ナスカ
2022-07-07 20:48:58
3884文字
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9.5E14

どこから始まったかわからない次元のリンアス。付き合ってるし同棲してるけどアストル君がややドライなところがあったり。でもイチャつく時はイチャつく感じ。

「さっさの〜は〜、さ〜らさら〜っ」
……?リンク、なんだそれは?」
ルンルン気分で聞き慣れぬ歌を口ずさむリンクに、アストルは思ったことを率直にぶつけた。リンクは途端にピクリと動きを止め、驚愕の顔をした頭がくっついた首だけを、驚くほどぬる〜りとアストルの方に向けた。まるで獲物を見つけたガーディアンのようだ。
……えっ?アストル七夕知らないの?嘘でしょ?」
「なんだその……タナバタとは……
怪訝そうな顔をするアストル。リンクは飛び上がってアストルとの距離を詰め、骨が目立つその肩をグワシッと掴んだ。
「君ほどの星オタクが七夕知らないなんて嘘でしょ!?」
「知らぬものは知らぬ!それに何だ星オタクとは!」
リンク迫真の叫びにアストルは少しばかり気圧されたが、負けじと声を上げる。昔なら押されっぱなしだっただろうが、リンクの側にいるうちにアストルも少しずつ変化を遂げていた。
「事実でしょ!」
クワッと見開いた目で迫られ、その顔があまりにも面白かったものだからアストルは笑いを堪えつつ「……事実だ」とリンクからの指摘を肯定した。アストルが自身を星オタクであると認めたことで、リンクは本気の心配顔になる。
「オレ、本当にびっくりしたんだよアストル。君が七夕を知らないなんて」
……お前がそんな顔をして言うのだ。詳しく聞こう」
アストルはリンクの前で居直る。リンクはアストルが知らない事について話すのは幾つ目だろうかと考えながら説明をした。


七夕とはディンの季節第一の月の七日、またはその日に行われる行事を指す言葉である。その日について、ハイラルでの伝承はこうだ。

『その昔、大層美しい王家の姫がいた。未来予知の力を持つ姫は恐ろしい夢を見た。最近父の臣下となった異教の王によって、国を簒奪されるというものである。姫は国を守る術と協力者を探していたが、姫という立場上城から出ることも叶わない。そんな姫の元へ、一人の少年が訪れる。その少年こそ、姫が待ち望んでいた協力者……「勇者」となり得る存在だった。
姫と少年は心を通わせ、異教の王を打倒する計画を立てた。が、それは失敗し国は簒奪された。姫は少年と引き裂かれ、その正体を隠して姫は数年を生きた。
七年が過ぎ、行方知れずだった少年は勇者となって舞い戻った。姫は偽りの身分で勇者に尽くし、そしてついに異教の王は打ち倒された。勇者は荒廃した国を姫とともに支えたいと申し出た。
しかし自身の時を失った勇者は元の時代に帰らねばならぬと姫は思っており、勇者を恋い慕う感情を伏せて姫は彼を元の時代に返してしまった。
お互いを愛していた二人は嘆き悲しみ、時の彼方にいる相手にもう一度でいいから会いたいと強く願った。そんな姫と勇者を哀れんだ女神は一年に一度だけ、二つの時空をひとつにすることにした。姫と勇者はその間だけ再会を果たすことができたのであった』

夜、南の空にかかる星の河の対岸には一つずつ星があり、片方が姫、もう片方が勇者を表す。星の位置関係と史実が合わさった物語ではあるが、これは王国の中でもかなりポピュラーなおとぎ話として知られている。
そして何よりもこの行事が今なお親しまれているのは「願いが叶う」と言われているからだ。女神により望みを叶えられた姫と勇者は、自分たちが出会うその日に人々が掲げた願いを叶えてくれるのだ……と。
願いを描いた短冊と呼ばれる紙や、色紙を折ったり切ったりして作った飾りを涼やかな笹の葉に括り付けて楽しみ、涼を得るため冷やし麺を啜る。そんな日なのだ。


