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ナスカ
2022-03-13 21:47:09
5476文字
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返しきれぬ想い
バレンタインデーに描いたダギリン漫画の続きみたいな話。おじさんが三倍返しに全力を出しすぎたようです。
「女神様へのお目通りだと!?」
気を違えたのか!とインパは自分の前で跪いている男に疑念の視線を注いだ。だが男はそんな言いようで挫けたりしないと言わんばかりに、固い決意を口にする。
「あの子は敬虔な女神様の信徒です。どうか
……
どうか女神様の御慈悲をあの子に与えてやりたいのです」
「そういう問題ではない。貴殿は自身の権限を私情のために使おうとしているのだぞ?それが赦されることだと思っているのか」
敬虔な信徒であることを理由に女神への拝謁が叶うのであれば、この地に住まうほぼ全員がそれを許されていただろう。だが女神と直接顔を合わせることが許可されている『人間』はこの地の最高権力者のみ。即ちこの男、ダギアニスのことである。彼は愛弟子が抱いてる日頃の願いのため、女神の言伝役兼側近であるインパへそれについて申し出た。
だがインパの言う通り、ダギアニスの願いは明らかに公的権利の濫用であった。彼はハイリアの地の政を女神及びシーカー族から一任されており、そのために与えられた女神への謁見の権利なのである。それを範囲外まで拡げることは明らかに越権行為なのだ。えっけん、だけに。
「
……
もちろん、赦されざることだということは承知の上ですインパ様。しかしあの子は未来のハイリアの騎士。女神様への忠義と信仰を永劫変わらぬものとするためにも、あの子には女神様とお会いになるという経験が必要なのです」
「そう言うならば、総てのハイリアの騎士に目通りが必要となるだろう。考え直すことだ。お前のしようとしていることは、お前自身を貶めることになるぞ」
諦めろとインパは再三促してくる。だが諦めるわけにはいかない。ダギアニスは弟子から大きなものを与えられたからである。
「
……
三倍返しはこれ以上のものが思いつかないのです」
「
……
は?」
「あの子は一生ありえないと思っていたことを私にもたらしてくれました。なので私は己の名誉を喪っても、あの子を女神様に会わせてあげたいのです」
ダギアニスのこれまでに無い真剣な眼差しにインパは思わずたじろぐ。灰色の瞳には頑固な決意が居座っており、彼が自分や女神ハイリアにあらゆることを訴えてきた時のそれを覆していた。一体何が彼をそこまで突き動かすのだろうと疑問まで湧いてくる。
「良いではありませんかインパ」
思索するインパの後ろから主人である女神が現れた。足音も聞こえなかったのにとダギアニスは目を見開く。輝く白き光の女神。慈悲深き微笑みはまるで夢を見ているようで、何度目通りしてもその威光に慣れることはなかった。
「ハイリア様!しかし
……
」
「アルバートは長年この地を支えてくれています。大変な苦労を負ってもらっているのです。それに彼が望んでいるのは自分の利ではなく、弟子の経験。悪いことではないはずですよ」
女神はダギアニスに歩み寄り、跪く彼の前で膝を床につけた。女神と視線が交わっているという事実をダギアニスは受け入れられない。微笑みを浮かべた光り輝くその御姿に、目玉が蒸発し神経を通って脳髄が焦げてしまいそうだった。
「その少年を連れておいでなさいアルバート。十四日を楽しみにしておりますよ」
「なんと
……
なんと有難き御言葉
……
。深く深く、感謝申し上げます
……
」
ダギアニスは女神の透き通るような手に己の額を擦りつけ、それから再び立ち上がり、一礼をしてからハイリア神殿をあとにした。
「
……
よろしいのですかハイリア様、このような事を
……
」
「私は、彼に何もしてやれませんでした。騎士の道を閉ざされた時、不自由な腕にもう一度力を与えてほしいと彼はずっと私に祈ってきて
……
。しかし私に彼の運命を変える権限はありません。神は人間の運命を動かすわけにはいかないのです。たとえ、本人の祈りがあっても」
ハイリアの瞳にはダギアニスへの罪悪感が見え隠れする。人間の祈りに応えられない神の、なんと無力なことか。そんな力すら持たないなら、自分に神と名乗る資格など無いのではと思えてしまう。
「ですから、私は僅かでも彼の望みを叶えたいのです。彼の望みが後世を生きる子どもへのためならば、彼も人として熟練されてきたということでしょう」
