ダベミ
2021-09-11 09:51:27
17391文字
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ダブルハンターXがこうであったらいいなと言う妄想

完全に妄想なので初投稿です

───どうやら僕は、終わっているらしい。



東京、人だらけの街、雑踏しかない世界。
ここに僕の居場所は残念ながらない。いや、あるのかもしれないけれど、見つけることができなかった。
僕が、終わっているからか。

『あ〜〜〜〜〜、モテたい』

そんな終わったろくでもない世界に響いているのは、僕の声じゃない。

『日サロ閉鎖中?馬鹿じゃん』『やっぱあの台は出るな』『んほぉぉぉぉ猫ちゃん吸いにお家帰るのぉぉぉぉ』

雑多な声が僕の世界を行ったり来たり、入ったり出たり。
これがもう、物心付いたときからずっとだった。

『何あいつ、ちょっとカッコイイかも。学校サボって街来た甲斐あったわ』

簡単に言うなら、僕は。

「お兄さん、これから……
「君、未成年だよね。」
……え?」
「淫行とかで捕まりたくないから、じゃ。」
「え?ちょ、え!?」

『なんで、分かったの!?ちゃんとお姉ちゃんの服借りてきたのに……


僕は、人の心の声を聞くことができる。


◆◆◆


.1:ひありんぐ[ききとる]



「初めまして。今日からこちらでお世話になります、相川と言います」

初出勤。そう、今日から僕はここでお世話になる。二十三区ではない、東京都✕✕市にある警察署だ。言い忘れたが、僕は立派に警察学校を卒業した警察官だ……今日からお世話になるここは大きな建物ではないが、それでも僕が憧れた場所のひとつに違いなかった。
今日から。そう、今日から僕は始まる。はず。
さて、そんな建物の中で、受付の人が僕を迎えてくれたのだが。

『こいつが、噂の……?』

「僕、なんの噂になってますか?」

「え?」『いや、なんの話……まさか』

「聞こえてますよ」

とんとん、と。
それっぽく、自分のこめかみ辺りを人差し指で突きながら答えた。なんだ、どうやら警察署の人は僕の事情を知っているらしい。
それならそれでも構わない。けれど、まあ、うん。
また僕は終わってしまうかもしれない。

『不気味な奴だ』「……君の配属先は向こうだよ」

複雑な表情をしながら、その人が書類やら何やら渡してくれた。指差す向こうには、長く続く廊下がある。
……あの、心なしか暗い気がするんだけど。

「はあ……

「向こうの部屋でみんな待ってるから」

そう言っていなくなる隙に。

『人の心の声が聞こえるだと?……気持ちが悪い』

ほら、また僕の世界は、狭くなる。

………

こんなの慣れたもんだ。
と言っても何回やられてもダメージは大きい。何度ノーダメージだと念じてみても、僕の心の声は無効だし、痛いものは痛い。何とか笑顔を作ってやり過ごした。
仕方がないのか?……仕方がないんだ。
黙っていればもっと良く生きられたのかもしれないけれど、いずれバレるだろう。
だから、それなら。僕はこの力をもっと、良いことに使いたい。そう思って、警察官を志したはずなんだけれど。

「うまくいかねーなー、人生って」

人の心を読めるくらいでなんなんだ。僕はそう思っている。いつだって。
廊下の先、暗がりの中にその部屋はあった。扉を、開ける。


「やあやあ、ようこそ!待ってたよー!」

「!」

心の声が聞こえない人がいる。
いきなり面食らってしまった。僕が心の声を聞けない人間っていうのは、珍しい。人に全く心を開いていない人か、もしくは対策を立てている人でないとこうはならない。……とはいえ、普通はその「対策」なんて知っているはずがないのだが、なにせ相手は警官なのでもしかしたら知っているのかもしれない。
それでも、それでもだ。
あまりに突然そんな人が現れたことは、意表を突かれる事実だった。

「へえ、貴方が新しい捜査員?」『意外と……格好いいわね』

きれいなお姉さんがいる。

「ふ、ふぅん……」『何だこのイケメン何だこのイケメン何だこのイケメン』

なんかうるさい人もいる。
この二人はどうやら、対策をしていないらしい。対処法を聞いていないのか、それとも……ああいや、そんなことより、この部屋には三人しかいなかった。僕を入れて、四人。そんな部署有り得るのか?

……えっ、と。初めまして。今日からこちらに配属されました、【相川 シュウ《アイカワ シュウ》】です。」

まずは自己紹介だ。ぺこり、頭を下げてから名前を名乗った。内ポケットから警察手帳でも出して本人確認をした方がいいかな、と思ってすぐにやめる。それより気になることがあった。

「あの、ここは一体……

「ああ、説明してなかったな。ここは【特殊犯罪対策室】だ……つまり、普通の人間では起こし得ない犯罪を解決する部署だよ」

「特殊犯罪対策室、ですか」

「もっと極端に言えば、君のような人が起こす犯罪を捜査する」

僕のような人が。

『あーあ、そんな言い方しちゃって、警部ったら。嫌な気持ちにさせたらどうするのよ』

女の人の声が聞こえた。
別に、嫌じゃない。むしろ、そういうやつのせいで僕は歯がゆいし、肩身が狭いし。
だから、悪いやつは裁こうと決めているし、全然悪い気にはならないんだけどな、と思ってちらっと見ると、お姉さんが気の毒そうに僕を見て頭を垂れた。
そういえばこの二人は、僕についてどこまで聞いているのだろう。本物の異能力者である証明をしていないにしても、もう少し気味悪がっておかしくないのだが。ましてや心の声は嘘がつけない。なのに、驚く素振りすらないのはなんでなんだろう。

