ナスカ
2022-03-01 21:39:26
10880文字
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円舞の夜

やくもくED後。ハイラル城で舞踏会が催されることになり、城で保護という名目の監視を受けている元・厄災の信奉者の双子はゼルダから直々に招待を受ける。

アスアスちゃん中心に、リンクとゼルダ+四英傑(ミファーちゃん多めかも)+その他が出てくる話。思ってたよりも長くなった……久々の一万文字超え。

「舞踏会、ですか?」
「はい。アストルさんも是非と思いまして」
アストルは戸惑った顔をして、ワクワクしているゼルダを見た。何故彼女は敵側だったはずの自分を戯れ事に誘うのか、理解できなかった。目の前にいる王女様がアストルのかつての立場を気にしていないことは知っていた。だが気にしない理由がどうしてもわからない。アストルはゼルダから顔を逸した。
「殿下、どうして私を……
「貴女にも貴女のお兄様にも、早く城に馴染んでほしいのです。今度の舞踏会は身分に関係なく、王国に住まう方々全員をお招きする予定です。なので心配なさらないでください」
「そうではありません殿下。私は……っ、兄ともども、この国を滅ぼそうとした大罪人なのです。何故そんな私たちを、気にしてくださるのですか」
「罪だという意識がある時点で、あなた方ご兄妹は脅威のように思えません。それに私は、貴女と仲良くなりたいのです」
ゼルダは膝を折り、簡素な椅子に座るアストルの白い手を取った。王女に跪かせてしまうなどとアストルは慌てるが、ゼルダは穏やかに微笑んでいる。まるで慈悲深き女神ハイリアの如く。
「お兄様の方にはリンクから誘いをかけるようお願いしています。どうかご兄妹で揃ってご参加を」
……殿下が、そう仰るのであれば……。けれど、一度兄と相談させてください。仮に私が行くとしても、兄はどう思うかわかりませんから」
「もちろんです。お待ちしていますね、アストルさん」
ゼルダはそう言うと、アストルが部屋として与えられている城の小塔から出ていった。ゼルダが出たことを確認すると、廊下で待機していた警備兵は扉に鍵をかける。部屋の中で不便はない。窓だってあるし、調度品も揃っている。食事は女中が一日に三度運んできてくれるし、部屋に帰る時刻は限られているが城の敷地内ならば外出は可能。けれど彼女も、彼女の双子の兄も、進んでこの部屋から出ようとはしなかった。自分は罪人であるという強い意識があったからだ。


双子のアストルは、決戦の地である城の地下空間で発見された。それより前に二人を最後に見たのはリンクとゼルダで、兄のほうが厄災に飲み込まれ妹は兄を追うように自ら進んで同じく厄災の取り込まれていった。敵側の人間ではあったが、きっと無事では済まされないだろうとリンクもゼルダも思った。しかし全てが終わってから行われた地下空間への調査で、二人は互いに寄り添うような姿で倒れているのが見つかった。こんな危険人物は牢獄行きか即刻処刑という意見が多い中、ハイリア人が厄災に与することになった原因の調査という名目でゼルダの責任の下保護されることとなった。
厄災が封印されたことで大人しくなった双子であったが、なかなか心を開かない。妹の方はオドオドしているし、兄はそんな妹を庇うように抱きしめてゼルダの方を睨む。どうすればいいのかと迷った挙げ句ゼルダはリンクに相談した。ゼルダは「……お腹が空いてるんじゃないですかね」といつもの彼らしい回答を受けて、二人で作った握り飯を籐籠に詰め込み、共に双子の元へ向かった。
握り飯を差し出すもやはり兄のほうが拒否。リンクは毒なんて入ってないよと証明するように、すぐ隣で握り飯を頬張り始めた。妹のほうがそれを見て腹の虫を鳴らす。どうぞとゼルダに握り飯を手渡され、妹は兄の腕の中でちみちみとそれを口にする。「美味しいよ、お兄ちゃん」と妹に微笑まれた兄は陥落し、果たして手作りの握り飯を食べることにしたのであった。
それから四人で何度も食事を共にし、少しずつ距離を縮めていった。言葉をかわし、心を通わせた。ゼルダは双子の哀れな身の上に涙を流し、これからはすべての民にひどく辛いことが無いよう一層王家が支えていくと約束をした。妹はゼルダを信用し、妹がそうするならばと兄もそんな様子を見せた。兄の方はどちらかというとリンクの方を信頼を置き、妹は兄が好きな人は私も好きと言ってリンクを慕うようになった。
当初双子は一つの部屋にその身柄を置かれていたが、兄妹とはいえ互いに少々依存気味の二人のためと別々の部屋を与えた。それがこの小塔である。とは言え部屋から出れば会うことはできるので、双子にとって特に問題ではなかった。