「なるほど。かなり国中に浸透しているということはわかった。……だからお前は笹の葉を持っていたんだな」
そういうこと!とリンクは笑いながら、握っている笹の葉をブンブン振り回した。行事ではしゃいでる姿はまるで小さい子どものよう。
「ねぇ、アストルはどうして七夕を知らなかったの?」
「どうしてか……私にもわからぬな。世間の子どもも知るものならば、私だって知っていてもいいはずだが」
リンクはそれ以上その件について尋ねなかった。きっと察したのだろうとアストルは考えた。アストルが女神やこの国そのものを憎んでいた過去のためだろうと。たしかにあの過去は、アストルの中から女神を肯定するものを否定させた。しかしそれは文字通り過去である。アストルはリンクと共に過ごす「今」を一番に思っていた。
「私も……願いを綴っていいのだろうか」
「もちろんだよ!誰だって、願いはあるんだから」
リンクの肯定にアストルは救われる気持ちだった。この、びっくりするほど自分に優しい近衛騎士殿は、びっくりするほど正直者で……ずっと自分を愛してくれている。
「七夕とやらは、もう少し先だったよな?」
「うん。あと四日後だよ」
「では願いを一つに絞る期間はまだあるな。烏滸がましいかな、女神を憎んでいたクセに願いがたくさんあるなど」
「オレだってお願いごとはいっぱいあるから大丈夫!ほら、いっぱいご飯が食べられますように……とか、もっと背が高くなりますように〜とか」
ケラケラと笑いながら言うリンクは、どこまでも温かい。疎ましく思っていた輝きはもはや、アストルにとって必要不可欠になっている。そう思った途端、リンクの表情が曇る。
「あ……でもオレ、七夕も仕事か……
「祝日でも休日でもないし、それは当たり前だろう?」
気にするな、とアストルは笑った。でも……と言い返そうとするリンクに、アストルが首を横に振る。
「私と共にいるお前だ。在らぬ噂が立つこともある。自分の役目はしっかり全うしてこい」
「う、うん……
何故か、いつもは可愛く見えているはずのアストルが、心の底から男前に見えたリンクだった。


❋❋


七夕を明後日に控えた日に、城下町はいつもの装いからがらりと様変わりした。家の軒先に笹が飾られ、水色桃色黄色といった淡い色の飾りがあちらこちらに吊るされている。夜は提灯が灯り、リンクが言うには七夕当日の夜はその提灯すらも消されて星あかりだけを楽しむのらしい。七夕は祝日でもないただの行事があるだけの日だが、それに人々がかける情熱はひとしお。アストルはリンクの官舎で共に暮らしているので遠目にしか見えなかったが、しかしその盛り上がりは火を見るより明らかだった。
そして七夕の夕方。仕事を終えたリンクはアストルの腕を引き、共に町へ繰り出した。アストルはもう頭巾のある服で顔を隠したりはしない。隠せば人前に顔を出せるような人間でないと言っているようなものだと思ったからだ。もちろんかつてを思えばそれはそうなのだが、今の自分は違うとアストルは自信を持つためにこうすることを決めたのである。
町ゆく人々が老若男女問わず見慣れない服を着て歩いているのをアストルはしげしげと眺めた。リンクは「浴衣着たいの?」と尋ねる。
「あれはユカタというのか?」
「うん。元々はシーカー族の伝統衣装だったものなんだけど、それがハイリア人の服飾文化に取り入れられてこの形になったんだって」
「なるほど……どおりで雰囲気が似ていたわけだ」
噴水のある中央広場には、一層大きな笹……というかこれはもはや竹と言うべきものが飾られていた。家々の屋根を軽々と追い越す竹の先には涼し気な色合いの飾りが慎ましい程度になされている。その小脇を固めるように、大人の背ほどの笹が数本。短冊は子どもたちが拙い字で書いたものから現実的な大人の願い事が綴られたものまで様々だ。
「アストル、短冊持ってきた?」
「もちろんだ」
二人はあまり目立たないところに短冊を吊るした。互いの願い事を聞こうとした途端、日が沈んで夜の暗闇が訪れ、人々の間で歓声が巻き起こった。
空を見上げると、星の河がゆらゆらと天高い場所でたゆたって見える。姫と勇者の星は、河を挟んで対角線にいた。きっと今頃は女神の慈悲の下、再会の喜びに浸っていることだろう。
「伝承一つ知っただけで、こうも空の見方が変わるとはな……
リンクはチラとアストルの顔を見た。星色の彼の瞳に、今夜は無数の星粒が煌めいている。そっちの星を眺めていると、アストルはリンクの方を不思議そうに見つめ返した。
「空、見ないのか?」
「あっ、い、いや……その……。君の目に星が映ってたから……それを見ようかなって……
「お前……キザだな」
アストルがやや引いた感じで言うと、リンクは「えーっ!」と抗議し、唇を尖らせてムッとしている。
「ときめいてくれると思ったのに」
「ややときめきはしたが、その程度だ。……お前ならもっと良い口説き文句を知っているだろうに」
ボソッとした一言をリンクは聞き逃さなかったが、もう一度言わせようと「えー?何?なんか言った?」とニヤニヤしながら聞き出そうとした。「なんでもないわ!」と顔を逸しながら強気だが、少し触れれば崩れかねない虚勢だとリンクにはわかっている。
「わかったわかった、なんでもないんだね」
……そうだ」
ふと、するりとリンクの温かくでやわらかい、けれど厚みのある小さな手がアストルの骨が目立つ細くて大きな手を握った。なにを、と言いかけてアストルはやめた。リンクは言葉よりも行動で示す人間だと知っていたからである。そのまま受け入れていたくてリンクの手を握り返す。
……ありがと」
「何がだ」
「ふふっ」
このあと百年くらいはずっとこうしていたいものだとお互いに思っていることを、リンクだけが知っていた。


終わり