ナスカ
2021-12-04 00:47:16
5161文字
Public
 

王と客星の幕間劇 その6

前回の続きです。

アストルはコウメとコタケにハイラル征服のための協力を持ちかけられるが、それを聞いていた王はそれを拒否。断れと迫る王にアストルは何も答えず、不満が爆発した王はアストルに屈辱を与えた。
アストルは王に己の身を焦がされながらも、その苦悩を垣間見る。彼は自分を恐れていただけ。わからないものが怖かっただけ。これまでいないもののように扱われたり、睨まれたりされたのは彼が自身を守るためのものだった。知らなかった彼の一面を知れたアストルは一段落したあと、王に微笑みかける。王はそんなアストルの笑みに対し軽く目を逸した。
……何故そんな顔をオレに向けるんだ」
「貴方が私に感情をぶつけてくださったのが、嬉しいだけです」
「あのようなことをされて喜ぶとは、お前は相当な変わり者のようだな」
「あっ、あれは……その……
アストルは少し前までの行為を思い出して赤くなる。言うか言うまいか。自分は遠い未来の貴方に選ばれて幸せになるんです、と。伴侶がいると言えば恐らく王はアストルの貞操観念に疑念を抱くだろう。そうすれば王に近づくどころか、また遠ざけられてしまう。
「たしかに変わり者、なのかもしれません。貴方にされている時、私は満たされていたのです」
「何に満たされていたか、お前は自分のことをわかっているのか?」
……被支配的な欲求、でしょうか」
支配される悦び。強い者に自身を委ねてしまうことのなんと甘美なことか。圧倒的な力で捻じ伏せられることが堪らなく快感で、自分が相手色に染まったように思えてしまう。
「私は弱いので……誰かのモノになったと感じたり、錯覚することで充足感を覚えるのかもしれません。それがひどく心地よくて……
「それは相手が誰であってもか?」
その言葉が嫉妬から来たものではないとアストルは直感した。王が抱いたのは、自分を支配して心を満たしてくれる者がいるならばハイラル側に寝返る可能性もあるかもしれないという疑念だ。
「いえ、そんなことはありません。心を寄せる方に支配されてこそ、それを心地よいと感じるのです。見知らぬ相手にそんなことをされたところで、感じるのは痛みと苦しみです」
そうか、と王は頷いたところでもう一度アストルを見た。一体彼は自分のことをどう思っているのだろう。自分に支配されて心地よかったと、支配を心地よく感じるのは心を寄せる相手だけだと。
それはつまり。
……オレはお前に不当とも言える酷な態度ばかりとってきたはずだ。それなのに、何故」
「貴方が私を疎むのは当然です。貴方にとって私はただのハイリア人なのですから。だから、あのような対応をされても特別傷ついたりはしません」
けど、とアストルは俯きがちになりながら王の手に指を這わせた。王は振りほどかず、かと言って握りもせず、そのままにしている。
「けど、それが悲しくなることもありました。私は私であって、ハイリア人という括りから脱したところを見てほしい……と。でもそれは私も同じだったのです。貴方を強く優しく、偉大な王だと思っていた。そう思うことが貴方を追い詰めることとも知らずに……
……
「だから私、王としてではない姿を、貴方の方からぶつけてくださったことに感謝しているんですよ。ようやく一人の人間としての貴方を見れた気がして、とても嬉しいのです。貴方の強さも弱さも、私は受け入れたい」
「どうしてそう思う」
アストルは王の手を握る。声は堂々としているのに、手は冷たく僅かに震えていた。
「貴方を、愛しているから」
少しずつでも伝えていこうとアストルは思った。そうすれば、彼の心に届くのだと。黙っていては何も変わらない。


見事な黄玉だと王はアストルの瞳を見つめながら考える。そういえばいつもまともにこれの顔を見ていなかった。極稀に見やれば彼は深々と頭を下げて服従を示すのみで、その表情を知ることはできなかった。何を考えているのかまるでわからない。そんな彼が、自分にこんな感情を向けていたなんて。愛蔵している宝飾品によく似た彼の目にはたしかな愛情が揺らめいている。彼はそれをいつから向けてくれていたのだろう。もしかしたら最初からだったのかもしれない。
……信じ、られませんか?」
アストルは少し悲しそうに顔を歪める。自分が返事をしなかったために不安を感じたのだろう。
「お前が虚言を口にするような人間ではないのは、女たちの信頼を得ているのを見ればわかる。……だが、オレたちの出会いは最悪だったではないか。なのに何故、オレに好意を寄せられる」
王はアストルを疑うことを止めることにした。あんなに手酷く扱われておきながらここまで言うのだから、その想いは本物なのだろう。信じられないのは、自分の方である。
「ごめんなさい、なんと言ったらいいのかわからないのです」
「理屈ではない、ということか?」
こくりとアストルは頷く。誰かに湧き上がる感情は説明できるものばかりではないと言いたいのだろう。
「言わなければいけないことはわかっているのですけれど、どうしても難しくて……。いつか、いつか伝え方がわかったときに必ず教えます。なので、なので、」
「わかった。わかったからそんな顔はやめてくれ。おかしくなってしまいそうだ」
アストルの苦しむ顔に自分まで苦しくなる。王はアストルの白百合の手を握り返した。そんなことをされると思わなかったアストルは王を再度見つめる。
……お前の想いは、理解した」
無言で自分に抱きついてきたアストルに王は軽く驚く。引き剥がそうとするが、その多幸感に溢れた笑顔を見るとそんなことはできなかった。それを見つめている内、王は彼を堪らなく愛おしいと思えてしまうのであった。