「私はここの室長、【黒川 星太郎《クロカワ ホシタロウ》】。そちらの彼女は【日比谷 あかね《ヒビヤ アカネ》】、彼は【勅使河原 剛三《テシガワラ ゴウゾウ》】だ」

てしがわら。モノローグうるさい人、てしがわらごうぞう。

「ひひ……と、とにかくすぐにでも……」『こいつさえいればどんな犯人でも捕まえられるかもなァ、イケメンなのが腹立つけど』

なんかうるさい人はこのままモノローグで会話してくれたほうが有り難いけど、そうもいかないか。あと僕は、それほどイケメンじゃない。

「そうそう!実はすでにひとつ、事件が発生していてね。君にも協力をお願いしたい」

……え?」


◆◆◆


✕✕市の最高級ホテル、『ホテルサウザンド』。
僕のような人間では到底来れるような場所じゃないだろうと言うことは容易に理解できた。なんせここにいる従業員はレベルが違う。

『1010号室にタオル、1011号室にタオルと歯ブラシ、1012号室にタオル、1013号室は立ち入らないように言われてるから飛ばして1014号室にタオル』『片付けなきゃ片付けなきゃ早く早く早く一刻と無く早く』『背筋伸ばして……お客様に笑顔……』『っはぁ〜〜〜〜〜〜〜ダルぅ〜〜〜〜〜〜、キャンセル処理くっっっっそダルぅ〜〜〜〜〜〜〜』『チップもらった……へへ……』『わんわん♡わーんわん♡』『新人が二秒遅い、合わせなければ完璧な手配は不可能だ。私が所作を遅らせるのは不本意だが致し方あるまい、自分のメンツよりも完璧さを求め……

レベルが違う。
こんなのがいっぺんに聞こえてくる環境に置かれる僕のことも少し考えてほしい。まあ、慣れたからいいんだけど。

「ああ、いらっしゃいませ」『しっかり迎え入れなくては……あ、いや、客じゃないな』

燕尾服の支配人が出迎えてくれた。

「✕✕署の黒川です。こっちは新人」

言わなくていいだろ。

「初めまして」

「ええ、どうも」『若いな。それにしても……今の警察はみんなこうなのか?どいつもこいつも』

「現場に案内、お願いします」

……こちらです」『早く解決してくれねえかなあ』

現場は保全してあるというが、だからこそ警察二人だけが立ち入るわけにもいかなかった。警察の人間だけがウロウロしているのを見られれば、ホテル側の名誉にも関わるだろう。
なら僕達と支配人三人でもあまり変わらなさそうだったが、そのリスクを負ってでもホテルを再開したのは、事件からもう二週間も経っているし、なにより稼働させなければお客様も困る、従業員も守れなくなるから……とのことだ。
理屈がわかるので黙っておくことにした。


チーン。
エレベーターが鳴く。


扉が開いた瞬間から、異世界に入ったみたいだ。
現場となったのはホテル最上階、空の上に浮かぶ部屋などと揶揄された、ワンフロア貸し切りのスイートプレミアルームだ。

通された部屋は、いや、部屋と言うか最上階のフロアすべてが部屋なので、なんと言えばいいか分からないけれど───すべてが見事だった。
装飾は派手すぎず、しかし確実に最高級の素材を使っていることが、素人の僕からしても一目でわかるなんて凄すぎる。白を貴重とした、物静かな部屋だった。フロア中央の白線さえなければ、素晴らしい会場だっただろうに。
備え付けで部屋に置かれた革張りのソファは、何人かの客を腰掛けさせたのだろうと言う使用感はあるものの、その表面はぱりっとつややかで、なによりライトをわずかながら反射するほどの光沢を持っている……素材がいいのもあるが、手入れも、手入れの道具も、手段も、やっぱりレベルが違うんだろう。
そして白眉は、エレベーターの戸が開いた瞬間から眼前に現れる巨大な窓から、壮観にも思える✕✕市の半分くらいを見下ろせる。ありとあらゆる光景を見られるだろうと言うくらい、見晴らしがいい。

話を事件の日に進めよう。
その日は喜々津《キキツ》と言う人物がこの部屋を貸し切っており、夜十八時にはチェックインの履歴がある。防犯カメラにも当然、フロアを移動する喜々津の姿は写っていた。
しかし。

「二十二時以降の映像が残っていないのです」『これを説明するのももう何度目だか』

うんざりしているのを察して、僕は支配人の声へ集中力を集めた。
普段は無作為にいろんな人の心の声を聞いている僕だが、集中すればその人の思考、すべてを読み取ることができる、らしい。そこまで自信がないけれど。
……あれ、それは誰に言われたっけか。
まあいいか。とにかく、僕は声を辿った。
するすると、手に取るように見えてくる、分かってくる。あたかも人の脳に入ったような、そんなイメージ。支配人の声、言葉、思いが僕に流れ込んでくる。

