ナスカ
2022-11-08 21:15:18
1873文字
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皆既月食

現パロガノアちゃん長編の番外編的な話。超みっじかい。
昔は皆既月食を共に見ていた二人だが……。

アストルはやけに朝からウキウキしていた。自分よりも早起きをして、鼻歌を歌いながら朝食を作っていた。普段見ない様子に寝起きのガノンドロフはどうしたのかと問いかけた。
「ご存知なかったですか?今日は皆既月食なんですよ!しかも443年ぶりの惑星食まであるんです!」
常時白い頬を興奮して赤く染め、アストルは訴えかけてきた。そう言えばテレビやらSNSで何百年ぶり、次に見られるのは何百年後、みたいな話をしていた気がする。そんな貴重な天体ショーをアストルが冷静に見られるわけがなかった。ガノンドロフはそれをよくわかっていたので、ただ「そうか」と頷くわけではない。
「アストル、月食は仕事中に見るのか?」
「えぇ、そうなります。……残念ながら、ガノンさんとは見られないんです」
一緒に見たいと思っていたその気持ちを見透かされたと、ガノンドロフはドキリとした。アストルはたまに変なところで鋭く勘付く。
「すみません、本当にレア中のレアイベントなので……どうしてもこれは記録に残したいんです」
「これはお前のライフワークだ、気にするな。我もお前を残し置いてツアーに行くことがあるだろう」
申し訳無さそうにはうつむくアストルにガノンドロフは言うが、それが慰めになったかどうかはわからないと言ったあとに思った。
……すまぬ、微妙な喩えになってしまった」
「いえ、お気遣いありがとうございます。月食、楽しんでくださいね」
朝食を終えてからは、出勤するアストルの額に見送りのキスをした。ガノンドロフは一人残った部屋のリビングで指慣らしのためにピアノを弾きながら、アストルの言葉を思い出す。
……楽しんでください、か」
星をあらゆる人に楽しんでほしいと日々願う、彼らしい一言だと思った。


❋❋


その昔、二人が魔王と占い師という運命に磔られていたかつて。赤き月の時でもないのに実体を現したガノンドロフに、アストルは大層驚いた。今宵は皆既月食だからな、と言われてハッと気がついた。たしかに皆既時の月は、薄ぼんやりとした赤色で満たされる。会えると思っていなかったアストルは嬉しくて堪らず、衝動のまま抱きついた。
昔の記憶を取り戻していたアストルは、そんなこともあったなと思い返して頬を緩ませる。前世で共に生き始めてから何回か月食は見ており、その度に月食は彼の髪の色によく似ているなと思っていた。
そしてそれを口にしようとすると、あの月はお前の瞳に似て美しい、と先に言われてしまうのである。
……一緒に、見たかったな」
きっとこの先、現世で二人一緒に月食を見ることはないのだろう。そして日食も、彗星も、ありとあらゆる星々も。
そう考えると、あの頃は罪を背負いながらも幸せだったのだろう。自分が星を見るのが好きなのはずっとずっとそうだが、好きでい続けることができたのは、ガノンドロフと共に見上げていたからだろう。冷たい夜に、肩を寄せ合い抱きしめ合いながら見上げた星は、何よりも美しかった。
……あとをお願いしてもいいかな?」
「えっ?アストル教授、帰るんですか?」
「一緒に見たい人がいるんだ」
アストルは白衣を脱ぎ捨てコートを羽織り、寒空の屋上をあとにした。


❋❋


食の終わりまでにはまだ時間がある。急いで行けばまだ間に合うはずだ。やはり思い出すのは、初めて共に皆既月食を見た日のこと。部分食が終わりに向かうにつれガノンドロフの姿は薄まり、お願いまだ消えないでと泣いて縋った。きっとあの頃から、自分はあの人を愛していたのだ。
部屋の鍵を開け、電気もつけず真っ直ぐに歩いていく。目を閉じて直線で歩いてもベランダに行き着くことができるからだ。
アストルはさみしげにベランダで佇んでいる背中を見つけて、無性に抱きつきたくなった。
「ガノンさん!」
「ア、アストル!?どうした!向こうで見てくるんじゃなかったのか?」
……貴方と、一緒に見たくなって」
アストルの真剣で、そのくせ悲しそうな瞳はやはり、皆既の月にそっくりだった。いつでも変わらず、自分の側で浮かんでいる二つの月は愛おしい。
「では今日の我は、三つの月を眺めることになるな」
いたずらっぽく笑うガノンドロフの言葉に、アストルは胸がいっぱいになる。息をゆっくり飲み、吐き出してから豊かな赤毛に手を伸ばし指でもてあそんだ。
「なら私は、皆既の月の光にいつでも包まれているのですね」
ガノンドロフは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。アストルはようやくしてやったと、歯を見せて笑った。


終わり!