ナスカ
2022-04-06 21:09:21
8517文字
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花束

ダギリンの、最初で最後の師弟対決の話。
そこまでグロい表現はないけど流血表現あり。


『貴方を陥れたダギアニス卿は魔王に殺されました、晴れて日の下へおいでください』

その言葉を、おれは忘れられない。あの人は確かにおれに対して理不尽極まりない行為に打って出た。そうであったとしても、あの人はおれにとって騎士としての全てを教えてくれた人生の師。
あの人はもういないと、おれは仲間たちに隠れて泣いた。おれはこれから誰を頼ればいい。志を共にする者はいれども、数々の経験を経ている先導者を喪った。人々の上に立つとはそういうことなのだ。責務、重圧、孤独……それらを背負って、おれはあの人の横顔を初めて見れた気がした。おれがこれまで見てきたあの人の姿は、師としての背中だけ。これからは彼を己の芯とし核とし、生きていかなければならないのだ。
いつまでも絶望だの虚無だの失意だのに囚われている場合ではない。あの人ならどうするかとおれは考え、自身を奮い立たせた。民を守るために最前を尽くし、仲間たちの士気のためにおれは「英雄」でいなければならない。女神が与えてくれた力に報いなければ、ハイリアの騎士の名が廃る。戦わなければならない。魔族とも、未だ残る己の弱さとも。
「騎士リンク」として振る舞っていたある日のこと、おれは信じられない報告を伝令兵から聞いた。
『ダギアニス卿を名乗る何者かが、ラネール地方にて無辜の民を虐殺している』と。


❋❋


「馬鹿な!奴は魔王に殺されたはずだ!貴様まさか、魔族のスパイではなかろうな!?」
リンクよりも遥かに年上の幹部が伝令兵を怒鳴りつけた。伝令兵は震え上がりながらも、「本当です」と繰り返す。信じられないのも無理はなかった。人々が疑心暗鬼に陥り、裏切りと恐怖が支配しているのがハイリアの地の現状だったからである。リンクはこれを非とし「今は内輪揉めも仲間割れもせぬように」と言っていたが、それの徹底は難航していた。リンクが戻るまで策謀が矢のように行き交っていたのだから、仕方のないことであった。
「リンク、お前はどう思う?」
もうひとりの冷静な騎士が訊ねた。だがリンクは俯き、石のように硬い握りこぶしをブルブルと震わせている。湧き上がる怒りを辛うじて堰き止めているようで、目が強く見開かれために瞳孔が限りなく小さく見えた。
「よくも……よくも我が師の名を穢す真似を……!」
リンクはありったけの苛立ちを、手のひらを使って目の前のテーブルに思いきり叩きつけた。いつもは冷静沈着な英雄が、静かながらも激しい怒りを燃やす様に伝令兵は驚き思わずそんな彼に見入った。伝令兵と視線が合ったことでリンクは「その不届き者はどこにいる!?」と荒らげた声で聞いてしまう。それを一瞬後悔したが、その後悔もすぐに怒りの炎で燃えて灰すら残らなかった。
