ナスカ
2022-09-13 22:38:31
4819文字
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アングレカムよ咲き誇れ⑤

前回の続きです。

馬車はまるで暴走しているかのように走り続け、しかし抑えるべきときは抑えられていたので、御者の腕と馬との信頼関係が良いのだろう。切り立った崖のような壁が迷路のごとく入り組んだ遺跡の前に停まると、御者の少女が馬車の扉を開いた。
「ここまで来ればもう大丈夫。心配いらないよ」
「ありがとう、おかげで助かった」
……もうひとりは?」
馬車に慣れていなかったのか、リンクは顔を青白くし背もたれにデロンと寄りかかっていた。少女は訝しげな顔でリンクを見つめ、「まあしゃーないか」と唇を尖らせるだけで終わりにした。
「アンタは平気だったのね、あの揺れ」
「馬車での移動はそれなりに慣れてるので」
「あんな暴走運転も?」
「それは人生初だったかな」
チラリと座席の方を見ると、リンクは未だ動ける様子でない。この方が先だと、アグニムは少女へ単刀直入に質問した。
……お嬢さん、我々を助けてくださった理由を教えていただけませんか?」
……あー!止してちょうだいそんな言い方!むず痒くなっちゃう!」
少女は「うげーっ」といった顔をして、アグニムの前で手のひらをパタパタと振る。堅苦しい挨拶や呼び方に慣れていないのか、それとも言われすぎてアレルギーになっているのか、どっちだろうかと考えた。それによっては、彼女の正体がわかるような気がしたからである。
「君は何者だい?どうして私たちを……リンクはまだしも、私はおたずね者なのに」
「あんなん嘘っぱちに決まってら!舐め腐った情報操作に、こっちが騙されるわきゃあ無いっての!」
んで、と少女は座席で伸びているリンクに話しかけた。
「いつまでそうしてるワケ?なんのためにアタイが早馬を飛ばしたのかわかんなくなっちまうよ」
「うぅ……、ご、ごめん……、こんなに、は、早く、動いた、こと、無いから……
這う這うの体といった様子でようやくもそもそと動き出す。馬車酔いしたリンクはアグニムに支えられ、やっと立つことが出来た。少女は口にしないが、その表情からリンクを情けないと思っているのは確実。リンクは喉付近までせり上がってきたものを何とか腹に戻しつつ、ふにゃりと笑って「お礼がまだだったよね。ありがとう、助けてくれて」と手を差し出した。
「僕はリンク。こっちはアグニムさん。君の名前は?」
リンクの朗らかな笑みに少し照れた少女は差し出された手に応え、「……アタイはガンティ」と小さく呟いて握手を交わした。そして次の瞬間にはハッとして首をブンブン横に振ると、遺跡の奥に向かい始める。
「サハスラーラ様が待ってる。こっちだよ」
アグニムはリンクに肩を貸しながら、ガンティの案内に従う。ここの印象は最初と変わらず「迷路」であり、それは見た目ではなく機能としてもそうであった。ガンティが道順を知っているおかげで進んでいけるが、彼女がいなければ進む道も帰り道もわからなくなってしまうことだろう。そしてこんな特徴を持った神殿の存在を、アグニムは古文書で確認していた。
「ここは……東の神殿かい?」
「そうさ。王国各地にある神殿の中でも、比較的足を伸ばしやすいのはここだからね。御老体には、ここが限界なんだろうさ」
様付けする割に、かなりラフな口を利く。ガンティが何者なのかアグニムは見当もつかない。リンクはようやく酔いから醒めたのか、「もう大丈夫です」と自力で歩き出した。
「ねぇ、君はどうして僕らを助けてくれたの?あんな危ないことしてまで……
リンクがそう話しかけたところで、見上げるほど巨大な石像がズドンッと落ちてきた。前にいたガンティの姿は見えない。
「なんだこいつ!」
「恐らく神殿の守り神だ!私たちは侵入者だろうからな」
「あの子は大丈夫かなっ?」
