ダベミ
2021-08-13 13:54:18
5980文字
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突破レスキュー隊として野田クリスタル隊員が平子隊長と一緒にレスキューする幻覚を見るための文章

突貫工事ですができました

早朝。
一人の男(菊田)が海沿いを歩いている。
手には釣り竿、体に救命胴衣、目が眩んでしまわないようにサングラス。
良いポイントを見つけて、荷物を下ろした。さて、これから準備しようかなというところである。
男はこれから、磯釣りをする予定なのだ。
朝の方が大きな魚を釣れる可能性がある。それに釣りは自然と対峙し、静かな時を過ごせる良い趣味だ。こんな時節だからこそ、ひとりで静かに過ごすのは良いことだった。
もちろん、何かあった時のために救命胴衣は付けている。救命胴衣があれば、最悪転落してもなんとかなるだろう。
だけど、まあ自分に限って転落なんて、ないない。

けれども、まさかこんなことになるなんて───今の彼は知らない。

「よーし、この辺でいっか?」

座る椅子、両脇に釣り竿とクーラーボックス。さて、いよいよ釣りを始めようと、どのあたりに竿を投げるか思案し始める。あちらが良いか、向こうの方は鳥が集まっているようだ、思考しながらじりじり足を進めた。
海にはまだ距離があるから大丈夫、そう思った。

次の瞬間。
ガラリ、と。

……え?」

足元が崩れるような音がした。
いや、実際崩れた。
ふわりと体が浮き、次の瞬間、世界がグルンと回転する。

バシャァン!

大きな水音がして、男はやっと自分に何が起きたか理解した。
……海に落ちた!
幸いにもどこも怪我はしていない。
しかし、残念なことに何も手に持っていない。
それに、磯には少し高さがあり、自分の手では届かない。

「あ、あ……!」

更にまずいのは、意外と波の流れが早かったことだった。





一方その頃、
突破市、突破消防署。

日本一事件が舞い込む交番があることで有名な突破市には、当然警察以外にも消防が存在する。そしてそこには、突破市のあらゆる災害に対応する『特別救助隊』───通称『突破レスキュー隊』があるのだ。
彼らは日々、あらゆる災害や事件事故の被害者達を救出する役目を負っている!


「なぁんで、こんな朝からぁ……

ふわあ、とあくびをしながら、レスキュー隊隊員である成田は頭を掻いた。普段はこんな時間から激しい運動なんてしないのに、なぜか今日に限っては早朝からの訓練である。
確かにレスキュー隊になる人間は、いかなる危険な現場で駆動することができる筋力や体力もあって、人間を救助するためのあらゆる知識もあって、消防署の中から選ばれる選りすぐりの人間である。であるけれども。
意味がわからない、と言わんばかりの成田の背に、

「災害は起きる時間を選んでくれないぞ」

やや厳しい重低音が飛ぶ。

「た、隊長!もう来ていたんですか……

「隊長だからな。お前よりも先に来ないと、隊長を名乗ってられんさ」

慌てて振り返った。
そこには準備万端状態の、レスキュー隊隊長の平子が立っている。
成田の背が途端にピンと伸び、先程までの少し眠そうな仕草もまた、両手をきちんと体の両脇に付けてしっかりと伸びた。緊迫感上昇、流石に間抜けになれなかった。寝癖らしきくにゃりと曲がった毛先を指摘されないか、成田の腹の奥底が一気に冷えていく。
とはいえ実際その程度の怠慢で平子に檄を飛ばされることなど有り得ないのだが、しかし少しでもスキを与えてしまえば異常に激昂されそうな、そんなイメージが拭えない。

「それで、なんだ。なんでこんな朝なのかって?」

「は、はい!」

「このシーズンは、早朝からの釣りをする市民が多くてな。例年、通報が多いんだ」

「ああ、そういえば」

「お前も釣り、やるんだろう?」

年々水難事故そのものについては件数が徐々に減りつつあるものの、警視庁が発表している『令和2年における水難の概況』によれば、水難事故が発生する場所として海が50%以上を占めている。
また、令和2年全体で起きた水難事故は1352件だが、7月から8月のいわゆる夏季に起きた水難は504件と、非常に多い割合になっているのだ。
さらに夏季に絞ってみても、海での事件は53%とやはり割合が大きい上、その殆どが高校生以上である。
(子供の死亡例は海よりも河川が多い)

そういうわけなので、レスキュー隊が備えるのもおかしな話ではなかった。
……もちろん普段から備えていないわけではない。当然彼らは、日夜いつでも出動できるようにしている。ただ、この時間の訓練は特別だったと言うだけだ。