「ラ、ラネール地方と申し上げましたが……
「ラネールも広い!鉱山もあるし渓谷もある。何より、あそこはハイリアの地随一の都市だ!そのどこにそいつはいる!?」
「リンク落ち着け!ダギアニス卿は死んだ。ラネールにいるそいつは、ただあの男の名を僭称しているだけだ。お前の師匠がやってるわけではない」
「だからこそ許せぬのだ!あの方は、この地を民を、何よりも愛しておられた!そんなあの人を……あの人を侮辱する行為を許しておけるか!」
リンクは初めて仲間の前で涙を流した。自分が根も葉もないことを言われるのはまだ耐えられる。しかし今の自分を作る根幹を傷付けられることは、何にも耐え難かった。リンクは怒りながら泣いて、その理由を次々と並べ立てる。それを伝令兵も、同席している幹部たちも、リンクの部下であるオービルも、黙って聞いていた。
「皆は不思議に思うだろう。ダギアニス卿に酷い目に遭わされておきながら、何故擁護するのかと。確かにあの四年間は苦痛だった。屈辱の極みだった。それでもおれの中で、師であるあの方との記憶が歪んだことは一度もない。あの方はずっと女神に対し敬虔で忠実であられた。あの方を名誉を傷つける者がいるのならば、おれはそれを許しておけぬ!」
一頻り吐き出したリンクは嗚咽を漏らす。そんなリンクを彼の斜め後ろから見つめるオービルは、未だにその心を支配する死者を睨みつけた。
「リンク、こんなこと言いたくありませんが……。もし、もし彼を僭称する何者かが、本物のダギアニス卿だったら、どうなさるのですか?」
「おいよせオービル!」
冷静な幹部がオービルを止めようとする。だがオービルは止まらない。
「だっておかしいじゃないですか。ダギアニス卿は死んだと、民たちだって知っている。それなのにわざわざその名を名乗るなんて」
「それは、そうだが……
幹部が怯んだ隙にオービルはリンクの視界に入る。
「リンク、どうお思いなのですか?」
かつてのように隣合って歩けなくなった友の質問に、リンクは思わず口元が緩む。
……相変わらず、お前はあの方が嫌いなんだな、オービル」
「ええ、心底嫌いです。けれどそうでしょう?死者の名を騙る必要など無いはずです。リンク、彼が本人なら、どうするのですか?」
冷静さを取り戻したリンクは、踏み場を失っていた足をしっかりと床につけ直す。いつものリンクが帰ってきたことに幹部たちも伝令兵も安堵した。
「その時は……おれがあの方を、殺す」
リンクの物言いに再び場の空気が冷たくなる。リンクはこれまで魔族を斬り捨て、人が生きる道を拓いてきた。人を殺すなど、リンクの口から聞きたくなかったのだ。
「民たちを殺すようなダギアニス卿はダギアニス卿と言えぬ。そうであるなら師ですらない。おれは弟子として師の名誉のため、今のダギアニス卿を殺さなければならない。その覚悟は、できている」
リンクの目は、本気だった。


