ナスカ
2023-03-02 21:28:33
5273文字
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逆転☆師弟

弊宅の捏造ダギアニスと前世様の話です。

時空石。それはラネール地方で採掘される不思議な鉱物だ。刺激を与えると一定の範囲が過去の状態になったり、未来の状態になったりする。
これを魔族との戦いに有効利用できないものかと言い出したのはシーカー族の一人だった。ダギアニス卿はその意見に賛同し、実験を行うことを承諾。ラネールの実験場の視察も行った。
それが今回の出来事のきっかけである。
実験中に時空石が制御不能に陥り爆発した。通報を受けたリンク率いる騎士団の一部が実験場に辿り着くと、火事になっていなかったが水色の煙がモクモクと溢れていた。
シーカー族の研究員たちから「ダギアニス卿がまだ中に」と聞いたリンクは血相を変えて煙の中に飛び込む。危険ですと止める声を振り切り、師の姿を探した。
「先生!どこですか!?先生ーっ!!」
声を張り上げるリンクは煙を手で払う内、何やら小さな人影が見えた。師がうずくまっているのだろうか、倒れているのだろうか、そんな心配が胸を掠めてリンクは更に大きく一歩踏み込んだ。
「せんせ……、っ!?」
そこにいたのは、予想だにせぬ人物だった。彼は、いや、その子はいつかダギアニス卿と呼ばれることになるのだろう。リンクは思わず後ずさった。
大きな灰色の瞳、後頭部で結われた鮮やかな赤毛、幼い顔つきはまだこの子が無垢だということを示していた。
「おにーさん、だぁれ?」
姿だけでなく、記憶も後退してしまっているらしい。これには困った。こんな小さな子に、君は本当は五十のおじさんなのだと教えるのは酷だ。
何よりリンクの胸は張り裂けんばかりに痛んでいた。自分が慕ってきた人は、自分のことをすっかり忘れてしまったのだ。
それでも小さくなってしまった師のために、リンクは優しく微笑む。
「私の名前はリンク。ハイリアの地の騎士をしているんだ」
リンクの自己紹介を聞いたダギアニス少年はポカンとしてから、「えーっ!?」と大声を上げた。
「女神さまのキシが!?どうしてぼくのところに!?」
大層驚いているが、灰色の瞳は尊敬や憧憬で煌めいていた。リンクは幼くなった師に昔の自分を見る。
「爆発があったと通報を受けたんだ。君が無事でよかった。ここは危ないから早く出よう」
「そうだったんだ……ありがとうキシさま!」
小さなダギアニスはニコニコと笑って答えた。リングは「何が落ちているかわからないから」と言って少年を抱きかかえた。いつか自分がそうしてもらったように。