……なるほど」

おおよそ理解して、僕は一人頷いた。

あらましはこうだ───
二十二時前、喜々津はルームサービスを頼んだ。備え付けの電話機を使い、フロントに「事前に輸入を頼んでおいた赤ワイン、付け合せに合鴨のパテとフランスパンのセットを追加で頼む」と連絡をした記録も残っていた。
妙なことに、そのオーダーは通っているし、グランドシェフも受付したし、準備もしたのに、誰が部屋に行ったかわからない。どの従業員に聞いても、自分は行っていないと答えるばかりであるらしい。
ところが現場には赤ワインとパテ、フランスパンは到着している。犯人がルームサービスを装って持っていったのではないかと思われているようだ。
それなら防犯カメラの映像を見ればすぐわかるはず、と思ったらこちらもなぜか、その時間の分だけ正常に記録されていない。具体的には二十二時から二十四時の二時間、映像が乱れ途切れ使い物にならない。そして……

「肝心の喜々津は焼死、と」

……ええ、そうです」『突然なんだ、こいつ?いきなり喜々津の話を……気味が悪い』

………相川」

「はい、状況はだいたい把握しました」

「へえ、何をどうしたかわからんが、便利なものだな」

……?」『なんの話だ?というか、勝手に話を進めるな』

「つまり、喜々津を焼死させた犯人が不明なんですね」

「!?」『なぜ焼死がわかった?い、いや、警察内部の資料を読んできたんだろうから、その程度普通……それに、床にシミが……

大理石で磨かれた足元はぴかぴかと呼ぶにふさわしく、天井のライトや自然光と相まってさらに室内が明るく見えた。その中でひときわ暗いのが、中央部分だ。
人が焼けた、らしい。
そのとおり、人の形をした煤の跡だったり、脂の固まった跡だったりが残っている。匂いが残っていないのが幸いだった。
……第一発見者はこの支配人。チェックアウトの時間になっても客が室内から出てこないことを不審に思い、VIP待遇である喜々津のところへ自ら赴いた。すると、室内に厭な臭いが漂い、中央に黒焦げた死体があったと。
美しい空間に死体、まるで芸術か、それとも地獄だ。

………

現場をくまなく調べる。
とは言っても、僕は人の心の声が聞こえるくらいで、他は大したことのない警察官なりたての巡査なので、こういった捜査に駆り出されている事自体が異例中の異例と言うか、むしろ有り得ないことすぎて、室内じっくり見ても何もヒントを得られなかった。
まあ、そういうもんだ。

「もう、いいですか?」『ちっ、いつまで時間を使わせやがる、こいつら……

……ええ。大丈夫です。」

ああ、僕がサイコメトラーなら、もっと簡単に事件は終わっていただろうな。


◆◆◆


しょぼくれて署に帰る。
あのあとも能力を全開にしてホテル内部の人達の心の声を拾いまくってみたのだが、なんせ何もなかった。ヒントらしきヒントもなかった。
ホテルマンの声を聞きすぎて、一時間ばかし僕自身もホテルマンになってしまったような気分で、黒川さんを「お客様」と数回呼んでしまった。
……これだからこの能力はあんまり使えないんだよ。


人の心の声が聞ける、それはなんだかとっても強そうに見える。でも、それだけだ。


力が強くなったり、過去を読めたり、そういう能力は一切ない。ただ、普通の人にプラス、心の声が聞こえる能力が追加されているだけだ。
これでギャンブラーとかクイズの達人ならまだ引きがあるだろうが、正義感から志したのは警察官。犯人に直接接触できたならいざしらず、こう全く宛がないままじゃ僕を活かす方法が無かった。
さらに弱点もある。

「相川、疲れてないか」

……正直、疲れました。あんなに集中していたの、久しぶりだったので」

疲れやすい。声を聞きすぎると、錯覚を起こす。人が多すぎると、ノイズになる。
それに、「対策」を取られると聞こえない。
ああ、もう、ほんと僕って、ままならない。自然とまぶたが落ちてくる。

「そうか。まあ、今日は家に帰って……

黒川さんがそう言いながら、僕達を乗せた車が署へ近づいて行った時だった。



……罰則だのなんだのごちゃごちゃうるせぇ!』




「!?」

静寂を劈くような大声だった。どこだ、と思わず開眼して周りを見回す。黒川さんがちょっとぎょっとした。人はいない、ではどこから……

『何だこいつ、止めやがって。俺が犯人を捕まえられなかったのは、お前のせいだろうが……ああ?なに、また?また、またって、俺に犯人を捕まえさせねえ気か!?』

あまりにもうるさくて。
それはあまりにも、本当にうるさくて。
だって、人がいないのに聞こえるなんて、ましてこの感じは心の声に違いないのに、うるさくて。
思わず署の方を見た。
……まさか。建物の中から、貫通して……

「僕……!」

なぜだかわからないが、早く行かなければならない気がした。駐車するのが待てずに路肩に車を止めてもらい、一人で走っていく。
そこにそれはいた。

「だから、アンタがやってんのは権力の乱用なの!」『あ〜〜〜〜〜、コイツまっじ話分かんねえなあ!!』

朝、僕に部屋を教えてくれたおじさんに突っかかっている別なおじさんがいる。

「お前はあの時、俺の暫定バディだろうが!俺の気持ちに合わせろよ!」『お前が手を貸してくれりゃあ、捕まえられただろ!万引きは現行犯じゃねえと捕まえんのが難ィんだよ!』