「お兄ちゃん」
「どうした」
「殿下がね、私とお兄ちゃんに舞踏会に出てほしいんですって」
「あぁ、リンクから聞いた。……出たいのか?」
「興味は、あるかな」
フリルやレースがたっぷりとついたドレスやキラキラ輝くアクセサリー、巻髪にお化粧……、なんてものはアストルにとっておとぎ話の中のものでしかなかった。小さい頃教団の大人から与えられた絵本に出てくるそれらに、憧れなかったと言えば嘘になる。けれど今の自分を考えると、そんなものは夢のまた夢だと思っていた。それが手を伸ばせばすぐの距離にある。兄はそのことをわかっていた。
「お前が行きたいならば、私も共に行く」
「本当に?お兄ちゃん、いいの?」
「こんな機会またと無かろう。種族も身分も取り払ったものならば、私たちがいたところでそこまで奇異の目では見られないはずだ」
至上の美人である妹がめかしこめば、もっと美しくなるだろうと兄は思った。だが舞踏会ともなれば他の男どもも多くいるはずだ。可愛い妹に悪い虫がつくのを、シスター・コンプレックス気味なこの兄は警戒しているのである。それを見込んでも、兄は妹の可憐な姿を見たいと柄にもなくそわそわしていた。
「じゃあ、一緒に行こうね、お兄ちゃん!」
「あぁ。……ところでアストル」
「なぁに?」
「お前、舞踏会で着れるような服なんて持ってたか?」


アストルは困ってしまった。舞踏会に参加することを決めたものの、自分はそれに相応しいドレスを所有していない。物心のついた頃から兄とともに教団の大人に囲まれて生きてきたアストルは自分の持ち物をほとんど持っていなかった。持ち物を抱えることは許されなかった。いつか厄災の贄に捧げられて死ぬのだからと、何かを持たせることは無駄だと思われていたのだろう。
教団から離れてからアストルは唯一所有が許された衣服である教団服にアレンジを施した。必要以上に長い袖をカットし、スリットの入ったスカートに作り直した。教団内で繕い物を押し付けられていたアストルは裁縫が得意になったのである。ならば自力でドレスが作れるかもと思ったが、ドレスを作るほどの布地を持っていないしそれを買う金もない。これではこの着古したボロを着て舞踏会に出ることになってしまう。
途方に暮れるアストルの部屋の扉をノックする音が響く。はいどうぞと言えば、動きやすいパンツルックの王女様が入ってきた。
「アストルさん!」
「殿下、どうかなされましたか?」
「ごめんなさい。すっかり失念していたのですが、アストルさんがお持ちのお洋服ってそれだけですよね?」
……恥ずかしながら」
「私のを幾つか見繕いましたので、今から私の部屋に行きましょう。ミファーとウルボザも一緒です」
ニコリと笑うゼルダを見て、アストルはどうしようかとキョロキョロ周囲を見回す。しかし彼女に助言をしてくれる者はそこにはいない。アストルは決意を固め、「はい、殿下」と頷いて立ち上がった。