❋❋


民の避難が完了したラネールの市街地にリンクは足を踏み入れた。現地の兵士たちから「ダギアニス卿を名乗る何者か」はこの近辺にいると言伝られ、市街地の中でも中心に位置するここへやって来た。
リンクは一人でその人物或いは魔族と相対すると言い、護衛もつけずに人通りが全く無い街を歩く。賑わいを見せたここは、幼い頃一度だけあの人に連れてきてもらったとリンクは懐かしむ。田舎のフィローネ生まれな自分がよもや大都市ラネールに行けるだなんて思っておらず、一日はしゃぎまわったことを覚えていた。楽しい記憶だった。それがこの無人の街で上書きされそうになって、リンクは唇を噛む。
ふと、誰かの気配を感じた。民はもう誰一人残っていないはず。それなのに何故、自分以外の何者かを感じ取れるのだろう。やはりここにいるのだ、間違いなく。
「我が師の名を僭称する愚か者よ、私の前に出てくるが良い!それとも無辜の民を殺せても、騎士である私と剣を交えることはできぬか!」
がらんどうの街にリンクの張り上げた声が木霊した。聞こえてくるのは反響する自分の声ばかりで、相手の反応は無い。ここにいるはずなのにとリンクは周囲を睨みながら見回す。
どこだ、どこにいる。
「おや、そんな風に思ってくれたのですね。リンク君」
自身のすぐ背後からした声に、リンクは己の覚悟に亀裂が入る音を聞く。覚悟とはひどく脆いものだと思った。振り返りざまに剣を抜き、すぐに臨戦態勢をとる。しかし自分の後ろには誰もいない。幻聴でも聞いたのかと思った。
否、それはやはり現実。
「やっと来てくださりましたね。遅いので来ないのかと思いました」
穏やかな笑みで両の口角に皺が寄る。長い赤毛を風の赴くままにさせ、いつもはカッチリ留めているコートのボタンは全て外れていた。まるで、戒めるものはもう何もないとでも言うかのように。腰に巻きつけられた帯刀ベルトは変わらない。だが驚くべきなのはベルトに備え付けられた剣が体側の左右に一振りずつ存在していることである。リンクが知るダギアニスは二刀流などではない。
けれどその背丈も、顔も、立ち居振る舞いも、リンクが知る師匠のものだった。
「先生……?本当に、貴方は……おれの、先生……?」
リンクは戸惑う。悪逆を働いた者は、どうせ彼を名乗る偽物が正体だと思っていた。しかし今目の前にこうして立っているのは、自分が慕い頼ってきた本物。オービルの言うことが現実となった。彼は死んだのではなかったのか。何故生きているのか。
「ええ、そうですよ。嘘偽りなく、私はアルバート・ダギアニスです」
「貴方は……貴方は死んだと、皆が」
「間違いではないですね、私は死んだので」
「ではどうして」
ダギアニスはこれをご覧なさい、と、腰に備えられた二振りの剣を引き抜いた。束を中心として刀身をくるくると振り回す。両手で二振りを同時に操るその様はまるで曲芸師。リンクはそんなダギアニスに違和感を覚える。そう、彼が両手をこんな風に扱えることはあり得ない。戦場で生き残れるほどの自由を失った片腕。かつての指南の際はもう片方の腕で剣を振るっていて、こちらが思うように動けば……と度々ぼやいていたのだ。
「いつ!?いつからそんな!?」
「リンク君、単刀直入に言います。私とともに魔王様の軍勢に加わりなさい」
ダギアニスは剣を鞘に戻し、リンクの両肩に手を置いた。大きくて、鍛錬を重ねてきたことで皮の厚い手だった。だがその温度は全く違う。血が通っているとは思えないくらい冷ややかだった。もしかすると、血などとっくのとうに通わなくなっていたのかもしれない。
だがリンクが気になったのはそこではない。彼の言葉にこそ、疑問は向けられた。
……魔王、『様』?」
「私は確かに殺されました。しかし魔王様が!私を蘇らせてくださったのです!この不自由だった腕まで治してくださった!どんなに女神に祈っても、私の腕が治ることはなかった。女神にできないことが、魔王様には可能なのですよ!リンク君!」
リンクは目の前の彼がもう、自分の頼り慕った師ではないと痛感した。魔族の王に敬称をつけ、あろうことか崇拝していた女神を虚仮にした。
確かに女神ハイリアが彼の祈りに応えなかったのは事実。しかしそれはリンクも同じだった。自分が正しいと、どうか救ってくれと祈って祈って祈り続けたにも関わらず、女神はとうとう動かなかった。祈りが裏切られる辛さをリンクは知っている。だが祈りや信仰においては、対価を求めてはいけない。リンクはそれを知っていた。そして、目の前の彼はそれを知らない。彼の言い分は、女神ハイリアへの逆恨みだ。
「私がここに来たのは、君を魔族の軍勢に誘うためです。君は強い。きっと魔王様も君を重用してくださるはず……
「やめてください!!」
リンクはダギアニスの手を振り払う。距離を取り、抜いていた剣の切っ先をダギアニスに向けた。
「貴方はもうおれの先生じゃない!女神ハイリアに敬虔で忠実な、民とこの地を愛したダギアニス卿は死んだ!魔王ではなく貴方が、貴方自身を殺したのです!」
獅子が放つ怒りと悲しみの咆哮も、ダギアニスはどこ吹く風といった顔を見せる。リンクは自分の激しい感情すら彼を揺るがせなくなったのだと虚しさに胸を打たれた。
「ではどうしますか?このまま私を放っておきますか?」
「騎士の信念が死んだ貴方の身体だけを、生かしておく理由など無い!」
最初で最後の、本気の師弟対決が始まった。


