ナスカ
2023-05-22 23:43:30
6327文字
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Desert Rose Ⅰ

ガノアスでずーーーーーっと書きたかった美女と野獣パロです。1991年公開のアニメーション版やそれの実写版、舞台版等を下敷きにさせていただきました。続きます。

昔々、遠い砂漠の国に若い王様がいました。砂漠という生きるのに過酷な環境を憂いた王は、緑豊かな隣の国に攻め入りました。ところがこの王は隣国に住む人間たちを羨み憎むあまり、兵士たちだけでなく女子供老人たちまでもを手にかけてしまったのです。
これに怒った隣国の守護神たる女神は、王と王の支配する砂漠の国に魔法をかけました。砂漠の国は永遠の冬に閉ざされ、王は醜い野獣の姿に変えられえてしまったのです。
しかし女神は王を哀れにも思っていました。王はただ民とともに豊かな土地で暮らしたかっただけだからです。女神は王にチャンスを与えることにしました。
砂漠の砂で女神が作った「魔法のデザートローズ」。それが形を留めている間に王が隣国の人間を一人愛し、お返しに相手から愛されれば人間に戻れますし冬も終わります。けれどそれがただの砂になってしまえば、王は永遠に野獣のままですし砂漠の冬も終わることはありません。
冬の寒さに不慣れな砂漠の民は次々倒れ、王は自身の不甲斐なさから宮殿に閉じこもってしまいました。王は愛を知らないわけではありません。自国の民を誰より愛する、心やさしい王でした。だからこそ、憎んでも憎みきれない隣国の民を愛するなど無理だと諦めていたのです。それに、醜い姿になった自分を愛してくれる者がいるはずないと絶望していました。
嗚呼、一体誰がこんな野獣を愛してくれるのでしょう。