「
……
ハイリア様が、そう仰るのであれば」
「ふふ、ありがとうインパ」
「ところで」
「はい」
「何故その日が十四日だとわかるのですか?」
インパの問いかけに、ハイリアは笑って誤魔化した。
❋❋
その月の十四日。ダギアニスは弟子のリンクと朝食の卓を囲みながら、今日の本題に切り込んだ。
「リンク君、今日の鍛錬はおやすみにしますよ」
「えっ?どうしてですか?」
「今日は女神様へお祈りをしに行きましょう。ハイリア神殿へ」
ダギアニスの言葉にリンクは「本当ですか!?」と喜び驚いた。ダギアニスはそんなリンクの反応に思わず頬が緩む。
「もちろん本当ですよ。近くの教会が悪いわけではありませんが、たまには女神様のお膝元というのも良いでしょうからね」
「やったー!ありがとう先生!」
と、リンクは盛り上がったが次の瞬間には燃え尽きたように静まり返る。どうかしましたかとダギアニスが尋ねれば、その返事は至って可愛らしいものであった。
「その
……
女神様の神殿に行くんだったら
……
服装とか、どうすれば
……
」
「あぁ、そこまで気にする必要はありませんよ。いくら飾り立てても、女神様が気にするのは心の清らかさ。敬意を払っていることを服装で伝えることも悪くはありませんが、普段どおりに、しかし清潔にしていればそれだけで良いのです」
「
……
!はい、はい!先生!」
リンクの明るい笑顔に、ダギアニスは直接赴いて希ったことは間違いではなかったと再認識した。女神様への直談判は何度もしてきた。それは民たちのためであり、後ろ暗さは何もないので堂々とできた。しかし今回のことは完全な私情。本当によかったのかと思い返す度になかなか寝付けない夜もあった。そんな悩みも、可愛い弟子の笑顔が見られたことで最初から存在しなかったように思える。
「では、朝食を終えたら早速出かける準備をしましょう」
「わかりました!」
ハイリアの地最高権力者であるダギアニスだが、その私生活は就いている地位と比較すると質素なものであった。確かに屋敷は庶民と比べれば大きいが、他の権利者たちと比べると小さい方である。雇っている使用人も男女が二人ずつで、どちらも若いの盛りを少し過ぎた中堅。決して美しい女中を大量に侍らせているわけではない。それは彼が恋や色事に一切興味を持たず、敬愛する女性は女神ハイリア唯一人と決めているからだ。遠方への移動は流石に馬車を用いたが、歩いていける範囲へは自分の足を使う。その道中で民に声をかけられれば快く応えた。ダギアニス本人も一般階級の出身であり、民衆からの人気が圧倒的に高いのは彼が高い地位に就いても庶民的な感性を失わなかったからなのである。
そういう理由から、ダギアニスがリンクを弟子に取ったときもスキャンダラスに
……
所謂少年愛的な面から取り沙汰される事は無く、むしろ後進育成に尽力しているとまで報道された。なので二人が一緒に街を歩いていても、それはその街を行き交う人々にとっては普通のことであった。
「ねぇ先生」
「なんですかリンク君」
「先生は女神様のお顔を見たこと、あるんですか?」
「もちろんありますよ。民たちの要望を女神様へ直接お伝えするのは、私の大切な仕事の一つですからね」
「
……
おれも、いつか女神様にお会いできるかなぁ」
触り心地のよい頬を仄かに赤く染めながらリンクは言った。これからお会いできるのだと今すぐにでも言いたいけれど、それでは驚きが薄まってしまう。
「常に女神様に忠実で敬虔に、そして何よりも女神様と同じように民とこの大地を愛していれば、いつかお会いできますよ」
「それって、すごく難しいですよね。簡単なことじゃないように思います。先生は、どうやってチュウジツで、ケイケンで、民とハイリアの地を愛することができるようになったのですか?」
「
……
それは自分で見つけるのですよ、リンク君」
リンクは見上げた師匠の目が、どこか遠いところを見ているように思えた。彼の灰色の瞳は基本的には穏やかで、しかし鍛錬の時は険しくなる。それはかつて師が瀕死という体験をしたから
……
。自分と同じ道を歩ませたくないという想いからだというのはリンクもわかっていた。けれどこの時のダギアニスの目は
……
なんとも比喩の難しい目をしていた。自分もいつかこんな目をできるようになるのかと、そうすれば女神様に会えるのかと思った。
「さあ、着きましたよリンク君。ここがハイリア神殿です」
巨大な女神像が鎮座するハイリア神殿の境内は、参拝する人々でごった返していた。その奥には神殿の本堂がある。けれどダギアニスはリンクの手を引き、本堂とは別の方へと歩き始める。