❋❋


二刀流のダギアニスは強かった。リンクは防戦一方であり、自分が知っていた師の強さは彼の全盛期の半分に達してすらなかったのだと実感する。牢から出たばかりのリンクが相手をするには厳しい相手だったが、勝たなければこちらが死ぬのだ。死は怖くなどなかったが、生きられないのは嫌だった。自分にはまだやるべきことか残っている。リンクは己にそう言い聞かせながら、とにかくダギアニスからの攻撃を避けることと防ぐことを考えた。
「随分反応が鈍くなりましたね?」
「貴方のおかげで」
基礎の体力作りから始めた、まだ弟子に取られたばかりの頃を思い出す。剣はいつ握れるのかとせがむ自分に、師は「やってみますか?」と言って真剣を渡してきた。ハンデだと彼が木刀を握ったのを見て、自分は真剣なのだから勝てると思った。だがそれはとんだ大間違いで、実際には取り付く島もないまま圧倒されて勝負は終わった。もちろんリンクの負けで。師が握っていたのが真剣だったら、自分の頸動脈はプッツリと切れてしまっていただろう。それを期として、幼いリンクは自分に足りないものを補うためにダギアニスにあらゆることの教えを請うようになった。
攻撃の回避もそのひとつで、どんなに凶悪で切れ味の良い武器も、当たりさえしなければ良いのだと教えられた。まずは突き出された拳を避ける練習、次に木の棒、次に木刀と少しずつ難易度を上げられた。一つずつ積み上げたそれも四年間の牢獄生活で殆どが崩れ落ちてしまい、今まさに感覚を取り戻している真っ最中。
避けるのは間一髪といったところだが、その息は上がっていない。むしろ老体のダギアニスの攻撃は疲労からやや雑になってきた。
「貴方が毎晩抱きに来るので、体力だけは損なわずに済みましたよ」
「なるほど、それは計算外でしたね」
抱かれ始めた頃は屈辱の極みだとリンクは思った。羞恥と苦痛に侵され、持つべき尊厳をズタズタにされ、魂は恐怖で凍りつく。自分ではどうにもできない閉塞感から何度も泣いた。
しかし今思い返してみれば、あれほど激しい運動を毎晩していたのは相当な鍛錬と言える。四年間は虚無ではなかったのだと気づいた時、リンクは少しだけ安堵できたのであった。
ダギアニスはやはり疲れが出たのか、脚がもつれてうまく動けなくなった。肩をやや落として荒い息を整えている。今がチャンスだと、リンクは女神から賜りし剣をダギアニスに向けよう……と、した。
本当にこれでいいのか。リンクの中に疑問が湧く。
この人はもう、自分が師として仰いだ男ではなくなってしまった。その誇り高き魂は死んだ。身体は同じでも、その志が同じとは言えない。彼を葬り去ることは弟子である自分の役目だと、彼が彼であることを知ってからずっと思っていた。
そのはずなのに、何故こんなにも自分の手は震えているのだろう。
迷っていた。見た目がそのまま自分の知る師であるから。二度と会えないと嘆いたその姿に、もう一度会えたから。これが元の姿形もわからぬほど異形の魔物に作り変えられていれば簡単に斬りつけることができただろう。
決して人は殺めてはならぬと、リンクは目の前の男に習った。彼の魂は歪められもう人のものではない。それなのに、見た目が人であるというだけで、自分は判断力を失ってとどめを刺すことも叶わない。いっそ誰か彼を殺してくれないかと願ってしまうほどに。
「嫌だ……。できない……できません……。先生を殺すなんてこと、おれには……!!」
退魔の剣はリンクの手から滑り落ちた。溢れて落ちた大粒の涙が地面に影を作る。
「おれは貴方を殺せません!」
啼泣混じりに絞り出したリンクの重たく苦しい叫びに、ダギアニスの灰色の瞳が揺らいだ。
その瞬間、街なかのあちこちから人ではない何かがゾロゾロと姿を現す。魔物たちだった。あっという間に、リンクとダギアニスは囲まれる。状況を飲み込んだリンクは落としてしまった退魔の剣を拾い上げ、ダギアニスに背を向けて魔物たちへひたすら斬撃を食らわせていった。
この方を死なせはしない。死なせてはいけない。この人は無理やり「自分」を変えられてしまっただけで、この地に生きる人間であることに変わりはない。ここに生きる人々を守るのは自分の役目であり、そうなれるようにと願ってきた。
何より、ダギアニスの教えを破りたくなかった。
「全く……本当に君は馬鹿が付くほどの正直者ですね」
気がつくとリンクの隣にはダギアニスが立っていた。体力が回復したから地に足をつけていられるのだろうが、何故自分の横にいるのかが理解できない。彼は自分を敵と見做していたのではなかったのか。
「私はそんな君に、ハイリアの騎士としての本当の才を見出したのかもしれません」
「先生……