「おっ、来たね」
「ウルボザ様……
「待ってたんだよ、アストルさん」
「ミファー様……
ゼルダの部屋で笑って出迎えてくれた英傑の二角に、アストルは少々尻込みをする。何度か交流を重ねてはいるが、その時はリンクやリーバル、ダルケルも同席だったので女性だけで集うのは初めてだ。
「さあ、ヴォーイたちはいないし、ヴァーイだけで楽しくやろうじゃないか」 
「ヴォーイ?ヴァーイ?」
「ゲルドの言葉さ。ヴォーイは男、ヴァーイは女。さ、こっちだよアストル」
ウルボザがアストルの細い手首を掴み、全身鏡の前まで連れて行く。そのすぐ近くには、ゼルダの衣装が大量に用意されていた。これでも見繕ったというのであれば、彼女はどれだけ衣服を持っているのだろう。さすがは一国の王女。
「おひいさまどうだい、アストルに似合いそうなのは何か?」
「そうですね。アストルさんはとても背丈が高く細身なので、スカート部分を……特に腰からやや下辺りにボリュームがあるのが良いかと」
「となると腰当てが要るねぇ。……あぁこれだ」
「姫様、ウルボザさん、その前にアストルさんにシュミーズを」
「そうでした!ミファー、着せてあげてください」
三人があれこれ慌ただしくする中、アストルはゼルダの部屋をしげしげと眺めた。天蓋付きの大きなベッドはもちろん、上質な木材や石材で作られ、色とりどりの宝石で彩られた大小様々な調度品が置いてある。中でも部屋の一角には設えられた大きなデスクと、その周りには天井にまで届く本棚。その中に整然と並べられた本の冊数はゼルダの向学心の表れであった。
「ねぇアストルさん、ちゃんとご飯食べてる?」
ミファーは前開きのシュミーズをアストルに着せながら尋ねる。あまりにも細すぎることから、どうしても気がかりらしい。
「食べているけど……きっと普通の人よりも食べている量が少ないのよね」
「おかげで姫様の服が入るけど、私はアストルさんに健康な体になってもらいたいわ」
アストルは白いシュミーズ姿になる。腰当てを持ってきたウルボザはアストルの頼りなさげな細さの腰を見て、顎に手を添えて考え込む。彼女の腰をコルセットでギチギチに締めるとあまりにも痛々しいことになりそうだったからだ。
「むしろ締める必要は無いのではありませんか?バッスルを付けて、ボリュームだけ追加すればメリハリが出るはずです!」
「それもそうか。じゃあそうしよう」
ゼルダの提案でウルボザはすぐにアストルに腰当てを着け始めた。臀部を膨らませる独特な形をしたバッスルのついたベルトをアストルの腰に回す。アストルは少し重心が後ろにグラつくのを感じて、やや体重を爪先にかけた。
「王侯貴族の女性は、いつもこんなものを身に着けているのですね……とても大変……
「私もドレスを着る時のコルセットは好きではありません。苦しいし、窮屈ですし……。けれどそうすることで私たちは威信を示すことができるのも事実です。盛り立てた装いが、ただの人間な私たちをそれらしく見せてくれるのですよ」
……殿下は女神様の血統をお継ぎになっているではありませんか。それなのにそれ以上苦しむ必要など……
「ほら!見てくださいアストルさん、鏡の中!」
ゼルダの声に、ずっと下を向いていたアストルは鏡に映った自分を見る。普段から身に着けている色とは正反対な淡いドレスを着た自分は、まるで絵本の中から飛び出してきたお姫様のようだった。
「なかなか似合ってるじゃないか」
「うん!とっても可愛い!」
褒め言葉の嵐を受けてアストルは頬を赤く染めた。自分にこんな服が似合うなんて思いもしなかった。
「アストルさん、何か他にしてみたいことはありませんか?お化粧とか、色々」
ゼルダの質問にアストルはあれこれと考えてみる。けれど一番してみたかったのは。
「じ、じゃあ、あの、髪を巻いてみたいです」
「髪を巻くならアタシにお任せーっ!」
あっはっはー!と高らかに笑いながらプルアが飛び出してきた。その手には奇妙な棒状の機械が握られている。
「う〜ん、アストルちゃんの髪の毛って長くて艷やかで綺麗だよね〜思わず見とれちゃう〜」
うふふふ、とプルアはアストルの髪の毛を束に頬擦りをした。戸惑うアストルを見てウルボザが「いい加減にしな」とプルアの後ろ襟を掴んでアストルから引き離した。
「あ〜メンゴメンゴ。あんまりにも綺麗だからついうっかり。んで、髪を巻けばいいんだよね?任せといて!とびきり可愛くしてあげるから!」

