ナスカ
2023-03-22 21:44:46
5053文字
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小枝を手折る 壱

スパアス遊郭パロ話。やっとスパアスの長編を書きます😇
※舞台が舞台なのでモブ女とスッパさんとの絡み描写ありです。

ハイラルの花街といえばメーベの南が有名だ。高級料亭が立ち並び、そこでは美酒佳肴が振る舞われる。客の楽しみは何よりも、酒を飲み交わしながら華やかな芸妓の踊りを見ることだった。
舞や唄を披露する彼女たちは美しい。真っ昼間にそこへ行けば、ぽっくりぽっくりと不思議な音を立てる履物をした彼女たちを拝める……かもしれない。
これらはハイラルの中でも、立派なひとつの文化として取り扱われていた。
しかし同じく中央ハイラルにはもうひとつ花街が存在する。
メーベと位置を正反対にする闘技場とコモロ駐屯地に挟まれたそこは、冷めぬ熱気と情欲を持て余した男が絶えず集まり、いつからか金に困った女たちがそこで春をひさぎ始めた。無認可の遊女屋が乱立し、中にはあばら屋の物陰で客を取る女もいた。性に奔放な者たちによる風紀の乱れだけでなく、衛生対策が行き届いてないばかりにあらゆる病気が蔓延し、それはやがて国全体に広がりを見せ始めた。
これを問題視した王家は、管理を徹底するためにその近辺を公娼街とすることを決定。無秩序という秩序の中で大成していったここを更地に戻すことは不可能に近かったのだ。
それがコモロ遊郭の始まりである。
メーベ南の客たちは高尚な食と酒と芸を求めてくるが、コモロの客は女の体を求めにやって来る。客層は主に駐屯兵や闘技場帰りの者、そして闘わされた剣奴だ。時折名高い家柄の当主や、王権に近い大臣がお忍びでやってくることもあるらしい。公的に女の体を買えるのは国内でここだけだからである。
そしてここにも一組、賑わいを見せるコモロ遊郭の大門を潜った男ふたりの姿があった。
「スッパ!今日は祝いだ!値段は気にせず、どこでも好きな店と女を選んでイイゾ!」
いかにも気前良さげな腹をした男が、隣り合って歩く大木のような偉丈夫に笑いかける。しかし偉丈夫はここに馴れていないのか「はぁ」と感嘆とも呆れともつかないため息を吐き出すだけだ。
「お前さんはこっちでもよく話題に上がってるんだ。それに男前なんだし、きっと女は選び放題だぞ」
そう腹の出た男が言うやいなや、張り見世に座っている女たちが格子の隙間から顔を覗かせ、煙管や白い腕を伸ばす。
「スッパ様〜」
「えっ、噂の剣闘士さん!?」
「なんて色男かしら!」
「いらっしゃいな剣闘士様〜!」
きゃいきゃいと黄色い声を上げる女たち。だがそんな彼女たちの甘い白粉の香りに混ざってドブの臭いがする。おはぐろどぶと呼ばれるそこは、遊郭の外縁を囲むように作られていた。囚われの身である彼女たちが逃げ出さないよう作られた堀である。
「コーガ様、その、オレは……こういった場所はあまり」
「お前は真面目が過ぎる。だから連れてきたんだ。ちったあ世の中を学べスッパ」
コーガの言わんとすることはわかっていた。この世はままならぬと知った時から、世の中の底辺を見たつもりだった。しかしどうやら自分はまだぬるま湯に浸かっていたらしい。世界にはもっと底冷えしている場所があるのだと、スッパは知らねばならなかった。それこそこの花街なのだ。
廓と自分の生きる道である闘技場。多少の違いはあれど本質は変わらない。一見華やかなようであって、闘技場は死体の山の上に築かれているし、廓も似たようなものであるはず。
しかしスッパには自由が与えられていた。寛大な主コーガはスッパを自身のもとに迎え入れた時からそんな調子で、そんな主人に報いるべくスッパは強くなることだけを追い求めてきた。華奢だった体は大地を支えることも可能と思えるほどに逞しいそれとなり、棒切れ一本に振り回されていたのが今では長い刀二振りを両手で軽く扱う。
今日はスッパの百連勝祝いであった。人間の相手は勿論、ヒノックスやライネルも恐るに足らず。観客の興奮した叫びと血を浴びて、気が昂ぶっていたのも事実であった。肉よりも酒よりもバナナよりも女を祝いに選んだのは、コーガからの「大人になれよ」のメッセージだとスッパは受け取った。だが売られた娘の体を買うのは申し訳無さが勝つ。現に勝利した瞬間の昂りは鎮まり、早く帰りたい気分であった。それでも敬愛する主コーガが自分のために宴席を用意してくれているのだから、帰るわけにもいかない。
ここだと案内されたのは、コモロ遊郭の中でも飛び抜けて大きな見世だった。艶屋というなんともそれらしい屋号を掲げたこの大見世は、名実ともにコモロ一番の高級店だという。今夜はコーガが貸し切ったということだが、こんなことに金をかけなくてもとスッパは思った。
「コーガの旦那様、本日はようこそいらっしゃいました」
二人が暖簾をくぐると、艶屋の主人が手揉みをしてニヘニヘと笑いながら近づいてきた。コモロいちはハイラルいちも同然。その見世の主人がこんな器の小さそうな男とは。スッパはこの男に使われている女たちを哀れに思った。
店主はスッパを見上げながら「ホーッ!」と感嘆の声を上げる。