ずいぶんいかつい。そしてごつい。僕と対象的だ、僕が白ならこの人は黒、という感じかな。なんとなくそんなインスピレーションを得た。それにしても、うるさい。

「いやいやいや、だーーめーーなーーのーー!」『なんで万引き程度で威嚇射撃しようとすんだよこいつーーー!』

「ダメじゃねえだろ、まず犯罪が!だめに!決まってんだろ!!!」『犯罪をこの手で潰す!!この世からすべて!!!そのためにはこう言う小さいとこからなぁ……!!』

……ああ、ほんとに。


「うるさいです」

「あ!?」
『何だ突然失礼な……、っていうかいつからここにいた?こいつ、そもそも誰だ?初対面か?警察学校卒業してんだろうな、ヒョロすぎるぞ。というか白いな、白いなー。現代っ子、もやしだなー。ひょろもやしだなー。もやしが何の用なんだ、俺ちょっと今忙しいんだけど』
「何だもやしっ子!?」

「うそ、マジでうるさい」

声量だけじゃなくて分量もある。マジかよ。
驚いた瞬間、僕の視界がぶつん、と突然シャットダウンした。
あまりにも突然なことで、僕も説明ができなかった。
まあ、疲労だ。

どさっ。

……え?なんで?」

「アンタ何したの……


◇◇◇


夢を見ていた。
何だか幸せな夢だった。
僕は子供で、周りに同じくらいの歳の子供がたくさんいる。思い思い、何かおもちゃのようなもので遊んでいる。お絵かきをしたり、おいかけっこしている子もいた。
みんなみんな、個性的だった。
僕もだ。金に近い真っ白い髪の毛は地毛だった。

「      」

誰かが来る。
こつんこつん、誰かが来る。

「センセイだよ」

浅黒い肌の子供が言った。こちらを見たくないのか、目元を隠すくらいに、前髪を伸ばしている。

センセイって誰だろう?

そう考えた瞬間、全身に鳥肌が立ち、息が乱れる。はあ、はあ。呼吸音が震えるのがわかる、ああ、なんだ?僕はこの「センセイ」に恐怖を抱いている?

「なん、で……

「また、あんなコトされるのかな」

隣の子供も震えている。

「痛いの、やだよぉ」

他の子供も泣いている。
幸せな夢が突如崩れて、僕は全身に大汗をかきながら前を向いた。
そこには、白衣を着た、眼鏡の、かおのみえ、な、い……だれ、……、か…………………あれは、

……………………………

……………


◇◇◇


『いつまで寝てんだコイツは』

そんな低音のボヤキで目が覚める。ああ、どうやらキャパオーバーしたみたいだ。能力を使いすぎるとたまにこうなる。大人になってからはあまりなかったのだが、今日はその特別な日だったらしい。
それにしても、何か夢を見ていたような気がする。子供の頃の夢を……そんなわけ無いか、僕には子供の頃の記憶は全く存在しないのだから。
いや、ところで僕はどれだけ寝ていた。
ガバッと跳ね起きると、隣で座っていたらしいおじさんも一緒に大きく跳ねて驚いた。

「ウワァーッ!!」『なになになになになにだれだれだれだれだれ何が起きて……あ。』

「なんて声出すんですか。」

大の大人が。まで言うことはしない。トドメだからだ。

……」『ビックリさせんなよコイツッ……ていうか突然倒れたのは何だったんだよ……

「あ、その、すいません。倒れてしまったみたいで」

「ああ、いいよ、いい。気にすんな。そんなこともあんだろ」『ねえよ。そんなことねえよ。つうかなんで倒れたん?ビックリさせんなよマジで』

……ビックリさせてしまってすみません」

「は?何が?」『えっ、なになに、なんで謝られた?』

「ごめんなさい、僕その、なんていうか……人の心の声が聞こえるので……

…………………、」『…………………は?は………は?』

あ。今度はこっちがキャパオーバーしたっぽい。

「驚きますよね、本当にすいません……しかももやしっ子で……ひょろもやしで……

……えっ」『は?ほんとのやつ?ひょろもやし、なんて言ってないじゃん、なんで』

「ほんとのやつです」

「いや、いやいやいや」『ほんとのやつ?ほんとのほんとに?今も聞こえてる感じの?』

「今も聞こえてます」

……うそー……」『うっっっっわ恥ずかしい。恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい』

「入らないでください、と言うかほんとにうるさいな」

……」『声量じゃなくて心の声がうるさいは初めて言われたな』

「心の声って多分思考してることを指す言葉だと思うんで、はい。……えっと」

『て言うかお前誰なんだよ、ひょろもやし』

「喋るの諦めないでもらえます?僕は……【相川 シュウ】、今日付けでこちらの✕✕署勤務になりました。」

「シュウ……」『哀川翔?』

「シュウです、相川 シュウ。よく間違われるんです」

「ああ、ああ……そうなの」『うわめっちゃ恥ずかしい、ツマンナイこと考えてんのも丸聞こえなんだった、でも考えるのって意図的に止めらんないしムズすぎねえ?』

「えっと、あなたの名前は……

僕からおずおず訊ねると、そこでおじさんはやっと意識を切り替えてくれたらしい。僕に向き直り、こほんと咳をしてから答えてくれた。

「地域部地域課警部補の【平原 新立《ヒラハラ アラタ》】。ハジメマシテ、エスパークン」『最初に名乗っときゃよかった……自分の名前考えることなんてないし……失敗した……ああどうしよう、相川にヤな印象持たれてないかな……

「ヒラハラ、さん。はじめまして、警部補」

勝手にめっちゃ落ち込んでいる。なんだこいつ。
……地域課警部補。歳は四十前後というところか、細目で僕を見ている。ダンディズムってこういうこと?とかふと思ったりした……それにしても体格がものすごくいい。きっとスポーツをやっていたに違いない。階級から察するにノンキャリアだろう。この人の上にまだ人がいるのか。

あ、ていうかそれより!