そのあともウルボザがメイクを施したり、ゼルダが他の物も試してみませんか?と違うドレスを提案したり、ミファーがアクセサリーのバランスを整えたりと、アストルへの微調整は続く。そしてようやっと満場一致のスタイルが完成した。
「こんなところかねぇ」
「うん、私もこれがいいと思う!」
「きっとお兄様も、今の貴女を見たら驚かれますわ」
ゼルダは舞踏会当日にこの通りにアストルを着飾れるよう、シーカーストーンであらゆる角度から写し絵を撮影する。まるでモデルになった気分だとアストルはワクワクした。着慣れない服を何枚も着たせいか少し疲労感はあったが、初めての出来事ばかりでときめいていたのである。
「早く舞踏会の日が来ないかなぁ。とっても楽しみ」
「ミファーはシドを連れて来ますか?」
「もちろんその予定よ。あの子まだ小さいから、じっとしてられないと思うけど……
「元気があっていいじゃないか!」
「弟がいるの、羨ましいなぁ。私はいつもお兄ちゃんから可愛がってもらえるだけだから……私も弟か妹を可愛がりたいなぁ……
「兄貴って言うけどさアストル、あんたが姉さんってことはないのかい?双子なんだろう?」
「兄は自分が兄だと言って譲らないのです」
「もしかすると、アストルさんの方が先に生まれたのかもしれませんよ」
アストルの外出制限時刻まで、四人はヴァーイズトークを楽しみ尽くすのであった。