「よく出入りしてるなら平気だろうっ!」
アグニムとリンクは先程来た道を戻っていく。しかし戻るばかりではどうにもならない。なんとかして迫りくる石像を止める手立てを考えねば。
左右に別れた道で、リンクは左に、アグニムは右に逃げ込む。しかし石像が追いかけ続けたのはリンクの方だった。巨大な図体に阻まれ、リンクがどうなっているのかアグニムには見えない。
ところが石像は狂ったのか、自らこの高い崖から飛び降りてしまった。「ガシャーンッ」とひどい音が下の方から聞こえ、アグニムは向かい側の道を見る。
リンクの姿はない。
「リンク!どこだ!どこにいる!?」
まさかリンクはあの石像に潰されてしまったのか。自分はあの子の母親になんと言えばいい。どうやって詫びればいい。そんなことを考えていた時、「ここだよーっ!」と下の方から声が聞こえた。覗き込むと、崖の側面から飛び出た頑丈な木の根っこにリンクがぶら下がっていたのだ。
「リンク、あぁよかった!けどなんて無茶をするんだ」
アグニムは膝を地面につけ、リンクに手を伸ばす。リンクはアグニムの手を握ると、崖に足を引っ掛けてかなり余裕な様子で登ってきた。
「石なら高いところから落とせば割れると思って!あと、手頃に掴めそうなのがあったからイケる気がしたんだ」
……君はやっぱりお父さんの子だよ」
よく彼もスリル満点の遊びをしてはアグニムの肝を冷やしていた。三メートルはあろう木のてっぺんに登ってそこでユラユラしてみたり、どう見ても深そうな川に飛び込んだのに平気な顔をして魚を獲ってきたり……
。インドアなアグニムにとって、彼と共にいるだけで世界が広がっていった。
「おーい!大丈夫か二人とも!」
ガンティと合流すると、三人の目の前にあった地面が急に沈みだし、そこにはひとりがやっと通れそうな幅の石段が現れた。するとガンティは呆れたようにため息をつき、「今日はここにいるのね」と呟いた。
「サラスラーラ様、今日はこちらにいるみたい。ついてきて」
迷いなく石段を降りていくガンティにアグニムは少し躊躇ったが、リンクはそのあとを追う。ガンティを疑ったのではなく、突然現れたのだから突然消えやしないかと怖くなったのだ。
「アグニムさん、どうしたの?」
立ち止まっている自分にリンクがかけた声でハッとした。アグニムは少し急ぎ足で二人を追いかけた。
石段を降り終えると開けた空間に出た。真っ暗な部屋の壁には篝火が掲げられており、明るさの割にはやや暑いくらいである。その奥に、たっぷりの髭をたくわえた「いかにも長老」といった様子の老人が、己の背よりも高い錫杖を携えて背中を丸めて立っていた。深く被ったとんがり帽子の奥から覗く視線がリンクを射る。
「見事だったぞリンク。知恵と勇気と……そして少しの大胆さも兼ね備えておる」
「あなたがサハスラーラ様ですか?」
「あなたがかつての賢者の子孫?」
リンクとアグニムはほぼ同時に訊ねていた。その様子が可笑しかったのか、ガンティがプッと噴き出す。しかしサハスラーラの険しい視線に気がついたのか、すぐにピッと姿勢を正しくした。
「そうじゃ。かつて聖地を封印した賢者の一角が子孫、サハスラーラとはワシのことじゃ。……そしてそこのガンティは我が娘である」
えっ!?と二人の視線がガンティに注がれ、その次にサハスラーラに向く。どう見ても孫とおじいちゃんなのだが、とどちらかが思ったところでガンティが口を開く。
「育ての、をつけるの忘れないでよね。二人ともびっくりしてるじゃん」
「この子はナイトの一族に仕えた従者の一族の末裔でのう。不幸にも両親に先立たれ、王国の伝承を継ぐ一人としてワシが育てることにしたのじゃ」
なるほど、とアグニムは頷いた。自分たちはゼルダ姫が謎の存在に拐われたことを知っている。それが王国の危機であることは明白であり、その中心にある問題を知るサハスラーラとガンティによって自分たちは守られたのだ。
