ナスカ
2023-02-20 20:45:26
3416文字
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宿木の種子⑧

前回のお続きです。現代編だよ〜。アッくんがトラウマを吐露するよ👍

スッパの手厚い看護か或いはツルギバナナの効能か、アストルの容態はみるみるうちに良くなっていった。矢が刺さったときの傷跡は残ってしまったが、それはスッパにはどうにもできない。アストルがスッパを責めることは無く、彼にしては珍しくしおらしいというか素直というか、そんな態度を取っていた。
……なぁ、スッパ」
「如何されたか?」
アストルは敷物の上で上体を起こしながら、刀を研いでいるスッパに話しかける。振り返ってきたスッパと視線がかち合い、アストルは思わず顔を逸した。
……お前は何故運命を変えられると考える」
……
「私は在るべき未来は受け入れるしかないと思っている。それはそれが運命だからだ。運命は人の手ではどうにもならないものだ」
……
「どうしてそれを変えようとする」
スッパは刀研ぎを止めてアストルに向き合う。アストルはまだスッパの表情を読めない。感情を探るように首を傾げるアストルに、スッパは仮面を外した。
その顔つきはアストルを憐れんでいるようにも、自分を責めているようにも見えた。太い眉の間に皺が寄り、朱色の瞳は弾けそうなほどに押しつぶされて見えた。
アストルはその顔にムッとなり、その瞬間には感情が爆発していた。
「な、なんだその顔は! 私が間違っているとでも言うのか!」
「いや、そうではない。失礼した。オレはそんなつもりは無くてだな……。ただ、オレは死から救われた故に、未来は変えられると信じているのだ」
スッパの言葉にアストルの口がぽかんと開いたままになる。死は変えられないと教えられた。それは運命だからだと。それは受け入れねばならないものだと。
「オレが今『スッパ』として生きることができているのは、コーガ様に助けられたからなのだ。だからオレは、死は運命として受け入れるべしという考えとは相容れぬのだ。すまぬな」
アストルの上半身がふらりとした。スッパは咄嗟にアストルを抱きとめる。岩に頭がぶつかっては大怪我をする。アストルはスッパの筋肉質故なぬくもりにしがみつきたくなった。
……運命は、変えても良いのだろうか」
「変えて良いのだ。気に入らぬ運命は、自らの手で倒し、新しい道を拓く。それがオレの生き方だ。お前はどうする?」
どうする、などと聞かれたことすらなかった。ずっとずっと、「これがお前の運命だ」と道を与えられてきただけ。それが正しいのだとアストルは思ってきた。
突然自由を与えられた、いつかの時を思い出す。自分を縛る人はいなくなって、解放されたと思っていた。けれどそれは違った。死んでも彼は自分を縛り続けていた。
スッパは自身の過去を打ち明けた。ならば自分も話さねばフェアではない。けれど今ここで話せる勇気が、アストルにはなかった。
「すまぬ。今はまだ決められない。少し……いや、かなり待ってほしい。カルサー谷に戻ってからで、良いか?」
スッパが頷くのを感じた。アストルはホッと胸をなでおろし、そのままスッパにしがみつく。
自分は彼に気を許したのだろうか? そんなつもりはなかったはずなのに、これでは見た者が誤解をしてしまうではないか。
「ありがとう、スッパ」
アストルは自分の行動に違和感を覚えない自分に違和感を覚えながら、そのままスッパの腕の中で脱力した。