❋❋

朝焼けに温められた早朝の清々しい空気を吸い込みながら、一人の青年が緩やかな坂道を下っていた。僅かに星が残る西の空を見上げ、満足する結果を得たのか正面に向き直る。眼の前に広がるのは、小高い丘に囲まれた盆地に存在する小さな村。朝早いにも関わらず人々は賑やかに行き交い、「おはよう!」「おはよう!」と声をかけあっていた。毎日毎朝、飽きることなく同じ様子が繰り返されている。それはよろこばしいことだと皆は言うが、本当にそうなのだろうか。
「おはようアストル」
「おはようございます。パンを二ついただけますか」
「あいよ。お母さんは元気かい?」
問いかけられた青年ことアストルは、星色の瞳を輝かせて今こそだと言わんばかりにパン屋の主人へ早口で語りかけた。
「えぇ元気です。昨日も遅くまで一緒に乙女座の観測を……
「あぁそうか!それはよかった!」
顔も見ずに食い気味で返事をされる。この人は聞く気がないのだとアストルは肩を竦めて諦めた。
アストルが村を歩けば、人々は近くにいる見知った顔の人間を捕まえて「ご覧!」と言葉で彼を指摘する。変わり者の男の子が来た、美人だけれど変わり者なアストルだ! ……と。
確かにアストルは美人であった。夜明けの山際に連なる雲のような紫色の髪、星を見つめる内に「星そのもの」になってしまったかのような目は切れ長で、鼻筋はピンとよく通っている。小さな歩幅で足取りはゆっくりと、まるで宙に浮いているかのようだ。しかしそれがすらりとした身体によく似合っている。
誰も声をかけないが、誰もが見つめるアストル。本人はそれにまるで気づいていない様子で、ある一軒家の前で歩みを止めると呼び鈴を鳴らした。
「はいはぁい」と返事が扉の向こうから聞こえるが、泥沼から這い上がってきたように疲れ切って今にも眠りに落ちてしまいそうな声である。玄関から顔を出したのはどう見ても云徹目な若い女性。アストルはそれに驚きもせず、当たり前に「おはようございますプルア女史」と会釈した。プルアは伸びをしつつあくび混じりに「あっさー」と独特の挨拶で返す。玄関先で話というのもなので、アストルは屋内に招かれる。ボサボサ髪にヨレヨレなままの白衣を着たプルアを見て言った。
「また寝てなかったんですね」
「しゃーないっしょ? こちとら年中猫の手も借りたいんだから。んで、例のブツは?」
「こちらです」
アストルは手にしていたバスケットから紙の束を取り出し、ワキワキとしているプルアの手にそれを渡した。頭に載せていた赤縁のメガネを掛け、プルアはフムフムと流し読みで内容を確認する。そしてその結果に眠気が吹っ飛んだのか、目元がキラリと光って唇にはニヤニヤ笑いが浮かぶ。
「なかなかの出来ね。アストル君とアスママには感謝しかないわ。こんなに熱心に天体観測をしてくれる人なんて、貴方たちくらいよ」
「私も母も、ただ星が好きなだけです」
「それにアタシたちシーカー族は助けられてるのよ。あぁ、参考になるかもだから、これ持っていきなさい」
そう言ってプルアが本棚からチョイスしたのは一冊の本だった。アストルは手渡されたそれを見てギョッと目を見張り、思わずプルアに返そうとした。とてもではないが自分が持つには勿体無さすぎる。それはかつての昔、焚書から逃れたという幻の一冊であった。
「そんな、こんなものいただけません!」
「大丈夫だってば。既に写本済みだし、アタシ一人が全部持ってるよりも、アチコチに散らばってたほうが都合がイイからさ」
アストルはズンズンと迫るプルアに思わず後退りする。アストルは後ろ歩きをしながら玄関に戻ってきていた。
「でも女史……
「気にしない気にしない! またの報告、期待して待ってるぞ!」
ガチャッと音がして、背中を支えていたものが消えた。勢いのまま尻餅をつき、閉じた扉の奥からガチャッと音がした。プルア女史は扉を閉め鍵を掛け、また何日も研究に勤しむのだろう。アストルは尻をさすりながら立ち上がると、渡された本を恭しくバスケットの中にしまい、小枝のように繊細な指先で布張りの表紙を愛しげに撫でた。
と、そんなことをしている場合でないとはたと気がつく。焚書逃れの貴重な書物を抱えて村をウロウロしているわけにもいかない。早いところ家に戻らなくては。パンを買い、報告書を渡した。これで今朝の用事は済んだのだから、もう帰ってもいいはず。服の裾についたホコリを払い、アストルは帰路につこうとした。後ろから肩をポンと叩かれて、しまったと思ったときにはもう遅い。
「おいおいアストル、またシーカー族の家に出入りしてたのか?」
……何の用です」
アストルはその男の名前を知っていたわけではない。小さな村であるここでは、村人たちはお互いの顔と名前を全て覚えている。しかしアストルの人生において彼らの名前も顔も、特に重要ではなかった。故に目の前にいる男の名前も知らない。彼はよく「おい、おい」と話しかけてくるので、密かにアストルは「オイオイ」と呼んでいた。勿論、本人の前でそうは呼びはしないが。
「アストル、君が少し変わっているのは周知の事実だが、それ以上に見られるのは不味いんじゃないか?相手にしてるのはシーカー族だろ?」
「それが何か、いけないのですか?」
何食わぬ顔をするアストルにオイオイはため息をつき、そっとアストルの耳元に口を寄せた。そして小声でそっと囁く。
「シーカー族は昔王家の怒りを買った奴らだぞ」
アストルのこめかみに青筋が浮き上がる。アストルはオイオイの肩を軽く押して拒絶するだけで済ませた。全力で突き飛ばしてもよかったのだが、自分の立場が悪くなるのは目に見えていた。如何せん、自分は「変わり者」だから。
「昔のことを引き合いに出す必要もないでしょう!それに、貴方には関係のないことです」
「関係無くないさ。そんな奴が村にいると周りに知れたらどうなるか」
「だからああして、私たちは離れた場所に家を構えているんじゃありませんか!」
何を話しても無駄だろう。アストルはオイオイにくるりと背を向け、丘の上にある家を目指して歩き進んでいった。オイオイは「おいおい……」と呟き、アストルが家に帰っていくのを見つめるのであった。