……して、ワシが君たち二人を呼んだ理由だが、一人ずつ聞いていこう。まずリンク」
「ゼルダ姫の声が聞こえたんです。助けてほしいって。僕、アグニムさんと父さんと一緒に行ったんです。そしたらゼルダ姫は変なのに拐われた!王様も、なんか様子がおかしいって聞きました。それに、僕の父さんもゼルダ姫と同時に連れて行かれたんです!」
「ふむ、事実確認はできておるようじゃの。ではアグニム」
「恐らくその謎の存在は、聖地の封印を解くつもりなのでしょう。この子の父親はナイトの一族の末裔で、伝承にも詳しかったので。そして殿下は言うまでもなく、封印を解くために必要な生贄。しかし、何故聖地を……引いてはそこにあるトライフォースを狙っているかは、わかりませぬ」
うむうむとサハスラーラは頷き、満足そうに笑う。
「そこまでわかっておるようであれば安心じゃ。……して、リンクよ」
「はい」
「君は何故自分がゼルダ様のお声を聞いたと思うかの?」
「どうして、って……。わからない、ですけど」
リンクは首を横に振る。
「姫の声を聞くこと。それすなわち女神様の声を聞くことと同義。女神様の声を聞き届けたそなたは選ばれし者……勇者なのじゃ」
その言葉を信じているのは、この場にいる大人二人だけだった。ガンティは「本当にコイツが?」という顔をしていたし、勇者だと言われたリンク本人はより強い衝撃を受けていた。
……勇者!?僕が!?」
「古来より、王女の声を夢現に聞いた、お姿を見た、という者たちがその後勇者として歴史に名を残しておる。ゼルダ様のお声を聞いたそなたが、ナイトの一族の末裔であるそなたが、勇者なのじゃ」
アグニムはリンクに縋るような目で見つめられているのを感じた。自分はただ姫と父を助けに行きたかっただけなのに、どうしてこんなことになっているのだろうと困惑している。有識者であるアグニムに聞くのが手っ取り早いと思ったが、彼にその事実を肯定されるのも怖かった。
……アグニムさんは、どう思います?僕が、勇者だなんて」
「客観的に見れば、条件は揃っていると言えるね。けれど大事なのはリンク、君の意志だ。周囲が勇者として祭り上げても、本人の意志がそこになければ力は真価を発揮しない」
少しズルい言い方だと、アグニムは自分でも思った。やるやらないは自由だと。しかし期待しているからこそ、強いるような言い方をしなかった。きっとこの子なら、彼の息子のこの子なら、勇者という他に尽くす道を選ぶだろうと。
「僕に、勇者ができるかはわかりません。でも、ゼルダ姫と父を救う近道がそれなら、僕はその道を行きます!」
リンクがその道を選ぶならば、アグニムの選ぶ道もひとつ。
「リンク、私も共に歩もう。勇者には、魔術師の仲間が必要だろう?」
「ありがとうございます!あなたほど頼りがいのある人もいません!」
サハスラーラはリンクに小さな箱を開きながら差し出した。ペンダントのようなそれに、紋章が刻まれている。
「勇者は森に眠りし退魔の剣マスターソードを手に闇を討ち果たすと言われておる。そしてそのマスターソードを手にする資格は、この勇気の紋章を含めた三つの紋章を手にすること。……残りは知恵、そして力の紋章じゃ」
リンクは紋章を手にし、そして懐へ収めた。その紋章がナイトの一族の家紋であるとアグニムは気づいた。
「サハスラーラ様、聖地に封じられているのはかつてトライフォースを狙った魔盗賊と聞きます。殿下を拐ったのは、その者なのでしょうか?」
……いや、似ているようだが少し違うようじゃ。恐らく、追い詰めていけばその正体もわかるであろう」
サハスラーラであっても、謎の存在の仔細は掴めていないようであった。突き詰めていくしかないのだろう。
「サハスラーラ様、ありがとうございました。必ずゼルダ姫を、助け出します」
「頼んだぞリンク。ハイラルに平和を、ゼルダ様を取り戻しておくれ」

こうして、リンクとアグニムの旅が始まった。


続く