❋❋


「よし、こんなもんだろうね。このボクがコーディネートしてあげたんだ、文句は言わせないよ」
「感謝するリーバル。妹がどんな恰好で来るかはわからぬが、相手をする私が貧相な姿ではあれに恥をかかせてしまうからな」
「アストルって白も似合うんだね〜。リーバルのセンスがいいのかも」
「ま、なんてったってこのボクのチョイスだからね!」
アストルとリンクに褒められ、リーバルは有頂天だった。アストルは普段と異なる色合いの……白のズボンに金糸で縁取られた白のジャケットを着ていた。化粧はいつもより薄めに、サイドと鼻の右側を通る三編み以外は下ろしている髪を、今夜はハーフアップにしている。頬がやや痩けているのは変わらないが、それでもいで立ちは普段よりもだいぶ変わって見える。もちろんいい意味で。
「リンク、姫たちはまだなのかい?」
「姫様たちはご準備に時間がかかるから、先に行っててくれって」
リンクとリーバルが広間に行くか行かぬかであれこれ話す中、アストルは一人無言だ。瞼が軽くピクピクと痙攣しているのを見るに、恐らく緊張してるのだろうとリンクは思う。
「アストル、どうかした?」
……あれがどんな姿で来るのかと思うと、どうしても神経が張り詰めてな……。少し怖さもあるのだ。妹が私の知らない姿になることに」
「そりゃ君、妹だって同じだろうよ。妹だって普段からそんな恰好の君を見てるわけじゃないだろ?」
リーバルの言葉にアストルははたと気がつく。そうだ、今回はお互いがお互い知らない姿になっているのだ。きっと緊張しているのは妹も同じだろうとアストルは思うことにした。
……たしかに、そうだな」
「じゃあ早速行こう!」
リンクが先頭に立って、大広間へと進んでいく。広く長い廊下には、階級や種族、老若男女問わずあらゆる人々が行き交っていた。その中でもやはり王国を救った英傑二人が共に行動しているともなれば目立つ。……そこに厄災の信奉者が混ざっていると、悪目立ちしてしまうものだ。リンクとリーバルに見惚れる声に混ざって自分への誹謗中傷が聞こえてくるのがアストルは嫌でもわかった。リーバルがこっそりと『弱気になったら負けだぞ』と耳打ちしアストルは頷くが、そこまで気を強く持てる気がしなかった。
道行く三人の前に、着飾った少女がこれまた三人現れる。リンクやゼルダとほぼ同じ年のハイリア人だった。盛りに盛った髪や身に着けているドレスに宝飾品の豪華さを見るに、彼女たちは貴族階級……それもより権力に近い家の娘たちなのだろう。三人の内、真ん中の娘がふわふわのファーをつけた扇で口元を隠しながら甘ったるく、しかし粘ついた声で言う。
「リンク様、どうしてそのような者とご一緒してるのですか?」
「そのような者、とは?」
「決まってるではありませんか。そちらの、厄災の信奉者ですわ」
厄災という言葉にその場の誰もがアストルに視線を注いだ。子連れの者は我が子を庇うように腕の中におさめ、敬虔なハイリアの徒は何やら祈り始める。
「我が国を滅ぼそうとした大罪人を、何故城で受け入れていらっしゃるのか理解できませぬ」
「姫様の意向だ。それに此度の舞踏会は王国に住まうすべての者を招待するという旨。彼にだって参加する権利はある」
「権利があろうと無かろうと、『其れ』が民の前にその姿を現すこと自体が不快なのですよ。そんなモノ、とっとと牢の中に閉じ込めてしまえば良いのに!」
そうだそうだとヤジが飛ぶ。アストルは息苦しくなった。真っ暗な空間に一人置き去りにされたよう。妹のためを思って一歩踏み出したというのに、やはりその先は奈落だった。引き返そうとするアストル。だができなかった。リンクがアストルの手首を握っていたのだ。グイとリンクはアストルを自分の隣に並ばせる。そしてその場を震撼させるほどの大声を張り上げた。
「彼の保護はゼルダ王女殿下の御意向であり、国王陛下の了承の元に行われている!王国騎士として国王陛下と王女殿下に従うのは当然のことだ!それともお前たちは、陛下と殿下のお考えに不届きなところがあるとでも!?」
「だ、だっておかしいじゃないですか!」
「そうよ!国を滅ぼそうとした奴を、なんでそんな風に扱うのよ!」
「一定の存在を弾圧することは許されないことだ。たとえ、それが大罪人であっても。一万年前のシーカー族排斥と同じ過ちを繰り返してはならないことが、お前たちにはわからないのか」
いつもはのほほんとしているこの騎士が、自分を守るために険しい顔をし、強い語気で同じ年頃の娘たちを追い詰めているのがアストルには衝撃的な光景だった。此奴はこんな顔をすることができたのか、とどうにも驚きを隠せない。
「それに……ある意味で彼は被害者だ。それを忘れないでもらいたい」
では失礼する、とリンクは三人娘の右側を歩き進める。ちょっと!と娘たちがリンクを追いかけようとするが、それはできなかった。体が動かないのである。娘たちが振り向けば、自分たちはゴロンの猛者ダルケルの大きな手でガッチリと掴まれていたのだ。娘たちは巨大なゴロン族を目の前に青ざめて言葉を失う。
「さっきは偉そうに啖呵切ってたけど、どうしたんだ?このダルケル様を前にしたら、一言もねぇじゃねぇか」
「はっ、離しなさい!この無礼者!」
「やれやれ、どっちが無礼者なんだか」
バタバタと抵抗する娘たちをダルケルはパッと手放す。娘たちはすっ転んでひっくり返り、巨大なパニエとフリルたっぷりのドロワーズが丸見えになった。その場にいた一同は大笑い。赤っ恥をかいた娘たちはなんとか自力で立ち上がりそそくさと逃げ出した。
「ありがとダルケル、助かったよ」
「こっちこそ遅れてすまねぇ相棒。髭が言うこときいてくれなくてよぉ」
「剛毛だもんね、ダルケルは」
あははと笑うリンクを見て、アストルはなんと声をかけようか迷った。お礼が言いたいのに、どう言ったら良いのかわからない。そう思っていたらリンクの方から話しかけてきた。
「アストル大丈夫?」
「あ、あぁ……。その、あり、がとう……リンク……。リンクも、リーバルも、ダルケルも……
「まっ、強者こそ寛大な心を持つ必要があるってことさ」
「気にするこたぁねぇよ。さ、行こうぜ」