「全く、なんか何から何まで信じられんが……」『見た目は普通だな……人の心の、声が聞こえる……とか言ったか、全然信じられんが、えっ、ちょ、これも聞かれてる感じ?』

「聞こえてます」

「あちゃー」『はずかしっ』

「茶目っ気ありますね」

「は?」『……何故かちょっと嬉しいのが腹立つな』

「それより今は何時ですか?」

「そこは安心しろ、まだ十九時前だよ」『倒れて三十分ばかしか。早かったな案外』

「ありがとうございます。ほんと早かったですね」

「今日は荷物まとめて帰れ。黒川さんも心配してたぞ」『あのクロちゃんが心配するなんて珍しいんだからな。つかナチュラルに声を聞くな』

「そうですか……

僕は、「あだ名がクロちゃんはちょっと、まじでヤだと思いますよ」と一言言って、その場を後にするしかなかった。


◆◆◆


翌日。

「昨日も現場付近を当たりましたが、やはり不審者の報告例はありませんでしたね」『なんでかしらねえ……

四人で頭を突き合わせて、今までの資料をまとめ直した。が、やはり犯行時刻に何か不審なことは起きていない。不審な人物もいない。
そういえば室長は階級で言うとなんだっけ、警部だっけ?……あのヒラハラさんより偉いんだな……

……

資料を見ていくうちに、とんでもないことがわかった。
実は喜々津と言う男、というかそもそも、喜々津がまず偽名であった。
本当の名前は【笹塚 永史《ササヅカ エイシ》】、数年前に一度未成年淫行の容疑で逮捕された歴がある。
その時は余罪が疑われたのだが、証拠が一切見つからなかったためすぐ釈放された。
本当は未成年淫行ではなく、児童買春の斡旋をしていたと言われているようだが、やはり証拠が出なかった。

何枚も何枚も積み重ねられた調査資料を見る。
なんだろう、この違和感は。
言葉にできないが、変な違和感がずっとあった。
まるで、答案用紙の空欄の答えが目隠しされているような、もやもやした感情。

「現場情報もゼロ、資料はあれど犯人につながるようなものはなしか……

難しいことになってしまった。
答えがわからない。何かを見過ごしているような気がするけれど、何もわからない。
しかし実は、同時に僕は、ある確証を得ている。


室長、黒川は信用してはいけない。


実は僕の【心の声を聞くことができる】能力には、最初にも言ったとおり対策方法がある。
そのうちの一つは、体をゴム質なもので覆うことだ。どうやら僕のこの能力には人体の電気信号が関わっているらしく、そういうのがうまく受信できないと声は聞こえない。



そして、一つは。
【その人の人生が既に終わっていること】。



……ああ、既に死んでるとかって意味じゃない。
例えば……生活や思考が読み取れないほど破綻している、詰みの状態で逃げられない、成長の余地がなくこれ以上進むことがない、これ以上進展しない。
そういった状態を、僕は【終わっている】と定義付けている。実際、今まで心が読めなかった人はそういう人達だった。頑張れば動物の声だって聞こえそうな僕が、人間の中でも【終わっている】人の声は聞こえないのだ。

だって、僕自身が終わっているから。
僕の名前は、【相川 終】。
はじめから終わっている。

そして室長は、ゴム質のものは一つも身につけていない。
つまりこれが指すところは───
そう思っていると、黒川さんが指示を出し始める。

「日比谷、周囲にもう一度聞き込みを。勅使河原は防犯カメラのデータの復元を……

「試してます」『このパターンもだめなら考えなきゃなぁ〜〜〜………

「相川は……、」

「僕は、もう一度資料を確認してもいいですか?何か見落としている気がするんです」

どうする?と聞かれるより先、僕は少し先走って答えてしまった。なんだか嫌な予感がするというか、本当に何かを見逃しているような気がどうしても拭えなかった。

……わかった。俺も手伝おう」

「いえ。室長は日比谷さんと出て大丈夫です。ここは僕と勅使河原さんがいますから」

「だがな……

「室長。僕を信じてください」

………わかった。だが、もし何かわかったらすぐ連絡するんだぞ」

はあ、とため息のような深い息を吐いてから、黒川さんは頷いて、それから部屋を出ていく。あとから日比谷さんがついていった。

『もう、室長ったら何そんな不機嫌になってるのかしら?何か嫌なことでもあった?新人クンが自分の親切をはねのけたから?……器が狭いのよねえ。室長、前はこんなんじゃなかったのに……

遠ざかっていく日比谷さんの心の声を聞きながら、僕は早速資料に手を付ける。
現場に変なところはない、笹塚は焼死……燃える原因は不明か。あまりにも不自然すぎる。放火でもない、人体発火現象によって燃えた?と言われているようだ。
どうやって火が出たかも不明。部屋にはスプリンクラーもあったはずだが作動していない。なのに人体は燃えている。遺体の写真を見たが……あれはダメだ、全身が間違いなく消し炭になっている。こんな風に燃やすなんてどうしたらいいんだ?
……ええっと、確かあれだよ、人体発火現象。ミトコンドリアが震えて……それはパラサイト・イヴの話か?
そのうち現場を捉えた一枚、なんてことない写真が目に入った。そこから何故か目が離せなくなる。……今、写真が何か、変わったような。気のせい、だろうか?