❋❋

カルサー谷に帰るなり、スッパはコーガに土下座をして「ご迷惑を」やら「重い処分を」やら「切腹する覚悟」などと言い始めた。アストルが見ていても、洞穴で過ごす間は全く団と連絡が取れていなかった。ので、筆頭幹部たる自分が音信不通になってしまったことに対し強い反省をしているのだろう。
しかしスッパ曰く命の恩人だというコーガはあっけらかんとして、「気にすんナ!」とニコニコしていた(仮面をつけているので真偽は不明だが、アストルはそんな気がした)。
数日間、アストルは悩みに悩んだ。あまりに悩みすぎて、思わずバナナを口にしてしまうほどである。
どう話せばよいのだろうか。スッパと比較するわけではないが、自分の過去はそれなりに重いと思っていた。しかし今の自分がここにいるのは紛れもなくその過去があるからで、それを否定すれば自分はいなくなってしまう。
話すと言った以上反故にすることはしたくないし、スッパを待たせるのは申し訳ない。アストルは話の切り出し方を決めていないにも関わらず、彼を呼び出すことにした。
……覚悟が決まったのか、アストル」
「あぁ。……だが、どう話したらいいのか私にもわからぬ。どうか笑わないでいてくれ」
「勿論だ」
二人はアストルの部屋にいた。アストルに与えられている家具はどれもスッパには小さすぎるため、床に座っている。仮面は外されており、真剣な眼差しはアストルを貫くようだった。
……私は数年前に母を亡くし、母の知人だという男に引き取られた」
「幾つの時だ?」
「十五の時だ。私と母は住んでいた村であまり良いように思われていなかったから、母が死んだことにも私が出ていくことにも、あまり関心は無いようだった」
アストルの表情も、村のことについて話しているときは特に思い入れがなさそうであった。村人たちも彼も、お互いが存在しないもののように扱っていたのは想像に難くない。
「母の知人だという男は、宮廷で占星術師をしていた」
「なっ……!?」
「悪いがその男はもう死んでいる。彼を利用し、私を間者として城に送り込むことはできんぞ」
アストルは先回りをして釘を差した。だがスッパはどうやら違うことを言いたかったらしい。
「そうではないアストル。……何故その御人と共にいて、ここにやって来ることになったのだ」
「待て、落ち着けスッパ。話を最後まで聞いてくれ」
失礼した、とスッパは居直る。こうして見るとスッパは見かけの割にまだ幼い部分があるなとアストルはくすぐったい気持ちになった。
「私は彼を『先生』と呼んだ。彼がそう呼ぶように言ったからだ。私は先生の住む城下に移り住んだ。そこで私は占星術を習った。だが……
アストルは一呼吸置き、息を呑んだ。ドクドクと胸が苦しく波打つ。口の中が乾いて酸っぱい味がした。様子がおかしいと思われたのか、スッパは立ち上がってアストルの顔色を確認しようとする。
「どうしたアストル」
……先生の目的は、私の身体だった」
スッパの顔色のほうがザッと悪くなった。
「私は先生の慰み者にされた。肉体的な面だけではない。心もそうだった。先生は気に食わないことがあったり、苛立ったりしている時に私に当たった。優しくしてくれるのは、ベッドでぐちゃぐちゃにされた直後くらいだった。昔の私は『先生は虫の居所が悪い』と思うことで悲しみを誤魔化してきた。けれど違った。先生は最初から、私を……
アストルは打ち明けるほどにギリギリと胸が痛んだ。小声の上に早口なので聞き取れない部分もあったが、今のアストルにそれを指摘するのは間違いな気がして、スッパはそのまま傾聴の姿勢を取ることにした。
「幼い私は、自分が先生の言いなりだということにすら気が付かなかった。自分は彼の隣にいないと生きていけないのだと、そう思い込んでいた。そんなある時、先生が言ったのだ。『王妃がそのうち死ぬ』と」
王妃の死。それはかつてハイラルを震撼した悲劇だった。幼い姫を残して亡くなった王妃。それを予知したのがアストルの身内だったとは、とスッパは目を見開く。
「不躾な予言になるとして、先生はそれを隠した。だが王妃が亡くなると『何故予知できなかった』と責られて城を追い出された」
「なんと理不尽な!」
「そうだ。理不尽だった。だから私は女神を憎むようになった。城下を出て流れ着いた先で、先生は私を厄災を信奉する者たちと引き合わせた」
なるほどそれがアストルの厄災の信奉者としての始まりだったのかとスッパは頷く。だがアストルの心を蝕むのは、それ以降の出来事なのだとスッパは確信していた。
「厄災ガノンと出会ったのもその頃だ。そこで私は、知りたくなかった事実を知ってしまった」
……それは、一体?」
アストルの仄暗い金色の瞳に涙が浮かんでいる。心的外傷の悲しみに耐えられないのか、アストルはスッパに抱きついた。こうしていれば、多少は悲しみも癒える気がした。
「アストル!?」
……先生は、私の父親だったのだ」


続く