大広間に着くと、そこは既に人で溢れていた。歓談する御婦人方に紳士、軽食が振る舞われているテーブルに食いついている子どもたち、ドレスを着れてごきげんな庶民階級の少女や運命の出会いを果たしている若い男女……と楽しみ方は人それぞれ。アストルは妹がどこにいるかと探したが見当たらない。まさか悪い男に連れて行かれたのではないかと悶々とするが、リンクがミファーとウルボザと一緒だから大丈夫だよと安心させた。
「妹さんと合流できるまで、俺が一緒にいるから」
「すまないな、本当は食べ物を取りに行きたいだろうに」
「あっ、バレた?」
クスクスと笑いあっていると、国王の入来を告げるラッパが鳴り響いた。お喋りは止まり、口元を汚していた子どもたちも何事かと手を止める。
「我らが国王、ローム・ボスフォレームス・ハイラル陛下の御成りである!」
その場にいた誰もが跪き、国王を迎える。上質なロイヤルブルーのガウンを纏った老練の王は大厄災を乗り越えても未だ健在である。王が玉座に腰を下ろすと、宮廷長官が次はゼルダを呼んだ。
「我らが王女、女神ハイリアの血を引く正当なる後継者、ゼルダ王女殿下!」
ゼルダはいつも通り、父王と同じロイヤルブルーの正装姿で現れた。溌剌としたパンツルックも魅力的だが、王家の姫としての楚々とした立ち姿もまた神聖さを感じさせて美しい。
ゼルダは王の横の椅子に座らず、皆の前に立って挨拶を始める。
「皆様、ようこそおいで下さいました。今宵は日常を忘れ、どうぞ思いのままに楽しいひとときをお過ごしください。そして貴族も平民も、種族の壁を超えて、より強い結びつきがハイラルにもたらされることを祈ります」
さあ音楽を、とゼルダの指示で大広間の端にいる楽団がノリの良い曲を奏ではじめた。次々と二人組が成立し、あちらこちらでダンスが催される。ゼルダは王と二言三言言葉を交わすと、リンクたちの方へやってきた。
「姫様、大変立派なスピーチでございました」
「ありがとうございますリンク。……こんばんは、アストルさん」
「この度はお招き感謝致します、殿下」
「ふふ、そろそろ貴方の妹さんが姿を見せる頃ですよ。……まあ、噂をすれば」
ゼルダが視線を向けた方へ、アストルも頭を動かす。室内バルコニーのようになっている階段の上に、ウルボザとミファーに片手ずつを任せた少女が立っていた。足元を長い裾でつっかけないよう、慎重に一段一段階段を降りていく。どこか浮世離れした神秘的な美しさを宿す少女に、招待客たちの視線が注がれる。
(大丈夫、転んだりしない。お兄ちゃんが待ってるもの)
アストルはそう自分に言い聞かせ、最後の一段を下り終えた。そこからは支え無しに一人で兄の元へと向かう。ミファーとは共に歩み、ウルボザは途中で立ち止まり後ろからアストルをそっと見守った。
「こんばんは、殿下、リンク様」
アストルは重たげなペチコートを両手で持ち上げ、軽く膝を曲げて挨拶をした。
「よくお似合いですよ、アストルさん。やはり貴女には藤色がぴったりなのですね」
「とてもお美しいですよ」
「リンクが褒めるのですから間違いありませんね」
兄は王女と会話をする妹を、住む世界が全く違う令嬢を見るような目で見つめる。こんな所作を何処で学んだのか、着飾ればここまで妹は変化を遂げてしまうのか。ぼんやりそう思っていると、妹が自分の手を握っていた。
……お兄ちゃん」
「お前、本当にアストルか」
「そうだよ。ねっ、どう?」
普段から生白い頬には紅がはたかれているのか、いつもよりも健康的に見えた。瞼には宝石を粉末状にしたアイシャドウが引かれている。自慢の長い髪はクルクルと巻かれた上で束ねられ、星のかけらの形をした髪飾りで留められていた。複雑な模様が描かれたドレスは濃いめの藤色。上半身の細さと対比になるように腰後ろはボリュームのある傾斜が作られていた。
何よりも、星色の瞳が一等星のように輝いている。
……綺麗だ、とても」
「本当?」
「嘘など言ってどうする」
「お兄ちゃんもかっこいいよ。白も意外と似合うんだね」
「リーバルが見繕ってくれた。自分でも少々驚いている」
ふふふ、と笑い合う二人。ノリの良い音楽は優雅な円舞曲にシフトしていき、甘く優美な空気が大広間を満たしていく。
「お兄ちゃん、一緒に踊ろう?」
「足を踏んだらすまない」
「お兄ちゃんは軽いから大丈夫だよ」
手を取り合い、双子は踊る人々の中へ溶け込んでいった。明かりが灯されたクリスタルのシャンデリアが妹の顔を照らし、兄は思わず目を逸しそうになる。あまりにも綺麗すぎて直視することが難しかった。妹は兄がこういった人間だということをわかっていたので、特に悲しくはなかった。
くるり、くるりと回る度に互いの三編みがゆらゆらと揺れる。緊張気味の兄は危うく足を滑らせるところであったが、間一髪で持ち直す。妹はそんなことにも気が付かず、ただうっとりするような時間を過ごしていた。
「リンク、踊っていただけますか?」
「はい、喜んで」
リンクとゼルダもその輪の中に入っていく。
「リーバルさん、アストルさん……あっ、お兄さんのほうね。ありがとう、すごく素敵にコーディネートしてくれて」
「君に褒められるとは光栄だな、ミファー。……そういえば弟クンはどこかい?」
「あっ、シドはね、姫様のところで会ったテラコに夢中になっちゃって。一緒に遊んでるわ」
「やっぱり子どもに舞踏会は早かったみたいだね」
「ふふっ、そうかも」