「おかえりなさいアストル」
「ただいま、母さん」
優しい母の微笑みを見れば、詰まって苦しかった息も楽になる。外よりも家の中のほうが閉塞感を覚えないのは、いつでも母が出迎えてくれるからだった。
「村はどうだったかしら」
「変わらないよ。いつもと同じ。でも女史は報告書を褒めてくれた」
「そう、それはよかった」
アストルはバスケットを居間のテーブルの上に置きながら、自身の定位置である椅子に座った。あるのか無いのかわからない体重を背もたれにかけ、天井を見上げながらアストルは母に尋ねる。
「母さん、僕って変わってるかな?」
「貴方が? どうしてよ」
母の返事はまるで少女のように無垢だった。息子としてアストルは時折、母の無邪気さが心配になることがある。プルアの手伝いをすると言い出したのは自分だったが、母は何一つ疑うこと無く賛成した。そればかりか自分も手助けさせてほしいとまで言ってきたのである。良いことだと思ったからだろうが、村の者たちは『頼れる占い師』である母を『胡散臭いシーカー族』に横取りされたと思い、協力を続けるならば村の外れに住めと言われたのである。母は迷うことなく村の外れに移り住むことを選び、アストル自身もそれに続いた。
良いことは良いと信じて疑わないし、それに向かって真っ直ぐな人。けれどそれ故に危うい目にも遭いかねない。優しく穏やかだがそんな母を守るのは自分しかいないとアストルは自負している。
「だって、村の奴らがそう言うんだ」
「アストル」
息子の口ぶりに母は語気を強めて彼の名を呼ぶ。そういった言い方はよろしくありませんよ、と。
……村の、みんなが」
「少なくとも、村の方々にとってはそうなのでしょうね」
「それに誰も僕の話を聞いてくれない。すぐに話を切られちゃうんだ」
「それはね、アストル。貴方が強い力を持っているからよ」
「僕が?」
母は旅行カバンの蓋を閉め、椅子にもたれるアストルの前に寄る。そしてその場で膝をつくと、傷ひとつない陶器のような母の白い手が伸びてきて、アストルのやや骨張った痩せ気味の手に重なった。驚きの白さに比べて、手のひらは温かい。
「人間はね、安定を選ぶ生き物なの。変わらないでいることに安心感を覚えるのよ。それが生きる上で必要になるから。けれど、強い力を持った人が眼の前に現れると『自分は変わるまい』って、意固地になってしまう。だから、貴方が変わり者ってわけじゃないのよ」
「じゃあ、もしも僕が僕よりも強い力を持つ人に出逢ったら、僕も村の人みたいになっちゃうのかな……
アストルは俯いて、星色の瞳は葛藤に揺れていた。あんな人達のようにはなるまいと思っていても、そう物事は自分の思うようには運ばないからだ。それこそ、自分の感情でさえも。
「そうね……母さんも昔は、自分を変えまいと意地になってたわ」
「母さんが?」
うつむいていた顔を上げ、アストルは自分にそっくりな母を見つめる。母は居間の壁に沿うように置かれている、小さな棚に飾られた写し絵に一瞬視線を向けた。
「変わることも悪くないって思えたのは、貴方のお父さんに出会ったからよ。私が変わったとき、あの人も変わったの。だからアストルもきっと、自分を変えそうな程の人と出会ったとしても、相手も変えてしまうはずよ」
アストルは何故かワクワクした。そんな人が、この世界の何処かにいるのだろうか。自分の人生も、人格も、全く根本から揺るがせるような人との出会いが、あるのだろうか。
きっと村の中にいるうちは不可能だろう。ここはあまりにも狭すぎる。
「さて、母さんはそろそろ発つとするわ。お留守番、よろしくね。城下のお土産は何がいいかしら?」
「母さん、僕はもう子どもじゃないんだよ。お土産なんていらないよ」
「ふふ、そうだったわね」
この時期は王国の城下町では盛大な祭りが行われている。母は毎年そこで占いの出店を出しているのだ。母の占いはよく当たると評判で、その祭り以外の時もぜひ来てほしいと頼まれるほどである。村の中で占うことはめっきり減ったが、母の占いはしっかりと評価されている。アストルはそれが嬉しかった。
「それじゃあ行ってくるわね」
「いってらっしゃい、母さん」
見送る息子に母は振り返り、アストルの平たい額に口づけた。普段色白なアストルの顔が、下から上へと赤く染まっていく。先程『子どもじゃない』と言ったばかりだったのに、未だおでこへの接吻が嬉しいのかもしれない。自身へのギャップを感じてアストルは唇をを尖らせた。そんな姿が可愛らしかったのか、母はクスクスと笑う。
「改めて、行ってきます!」
アストルは下り坂へと遠ざかっていく母の背中を、見えなくなるまで見つめ続けた。

