ナスカ
2023-01-28 22:27:04
3280文字
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宿木の種子④

前回のお続き。なんですけど、過去と現在を一話ずつ行き来する中での「現在編」です。アストル君と、距離を縮めたいスッパさん。

「似ている……?お前と、私が?」
訝しげにアストルはスッパを見つめる。
仮面をつけたまま衣食住を共にしているのがイーガ団であり、風呂に入るときも寝るときも仮面や布面は欠かさない。彼らは下半身よりも顔を隠すのを優先する。どう考えても反対だろうとアストルは思った。
だかこのスッパは筆頭幹部というそれなりの地位に就いているというのに、「似ているような気がする」という非常にぼんやりしていて曖昧なものを理由に仮面を外したのだ。
「何を根拠に……
「なにかに追われ、それに怯えている。それが人間か超常的な何かという違いはあれども、追われていることに間違いはないだろう?」
確かめるようにスッパは問いかけた。だがアストルは唇を固く結んで視線を逸らす。話したくなどなかった。話せるはずがない。自分がされてきたことも、してしまったことも、語れるほど目の前の人物とは親しくない。
「取り憑かれてなどおらぬ。ただ夢見が悪かっただけだ。お前もとっとと自分の部屋へ戻れ」
誰かの側にいるのは恐ろしい。何をされるかわかったものではない。自分にできるのは「ひとり」でいること、ただそれだけだ。我が身ひとつ守れなくては、結局誰かに頼ることになる。アストルはもう誰も必要としたくなかった。……否、たったひとりだけがアストルの懐に入ることを許されてはいた。が、アストルはそれを「人」として見ていない。
スッパはまだ言いたいことがあったようだが、いい加減にしろとアストルに睨みつけられ、ようやく布面で顔を隠した。
「失礼致した。今後は距離を気をつけよう。だが占い師殿、どうか気負いしすぎぬように」
ようやくひとりになれたとアストルは安堵のため息を吐く。肺活量の少ない彼のため息は普段から浅く、深く吐きすぎると咽てしまうことがあった。しかしまだ彼が部屋の戸口に残っていることを鑑みて、なんとか咳き込むのを抑える。また心配されて突っかかられては面倒だった。
……奴の髪は、長いのか」
髪の長い男。アストルはただ一人を思い出す。未だ逃れられない。もしかすると一生ついて回るのかもしれない。スッパがこちらを見つめたとき、視線を逸した理由はひとつだけではなかった。
あぁ思い出したくないのに。あの人とのことなど、もう過ぎ去ったもの。今の自分には必要ない物。そのはずだ。
アストルは胸の中でぐるぐるするばかりのぐちゃぐちゃな感情を声音にして吐き出すことすらできなかった。何を言葉にすればいいのかわからない。喉に何かがつっかえて、我慢したはずの空咳が口から飛び出した。布団にくるまって体を縮めながら何度も咳が出る。苦しいが戸口を蹴破る音がしないので、あのお節介筆頭幹部はすでに自室に戻ったのだろう。安堵感と同時に苛立ちと寂しさが芽吹く。
咳が落ち着き、アストルはいつもどおりの浅いため息を吐いた。そしてようやく何を言いたかったのか、自分の感情を受け入れることができた。
……たすけて」
この呪いから。この悪夢から。見捨てたときより自分を巣食い続けている、内側に潜む記憶の中のあの人から。
「だれか、たすけて」
啜り泣くアストルの元に、訪れる者は誰ひとりとしていない……と思われた。
物陰から小さな影が現れた。それヒョコッと身軽にアストルの隠れているベッドに飛び乗り、顔があるであろう方向に移動してピポピポと音を鳴らした。
「厄災……
子どもがぬいぐるみを慰めにするように、アストル厄災を手繰り寄せる。仄かに機械熱を放出するからくりは人間とはまた違う優しい温度をしていた。
「お前がしてくれたことは間違っていない。そのはずなんだ……
自分はひとりのときに泣いてばかり。そんな己に対してできるのは、自責だけ。
何故自分はひとりでも生きていこうとしなかったのだろう。
何故あんな人に頼ってしまったのだろう。
何故自らあの人から逃げ出さなかったのだろう。
立ち止まっていた自分を突き動かしてくれたのはこの卵の形をしたからくりだった。
「私には、お前がいれば良いのだ」