踊り疲れた様子の妹を見てアストルは「こっちに」とバルコニーへと誘う。人の少ないところに行きたかったのだ。
「すごいなお前は、ダンスもできて所作も綺麗だ」
「殿下やミファー様に色々教えてもらったの。すごく感謝してるわ」
「私も殿下やミファー様に感謝せねばならぬな。お前をこんなにしてもらって」
そこにお飲み物はいかがでしょうか、と女中がショートグラスのドリンクを運びながら尋ねてきた。喉が乾いていた妹は「じゃあ一杯ください」と言って、ラベンダー色の飲み物が注がれたグラスを手に取った。
こくりと喉を潤して、しばらく兄とあれこれ話す内にどこか意識がふわふわとしてきた。呼吸がやや苦しくなり、眠くもなる。兄に体を靠れると「おい、大丈夫か?」と声をかけられた。
「ん……なんか眠い……
「さっき飲んだの酒だったんじゃないのか?顔も赤いし……、なっ!ここで寝るんじゃない!」
「ごめん、無理……。寝かせて……
すやぁと入眠する妹にアストルはため息をついた。けれどこうして妹の寝顔を見るなどいつぶりだろう。部屋が別れ別れになり、彼女の生活と自分の生活は区切られた。当然のようにベッドも共有していた頃が嘘のような日々。
巻いて結われた妹の髪をそっと撫でる。今日はいつも彼女から香っていた占い用の麝香や沈香ではなく、花の香水の香りがした。
……悪くは、ないな」
夜は更けていく。次第に大広間の音楽は弦楽器や管楽器が姿を消し、ピアノの音だけが静かに響いていた。


fin