ナスカ
2023-02-14 21:42:44
3226文字
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宿木の種子⑥

前回のお続き。今回は現在編だよ。

「私に護衛だと?」
アストルは訝しげな顔をしてコーガに訊ねた。コーガはいつも通りするすると皮を剥き、泡雪のような食感のバナナを頬張りながら答える。
「そうだ。お前、ガノン様と一緒に行動してるだろ?」
「厄災はガーディアンの体を得て非常に高い攻撃性能を備えている。他の奴など必要ない」
「だが我らの大事なガノン様を常日頃連れ出すわけにもいくまい。そこでだ!か弱そうなお前さんのために、俺様の右腕を貸そうと思ったってわけよ!」
得意げにしているコーガの右腕をアストルが見つめると「言葉通りじゃねぇぞ!」とプンスコする。ドカッとその場に座り込み「スッパのことだ!」と少しふんぞり返りながら言った。
「あぁ、右腕とはそういう」
「ったりめぇよ。お前、小難しい本ばっかり読んでるんじゃねぇか?ちったぁ滑稽本とか、春画とか、おもしれぇもの読みゃいいのに」
「ばっ……!誰がそんなもの!」
顔を真っ赤にしたアストルはフードをガバリと深く被った。そんな様子を見てコーガは「初なやつだな〜」とケラケラ笑う。
「ま、とにかくだ。お前はちょいと真面目が過ぎるってのと、細っこくて見てて危なかっしい。よってスッパに付いてもらうことにしたから、よろしくナ!」
「そ、そんな急に……!」
「つーわけで、俺様は寝る!」
おい! と呼びかけたが遅く、コーガはボフンと煙を立ててどこかへ行ってしまった。さてどうしたものかとアストルは途方に暮れる。あの世話焼きな武人のことだ。きっと自分から占い師の相手をしたいとでも主人に進言したのだろう。そんな想像ができてしまう時点で、アストル自身スッパのことが気になっているということになるが、それを指摘すれば恐らくその人物は厄災の贄となることだろう。
「仕方あるまい、郷に入れば郷に従えと言う。……あのときも、そうだったではないか」
「にしては、随分コーガ様に対して跳ね返った態度でいたな、占い師殿」
背後からの声にギョッとして後ろを振り向くと、そこには思わず見上げたくなるほどの巨体漢であるスッパがドンと立っていた。その時まで気配を全く感じなかったことが、彼のイーガ団としての有能さを証明している。
……私は別に」
「そう固くならず。占い師殿に伺いたいことがあってな。戦術的な面での事に易を立ててほしい」
なるほどそれで自分が護衛になると言い出したのだろう。アストルは得心した。占いで頼られる事をアストルは密かに喜んでいた。占い師なのだから出来て当たり前だが、だからこそ頼られて嬉しいこともある。
「ではそこまで連れて行け。そろそろお前にも、私の実力を見せてやろうと思っていたからな」

❋❋

……などと豪語したにも関わらず、この惨状はどういうことなのか。アストルは自身の驕りを恨んだ。
途中までは誰とも接触する事なく、スッパから指定された場所で吉兆を占っていた。木々のない開けた場所で作戦を実行するのは危険だと出ている、ここらに崖に囲まれた地形は無いか? そうアストルは問いかけた。スッパはこちらにどん突きが、と言って小川に架かった橋を渡る。
万が一を考え、アストルは教団服から着替えていたしスッパもゆったりとした着流し姿で仮面を外していた。しかしその万が一が仇となった。
軍事作戦に使われるような場所で、こんなにカジュアルな服装の人間がいては逆に怪しまれる。
こうして彼らは王国軍に追われることとなったのだ。「くそっ! スッパよ、どうにかならんのか!」
……
「何か答えよ!」
逃げるのに集中しているのか、スッパは何も答えない。その割には顔色一つ変わっていないのがアストルは気に食わなかった。自分は息を乱しながら必死こいて、半分痙攣している脚に言うことを聞かせているのに。
「おいスッパ!…… このウドの大ぼ……、ウッ!」
アストルは自身の肩甲骨辺りに鋭い痛みを感じた。肩を動かそうとすると激痛が走る。無理にでも振り返れば、背中にグッサリと矢が刺さっていた。
「ぁ……
血の気が引いていく。腰のあたりまでドロドロと血が這う感触に、かつての出来事を思い出した。

