ナスカ
2022-01-03 19:58:50
4530文字
Public
 

トリトマ散り果てて

姫川先生の漫画版「神々のトライフォース」に登場するリンクパパ×アグニムの話。でもアグニム目線だしリンクパパは妻帯者。
設定は色々ねきなこさん(https://twitter.com/Neki_Nako?t=TsyzhJO_gMpkr9qfAYI0Dw&s=09)からお借りしてたりします。

私が先に好きだったのに。思うことはそれだけだった。彼と共にいた時間も、分かち合った感情も、圧倒的に多いのは私の方。これからもずっと、彼との距離が最短なのは自分なのだと信じて疑わなかった。
壮健な剣士と素朴だが美しい村娘の婚姻を誰もが祝った。それに一人の例外もなかった。無論、この私も祝って「見せた」。それが彼の「親友」である私の役目ならば、しっかりと全うしようではないか。そう思って私は、二人の挙式で祝辞を述べた。 

その日、私の長年の恋は終わりを告げたのである。


❋❋


「何でも願いを叶えてくれる黄金の聖三角?」
「あぁそうだ。騎士団の末裔である俺たちに伝わる、この国の古い伝説。これは魔術師を目指す君が知るべき事柄だと思ってね」
彼が所帯持ちになってから初めて招かれた日、彼は私にそう語った。客室であれこれの話す私達に、奥方は茶と菓子を給仕して「どうぞごゆっくり」と微笑む。彼女への羨望と嫉妬心を仮面の下に隠して、私は彼が続ける話を聞いた。
「はるか昔、この国は三柱の女神が造り給うた。即ち力の神ディン、知恵の神ネール、勇気の女神フロル。その三柱が自らの力の象徴として、万能たるその聖三角を残し置いたのさ」
「おいおい。三柱の創造神はともかくとして、そんな神話は聞いたことが無いぞ」
「当然さ。これまで長らく秘匿されてきたわけだからな。何でも願いを叶えてくれるなんてものがあった奪い合いになる、そうだろう?」
彼の言葉に私は頷いた。正直、その話を聞いて私もそれが欲しくなってしまった。何でも願いを叶えてくれるなら、無残に散った想いを成就させることができるのではないかと。しかしそんなもの、どうせ人々の夢想と願望が生み出したまやかしに決まっている。彼が先祖代々から受け継いできたものを嗤うわけではないが、私はそれを風化した伝説としか思えなかった。
……まあそうだろうな。願いを叶えたい者など、掃いて捨てるほどいる」
そう言い切った。己の望みには興味がないと思い込ませるために。私はその神々の遺産が放つ魅力に惹かれていた。それを彼に悟られたくなかった。彼にとって自分が「よき親友」でいるために。今の自分が彼の側にいれる理由はそれだけなのだから。


お暇する際に御馳走様を奥方に告げると、彼女は不安そうに「お口に合いませんでしたか……?」と訊ねてきた。私はそんなに不機嫌そうな顔をしていただろうかと思い、にこやかな顔をしながら「いえ、とても美味しかったですよ」と答えた。彼女は「よかったぁ〜」と清廉で愛らしい笑みを浮かべながら安心する。
「主人から聞いていた通り、ジンジャークッキーを焼いておいてよかったです。お勉強の夜食によく召し上がっているんですって?」
「あぁ、そうなんだ。深夜の菓子はあまりよくないとわかっているんだけどね」
「夜ふかしも程々になさってくださいね。貴方がいなくなったら、主人はとても悲しみますから」
君ほどではないだろう、と言いかけて私は思い留まる。そんなことを言っては、まるで負け惜しみのようだ。
私はまだ負けたわけではない。彼は確かに彼女を娶った。一般的にはひとつのゴールに辿り着いたと言えるだろう。だがその先はどうか。
「お気遣いどうもありがとう。それでは、また」
私は恋敵を背を向ける。やはり私は望みを捨てられない。あの女がいる以上、私は彼の最も近い場所にいられないのだ。私は彼女にこんなにも憎しみを抱いている。
……だというのにそんなこともつゆ知らず、私を気にかけてくれる彼女のなんと清らかなことか。憎悪と罪悪感とが入り混じり、私は大きくため息を吐いた。
彼も、彼の妻も、私には眩しすぎる。けれどだからこそ、私は彼を欲し、彼の妻を排除したくなる。
どうにもならないことを、神の力でどうにかしたいと想えてしまうのも、仕方のない事だった。