❋❋

「化粧が濃くねぇか?」
次の朝、コーガはアストルを見かけると真っ先にそう指摘した。入念にはたかれた白粉、くっきりと瞼に引かれた紅、それが少々やりすぎではないかと。
アストルはツンと澄まして黙りこくる。理由を話せと絡まれ、自分の周りをひょこひょこされたら否が応でも視界に入る。コーガをこの上なく厄介に感じたアストルは、それらしく感じる理由をその場で作った。
「私もここにいる以上、多少なれどもお前たちと色相を合わせたほうが良いと思ったのだ」
コーガや他の団員たちは思わぬ理由を嘘とも知らずに「おおぉ!!」と感嘆の声を上げた。
「そうかそうか、嬉しいぞアストル。お前もとうとう我がイーガ団の一員という自覚が芽生えたんだナ!」
「か、勘違いをするなよ!私は決してそのような奇っ怪な恰好はせぬからな!」
もちろん『色相を合わせた方がいい』など建前に決まっている。
自分の顔も、目の色も、何もかもが忌々しく思えて仕方ない。ならば出来得る限り己を偽るべきだと、アストルはそう思った。とにかく素顔から遠ざかりたかったのだ。
「ふむ、いい色の紅だな」
通りすがったスッパはからかうでもなく、純粋に感心した様子でアストルの化粧を褒めた。アストルは何か言おうとしたが、スッパは荷物を抱えてアジトの広間である「ここ」を経由してどこかへ行ってしまった。その背中をコーガは希少な生物を観る目で見つめる。そして呟いた。
「珍しいなぁ。スッパがオレ様以外を褒めるなんて」
「珍しいのか」
「あぁ。スッパは基本オレ様のことだけ褒めてくれるからナ!」
得意げにしているコーガを他の団員たちが讃えているのを他所に、アストルはスッパの事を考えていた。
(奴はあまり人の事を褒めないのか。けれど何故私にはあのように……もしかして、奴は本気で……?)
チラ、とアストルはスッパの消えた先を視線で追う。
(いや、私をその気にさせるための出任せかもしれぬ。気を許す必要はない。それに……)
カチャカチャと聞こえる小さな機械の足音にアストルは視線を通路の向こうから自身の足元へ移した。黒い小さなからくりがこちらをじぃっと見つめてくる。
(私には厄災がいる。私を、あの人から救ってくれた、厄災が……)
アストルは厄災を抱き上げ、スッパの消えた通路と反対方向の通路へ向かう。やはり他人と馴れ馴れしくするのは苦手だ。
自分に与えられた部屋に逃げ込む。コーガたちの和気あいあいとした声が忌々しくて耳を塞いだ。
楽しそうな声なんて聞きたくない。自分は誰かの幸福の陰にいることを嫌でも痛感して、あまりにも不愉快が過ぎる。


少しは距離を縮められただろうか、とスッパは一人考え込んでいた。箱詰めされた大量のバナナを熟成具合で見分けて仕分けしながら、しかし頭の中はアストルのことばかり。
部屋中をひっくり返すほどの痛みを抱え、泣いて魘されてなにかに怯えている。可哀想だと憐れむのは簡単だが、それは間違っている気がした。追い立てられる者に必要なのは「安全だと思える場所」だということを、スッパ自身よくわかっていたからだ。
何故自分がここにいるのか、その一番最初は思い出せない。小さすぎたのか、それとも忘れるよう努力したのか、今となっては自分を覗いてみても真実は闇の中だ。
明確なのは、自分がアストルに対してシンパシーを感じているということだけ。見えないものに怯える彼が、逃げ惑うばかりだった昔の自分に重なる。だからこそ触れ方に迷いが生まれた。一度拒否されたことで、暗闇の中の彼を自分が崩してしまいそうだと恐れてしまう。
鮮やかな黄色いバナナの海の中に、やけに細くて青いバナナが一本。場違いかもしれないが、きっと置いておけば追熟するであろう。
今は馴染めなくてもいい。いつか同じ色になれる日が来る。
スッパは未熟なそれを懐にしまい込み、羽織越しにそれを愛しげな手つきで撫でた。

続く