『このままじゃ……先生、死んじゃうかも……

「私、も……?」
意識が遠のいた。同じように自分も死ぬのだろうか。そう思ったときであった。
「占い師殿!」
グイッ、と腕を引かれた。激痛は生まれない。スッパは反対の腕を引いてくれていた。
「自分が連れて行く! 安心召されよ」
「は……
さっきまでの無視はなんだったのかと問いかけたかったが、アストルにはそんな元気もなくなっていた。ただでさえ温もりの薄い身体から更に失せていく体温に、スッパの体熱は心地よかった。アストルは眠気に思考を支配されて、そのまま目を閉じた。


アストルの身体は軽くて冷たい。まるで溶けてほっそりとした氷柱を運んでいるようだった。時間が経てば経つほど軽くなっていく気がして、スッパは焦っていた。
退路を発見するためにアストルにまで気が回らなかったことをスッパは悔いた。護衛を自ら申し出たというのにこの惨事はなんだ。コーガに合わせる顔が無いし、これでアストルを死なせてしまったら自分が許せない。
「ここだ……!」
スッパはアストルを抱え、木々の隙間に逃げ込んだ。どこだどこだと自分らを探す兵士どもの声を尻目に、スッパは更に道を進んでいく。その先にある洞穴はイーガ団がハイラル各地に拵えている緊急用の隠れ家であった。ここには食料や薬などの医療品、大きな敷物などが非常用程度ではあるが一通り揃っている。スッパもまだ駆け出し団員の頃、よく先輩幹部に場所を教え込まれたものであった。
アストルを広げた敷物の上にうつ伏せにさせる。いつもの厚手な服でないことが幸いした。ペラペラのシャツを引き千切り、血のついていない部分を更に小さくちぎって丸めるとアストルの口に詰め込んだ。あまりの痛みに舌を噛んでしまわないためだ。見る限り意識を失っているのでその心配は無いようだが、備えあれば憂いなし。アストルの肩甲骨付近に突き刺さる矢を、まるで根菜類を引っこ抜くようにスッパは引き抜いた。その瞬間「う、ァッ!!」とアストルは泥を吐くような悲鳴を上げた。
「耐えよ占い師殿。大丈夫だ、生きて帰ろう」
……無駄だ。私が弱いことは、私がよく知っている」
スッパは止血をするが、アストルから放たれるのは諦めの言葉ばかり。
「良いかスッパ。死という運命は、未来は、変えてはいけぬのだ」
「運命も未来も、容易く変えられる」
患部を圧迫をすることでようやく血が止まり始めた。アストルは相変わらずぼやけた意識の中でぶつぶつと何か言っている。その中には「僕が悪いんです」「ごめんなさい」「先生」「もうやめて」といった、おおよそ普段の彼らしくない言葉ばかりが含まれていた。
薬を塗り、包帯を巻いた。しかしそれだけでは助からない。スッパは何か食料を探したが、保存食ばかりで今すぐアストルが口にできそうなものはない。
……と、懐をまさぐって柔らかいものが手に当たる。それはかつて青かったあのバナナだった。スッパはアストルの身体をころりと転がして仰向けにさせる。バナナの皮を剥き、そっとアストルの口に近づけた。
「占い師殿、これを食え。これを食えば多少は精がつく」
……?」
アストルの視界は意識同様ぼやけていた。しかし唇に当たるあたたかくて柔らかい、甘い香りのするそれに食欲を刺激される。ゆっくりと唇を動かして白い棒状のそれを口に含んだ。
スッパはそれを見て安堵し、しかしどこか婀娜っぽいアストルの様子に、よからぬことが脳裏をよぎる。それを打ち消して、スッパはアストルがちみちみとバナナを食べる様子を見守り続けた。


死は受け入れるしかない。アストルはそう思っていた。
死という運命は変えられる。スッパはそう思っていた。


続く