❋❋


王城は、一定のエリアまでならば一般の民にも開放されている。王立図書館はその一つであり、私が勉強をするときに利用するのはいつもここだった。大量にある魔術書の中から、厳選した一冊を共用の机に持ち出して城門が閉まるまで読み耽る。或いは筆を走らせる。
だが、ここには立入禁止区域がある。なんでも、国家機密の文書がそこにはしまい込まれているらしい。果たしてそこには、彼の語っていた「創造の三大神が作り置きし遺産」についての書物が存在するのだろうか。私は初めて法を破った。閉門時間を過ぎても宮仕えでない者が城内に留まるのは基本的に罪となる。その身を誰も近寄らない古い書庫に隠し、皆が寝静まった頃に立入禁止区域へと侵入した。そこへと続く扉には鍵がかかっていたが、魔術を嗜む私にただの錠前などあっさり解くことができる。
古臭い造りであったが、管理は行き届いているらしく黴臭さは感じない。暗い中で踏み外してはいけないと光を灯す呪文を唱えて周辺を明るくした。
並び立つ書棚には、王国の歴史記録が年代順に保管されている。現代から直近の十数年、私が生まれる前、封印戦争、時の勇者出現、統一戦争、王国誕生、それ以前からのものは時の神殿建立や魔術に長けた一族の追放、空に逃れていた民が大地に戻ったときの記録まである。主だったものはこんなところだが、どれもこれも私にとって魅力的な記録ばかりだ。しかし今日の要件はこれらではない。
黄金の聖三角について記述したものが無いか、書棚をすべて確認した。だがそれらしきものは発見できなかった。仕方が無いと、私は諦めることにした。

それから数ヶ月、私はすっかり例の神々の遺産について考えなくなっていた。何も見つからないのであれば
どうにもならない。彼のことも。彼とはずっと親友でいればいい。そうだ、それが一番なのだ。
そう思っている折、とうとう最も見たくなかった現実を突きつけられた。
彼に、子どもができたのだ。
婚約したときと一緒で、彼は「親友の君に一番に伝えたくて」と笑って告げた。
もちろん「おめでとう。君がとうとう父親とはな」と祝いの言葉を贈った。照れくさそうに彼は笑った。君も早く結婚して夫・父親としての思いを分かち会おうじゃないかと彼は言うが、私は妻など欲しくない。
君一人がいれば、私はそれでいいのだ。
何故彼はここまで私に残酷なのだろうと思った。いや、彼は残酷なのではない。ただ私の想いを知らないだけ。無知は罪だと言うが、これは彼に知られてはいけないことだから私が教えていないだけだ。この感情は一生胸に秘めて、墓まで持っていくつもりだった。
生白く、本ばかり読んでいた子供の私はいつでも嘲笑された。けれど彼は違った。彼は私を勉強熱心で賢いと言ってくれた。正義感に溢れる彼は偏見の目も持っていなかった。私は彼に救われた。私は彼に恋をした。だがあの時代、そういったものは許されざるものだった。だから私は彼の親友として側にいようと思った。時代が変わり、そういったものが受け入れられるようになってきた昨今。いつか私は彼とそうなれると信じていた。だが彼は私を「一番の親友」としか思っていなかった。
「なあ、名前つけてくれないか?」
「えっ?」
「この子の名付け親になってほしいんだ。親友の君に」
「お腹の中じゃまだ性別もわからないじゃないか」
「それでも、博識な君がつけた名前ならば男女は関係ないよ」
彼は私を褒めているのだろう。彼の妻も、貴方さえよろしければお願いしますと頭を下げた。
「じゃあ……騎士を志す君にあやかって、この国に伝わる勇者の名を」
まあ、と彼の妻は顔を綻ばせる。彼も「リンクか!」と嬉しそうに、そして納得したように頷く。
「リンク!あぁいい名だ。さすがだよアグニム!」
ありがとう!と彼は私の手を握る。
そうだ。彼は私を必要としてくれている。ならばずっとこのままでもいいじゃないか。私が彼の子の名付け親になったのなら、私は彼にとって妻と同じような存在になれたということだ。
もう、これでいいじゃないか。