❋❋

「あの子がダギアニス卿!?」
「シッ、オービル静かに!」
リンクは小さくなった師匠を騎士団の屯所へと連れ帰った。そこに行くまでの道すがらも、彼は『憧れの騎士』であるリンクを質問攻めにした。リンクのよく知る彼は落ち着いた物腰をしていたが、どうやら子供のときは全くの正反対だったらしい。リンクにあれこれ聞くだけ聞いた彼は、今やすっかり夢の中だ。
「事故なんだ。あの人は悪くない」
「それはわかりますけど、どうするんですか?あれだけ小さければ、まだ親だっていた頃でしょうに」
「先生は両親の話を全く出さなかった。恐らく、あの頃の先生にそんな人はいないのだろう」
オービルは口を噤む。自分は彼の過去を何も知らないのに、迂闊な発言をしたと悔いた。だがそれはリンクがしかめっ面をしたからであって、決してダギアニス卿を心配したからではないとだけ注釈しておく。
「一応、女神にも相談するつもりだ。あの人はハイリアの地の代理権者だからな。いきなり居なくなられては政にも支障が出てしまう」
「それは間違いありませんね。いいですよ、ダギアニス卿は僕が見ておきますから」
オービルにしては意外な発言にリンクは驚いた。その表情に「そこまで驚かなくても」と少々傷ついた顔をする。
「いや、お前は先生を嫌っているから」
「嫌っているのは貴方の師としてのダギアニス卿であって、あの可愛い坊やじゃありませんから。ほら、寝てる内に行ってきてください」
リンクは小さなダギアニス卿をオービルに任せ、屯所をあとにした。目指すは女神の住まう場所でもある、ハイリア神殿だ。
英雄でありマスターソードの主たるリンクはすぐに女神の元へ通される。ハイリアの地が見渡せる小高いバルコニーで、白き女神はリンクの訪れを待っていた。
「いらっしゃいリンク。今日はどうなさったのです?」
「女神よ、その、報告しなければならぬことがあって来た」
ダギアニス卿が子どもになった、時空石の事故なんだ。それだけを言えばいいのに妙に畏まってしまう。何を聞かれるか、どう答えればいいのか、それを考えていると思うように事が伝えられない。
しかしハイリアはそんなリンクの様子が可笑しかったのか、彼女の方から話題を切り出した。
「ロービー……あぁ、シーカー族の研究員の名です。彼から聞きました。時空石が原因の事故があったと」
「もう知っていたのか」
「えぇ。気の毒なアルバート……まさか子どもの姿になってしまうなんて」
そうハイリアはダギアニス卿をファーストネームで呼んだ。彼を姓ではなく名で呼ぶ人間は極僅かだ。リンクですら幼い時分は彼のフルネームを知らなかったし、何よりも『先生』と呼んでいる。
「女神よ、おれは先生を預かりたいと思っている」
「確か彼に両親はいないのでしたね」
「女神は先生をどこまで知っているのだ?」
リンクはハイリアを不思議そうに見つめた。神は人よりも遥か長い時を生きている。もしかするとダギアニスが赤ん坊の頃から知っていたりするのかもしれないと、疑問を投げかけた。
「彼が幼い頃から知っています。ラネールの時の神殿によく通っていました。その頃、私はそこで修道女をしていましたから」
「女神が修道女!?」
「あら、我が子達の生きる場所をより近い場所で見つめるのは良い機会でしたよ。もちろん、私が女神だということは隠していました。そこでまだ小さなアルバートと出会ったのです」
ハイリアは懐かしそうに頬を緩ませた。その横顔はまさに母親のそれで、今やそんな眼差しをダギアニスに向けられるのはこの人だけなんじゃないかと思えてしまう。
「昔の先生は、どんな子どもだったのだ?」
「リンク」
ハイリアの口調はピシャリと厳しいものに変わった。
「リンク、貴方の師は心を入れ替えました。もう他人を介して接する必要はないはずですよ。貴方自身で、我が師と向き合わねばなりません。……大丈夫、貴方ならできます」
最後は優しくなだめるようにハイリアは言った。やはりその言い方も微笑み方も母親のようで、リンクは若干気恥ずかしくなる。
……よしてくれ女神よ、私は子どもではない」
「えぇ、わかっていますよ。リンク、これからも頼りにしています」
リンクはハイリアに跪き、「永久に」と忠誠を改めて誓った。

