ナスカ
2022-12-05 21:26:25
2150文字
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光る君

コルサさんが大病していた頃のハッコル話。コルサさんの大病を重度の鬱設定しているので色々注意です。

あぁ、なんて汚らしい。
あぁ、なんて醜い、気持ち悪い。
嫌だ、見たくない、見たくない、見たくない!

真っ暗な中で銀色の板がひっくり返され、床にぶつかってけたたましい音を立てながら砕け散った。男は深呼吸すれば折れてしまいそうな鎖骨を上下させ、床に散らばった欠片を見下ろした。その欠片に自分の顔が映る。無数の自分がひとりの自分を見つめている。
ジットリと粘つくような視線に、男の全身を寒気が襲った。

責めるな、責めるな!
私を責めるな!
私は何も悪くない、どうしてそんな目で私を見る。
見るな、見るな、見るな!

ボサボサの髪を掻き毟る。素手で鏡の破片をめちゃくちゃに乱した。栄養不足で枯れ枝のようになった指に破片が刺さり、さながら彼が愛する植物のように見えるのが皮肉。ダラダラと細い指から流れる血を見て、男は悲嘆の表情を浮かべる。

あぁ……私などにこんな血が流れているなんて。
全身の血を抜いて木乃伊になりたい。乾いたそれを砕いてどこかに撒いてほしい。
けれどそれを誰がやる?誰にやってもらう?そんな面倒極まりない行為など。
こんな私の望みのために手間を惜しんでもらうなど、その者の時間の無駄ではないか。
身勝手だ、わがままだ。やはり私は、汚く醜い!

男がうずくまったとき、暗闇は光に変わる。誰かが部屋の照明をつけたのだ。途端に周辺の惨状が明らかになる。砕け散った全身鏡、ぐちゃぐちゃな色合いの油彩絵具でベタベタになった壁と床、男一人で寝るには少し大きすぎるベッド、その近くに散らばっている錠剤。その他、必要な生活家具。
「コルさん!どうしたのでございますか!?」
トタトタと急ぎ足で部屋に入ってくるもう一人の男は、うずくまっている男の肩を優しく叩いた。
「は……、ハッ、さん……
「あぁ、指がこんなに……
帰宅した男は部屋にいた男の不健康な手指を見ると、すぐに棚から救急箱を取り出した。ローテーブルの上にそれを置くと、「さあこちらへ」と傷だらけの男を同じ場所へと連れて行く。
「ここに座って下さい。……そう、よくできてますよコルさん。手を出して下さい、テーブルの上に置いて……
傷ついていない場所を見つけると温和な表情を浮かべ、太く温かい指先で血まみれの指をそっと撫でた。治療を受けている男はその温度にピクリと肩を震わせる。
「手首に刺さっていなくてよかった……
「すまないハッさん……毎回こんな世話をさせてしまって……
「いいえ、そんなことないですよ。あなたを側で見つめることができるのです。こんなに幸せなことは他にありません」
ピンセットで一つずつ丁寧に欠片を取られる。その度に、水を入れたビニール袋に刺された鉛筆が抜かれるが如く涙がこぼれ、痩せた頬を伝う。
「ほら、全部取り終わりましたよ。先にこちらを消毒しましょうね。少し痛みますが、我慢は結構でございますからね」
シュッと消毒液を吹きかけると目尻が痙攣した。その度に温かい指が優しく手を撫でられて、安堵と緊張が交互に訪れる。
「次は絆創膏を巻きましょうね」
一箇所一箇所、焦らずゆっくりと巻かれていく様子をジッと見つめている。小さなしびれを伴った痛みは少しずつ姿を消していった。
「もう片方の手もしますよ」
コルサは黙って片手を差し出し、治療される様子を涙をこぼしながら見ていた。しゃくりを上げ、喉をえぐえぐ言わせるコルサの頭をハッサクは優しく愛撫する。
「ハッ、さ……、ハッ、さン……ッ!!」
「大丈夫、すぐに終わりますからね」
「違っ……違う、のだ」
「?」
「ハッさんは、その、本当は我慢しているのではないか?本当は、泣きたいのでは、ないのか?」
コルサはそう訊ねてハッとした。言ってはいけない事だったと焦る。俯いていた顔をハッサクの方に向けると、ハッサクの方が俯いていた。
「えぇ……そうですね……
ユラリとハッサクが立ち上がる。とうとう見捨てられる。胸に冷水を注がれたような気持ちになった。しかしハッサクはたくましい腕でコルサを包み、ギュッと自分にくっつけるほどに抱きしめる。コルサの頭の中は、一気に春が訪れたようになった。
「あ、あなだ、が、ぶじ、だっだ、ごどにっ……!!」
「──ッ!」
二人して轟々と泣く。コルサの細い腕がハッサクに絡みつき、その細さと冷たさにハッサクはおいおいと泣いた。

❋❋

コルサは頭の上をビョンビョン跳ねる軽い生き物の感触に目を覚ました。布団をどければ可愛いミニーブが早く散歩に行こうと急かしているではないか。
「おはよう」
上半身を起こし、バッとカーテンを開ける。朝の新鮮な日差しを浴びれたミニーブは嬉しそうに部屋を駆け回り始めた。
「今はそれで満足していてくれ。私は少し支度があるからな」
寝間着を脱いで洗濯機を回す。朝の散歩用のゆったりとした服を纏い、冷蔵庫からおいしい水を取り出した。
「ミニーブ、行くぞ」
ちょこちょこピョンピョンミニーブが跳ねながらコルサの後を追う。玄関のドアを開ければ朝日がまばゆく輝いていた。
……ハッさんみたいだ」
ふと呟いた一言にミニーブが顔を上げる。視線がかち合って、気恥ずかしくなったコルサは一歩先を歩き出した。


終わり