「そのために、早朝のレスキューを想定して訓練をする。いいか?」

………

成田はそこまで聞いて、両手をクロスし、両の人差し指を立てて頬に当てつつ、

「りょうかいでーす!!」

明るい声を出した。

……成田、」

「はい!」

「帰って寝ていいぞ」

「えー!?」

平子が気の毒そうに眉をハの字にして、ものすごく申し訳なさそうに告げる。自分が追い込んだせいだろう、と言わんばかりの謝罪を込めていたものの、事実上の戦力外通告に、思いがけず成田の方から不満がこぼれた。

「大丈夫だよ、成田くん。」

……え?」

そんな悲しそうな二人の前に、さらに男がひとり。
既に筋肉を酷使した跡があり、上半身は裸、全身から熱と蒸気が立ち上り、体は爽やかな汗でしっとり濡れている。

「何かあれば、オレと隊長でなんとかするし」

「野田さん!」

筋肉をパンプすることが趣味のこの男は野田隊員。成田の先輩にあたり、平子とは旧知の仲である。

「野田、準備運動か」

「はい。ちょっと練習前なのにルーティーンこなしちゃいました」

「お前は朝からよく動きすぎだ。心配になるよ」

「任してください。オレ、この程度じゃ倒れないんで」

「そうか?それなら……頼りにするぜ?」

明らかにオーバーワークでは、と言いかけたが、それでも爽やかな笑みを浮かべられてしまったので、平子も何も言えなかった。本人がストレスなく訓練できているならば、それが一番に違いないのだから。
ははは、と明るい声が上がり、隊員も揃ったのでいざ訓練を始めようかとした次の瞬間───

ビーッ!ビーッ!

「!」

全員に緊張が走り、先程までの朗らかな表情が一気に引き締まった。じわりと肌に汗が噴き出し、嫌な予感が一気に高まっていく。
つまり、通報があったのだ。
レスキュー隊が出なければならない通報が、市民からあったのだ。

『至急至急、突破湾にて海に転落した人がありと通報があった。繰り返す、突破湾にて転落事故発生!レスキュー隊はただちに現場に向かうように!』

……行くぞ。支度しろ!」

「「はい!」」

「事故も、人も、時間を選んじゃくれねえからな」





朝の海まで、消防車が走った。
レスキュー隊は様々な環境での救助を経験する。それは海であったとしても例外ではない。

「連絡をくれたのは、あなたですか」

磯釣りをする予定だった男性に話を聞く。
足元には青い大ぶりのルアーが見えた。おそらく、大物狙いだったのだろう。

「はい。人が見えたので、通報しました」

「それで、要救助者はどこにいますか?」

……あそこです」

男性が振り返り、海を指差す。
そこには確かに、救命胴衣をつけて浮いている細身の男がいたのだった。

「誰かー!」

声がする。意識はある!

「助けてください、ぼく、なんか落ちてしまって……!」

よかった、まだ無事だ。

……今向かいます!体力を維持するために、無理に動かないでください!」

しかし、予想外に距離がある。レスキュー隊のいる磯から男性まで、おおよそ70メートルというところだろうか。男が魚なら狙い目だが、今そんなことを言っている場合ではない。

「どうします、隊長」

悩む背中に野田が声をかけた。
ああ、と短く返答し、平子は思案する。


男が落ちた時間は不明。
こちらを見て手を振っていることから、まだ体力はあり、そう時間は経っていないだろうと考えることができる。
通報から10分ほどでレスキュー隊が到着しているため、予測として30分以上水中にいると考えるのが適切だろうか。

……なら時間勝負になることは間違いない。

早朝の突破湾の平均的な海水温は20度程度。そして20度以下の場合、海は通常の25倍の速度で人体の体温を下げる。
成人男性が水温20度に浸かっている場合の平均的な生存時間は最長40時間とも言われるが、当然コンディション次第でもっと短くなる。早ければ早いのがいいのは当然だ。

ボートを出動できるように準備するのには20分以上かかるだろう。
海水温が徐々に上がってくることを考えれば、それでも悪くない選択肢に思える。

だがもしも、そうして悠長に準備している間に、要救助者がもっと遠くへ流されてしまったら?

波が高くなればボートを出すことすら困難になる。そして、海は徐々に大音を鳴らして、荒れそうな予感を指していた。



(考えろ……急げ、あの人をすぐ助けられる方法は……)

───その時。

脳裏に浮かぶアイデア。
距離、時間、釣り竿、海水温、男の体力………


……これだ……!」


まさしく今、この状況を突破する方法を閃いた。












ここで突破クイズ!

海中にいる要救助者を、この場から動かずに救う方法とは?













