ナスカ
2022-02-05 12:19:35
3012文字
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考えてもみなかったこと

セオドリク様が前世様からイジられる話。でもちょっと切ないっぽい。

先の魔族との大戦で生き延びた人々は、女神の意向により空へと逃れた。崩壊の中から新しい社会体制を整えるため、奔走する日々が続く。多忙だが魔族に怯えて暮らすよりはよっぽど良かった。
騎士団長のリンクもそんな一人だった。彼も地上にいたときと変わらず、騎士たちの長となり民の平和と安全の保証に勤しむ。彼は時として腹心の友であり元宰相のセオドリクに力を貸した。
「リンクさま!こんにちは!」
「あぁこんにちはサラ。挨拶が出来ていい子だな」
内々にしか知られていないことだが、セオドリクは結婚した。相手は長いこと付き添っていた専属のメイドだった。そして彼女との間に娘がいる。それが今リンクが頭を撫でている銀髪の少女のサラだ。父親によく似た美しい銀色の髪は、自分が知るものよりも手触りが柔らかい。
「リンクさま、おとうさまにごよう?」
「そうだよ。サラのお父様はどこかな?」
「えっとね、おとうさまのおへやよ!かあさんとおはなししてる!」
「ご案内してもらえるかな」
「はい!」
世が世ならこの幼い少女もダギアニス家の後継ぎとして育てられたのだろう。何もかもが作り直しになってしまったこの場所だが、貴族という狭苦しい世界の中で生きる必要が無いということは幸せなのかもしれない。
ぱたぱたと可愛らしい足音を立てながらサラはリンクをセオドリクの書斎まで導く。書斎と言っても大したものではない。かつて住居としていた要塞は公共施設となり、今は他の人々と似たような小さな住まいに暮らしていた。サラはコンコンと扉を小さな拳で叩く。
「おとうさま、サラです。リンクさまをおつれしました!」
丁寧な言葉づかいにリンクは驚く。この子はまだ五つにもならないはず。よく躾けられていた。このまま育てればどこに出しても恥ずかしくない立派なお嬢さんになるだろう。
「今行くよ」
娘を持つ父親の声だった。どことなく甘さのある声に自分の知らない友の一面を感じつつ、リンクは扉が開くのを待った。
がちゃりとドアノブが回り、サラと同じ髪色をした美男の顔が覗く。よく来たな、とセオドリクはリンクに笑いかけた。
「サラもありがとう。母さんはお前に返すから、ちょっとリンクと二人きりにしておくれ」
「はーい!」
書斎から出ようとする妻のエルをセオドリクは軽く引き止め、そのまま流れるように優しく口付ける。サラはそれを見て照れる様子もなく、当たり前の事として受け入れていた。
……それじゃ」
……はい、セオドリク様」
エルはリンクの方を見て会釈をすると、サラを連れて居間の方へ歩いていった。彼の妻と代わるようにリンクはセオドリクの部屋へと邪魔する。そして軽く部屋の空気を嗅ぐと意外そうな顔をした。
「本当に彼女とは話をしていただけか」
「どういうことだよ」
「お前のことだから昼からお盛んなのかと思っただけだ」
「なっ……失礼にも程があるだろレオ」
「過去の行いを振り返るんだなテオ」
うぐ、とセオドリクは言葉に詰まる。自分がこれまで引っ掛けてきた女の子の人数たるや、両手両足の指でも足りないくらいだ。そこを指摘されると妻子持ちになった今となっては反論ができない。
「奥方がお前の女たらしぶりを知ったらどう思うだろうな」
「あれはまだ学生の頃の話だろ。それにエルはそんな過去をも承知で俺といてくれてるんだ。外野からあれこれ言うなよ」
で、今日の要件はなんだ?とセオドリクは古びた椅子に座って少しばかり偉そうに言った。リンクはエルが座っていたと思われる丸椅子に腰掛ける。
「いや、これといった要件があるわけじゃないんだが……お前と話したくて」
「なんだ、そんなに改まって」
さては恋愛相談か?とうとうこの朴念仁に女神様以外の想い人が?とニヤニヤするセオドリクだが、リンクから放たれたのは想定外の一言だった。
「あの子をいつ仕込んだ」
セオドリクはリンクの言葉の意味を一瞬理解できなかった。ややあってからあの子とはサラの事であると気が付き、仕込んだというのは無論そういう行為のことを意味する訳だが。
……お前がそんな話をしにわざわざ?」
「答えになっていない。いつ仕込んだ。……まあ大方、おれが牢にいる間だろうがな」
らしくなくリンクが厭味ったらしく言う。怒っているわけでないようだが、その言い方があまりにもわざとらしいので少しばかり腹が立った。が、リンクが獄中で苦しんでいる頃にエルと体を繋ぎ、その結果サラが生まれてきたのは事実。何も言い返せない。
「お前の言うとおりだレオ。だが別に仕込んだわけじゃない。俺も……その、色々あって溜まってたし……それをエルが解消してくれるって言うから……その……お願いしただけで……作ろうと思って作ったわけじゃ……
「別に責めてるわけじゃないが、それはよりたちが悪いと思うぞ。おれがお前に裏切られて絶望してる間、お前は自分の欲望を解消できてたんだもんな。別に責めてるわけじゃないが」
ハハ、と言っているが口元も目元も笑っていない。リンクはどうやらチクチクとこちらをゆるく攻撃して遊んでいるらしい。それで自分が友へしたことの罪が軽くなるのならと思うとセオドリクは、そのままリンクの言わせたいままにすることにした。けどちょっとくらい言い返したい気持ちはある。
「俺は彼女もあの子も守る決意はしたさ。守るものが増えたからこそ、俺は今こうして生き延びてるんだよ」
「そういやテオ、これまでずっと女の子と遊んでいた頃はしっかり避妊してたよな?おれにそう言ってたもんな」
今度はそこからいびってくるのかとセオドリクは少々身構えた。子供ができたらどうすると心配してきたリンクに避妊してるから平気平気と飄々としながら答えていたのは自分だ。過去に自分がしてきたことと対峙するとはこういうことなのかと、セオドリクは唾を飲み込む。
「あー……いや、その……本当こんなことになるとは思ってなくて……どっちかって言うとエルの方から望んできたっていうか……
「奥方のせいにするのか?一番負担がかかるのは彼女のほうだろうに」
……わかってる、わかってるよレオ。俺が悪いってわかってる。だからちゃんと責任取ろうと思った。けど責任感だけでエルと結婚したと思わないでくれ。俺は彼女を愛している」
しどろもどろとまでは言わないが口ごもりつつも返答をしてくる様子を見るに、彼の口達者も痛いところを突かれるとその鋭さは鈍るらしい。これはいいことを知ったとリンクはニヤッと笑う。
「別に怒ってるわけじゃないさ。ちょっとばかしお前で遊んでみたかっただけだ。悪かったな」
「レオ……
「それと、少し寂しかったのかもしれない。おれの知らないお前が増えていくのがな。娘を前にしたお前は見慣れない」
じゃあな、と言ってリンクは立ち上がる。もっとゆっくりしていけよとセオドリクが言うが、リンクはそれを聞かなかった。
「リンク様、もうお帰りになられるのですか?」
玄関に向かうために居間へ入るとそこではエルが紅茶の用意をしていた。悪いことをしたと思いつつリンクは「テオとは少し話したかっただけなんだ」と言って一家の家をあとにした。

言えてよかったとリンクは思う。気持ちを抱えたままでは辛いだけだと知っていた。同じ轍を踏むわけにはいかないと、自戒も含めて友を想うのだった。


終わり