『おかしいなぁ』

そちらに着目しているところに、ふと勅使河原さんの声が聞こえた。
何がおかしいのかが分からず、そちらに視線をやるが答えは得られない。

「どっこも壊れてない、何回スキャンしても壊れてない!そして〜?映像には〜?……?」『なんだぁ〜?なんか変だな、これは笹塚……いや……?』

仕方がない、あれを使うか。

心の声を、聞き取る。嘘偽り無い勅使河原さんの、思いを、聞き取る───深呼吸してから、勅使河原さんの方へ手を向けて、集中した。
急激に視界が狭まり、音が遠ざかって世界が変わる。次の瞬間には僕の視界がグルン、と回転してパソコン画面を見ている。考えていることを読み取る。
……深く潜り込んでその心の内面全てを感じ取る。


「貴方の脳に、入りました。」


「え?」『え?何?』

勅使河原さんの思考、その全てをまんべんなく、余すところなく、聞き取っていった。丁寧に、わからないところがないように。
そうして、勅使河原さんが画面を見ながら騒いでいた理由はすぐに分かった。

ホテルの映像は何一つおかしくなかった。はじめから全く故障すらしていなかった。だから復元ソフトを通しても意味がなかった。……はじめから壊れていなかったからだ。僕達が見落としていたのはそこだった。
二十二時以降のデータがないと言うことそのものが間違いだった。
なぜ、みんな防犯カメラの映像が故障したと思い込まされたのだろうか。なぜ、誰も部屋にルームサービス持って行かなかったのだろうか。
事件当時、スイートプレミアルームの室内にいたの、は。

「どういう、こと、ですか」

え?
目を見張った。

「こういうことだとも」

「!」

背後からの声に気づかず、僕は強い衝撃とともに意識を失った。


◆◆◆


次に目を冷ました時には、見たこともないコンテナの内部だった。薄暗く、冷たいコンクリートに横たわっていることに気付き、なんとか起き上がろうとして、両腕が動かないことに気がつく。同時に、足もだめだ。
はっとして視線を向けると、ぎしぎしと軋む音までした。荒縄で腕と足を縛られているようだった。

「手荒な真似で悪いね。だが、君には俺の【能力】が効かないようだったからな」

ふは、と笑い声がした。視線をなんとか声の方に動かすと、黒川がいる。いや、この人も偽名かもしれない。黒川ではないかもしれない。
一体何を、と声を出そうとしてそれも阻まれた。口にはギャグボールがぎっちりと嵌め込まれていたのだ。
突然の展開に僕は少しだけ動揺している。それにしても、僕に、彼の能力が効かない?一体なんの話だろう?

「〜〜〜っ……!」

「おお、そう怒るな怒るな。君は生け捕りが条件なんだ」

生け捕り、僕を?というか、なにが、誰が、どうして。

「お前、子供の頃の記憶がないんだってな」

……!」

「はは、そうだろう。なんたって、お前は【作られた子供達】なんだからな」

思考が一瞬だけ停止する。黒川の言っていることがわからず、面食らってしまう。どういう意味だ?どういうことだ?僕が作られた子供達……

「俺もねえ、こんなことしたくはなかったんだ。だが、仕方がなかった。俺が死なないためには、お前を犠牲にするしかない。なんせ俺も……

まさか。
大仰に上着を脱いで、その背中を僕に見せつけてくる。黒川の背に、細い線で数字が刻まれている。九桁ほどあるだろうか。

「俺もなんだよ、相川シュウ。俺も、お前のように【作られた側】なんだ。」

………!!」

驚愕する。
幼い頃の記憶がない自分がおかしいと思っていた、でもそうじゃないんだ……幼い頃の記憶は本当にないか、消されていた。
そう、そういう、レベルじゃない。
こいつは僕と同じ環境にいて、人為的に能力を作られた人間だと言うのか?
背中に数字が入っている───僕もかつて、物心ついた頃に両親に教えてもらったことだった。理由はわからない、病院がペンで書いたのが取れないんだなどと適当な理由を言われて納得していたが、そんなわけないんだと今改めて思わされる。
理由が分かっていなかった。僕がこんな能力を持っている理由も、地毛が白っぽい金なのも、背中の数字も。
でも、なんとなく符号してしまうじゃないか。

僕が、つくられた、人間?