「先生、神殿はあっちですよ?」
「こっちは特別な道なのです。一般の方は決して通れないんですよ」
そう言ってダギアニスは関係者以外立ち入り禁止の道に踏み込んだ。リンクはなんだか悪いことをしているような気分になり、ドキドキと胸を高鳴らせる。遠巻きに一般の参拝客が見えて、特別な道を歩ける自分は特別なのだと思ってしまえた。
ダギアニスについていく内、いつの間にかリンクは本堂の更に奥へと自分が入っていることに気がついた。ここは神の領域であり、自分などが来てはいけないはずのところだ。それなのにダギアニスはまだ歩き進めていく。途端にリンクの足は竦み、強まっていく不思議な圧力にようやっとの思いで声を絞り出した。
「せ、先生、おれもうこれ以上先に行くのは
……
」
歩けなくなったリンクを見てダギアニスは振り返り、同じ目線になるとそっと手を握って微笑んだ。
「何も怖がることはありませんよリンク君。今日、女神様は君を歓迎してくださっているのですから」
「女神様が、おれを、歓迎
……
?」
「えぇ、そうですよ」
あと少しですと言って、ダギアニスはリンクと手を繋いだままもう一度歩き始める。リンクは自分の足が言うことを聞くことに戸惑いながらも、師に腕を引かれていった。
「さあ、こちらです」
上下左右がわからないほど広い、白い石の床に天井が永遠に続くような巨大な空間。何本もの白い石柱が遠近感を覚える唯一の要素だった。それが無ければ、リンクは自分がどこにいるのかわからなかっただろう。
ダギアニスが片膝を床につけ、頭を垂れたのを見てリンクもそれに倣った。視線を床に向けてからどのくらい経っただろう。一分のような、一時間のような、直ぐだったような永遠のような。床を軽やかな布が擦っていく音が聞こえてリンクは思わず息を呑む。今、自分の前には女神様がおわすのだと。
「貴方がアルバートの弟子ですね」
硝子で出来た小さな鐘を鳴らしたような、透き通る清らかな声だった。あまりの美しさにリンクは頭を上げることができず、そのまま「はい」と震える声で答えた。神の御前で小さくなっているリンクを、ハイリアはつつみこむように抱きしめた。その温もりに、リンクは遠く離れた場所で暮らす母を思い出した。そしてそれは、この地に生きるすべての人々が女神の腕で思うことなのである。
「大丈夫ですよ、恐れることは何もありません。名はなんと言うのですか?」
「リンク、です」
「リンク
……
そう、素敵な名ですね」
「め、女神様、そのっ
……
」
リンクは手のひらに勇気を握りしめて顔を上げた。けれど、女神の尊顔は見えない。あまりにも輝いていて、今のリンクには見ることすらできなかった。けれどリンクは目を開く。その輝きを、永遠に記憶しておけるように。
「おれ、頑張ります。騎士になって、絶対に女神様をお守りしてみせます!」
ハイリアはまだ無垢な少年の気高き誓いに笑みを深めた。リンクの瞳に自身の姿は映らない。それでも、この子ならばきっといつか自分を見つけてくれると信じていた。
「頼もしく敬虔で忠実なる我が子、我が民、リンクよ。永劫なる刻の中、我を護りし剣として、如何なる敵を前にしても怯まず退かぬと誓いますか?」
それは普通、女神の代理を任された巫女が新任の騎士に告げる言の葉。リンクはそれを知っていた。代理人ではなく、女神そのものから告げられたことに思わずリンクは身震いした。神圧を前にした恐怖でも怯えでもない。子どもとして慈愛を与えられたのではなく、騎士として認められた事への誉れから来た、歓喜の震えだった。
「はい、女神様。おれ
……
、いえ、私の剣は、御為に」
リンクがそう言うと、するりと女神の温もりが自分の肌から消えていく。そして女神であろう輝きは少しずつ、翳っていった。
けれどそのおかげでリンクは見ることができた。
光そのものと言える女神の御姿の、ほんの僅かなその輪郭を。
一度まばたきをすると、女神の姿はそこには無かった。自分が見たもの聞いたもの、感じたものは幻だったのではないかと思わず疑ってしまう。リンクはすぐ隣りにいた師の方を見た。
「先生、あの、」
「よかったですね、リンク君」
ダギアニスの微笑みを見て、リンクは全てが現実であったのだと知るのであった。
……
それが彼からの「三倍返し」であったとリンクが知るのは随分先で、女神の御姿を見られるようになってから、女神自身の口より語られた時のことである。
終わり
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