❋❋

「あっ!リンクさま!お帰りなさい!」
屯所に戻ると、小さくなったダギアニス卿……もといアルバート坊やがリンクの足元に抱きついてきた。リンクはまだ赤みの強い柔らかな赤毛の頭を、ごく自然な手つきで撫でた。
「ただいま、アルバート」
「どこへ行かれていたのですか?」
「女神様へご報告に行ったんだよ。事故があったけど、君は無事だったってね」
そう告げるとアルバートは顔を髪と同じくらい真っ赤にして、両頬を両手で包み込んだ。
「ぼくのことを、女神さまに!?」
「勿論だ。女神様はおれたちハイリアの子皆の母だろう?あれは爆発事故だったんだ、君のことを心配して当然だよ」
「そっか……女神様がぼくのことを……へへへ……
今にも恥ずかしさやら嬉しさやらでデロデロに溶けそうといった様子のアルバートに、リンクは微笑ましい気持ちになった。あのダギアニス卿にこんな時期があったのだと知ると、彼も人の子だと思えてくる。リンクにとって、師匠である彼は完全無欠の完璧な男だったからだ。それも投獄される前の話で、あの出来事からリンクは師にも欠陥があると知ることにはなるのだが。
……と、先程までアルバートが寝ていた部屋に部下が突っ立っているのが見えた。軽く手を上げて彼を労うが、どうも微妙な表情をしている。やはりオービルにとっては子どもであろうと、憎きダギアニス卿であることには変わりないのだろう。
「おれがいない間、オービルは良くしてくれたか?」
「あっ、あのおにいちゃん?うん!一緒にあそんでくれたよ!」
「そうか、それならよかった。オービル、助かった。ありがとう」
「リンクのご命令とあらば、何なりと」
そこに営業スマイルのようなものを感じたのはリンクだけだっただろうか。少なくともこの子にはそれを感じ取ってほしくはなかった。オービルが『ダギアニス卿』を嫌う理由を知るには、アルバートは幼すぎる。
「ねぇねぇリンクさま、女神さまってどんな方なの?」
そんなリンクの感情も知らず、アルバート坊やは無邪気に質問を投げかけた。屯所内は爆発事故のためにバタついており、リンクもまだ仕事は残っていた。だがこの小さな少年を預かると決めたのはリンクだ。
「アルバート、おれはまだ仕事がある。だからそっちで話をしよう、いいかい?」
「はい!ありがとうございます!」
リンクはオービルに「あとで奢る」と言ってから、アルバート坊やと手を繋いで団長室に向かった。
ダギアニス卿が子どもになってしまったというトンデモニュースはすぐに騎士団内に広がったらしく、そしてそれを本人に告げないようにハイリアからのお達しがあったらしく、「よう坊主!」「団長ひとりじめかぁ羨ましいな」という声が飛び交った。
「それでさっきの続きだが、」
「リンクさま、このオジサンはだれ?」
団長室に入ったところで問いかけられ、リンクはドキリとした。アルバートが見つけてしまったのは、よりによってダギアニスとリンクの写し絵だった。
……この人は、おれの先生だよ」
「リンクさまのせんせい?」
「あぁ。おれにハイリアの騎士としての全てを教えてくれた、師匠だ」
「ふぅん……
食い入るようにアルバートは『未来の自分』の姿を見つめた。リンクはアルバートが自分の正体に気づかないかとハラハラしつつ、デスクに書類を広げる。
「ねぇ、リンクさまのせんせいは今どこにいるの?」
「先生は……その、今はとても遠いところにいるよ」
リンクは自分で言っていて胸が締め付けられるのを感じた。この少年と師匠は同じ人のはずなのに、何もかもが違いすぎてそんな気持ちになったのだ。
「とおいところ?」
「そう。だから先生と君が会えることは無いかもしれないな」
「リンクさまをおいて、とおくにいっちゃったんだ。リンクさま、さみしくない?」
更に深まる問いかけに、リンクは泣きたくなった。おれの先生は君なんだよと言ってしまいたかった。
けれどそんなことを言ってはならないことくらい、リンクにはわかっていた。
リンクはアルバート坊やを抱きしめ、息苦しいまでの衝動を紛らわそうとした。
「リ、リンクさま……?」
「あぁ、あぁ勿論寂しいさ……!早く戻ってきてほしいよ……先生に……
アルバートの小さな手が、リンクの頭にそっと触れる。慰めてくれているのだろうか。この手がいつか大きくなり、逞しくなって、節くれ立って皺が寄るのだと思うとリンクはもっと苦しくなった。
「アルバート、すまない。ありがとう」
「リンクさま、とってもカッコいいよ。でも、泣いていいんだよ。シスターがそう言ってた」
シスターとは恐らく人間の中に紛れ込んでいたハイリアなのだろう。リンクはそう直感した。滲んだ涙を拭い、アルバートに微笑みかける。
「きっと女神様も同じことを言うだろうね」
「本当に?」
「女神様とお話をしたことがあるから、なんとなくそう思えてね」
「じゃあぼく、女神さまとおんなじだ!」
ニコニコと笑うアルバートに、リンクは昔の自分を見た気がした。そして今の自分はかつて幼い自分を受け入れた昔の師匠のようなのだろう。
「アルバート、君のことはおれが預かると女神様に言っておいた。だから、君が嫌でなければ一緒にいよう」
「そうなの!?」
アルバートの嬉しそうな顔にリンクはは安堵する。リンクの元は嫌だ、シスターのところがいい、と言われる覚悟もしていたのだ。
「だからリンク『さま』と呼ぶのはやめよう。アルバートとはもっと仲良くなりたい」
「じゃあこれからはリンクさんって呼びます!……それなら、ぼくもおねがいが」
「なんだい?」
「アルバート、は……『バート』が『バード』みたいで……なんだか恥ずかしいんです。だから、アルって呼んでください!」
クスリとリンクの笑いが漏れる。そんな可愛い理由で彼がファーストネームを隠そうとしたのだろうか。
「いいよ、アル。これから君のことはそう呼ぼう」
リンクはアルバートを抱き上げ、高い高いをした。かつて師匠が自分に、そうしてくれたように。


終わる?続く?