「この御人が!旦那様のお気に入りですかい?」
「そうさ。こいつがスッパだ。闘技場で百連勝した、今のところ敵なしの最強の剣士。顔立ちも良いだろう?」
「いやぁ素晴らしい。噂には聞いていましたが、よもやこんな色男とは! 妓女たちも喜ぶこと間違いなしですぞ」
ささっ、中へ中へ! と促す主人に押されるようにしてスッパは上がった。祝いの宴会は奥の部屋で催されるらしいが、通い慣れているコーガについていくことしかスッパにはできない。途中、すれ違う若衆や留袖新造、遣手の婆までもがスッパの顔を見ては頬を染めていく。老若男女問わずに好かれるのはいいのか悪いのか。振り返り、後ろ向きに歩きながらコーガはニヤニヤと笑った。
「やっぱお前はモテるなぁスッパ」
「コーガ様、あまりからかわないでください」
二人が入ったのは突き当りの一番大きな部屋だった。敷かれた畳からはイグサの良い香りが漂い、今日のために張り直したのか美しい緑色をしている。開け放たれた障子の窓からは、糸のほつれた布のような春風が部屋の中にふわふわと入ってきた。
高貴なる紫色の座布団の四角には小さな金色の丸石が縫い付けられており、それは畳のうえで二枚並びながら、お客に座られるのを今か今かと待っている。しかし巨漢二人に座られた座布団はペチャンコになってしまい、潰れたカエルの様相であった。まったりとあぐらをかくコーガに対し、スッパはカチコチな正座だ。そう硬くなるなとコーガは言うが、スッパの返事ときたらまるで乾物である。
しばらく待っていると、椿やら桜やら牡丹やらの華やかな花模様で彩られた絹の着物を纏った妓女たちが入ってきた。皆、女なら誰もが羨むような生え抜きの美人ぞろい。コーガは「うっほー」と女たちに釘付け。スッパはどこに視線を向けたらいいのかわからず、目を泳がせていた。それを見た妓女のひとりがうふふと笑いながら白い指先でスッパの顎をくすぐった。
「あらあら、手練れの剣闘士様は女の子に慣れておりませんか?」
「その、自分は、その、」
「さあさあ、今宵は血と暴力の祭典など忘れて、盛大にお祝いしましょう!」
宴が始まると、酒や肴が次から次へと部屋へ運び込まれた。妓女たちはメーベの舞妓たちに引けを取らない優美な舞い踊りを披露している。その後ろでは三味線を弾く女たちは女と呼ぶにはまだ幼い。スッパがあの子たちは誰かと訊ねれば、コーガは「あれは新造、遊女見習いさ」と教えてくれた。
スッパは馴れない顔をしながらコーガからお酌をされていた。普段は自分がすべきことを主からされて、なんと恐れ多いと頻りに頭を下げる。
「今日は祝いなんだぞスッパ、オレ様にこれくらいはさせてくれ」
「しかしコーガ様、今宵の宴席の代金は……
「どれだけオレ様がお前に賭けて勝ってきたと思ってるんだ。これはお前が稼いだも同然の金なんだから、気にするなよ」
主人が豪快に笑うと、妓女たちは「旦那様は太っ腹ですわぁ」と笑いながら酒を注いだ。コーガは美女にお酌をされてデレデレと顔を赤くしており、スッパに酒を注いでいる本音は『こっち』なのではないかと思えてしまう。
「ねぇ若様ぁ」
恐らく同じ年頃の女がスッパの筋肉質な腕に、白百合のような手を蔦のように絡ませてくる。はたいた白粉の香りが鼻についた。やや不快に思ったが振りほどくわけにもいかず、スッパは「なんでござろうか」とどっちつかずな態度で返事をした。
「若様は闘技場の英雄なのでしょう? どんな闘いをなさるか教えてくださる?」
「可憐なおなご達には少々刺激が過ぎる」
お猪口で酒を啜りつつ、視線を正面に向けたままスッパはつっけんどんに返答する。女は「やーん」と言いながら更にスッパと距離を詰めていく。
「でも知りたいわぁ。この逞しい腕がどんな得物を握って、相手を屠るのか……
フゥ、と女はスッパの耳元に息を吹きかける。こそばゆくなったスッパだったが、自分の力がどれほどなのかを弁えていた。ので、このほっそりとした女を突き飛ばすことなどできなかった。スッパは必死に、堪えていた。
「あーっ! 抜け駆けなんてズルいわ! 私も若様の筋肉触りたい〜っ!」
「私も私もっ!」
年若い妓女たちが競うようにスッパをあちこちと触り始めた。腕やら胸筋やら、腹筋にふくらはぎまで、指先や手のひらがこちょこちょと刺激を与えてくる。先程とは異なるくすぐったさにスッパは今にも笑いそうであった。いいなぁスッパ〜、とコーガはのんきにその様子を眺めながら酒を飲む。自分は肴では無いのだがと思いつつ、スッパは女たちを両腕にぶら下げたまま立ち上がった。きゃあっ、と甲高い笑い声と拍手が響き、スッパはその場でぐるぐると回りだす。女たちは次々に私も私もと勝手に順番待ちを始めた。
「コラッ! お前たちいい加減にしないか!」
ワイワイと楽しくしているところにやって来たのは遣手の婆だった。おもてなしをするのは自分たちの仕事であってお客様のお仕事ではないと。女たちにブーブーと文句を言われながら、すみませんねぇ旦那様、若旦那様と婆は謝る。
「いえ、自分がやりたくてやったまででござる。どうか彼女たちを叱らないでいただきたい」
スッパが遣手婆にそう言うと、キャーッ!スッパさん男前ーっ!と歓声が響いた。