❋❋

アストルは留守番に慣れていた。城下に出向いて仕事をする母に付いていったのはほんの幼い時分のことで、物事の分別がつくようになってからは家で一人待つことを自ら買って出た。十代に差し掛かった頃には買い物も料理も、洗濯や掃除だって一人でできるようになった。大人びた子だと褒められた時期もあったが、それも今は昔。
母の出発から二週間。そろそろ帰ってくるだろうと、アストルは村に向かっていた。村にほど近い湖で捕れる多くの魚介類を売っている市場で買い出しをし、魚や貝類の旨味たっぷりの鍋を作って母を饗そうと思っていたのだ。
村の者たちの視線はいつも通り、珍獣でも見るような目をしている。だがその中にいつも以上に強い、嫌悪感をはじめとする『良くない感情』を感じるのは何故だろうか。確かに自分も母も村人たちからよく思われていないのは知っている。そうであっても、こんなに厳しい目を向けられることは今までなかったはずだ。
チラチラと周囲を見回していると、何かが自分の足に引っ掛かる。そのままアストルは転んでしまった。
「おいおい、危ないぜアストル」
「お前ッ……!」
アストルは地面に這いつくばりながらも顔を上げ、自分を転ばせた人間の正体を知る。ニヤつくその嫌な表情を見るに、間違いなくわざとだ。
「シーカー族の姉ちゃんに会いに来たのか?残念だけど、あの子はもういないぜ」
彼がそう言うと、周りの村人たちも彼と同じような顔をする。ここにいる者たちは全員グルだと考えていい。アストルは立ち上がり、転ばせてきた男を睨みつけて叫ぶ。
「女史に何をした!」
「さあ。オレは知らないね。あんなイカレ頭のことなんて」
怒りが収まらない。いや、この怒りは収めておくべきものではないと自分の心がそう言っていた。アストルは感情のままに男の胸ぐらを掴み上げる。それには周囲の人々も騒然として、アストルを引き剥がそうとした。細身なアストルら数人がかりにされて敵わず、またも地面に叩きつけられる。今度はうつ伏せに五体投地で、頭や両腕、脚を上から数人の手で押さえつけられた。離せと暴れるが、暴れただけ圧力は強くなる一方。アストルは諦めて、ポツリと一言口にした。
「私は買い物に来ただけだ。今日は女史には会わぬ」
「ふーん……そっか」
彼は訝しげな顔をしながらも言葉だけでは納得してみせた。アストルを押さえつけていた手が次々と離れていく。自由になったアストルは口を思いっきりへの字に曲げて、その場から離れた。
やはりこの村は何かがおかしい。何故ここまで特定の存在を排除したがる。害をなしているわけでもないのに、ただ気に入らないという理由だけであんな風に扱われる。女史も、母も、自分も。
やめてやりたい!こんな場所で生活するなんて!
ここでないどこかに行きたい!私や母を理解してくれる者のところへ!
アストルの心の底からの叫びは言葉にならず、爛々とする瞳の奥で静かにゆらゆらと燃えていた。


続く