ナスカ
2023-02-22 20:50:42
2555文字
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宿木の種子⑩

これにて完結となります。先生を貸してくださったねきなこさん、ありがとうございました🙇

「父親だと……!?アストル、ではお前は……
「あぁそうだ。私は実の父にこの身を貪られていたのだ」
衝撃を受けるスッパと、もうどこか諦めたように空虚な笑いを吐き出すアストル。身内から性的関係を強制されたなど、なんとも悍ましい。スッパは生まれの家族を失ってから随分経つが、それでもそういった倫理観は持ち続けていた。
「先生は、私が自分の息子だと気付いているようだった。気づいていて隠していた。気づいていながら、私を……
アストルは再度スッパにしがみついてしゃくりを上げながら泣いた。
鏡を壊したのは恐らく、「自分が父親に似てきたから」なのだろう。そのことに触れないでほしいと言ったのは、絶対に知られたくなかったからなのだろう。確かに、こんなことを知られたらどう思われるか不安になるのは間違いない。
「アストル、お前は父親は死んだと言ったな?何故亡くなった」
「私が厄災に頼んで殺させた。だが私はただ苦しめてと言っただけだった!私は、私は、ただ先生と……
それからアストルの声は途切れてしまった。どうしかと思って顔を見ると、涙を流しながら気絶していた。スッパはその高身長を使い、まるで揺りかごのようにアストルを揺すった。打ち明け難いことを自分に伝えてくれた。その喜びとアストルへの憐れみで気持ちが半々になっている。
ふとスッパは化粧台に手鏡があるのを見つけた。自分の顔が見たくなくとも、鏡がなければどうにもならない。手鏡を手に取り、その中を覗き込むとスッパはハッとした。
手鏡の中には、アストルとよく似た錆色の髪をした男が地に足が着いていないという様子で自分たちの背後に立っているのだ。スッパは振り返るが、無論見えはしない。恐らく「彼」は鏡を通してでしか、この世を生きる者に存在を主張できないのだろう。
……アストルを苦しめるのをやめてもらえぬか」
男は首を横に振る。何故意思疎通が取れるのかはわからない。だが死んでもなおアストルの心を縛る、父親たるこの男がスッパは憎らしく思えた。
「なぜだ。お前は我が子が苦しんでいるのを見て、その原因が自分だとわかっていて、なんとも思わないのか!?」
再度男は首を横に振った。そんなはず無かろうと男は鏡の中からスッパを睨みつけていた。そして機能を休止している厄災の宿ったガーディアンを指さす。
……厄災?厄災がどうしたのだ」
男は頻りに厄災を指さすばかりで、スッパはその意図をどうしても掴めない。ならば顔を見るべきだと、小さな手鏡の中にいる小さく映る男の霊体をじっと観察した。
男は不安に顔を引き攣らせていた。スッパに訴えようと目つきは必死なそれで、とにかくアストルが危ないのだと伝えたいようであった。
やはり厄災とはそう簡単に御せるものではないのだろう。そしてアストルはそれに溺れている。だから心配で死んでも死にきれない。そう言おうとしているのだろうか?
「安心召されよ御父君。アストルは必ずや、オレが守ってみせよう。貴方がいては、アストルはいつまでも怯えて仕方ない。それ相応のことをしたと、貴方は自覚するべきだ」
スッパがそう言うと、男は一抹の不安を抱えながら……しかしどこか吹っ切れたように微笑み、一瞬まばたきをした間にその姿は消えていた。
……成仏、でござるか」
アストルから聞いただけの印象しか無いが、彼の父は恐らく何かしら悔いたのだろう。自分が厄災の手にかかることによって、その恐ろしさを理解した。そして自分と同じ目に息子が遭わないよう、見守り続けていたのかもしれない。
だからと言って、彼が生前犯したあらゆる罪が精算されるわけではないが。
「皆、どうしているだろうか」
顔も思い出せないほどになってしまった、かつての家族をスッパは想った。

❋❋

『さようなら、アストル』
もう触れることのできない手で、父は息子の頭を撫でる。
臆病風に任せてきた人生だった。厄災に傾倒したのは、女神の信徒でいてはそれに蹂躙されるという確信があったからだ。愛した女も彼女との子も捨てて逃げ出したのは、自分が父親になれる気がしなかったからだった。
ひとりきりの時間を十数年過ごし、ようやっと顔を合わせた息子は当然自分を知らない。引き取ろうと決めたのは、見捨てた彼女へのせめてもの罪滅ぼしのつもりだった。
それなのに自分は子に抱いてはならぬ欲を向け、我が子を傷つけた。この子は自分を父だと知らぬのだからと、言い訳をして。
『ごめんよ、アストル』
願うは、どうかこの子が厄災に飲み込まれませんようにと、ただそれだけ。自分のように愚かな道を辿らぬよう、この世に亡き自分は願い祈ることしかできない。
『愛していたよ、アストル』
それが子としてなのか、恋人としてなのか、はたまた弟子としてなのか、今の男にはもうわからなかった。全ての感情が、自分の中にはあった。
「せん、せ……
薄い唇から溢れる自分の呼び名に、男の胸は締め付けられた。自分の姿は誰も見ることが無い。厄災でさえも。
永遠に去る前に、一度だけでも。
男はアストルに口づける。
『ありがとう、アストル』
こうして、宿木は種をひとつこぼして、朽ち果てた。

❋❋

アストルは何者かの気配を感じることは無くなった。せいせいしたしたと思うと同時に、どこか寂しいと感じてしまうのは我儘だろうか。
「スッパ」
「ん?」
……お前、私に何かしたのか?」
訝しげに訊ねるアストルにスッパは特に笑いもせず、「いいや」と首を振った。
「強いて言うならば、お前を守るよう約束をした」
「誰にだ?」
スッパはもう一度首を振る。何だ教えよと食いついてくるアストルをスッパは躱した。
「なぜだ、教えよスッパ!」
「物の怪がおらぬことが、その答えではないのか?」
アストルはハッと後ろを振り向いた。誰もいないそこと、スッパを交互に見る。そした頬を染めて、プイと顔を背けた。
……感謝、してやる」
「そりゃ、どうも」
スッパが笑った気がした。仮面の奥の顔が見えるようになった自分に戸惑いながら、アストルはスッパに付いていった。


厄災の信奉者が厄災に縋るか、厄災を捨てるか。
それはひとりの武人の手に委ねられた……


終わり