「いいよなぁ、普通の人間は、羨ましいよな。俺の【思い込ませる】能力なんて、大したことなかったんだからさ」

……いや、思い込ませる、とかそんなチャチなレベルじゃないじゃないか。ちゃんとみんな誤認してたぞ。大したことあるだろ、お前の能力。
洗脳。マインドコントロール。超能力関係なら間違いなくトップクラスの最高能力だろ。
それと……お前はわかってないと思うけど、多分僕にも効いてたぞ。おもくそ写真の顔、すり替えられてたろ。
そこで全ての霧が晴れたかのようにぱっと視界が広がった。そうだ、こいつは黒川なんかじゃない。

【あの部屋で焼かれたのが室長黒川で、ここにいるのが笹塚だ】。

何かおかしい、と思っていたのはそこだった。
ずっとずっと引っかかっていた。なぜだかあの部屋を見た時から違和感があった。
……あの時ホテルの支配人は『今度の警察はみんなこうなのか』、と考えていた。僕にはこの男が、スーツを着た五十代くらいのきちんとした大人にしか見えなかったが、こいつが黒川室長ではないなら話は別だ。なんだ、洗脳が効いてないのは、僕じゃなくて支配人の方じゃないかよ。
となれば人体発火も、不自然でも何でもなくなる。相手の認識を改竄して、ここで焼け死にたいと思っていた男にすればいいんだから。もしかしたらもっと……例えば自分がろうそくになってしまったとか、そういう思い込ませ方をしたのかもしれない、別なものにしたのかもしれないけど、そんなの今更知ったこっちゃなかった。結果は何も変わらないからだ。
そうして、僕が約二日間ずっと室長だと思っていた男の顔は、果たして、あの時資料で見た死んだはずの男の顔に戻っていた。

ここにいるのは……笹塚 永史!

「なぁ相川?お前も大した能力だよな、【人の心の声が聞こえる】なんてさ。俺のと交換してくれ」

……〜〜〜……

そもそも喋れないので反論ができなかった。
とりあえず、お前の能力は偉大だよ。

「まぁいいか。あとはボスにお前を引き渡すだけなんだからな。あと五分くらいだ」

引き渡す、僕を。
引き渡す?
なんだかよくわからないが、僕は大ピンチらしい。うわあ、どうしよう。
ある程度焦っては見せる。が、かと言ってどうしょうもない。力弱いし。
ぎしぎし、荒縄が腕に食い込んで痛いな。どうしたもんかな。


あー。これ、誰か助けてくんないかな。


『相川!!』


え。
声が、聞こえた。
思わず驚いて、あたりを見回そうとして、うまくできなかった。

『くそ、相川……どこに行っちまった、分かんねえ!』

まるで本当に叫んでいるみたいな音量が聞こえてくる。どこだ、どこからだ?
鼓膜を破るかのような勢いが、ここに近づいている。自然と目に光が宿って希望を見出してしまいそうになった。期待しないほうがいいのに、どうしてだか僕はこの声に縋りたくなったのだ。

助けて、僕の、ヒーロー。


………どぉっせぇぇぇぇい!!!」


ばぎゃん!!と派手に音がして、コンテナの一部が破壊された。馬鹿力すぎるでしょ。
そこにいたのは、確かにまさしく、平原さんだった。
なんで、とか、そういうことが頭を掠めたのだけれど、それより何より……

(助けて!!)

生きてきた中で今までで、一番、僕は生を願ったと思う。

「相川あああああ!!」『なんかわからんが、とりあえず助ける!!』

でも確か、黒川……じゃなくて笹塚には、認識改竄能力がある。それを平原さんに使われたら、

「そいつから……

「へ?」


ぎゅん、と迫る肉の塊。

……よし、ここ』

確信を得た平原さんが、全身に力を行き渡らせた。


「離れろォォォ!!」

「なんで俺の改竄が効か、ぶべばらぁっ!!?」


渾身のストレートが笹塚の顔面に叩き込まれ、思い切り吹き飛ぶ。その一発があまりに重たかったせいか、笹塚がゴシャアン!と大音を立てて倒れ込み、動かなくなった。
……人体はあんなふうにバウンドするんだな。びっくりして目を丸くしたままそれを見上げていたが、すぐに体が楽になった。

「ぷ、はっ!は、はぁ……ありがとう、ございます……

「いい、いい。礼なんて」『間に合ってよかった。本当に間に合ってよかった……

「一体、なんで……

「ここに来たかって?」『まあ気になるか。説明めんどくせえなぁ』

「そう言わずに教えてくださいよ……

「後でな」『カンとか言えねえし』

じゃあカンじゃないか、と抗議をしようとした直後、ゆらりと立ち上がる影があった。……笹塚が気を取り戻したらしい。鼻の骨が折れたのか、多量の鼻血を出して、今にも溺れそうだ。

「ぶぐっ、ぶげ……なん、なんで効かねえ、俺の……

「知らねぇよ。ここにいるのは俺じゃねぇ、俺達だ。二人揃えば無敵ってやつなんだよ」『……あれ、なんかダサくない?なんかかっこいいこと言いたかったな……

「ぼげっ……!?」

そんなレベル感の話なのかこれ。僕が驚きながらおもむろにそちらを見ようとする。

「まあいいや。とりあえずお前逮捕な。」『あーあ、また始末書増えるのか……

僕に添えていた手を離して立ち上がると、つかつかと近寄っていく平原さん。
笹塚も、集中力を高められないのか、平原さんに改竄能力を使うことができないようだ。
ああ、良かった。これで、