❋❋


人間というものは、強欲な生き物だ。一つ欲望が満たされれば、より大きなものを満たしたくなる。彼の報告から更に数カ月後、生まれた赤ん坊はあろうことか彼ではなく彼の妻にそっくりだった。
私にこの子を愛せるのだろうか。自問自答したところで答えはどうせ否である。もしもこの子が彼によく似ていれば愛せただろう。そんなものは叶わない夢想に過ぎない。
彼女一人で子育ては大変だからと彼は仕事を休み、私や自分の弟に応援を頼んだ。もちろん私は断るわけにはいかない。私は赤ん坊の名付け親なのだから。私や彼の弟は彼の自宅に泊まることが増えた。
それでも埋まらない悲しみを私は満たそうとした。湧き上がる不安を抹消しようとした。
ある夜、乳を求めて夜泣きをする赤ん坊を連れて彼女は居間へ出ていった。この隙だと私はこっそり彼の眠る寝室に忍び込む。
彼は穏やかな寝息を立て、眠っている。剣士だがその寝姿はあまりにも無防備。殺ろうと思えば、殺れる。
だが私はそんなことをしに来たのではない。私は眠る彼に覆い被さる。ここまで距離を詰めたのは、初めてだ。
好きなんだ。君がどうしようもなく、好きなんだ。
目頭が熱くなって、膨らんだ涙が重力に耐えきれず頬を伝う。それが彼の顔に滴り落ちて私はハッとした。ここで彼が起きてしまったら私と彼の仲は瓦解する。だが彼は目を覚まさず、よく眠ったままだ。それをいいことに更に接近する。
「君から愛してもらえたら、私はどんなに幸せか」
そう呟いた時、扉が開く音がした。ふと身体を起こせば、そこにはすっかり寝静まった我が子を抱きかかえた彼の妻がそこに立っていた。
「ア、アグニム、さん?」
「──っ!!!」
「ま、待ってください!アグニムさん!!」
見られた、見られた。決して見られてはいけない人に。私は着の身着のままもつれる足で彼の家から飛び出した。
もう取り返しがつかない。彼女に私の思いを知られてしまった以上、もう彼の側にはいられない。
私は泣いた。泣きわめきながら走り続けた。
涙も枯れ果てた頃、ふと私は最後に聖三角が狙われたのはいつだったかを思い出す。封印戦争だ。彼曰く、魔盗賊ガノンドロフとかいう奴が聖地と呼ばれる空間に侵入し聖三角を手にしたという。そして聖三角はそいつの願いを叶え、聖地は恐ろしい魔界と化した。だが奴はそれでは飽き足らず、このハイラルすべてを支配しようとしたと。彼の先祖は、その魔盗賊とやらを聖地ごと封印するために力を結集した賢者たちを守るために命を賭したと聞いた。
私は再度王立図書館の立入禁止区域に侵入し、封印戦争の時代の歴史記録を読み漁った。そこには、聖三角は魔盗賊の手の内にあることや「とある方法」について記されていた。

彼はきっとこれを望まないだろう。彼は正義感に溢れていた。この道を辿る私を軽蔑するだろう。だがもうそんなの今更だ。
この想いはもう叶わない。ならばいっそ、彼も、彼の妻も、ここではない場所へ葬り去ってしまえ。

さようなら。遠き日々よ。


終わり