ナスカ
2022-06-19 21:28:50
1853文字
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ぬくい灰に包んで

うちのダギリンは疑似父子ってことなので、父の日が特に絡まない父の日の話。ド健全。まだリンクが弟子に取られたての頃の話。

その日ダギアニス卿は深夜遅くまで仕事部屋で執務に励んでいた。普段は背中を覆うように下ろされている豊かな赤毛だが、仕事中はうなじあたりで一本に束ねられている。真っ暗な廊下を手燭で照らしながら進むが、その範囲はたかが知れていた。
疲労による頭痛と長時間椅子に腰掛けていたことによる腰痛に悩みながら寝室に向かう途中、中途半端に開いたドアの向こうからすすり泣く声が聞こえた。この時間のこの屋敷に身を置いているのはダギアニス自身と、もうひとり……
「リンク君?どうしたのですか?」
部屋に足を踏み入れる前にスイと蝋燭の火を壁と扉の間に滑り込ませた。子ども用にしては随分広い部屋だった。窓際のベッドは大人が余裕で寝転がれる広さがある。本棚は天井まで届くほど高く、中身はギッシリと詰まっていた。その隣にある低めの棚には、石を削って作られた小さな女神像が穏やかな笑みを浮かべている。その視線は、ベッドの上で膝を抱えて泣いている少年に注がれていた。
彼はつい最近弟子にとったばかりの……恐らくダギアニスの人生で唯一の弟子になるであろう子。緑豊かなフィローネの地で、女神ハイリアに感謝して暮らしていた敬虔な少年。女神の騎士になるという目標を持つ人間はごまんといる中、彼のそれは頭ひとつ飛び抜けていた。だからダギアニスはこの少年を選んだ。
「リンク君?」
ナイトテーブルに手燭を置き、ダギアニスは片膝を床につけてリンクの様子を伺った。返事が無いことを不安に思いながら震えている小さな肩に手を置く。途端にリンクはまるでポップコーンが弾けたようにワッと激しく泣き出し、ダギアニスに抱きついた。
「先生っ!!」
ダギアニスは肩にリンクの涙が染みるのを感じ、戸惑いながらも慣れない手つきで狭い背中を撫でる。
「先生……っ!本当に先生、ですよね?ここにいるんですよね?!」
「え、えぇ……間違いなく私はここにいますよ?」
「先生……先生……
騎士団で涙は軟弱者の証だった。政界で涙など見せる者はいなかった。泣く子どもの相手などしたことがない。ダギアニスは独身でいたことを悔いた。こんな時に、人の親はどうやって子に声をかけるのだろう。迂闊に言葉を紡げず、かたかたと震える背筋に優しく触れることしかできなかった。
それを何度繰り返しただろう。リンクは少しずつ落ち着きを取り戻し、やがて顔を上げ目元をパジャマの裾でやや乱暴に擦った。
……怖い夢を見たんです」
「夢は口にすると叶わなくなると言います。教えてくださりませんか、リンク君」
リンクは石を丸呑みしたような顔をしてダギアニスを見ていた。ダギアニスはリンクを安心させたくて穏やかに微笑み、まだ悲しみで紅潮した頬にそっと手を添える。リンクの表情を縛り付けていた緊張がようやくゆるんで、ぽつりと夢の内容を話した。
「先生が……おれを置いていなくなってしまう夢……です」
「なんと……!」
ダギアニスはリンクの視線が下に向いたのを見て、思わず眉間に皺を寄せた。自分はいつこの子を不安にさせてしまったのだろうと、これまでの態度を思い返した。けれど今は何か言わねばならぬと、ひとまず真実をひとつ伝えることにした。
「私はここにいますよ、リンク君」
「はい……はい、先生」
撫でることは一定の効果をもたらすことを確認したダギアニスはリンクをもう一度抱き寄せる。リンクはそれに一瞬驚いたようだが、やがて師にその身を委ねた。
よかった、とダギアニスは胸の内で安堵のため息をつく。この子のためになるならば何でもやろうと決意したのに、危うくそれを反故にしてしまうところだった。
「あの……先生」
「なんでしょうか」
「今夜は、一緒に寝てくださりませんか?ひとりじゃ、なんだか怖くて……
ダギアニスはクスリと笑い、リンクを抱えたまま寝転がった。リンクは「わっ!」と声を上げ、ベッドに体を横たえた。暖炉で燃え残った灰のように暖かな瞳を見て師の返答を悟る。
「いいですよ。今晩と言わず、毎晩でも」
リンクの表情にようやっと花が咲いた。それをずっと咲かせることができたら、ずっと自分のところで咲いていてくれたら……
ふと生まれた仄暗い感情に蓋をして、ダギアニスは保護者の顔をする。
「おやすみなさい、リンク君」
「おやすみなさい、先生!」
少し前までぐすぐす泣いていたのが嘘のように、リンクはすやすやと眠り始めた。その寝息につられてダギアニスも眠る。やがて訪れる別れを、知りもしないで。


終わり