❋❋

宴は長く長く続き、そろそろ暖簾を下げる時間になった。コモロ遊郭はここからが本番である。しかし今宵の艷屋の客はコーガとスッパしかいないため、二人が各々客を取らない限り店じまいとなる。
祇女たちやコーガは酒の飲み過ぎで潰れており、スッパもどこか頭がふらついていた。これでは女と褥を共にしたくともできない状態だ。もっとも、スッパはあまりそんな気などなかったわけだが。
ふと、スッパが部屋の隅を見てみると妓女が一人転がっているのが見えた。紫の無地の着物に黄色い帯を締めている。他の妓女たちと同じだろうかと思っていたが、微動だにしない。気になったスッパはその妓女の近くまで向かい、ころりと転がして顔を見る。艷やかな紫を帯びた黒髪の女だった。しかし着物から覗く手や顔は白を通り越してもはや真っ青といった様子で、スッパは一気に目が覚めた。
「お、おい!誰か! そこの女はどうした!」
スッパは近くで酔い潰れている女を揺り起こし、こいつだこいつと指をさす。起こされた女は頭を掻きながら、同僚の姿を確認すると何でもないように言った。
「ん……あぁ、そいつはアストルだよ」
「肌が青白いし動かない。その上冷たい。まるで死体だ。もしや死んでいるのではないか!?」
必死な様子のスッパを見て、起こされた女はまさかと笑う。
「その子はね、肌が白いことしか取り柄がないのさ。体温低いし、骨張ってるし、不器量だから客がつかない。働く姿勢も悪くて折檻されるから食べられなくて更に細くなる。その悪循環なんだよ」
……そうだったのか」
スッパはアストルをチラチラと見る。女はそれが気に食わなかったのか、ガバリとスッパに抱きついた。
「それより若様ぁ、今夜はアタシとどう?」
「もう日が変わって『今夜』ではないでござる……
「そんなこと言わないで、楽しく過ごしましょうよ? ね……?」
闘技場では無敗の剣士も、女たちの戦場ではかたなしである。スッパはどこの誰かも知らぬ女に、負けてしまった。彼の人生最初の黒星が、これとなった。


続く