「すみません、ひとつお願いが」

平子は釣り人に声をかけていた。

「は……?私でできることなら、なんでも」

「ありがとうございます。では、これお借りできますか?」

「これ?」

その手に持たれているのは───釣り竿だった。

「釣り竿……?隊長、何するんですか」

成田が不思議そうに首を傾げ、野田は静観している。
質問を受けた平子がその場にしゃがみこむと、答えながらルアーに指をかけた。

「何って?こうするんだ」

繊細な手つきで、ルアーから針を外した。
針がなければ釣りができないのでは、と誰しもが思ったのだが、それでよかったのだ。

……海にいる方!今からこれを投げます!」

上がり始めた太陽の日差しに輝くルアー。それを煌々と高く持ち上げて、海の方へ叫ぶ。

「掴んでください、針はありません!」

そして。

「隊長。ちなみに、釣りの経験は?」

「ねえよ。俺、魚苦手なんだ」

「漁師町出身なのにね」

軽いやり取りのあと、ルアーは勢い良く海へ飛んで行く。
大物狙いのルアーであれば、ものによっては70メートル以上の飛距離を持っているものがある。
そのため、遠くにいる要救助者にも、ルアーが届くのだ。

しかし、ルアーを届けてどうするのか?
不安になる人も多いだろう。

平子は、この案を実行する寸前、釣り糸を確認していた。

「PEの1.2号……これなら……!」

PEはポリエチレンの略であり、PEラインとは『極細のポリエチレン素材の糸をいくつも織り込んで作られた糸』のことで、ここ20年ほどで普及した比較的新しい素材のラインである。
特徴としては、他の釣り糸よりも比較的高価になってしまう反面、同じ号数でも相当細くなる。そしてなにより、魚との引っ張り合いに強い。

つまり。

「はっ、はぁっ……!これを、掴んで……!」

海中の男のもとに正確にルアーは飛んだ。
そしてそれを掴んだことを確認すると、

「今からゆっくりと引きます!釣り糸は、あなたが引っ張ったり無理に力を入れない限り切れません!ルアーを掴んだままでいてください!」

いつ指先に力が入れられなくなるとも限らず、時間は一刻を争う。故に手段を選ばず、故に平子はゆっくりと、そして確実に要救助者を『釣る』ことにしたのだ。

「野田!要救助者が岸に近づいたら引き上げる用意!」

「わかりました」

「成田は要救助者を載せるストレッチャーと毛布!」

「はい!」

磯はゴツゴツした岩が多く、一人では上がることは困難を極める。野田は細心の注意を払ってその岩場へと急ぎ、徐々に近づいてくる要救助者を見守るのだった。
一方で成田は声を聞いてその場から反転すると、消防車へと走っていった。もちろんだが、事前に救急とも連携は取っている。間もなく救急車もこちらに来るだろう。
要救助者の顔は悲しそうなものから、次第に晴れやかなものへ。

「掴んで!」

……っ!」

その手を伸ばして、

……よし!要救助者、確保!」

手が、つながる。

───こうして、突破レスキュー隊は今回も救助に成功した。
人を助ける、人命を守るのが、突破レスキュー隊の役割であり、彼らの使命だ。

「ところで隊長、なんでやったこともない釣りのキャストができたんです?」

ひとつ、気になったことがあった。爽やかな朝の日差しを受けながら、成田は平子に尋ねてみる。

……カンだよ」

そう言って隊長は帰署の準備を始めるべくその場を離れてしまったが、納得行かないと言わんばかりの成田の隣にこそっと野田がやってきた。

「成田くんが、やってるのを見てたんだよ」

「え?」

「隊長、生き物苦手マンだけど、釣り覚えたいらしくて」

「けど……なかなか言い出せなくて?」

「ああ。成田くんが署内で釣りの動画見てたの、知ってたらしいよ」

「あ」

ちなみにそれは勤務時間内だったよ、と付け足し野田もまたその場を離れた。
あとに残った成田だけが、なんだか罰の悪そうな顔をして、まごついていたのだった。




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脚注

1:実際にあった事例を再構成しました。なお実際には愛媛県伊予市で起きた転落事故の救助であり、救助を行ったのは一般の会社員です。時期、時間帯は今回の例のために変えています。
同様の釣り糸を利用した救助方法は全国各地でも成功しているものです。勿論このような事故が起きない方が良いとは思いますが、知識として持っていることは良いと思います。救助方法等はぜひ検索してください。
磯は特に危険も多いことから、釣りに行く際には周囲の安全をよく確認し、マナーを守って楽しんでください。

2:低体温症の記述については『ライフジャケットの専門店 アクアビーチ本店様』の公式サイトの記述を参考にしました。また、釣り糸の基準等についても検索上で出てきたものを参考にしています。

3:本文中に出てくる『令和2年における水難の概況』及び『令和2年夏季における水難の概況』は実際に警視庁が発表している資料を参照しています。夏季は海難事故が発生しやすい時期です、十分に気をつけて遊んでください。