どうにもならなくて途方に暮れて、とりあえずリンクだけでも家に帰そうと私たちは教会をあとにした。リンクは自失呆然とし、私も態度にこそ表さなかったがひどく傷ついていた。
連れ去られた事に関して、殿下はすぐに理解できる。あの方は女神の血を引く特別な存在だ。
一方彼はただの騎士。ナイトの一族の生き残りではあるが、唯一と言うには今一つ。
「リンク!どこに行っていたの!?」
家に着くと奥様が顔を真っ青にして玄関のドアから飛び出してきた。けれどリンクは叱られることよりも、目の前で奪われた父親のことが気に掛かって仕方ないようだ。現に私もそうであるわけだが。
「アグニムさん、うちの人は……」
「……申し訳ない。私は、何も……、ッ!」
なんと言えばいいのかわからなくて、私は二人の前から逃げ出した。途中彼の弟とすれ違い、声をかけられたが無視してしまった。
どうして彼が。どうして彼が連れ去られなければならなかったのか。
せっかく彼の側にいられるようになったのに。
家に戻り、私は暗い部屋の隅にうずくまった。何も考えられない。何も考えたくない。彼の救い方もわからない。考えたところで何ができるわけでもない。
なんで、なんで、なんで!?
自分の中のまだ幼い部分が癇癪を起こす。大人の私はそれをなだめるのに手一杯。
理由などわかるわけないじゃないか、とにかく彼が拐われたのは事実なのだ。受け入れなければいけない。
(受け入れてどうする?彼は死んだと思わなければならないのか?)
人はいつか死ぬのだから仕方がない。
(彼の死が今このときだなんて間違っている!)
ではどうしろと言うのか!私は何もできない。国を、人々を幸せにするための魔術しか知らない。彼のように戦うことなどできない。現に自分は足手まといになったではないか。
何故私はこの国へ帰ってきたのだろう。彼のことなど忘れてしまえればよかった。あのまま、どこか遠い遠い場所へ行ったきりになってしまえばよかったのに。
けれどそれができないのが、私なのだ。私はいつまでも弱虫で、意気地無し。本の虫のアグニム。誰よりも賢いだなんて彼から太鼓判を押してもらったのに、それを大事な時に証明できない無能。
殿下と彼を拐っていったあの「闇そのもの」は一体何者なんだ。そもそも何が目的なんだ。殿下おひとりだけ拐えばいいものを、何故わざわざ手練れの騎士である彼も連れて行く必要があったのか。
奴は彼を欲しがっていたのか?かつての私のように。
彼を拐ったのは彼そのものが目的だと言うなら、殿下は何故連れて行かれた。
……いや、彼はナイトの一族の末裔。王家の伝承を受け継いできた一族のひとつ。封印戦争で全力を尽くし、多くの者達が息絶えた。彼は数少ない生き残りの、その子孫。
あの戦いでは何を封じた?聖地と万能の黄金だ。
そこは誰の管理下にあった?王家だ。
あの「闇そのもの」は、万能の黄金を……トライフォースを狙っているのか?願いを叶えるために。
聖地の封印を解き、トライフォースを我が手に収めるのが計画なのだろうか?そのために、彼と殿下が必要だったのだろうか。
そうだ、聖地の封印を解くには、賢者の子孫である娘たちを生贄に捧げる必要がある。
そして殿下も、その中のおひとりだ。
まさかかつて心惹かれたトライフォースについて調べたことが、ここで活きるとは思わなかった。
そうなれば、早速動かねば。恐らくカカリコ村辺りに、その伝承により詳しい者がいるだろう。腕はまだ痛いが、そんなことを気にかけている場合ではない。一刻を争うかもしれぬ時に、こんな怪我を行動視野に入れていては何もできぬ。
着替えてカカリコ村へ訪問を……と思っていたら、戸を叩く音がした。返事をして玄関の扉を開けると、そこにはリンクがいた。
「リンク!……お母さんのところに戻りなさい、心配するだろう」
「アグニムさんは、父さんとゼルダ姫を助けに行くのでしょう?なら僕も連れて行って!」
「馬鹿なことを言うんじゃない。これは遊びじゃない。勇者ごっこをしてるんじゃないんだぞ」