終わっ


パーン。


そんな、マヌケにも聞こえる音が、背後からした。

……、え?」

次の瞬間、背後から撃たれたはずの拳銃で、笹塚はこめかみを貫かれていた。ぼたぼた、と血が吹き出し白目を剥く。だめだ、致命傷。ここから助けることはできない。

「な、」『えっ、なに?何が起きた?撃たれた、でも誰が!どこから!俺は無事……あ、相川は』

「僕も無事です!平原さん!」

……!」『よかったぁ』

よろ、よろ。よろめく笹塚。

「は、はは。俺ァ……どうやら、失敗作ぅ……みたいだ」

回らない呂律。いや、即死でもおかしくなかったのに、何かを伝えようとしている。

「作られた子供たちはよう、なあ、相川ぁ……

よろめいて、僕の方にくる。

「たくさん……いるんだぜ……顔を変え、げぶっ、名前、変えて……ごぼっ……

べしゃり、血を吐いて。それでもなお何かを伝えようとしている。

「奴らは、組織は、お前を探しt」

ぱーん、と言う破裂音が再び響き、今度こそ、笹塚は地面に倒れ、二度と起き上がることはなかった。


◆◆◆


……そう、そうだったの」

その後、僕達は署のトップに呼び出されていた。いわゆる署長、肩書で言えば警視だ。
この署の署長は女性で、何より僕みたいな変わり者に理解があるらしい。会ったのは、実は初めてだが。
そもそも僕の能力をどこまで信用しているのかどうかもわからない。けれど、なぜか僕を引き取ってくれたらしい。
未だに真意がわからない。
ついでに、僕の能力も彼女には効かない。これについても説明してくれないのでわからない。対策してるんだろうか。

「以上が報告、です」

というわけで、僕達はぼろぼろの体を引きずりながらここまで来た。

……」『うわ、どうしよう。見たまま喋ったけどさぁ、なぁ相川?俺ら疑われない?』

……大丈夫ですよ。僕達の拳銃からは発砲が確認できない、つまり僕達が笹塚を殺ってないのは明白です」

「そのとおり」

椅子に座っている署長がこちらを睨んだ。
ポニーテールを頭のてっぺんから背中辺りまでたなびかせているその方こそ、【白馬 桜慈《シロマ オウジ》】警視。名前かっこいい、いかちぃー。

「貴方達の犯行ではない。つまり、嫌だけど認めるしかないわね、貴方達の言い分……処罰は無し、よ」

「ありがとうございます」『ッシャオラ!!正義は勝つ!!』

「ありがとうございます」

二人して頭を下げるしかない。こんな荒唐無稽な話を信じる他なかった警視のことは慮りたい。
というか本当に申し訳ないことをしたと思う。配属二日目で謎の事件に巻き込まれた、異例中の異例の巡査。それが今の僕だ。

「その代わり一つ、辞令を出すわよ」

と、最後にそんなことを、彼女は言った。


◆◆◆


「お疲れ様でした」

すべての報告を終え、僕は平原さんに改めて礼を言う。

「あの、ありがとう……ございました。」

「あ?」『何だ突然、別に構いやしねぇのに』

「平原さんのおかげで、僕……なんか、危ない目に遭わずにすみました、し」

……」『しかし組織ってのが気になるな。それに、一体どうやって笹塚を葬ったのか』

……はい。そうですね。謎が多すぎます」

はぁ、と大仰な溜め息が聞こえた。物理的に。

『こんなヤバイ連中に目ぇ付けられてる相川って何もんなんだ?』
「お前……

「僕もよく、わかりません」

そう言ってから、僕はおもむろに衣服を脱ぐ。上半身をさらけ出すと平原さんが困惑する声が聞こえたが、それも僕の背中を見てすぐに変わった。

『これ、は……笹塚にもあった謎の数字……?これを作ったのが、組織とかいう……連中なのか?』

「かもしれません。そして僕は、そいつらに追われていて、そいつらを追う必要も出てきた」

……」『許せねえな、そいつら。人体実験なんて悪だ、非道だ。悪人は法で裁いてやる、絶対に』

僕は組織という獲物を追い、
平原さんもまた、別な理由でその巨悪を追う。
さながら二人はダブルハンター、と言う様相だ。
……なんてね。


◆◆◆


翌日。
つまり、僕の勤続三日目。
指令はくだされた。辞令は公表された。

ひとつ。【特殊犯罪対策室】は解散。
これは悲しいニュース。
ひとつ。【特殊犯罪捜査課】を設立。
これは嬉しいニュース。
ひとつ。【特殊犯罪捜査課】に、相川 終 並びに 平原 新立を配属。課長を平原とする。
これは……ええと……

その紙を見ながら面食らう僕と、平原さん。
たった二人の捜査課。必要なのかどうかも知らないが、今回みたいなクレイジーマンを捕まえるために必要だと彼女が決めたらしい。
まあ、そうか。実績もある。なにより、僕には追わなければならない事情ができた。そこを署長が汲んでくれたと考えるべきか。

……おい」『相川。なんか言いたいことねえか?』

「あ、あはは……えっと……その……

だから僕は、勇気をだして、自分から手を伸ばしてみる。

「これから……よろしくお願いします、平原さん」

「ああ、改めて、頼むわ」『俺が守ってやる』

がしりと、手が掴まれて、それから改めてまた、昨日までの特殊犯罪対策室へ歩いていくのだった……

いや、僕のデスク、またあそこかよ。