ける勇気がなかった。


彼の過去には、僕の知らないことが、まだありそうだった。