リンクの硬い表情が綻び、動きも一瞬止まる。ダギアニスはそれを見逃さなかった。
「だから、そんな君が、憎たらしい」
どんと両手で押されたリンクは、そのまま地面に吸い込まれるように倒れていった。自分に何が起きたのか、解釈には時間を要した。
「私は別に裏切ってなどおりませんよ。そうでなければ、彼を呼び出すためにだけに人間どもを殺すなんてこと、しませんからね」
ダギアニスが魔物たちを見回しながら告げると、彼らはそそくさと姿を消した。リンクは自分を見下ろしているダギアニスの笑みが、これまで見たことのないほど邪悪で穏やかなものであると知る。
「私が殺してあげます、リンク君。そうすれば君は魔王様から魔族の末席を与えられ、私と共に永遠にいられますからね」
「先生、いやです、」
「痛いのは一瞬です。あとは息苦しくなったり、傷口が燃えるように熱くなったりしますが、意識は眠るようになくなっていきますから。怖くなどありませんよ」
振り上げられたのは利き腕。最期まで対等に戦ったのだとリンクに誇示するかのようだった。追い詰められて全身は動かせないが、一部なら動かせるとリンクは剣を握る手の握力を強める。ダギアニスの剣が自分に向けて振り下ろされる、死ぬかもしれないその瞬間を、見極め、剣を突き出した。
リンクは訪れぬ痛みに目を開く。ダギアニスの剣はリンクには届いていなかった。代わりに自分の手には、弾力のあるものに剣が刺さっている感覚が伝わっている。視界を上へ上へと動かしていくと、退魔の剣はその剣先をダギアニスの腹にめり込ませ、背中まで突出していた。リンクは自分の胸の内に冷や水を流し込まれたような、そんな気がした。
「ふ……ふふ……一本、取られましたね……
ダギアニスは笑いながら、その場に崩れ落ちた。
「せっ、先生!すみません先生、こんなつもりでは……!」
リンクは仰向けで倒れた師の上半身を抱き起こした。腹を貫通した剣は、抜いてしまうと大量出血を招く。魔王に蘇生させられたことで血は必要なくなったと思っていたが、傷口からは赤黒い液体が滲み出ていた。彼はまだ、人間だった。
「あぁ……痺れるようですね……。これが、魔族に魂を売り渡した者が女神様の剣から受ける報い……
「先生、今、女神『様』と……!?」
「もちろんですよ……女神様は私達の崇めるべき唯一ではありませんか……
「け、けれど先程……
「あれは君の怒りを増幅させるためのただの言い回しですよ。本気だと思いましたか?」
リンクは灰色の瞳を濁らせているダギアニスを見つめ、唇を引き締めながら何度も何度も頷いた。師は何も変わっていなかった。変わってしまったと自分が思い込んでいただけだった。
「私が魔王の元へ君を誘ったのはですねリンク君……魔王がとても強大だからです。君が無残にも負ける姿を見たくなかった。それだけなのです、たったそれだけ……
「先生、喋ってはいけません!ダメです、静かにしていなければ……
「いえ……無駄なのですよリンク君。私は人間として既に生を終え、それからは魔族として生かされてきました。けれど、退魔の剣はその名の通り魔を払う。私の身は、この剣にとって邪悪なのです」
「そんな……!」
だらりと力なく地面に伏せるダギアニスの手をリンクは握りしめる。触れてきた手は冷たかったのに、今握るそれはとても熱い。それを不思議に思いながらも、リンクはボロボロと溢れる涙を止められなかった。ダギアニスはリンクの見せる幼い表情を懐かしく思いながら、握られた手をその頬に伸ばす。
「そんな顔……しないで、ください……。勝者が君なのがこんなに嬉しいのですよ……?」
「勝っても嬉しくなどありません!先生を殺してしまったなんて、おれは、おれは……!!」
リンクの情緒はあらゆる色を撒き散らした絵の具のパレットのようにぐちゃぐちゃになっていた。十年近く師弟として過ごし、四年間は牢の中で愛憎を吐きかけられ、死んだと伝えられ本当は生きていて。そんな相手を、殺してはいけないと教えてきた彼をこの手にかけてしまった。それが偶々だったとしても、リンクには耐え難い苦痛だった。
「さようなら、リンク君。……君に出会えたことは私の人生における、最大の幸福でした」
「先生……!!嫌だ、嫌です!先生!先生ッ!!!」
ダギアニスの瞼が閉じる。その瞬間、彼の身体は砂で作られた彫刻のようにさらさらと跡形もなく離散した。
リンクは震えながら背中を丸め、師の得物を掻き抱いて涙を流す。彼がいた証拠はまだ多く残る。しかし自分を陥れた不名誉から、それらは削り取られていくことだろう。
この戦は、必ず生き残らねば。彼の存在証明を、後の世に残すためにも。


リンクは、顔を上げた。


終わり