「じゃあどうしてあの時僕を連れて行ってくれたの!?」
リンクは本気のようだった。怒りと、苛立ちと、焦りと……先程まで私の中に渦巻いていた感情ばかりが見て取れる。
「今更子供扱いしないでください。僕だって戦えるんです。……少なくとも、貴方よりね」
「……そのとおりだねリンク。君は私よりももっと強い。けれど私には誰もいない。私がいなくなって悲しむ者などいないんだ。君にはお母さんがいる。お父さんもいなくなって、君までいなくなったら……どんな思いをする?」
「……アグニムさんがいなくなったら、僕が悲しいです」
思わぬ言葉に私は思わず後ずさる。そんな言い方、まるで私が国を出ると打ち明けたときの彼のようじゃないか。無自覚でこれとは、恐ろしいものだ。
「父さんとゼルダ姫を助けたい。その気持ちは同じでしょう?アグニムさんひとりにさせられないよ!それに、僕が必要無いならどうしてゼルダ姫は僕に呼びかけたの!?」
「……ありがとう、リンク」
私はリンクを抱きしめた。彼によく似た優しさと強さに、私はこれから何度助けられることになるのだろう。
「では一緒にカカリコ村に行こう。殿下とお父さんを拐った理由について、一応の目星はついてるんだ」
そう言うとリンクは「ありがとうアグニムさん!」と嬉しそうに笑った。
ただし、きちんと彼の奥様に……リンクのお母さんに断りは入れてきた。反対されるかと思ったけど、「あの人がナイトの一族の子孫と知ったときから、こんなことが起こる気はしていた」とすんなり許しをくれた。
「リンク、アグニムさんにご迷惑をかけないのよ?」
「わかってるよ母さん。大丈夫、僕はアグニムさんを守れるんだから!」
本当に?と奥様が訊ねるので、私は「本当ですよ」と笑って答えた。
❋❋
家の外に出てみてアグニムは驚いた。なんと自分がゼルダ姫誘拐の罪を着せられていたのである。あちこちに手配書が貼られ、それを見た町ゆく人々は「まさかアグニムさんがねぇ」「立派な方だと思っていたんだが……」と完全に操作された情報を信じ切っていた。その様子を見て、リンクは口をへの字に曲げる。
「ひどいね、みんな手のひら返しだ」
「意図がわからないな。私なんかを貶めて……相手になんの利益があるのか」
銀の髪は目立つ。アグニムは野営用にしていた薄手のシーツをローブのようにして、頭からすっぽりと体を覆った。シーツだが、一応、衣服には見える。リンクと共にいると、それはそれでバレそうな気もするがリンクは身を隠す必要など無い。リンクは身元がはっきりしていて指名手配もされていない。最悪自分だけ捕まるとしても、リンクは家に戻ることができる。アグニムにはそんな意図があった。
ようやっとカカリコ村にたどり着く……と思った時、村の入口で検問が行われていることに気がついた。兵士たちも、きっと諸悪の根源が作り出した空っぽの人形に過ぎないのだろう。しかしだからこそ任務に忠実であり、通行人の顔をよく観察しては手元の手配書と見比べている。
「アグニムさん、どうする?」
どうにもならない、などとアグニムは言いたくなかった。この子の手前、余計にそんなこと口にできない。
「次!そこの二人組!」
迷っている内に呼ばれてしまった。アグニムはリンクの手を離そうとした。が、リンクはしっかりと握り返したまま解こうとしない。そのことに嬉しくなったが、同時に責任感が押し寄せてくる。
「顔を見せろ」
リンクはパッと顔を見せた。お前じゃないぞ坊主、と頭を軽く叩かれ、「いでっ」と呻いたリンクは不満そうに空っぽ人形兵士を睨みつけた。
「顔を見せろ。見せられない理由でもあるのか?」
「父さんは、顔にひどい傷があるんだよ。見せたくないんだ」
理由を考えていたアグニムは、リンクのアドリブに驚いた。かばってくれた事に関してもそうだが、「父さん」と呼ばれたことにジンと胸が熱くなる。いや、今はそんな場合じゃない。アグニムはボソボソと詠唱し、自分の顔に偽の傷を作る。
「父さんはね、昔王国騎士をしていたんだ。でも戦いで顔にひどい傷ができちゃって……それからあまり人前に姿を見せなくなったんだ。代わりに僕が父さんのことを話すんだよ」
リンクが尺を伸ばしてくれている。僕も父さんみたいな立派な騎士になるんだ!と背中の木刀を振り回して、「無邪気な子ども」を演じていた。なかなかの腕前だ、と思いつつようやっと詠唱が完了したのでローブ代わりのシーツを顔から外した。
銀髪に整った目鼻立ちだが、顔の左半分……目を引き裂くようにできた裂傷の痕が痛々しい。リンクは思わず息を呑んだ。それが呪文での作り物に見えなかったからだ。
「……」
やはり銀髪は特徴的だったのだろう。ジロジロと疑うように視線を向けられる。
「貴様、名前は?」
「……ルーンだ」
彼の名前を使ってしまったことに罪悪感はあった。その名を口にするだけで幸せにも不幸せにもなる。酸いと甘いと、その時によって違う味がした。
「……よし、通れ」
許可が下りてリンクはホッとした。呪文の効果が切れないうちアグニムはすぐにシーツを被る。
「リンクすまない。助かった」
「ううん!……だってアグニムさんが僕のもうひとりの父さんなのは本当だし」
小声でのやり取りのあと、二人は王国古来の伝承に詳しい人物を探すことにした。が、その時だった。
「馬鹿者!そいつがアグニムだ!」
どこで勘付かれたのか、背中のすぐそばで見抜いた声が聞こえた。それは自分にだけ聞こえる、呼びかけてくる、「あの声」と似ていて……
「追え!あいつだ!」
アグニムはリンクの腕を引き、人通りを掻き分けて必死で走った。シーツが脱げて髪が、顔が、露わになる。
「あ!あいつ指名手配の!」
「姫様だけじゃなく、今度は男の子まで拐うつもりなのね!?」
空っぽ兵士の軍団だけでなく、ただの村人たちまで加勢してきた。石やらバケツやら何やらをぶつけられそうになるが、防御呪文で弾き飛ばす。だがあまりにも多勢に無勢。二対何十人もの兵士プラス大勢の村人。リンクはアグニムを庇うように立ち向かい、木刀を構えた。
「みんな、目を覚ますんだ!だいたい、ゼルダ姫を本当に誘拐しているならここら辺をうろつけるわけないだろ!」
「坊主、お前もそこの魔術師に操られてるんじゃないのか?!」
「違う!この人は僕の親だ!名付け親だ!」
果敢に叫ぶリンクの前に、アグニムを見抜いた兵士長らしき男が姿を現す。鎧を身に着けているので、当然顔はわからない。
「……ほう、その男は坊やの名付け親なのかい?」
「あぁそうだ!僕は両親を除いて、こんなに立派な人は知らない!この人は『国のためは民のため』と言って、みんなのために力を尽くしていた!そんな人が、ゼルダ姫を拐うはずがない!」
「本当にそうかな?」
アグニムは兵士長の兜の奥に、赤い目を見た。
その途端、村の入口の方から悲鳴やら雄叫びやらがガラクタのようにガチャガチャうるさくこちらへ向かってくるのが聞こえた。そちらに目を向ければ、二頭立ての馬車が人並みも何もかもを無視してこちらに突っ込んでくるではないか。所詮闇から生まれた兵士たちは、轢かれる直前で姿を消していく。赤い目をした男は例外だったのか、アグニムたちの前で急ブレーキをかけた馬車に跳ねられてしまった。
「乗りな!」
御者をしていたのは、リンクよりも少し年上なだけの少女だった。青みがかった黒い髪で、健康的な褐色肌、目の下には星の形をしたタトゥーがある。
「き、君は?!」
「いいから早く!サハスラーラ様が、あんたらを呼んでるんだよ!」
こんな窮地を助けてくれる人が敵だとは思えない。アグニムはリンクを先に馬車に乗せて、あとから乗り込んだ。
「行けッ!」
少女の命令で馬が動き出す。窓からチラリと見えたのは、跳ねられた例の兵士長。ズレた兜の隙間から銀色の髪がはみ出ているのを、アグニムは見逃さなかった。
続く
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