❋❋


王の寝所で思いを伝えてから、互いの距離は一気に縮まった。親しくなった二人を見て子どもの母親たちは「ようやくガノンドロフ様がアストルさんのことをわかってくださった」と喜んだが、若い女たちは「王がハイリア人にあんな態度を!」とやや不満げにしていた。しかし王は「これが他のハイリア人と違うことはもうわかっているはずだ」とアストルを肯定する態度を示し、同時にアストルはゲルドの安寧のためならばとコウメとコタケの誘いに乗った。
ゲルドと王への忠義の誓いを改めて立てるため、アストルはこれからのゲルドと、そしてハイラル王国の行く末を占うことにした。さすがに民全員が見ているところで行うのはプレッシャーが強すぎるため、王の御前にて、コウメとコタケ同席のもとに執り行うこととなった。
天球儀はありますかと尋ねればコタケが埃を被ったそれを持ち出してきた。正円の球体を中心に、金属の輪っかが隙間を作って幾つも重なっている。指先で埃を拭えば、かつての鈍い光沢を取り戻した。アストルが元の時代で使っていたものは古代シーカー族の遺物と思われ、途絶えてしまった科学力を感じさせたが、これにはそんな気配は一切無い。
「これは……天球儀というよりかは渾天儀ですね。こちらでも占うことは可能ですが」
「天球儀と渾天儀とは何が違う」
「ほれ見てみないガノンドロフ。魔術の勉強は嫌だと逃げ出したからわからないんじゃよ」
「お前らの教え方が悪い」
「真面目に取り組まんと面白いものも面白くないわ」
「お、お二人とも喧嘩は……!」
睨み合う王とコタケをアストルがなんとか仲介をしようとする傍らでコウメが渾天儀を布で磨き上げる。未来を占うのに埃まみれでは示しがつかない。
「えっとですね、渾天儀のこの輪っかは太陽や月、主だった星の動きを表しているんです。対して天球儀は、あれは球面に星の天球上での位置を示したものになっているんです」
「つまり……どういうことだ?」
勇猛果敢な王にもわからないことがあるのだなと、その不思議がっている幼げな表情を見てアストルは思わずフフッと笑ってしまう。笑うな!と強く言われたがそれに本気の怒りは感じない。アストルは王が自分への警戒心が殆ど無くなっていることを嬉しく思った。
「それについては、あとでゆっくりお話致します。あっ、それともガノンドロフ様も子どもたちと一緒に学校でお勉強されますか?」
……流石に馬鹿にし過ぎではないか?」
「冗談ですよ、冗談」


空気が凍りつきそうな砂漠の夜。アストルは厚着をして星粒が瞬く空を見上げた。渾天儀を廻しつつ、星の位置から二つの種族の行く末を導き出す。その様子を王と双子の養母は静かに見守っていた。
金属でできた渾天儀がキィキィと音を立て、それの間を流れるように風が吹いていく。それ以外に何も音は無い。静かだ。その静けさに頭の中が満たされて、少しの量の違いで発狂してしまえるほど。

アストルの眼前で輝く星々は細い細い線で結ばれ、星座になる。三人の人物がいた。一人は王で、もう二人は子どもだった。子どもは両方とも見覚えがある。容貌に差異はあれど、アストルはそれが姫と勇者であると直感した。この二人が、この時代、これから王の目的を阻止しようと画策するのだ。
星座は意志を持っているかのように動き出す。王は跪く。恐らくはハイラル王家に。見せかけの忠義を姫は見抜いていおり、姫は勇者へ城から出られぬ己の代わりを頼んだ。三つの「何か」を集めてほしい、と……

「アストル、しっかりしろ、アストル!」
自分への呼びかけと強い揺さぶりでアストルは我に返る。砂地に座り込んでいたはずの自分の身体は横に倒れており、それを王が抱き起こしている。
「中に戻ったほうが良いだろう。この寒さだ。仕方あるまい」
……見え、ました」
アストルは悴んだ両手を擦り合わせる。そのくせ額は汗がひどく、今にも目に滲みそうだった。
「何を見た」
王の問いかけに答えねばとアストルは思った。ただ単に行方を占うはずだったのに、何故こんなものを見てしまったのか自分でもわからない。それを伝えていいのか。自分がこの場にいることは歴史通りなのか。
だがもう振り返っても意味はない。退路は既に、自分から断ったのだから。
「ゲルドの悲願を妨害する者が」
真っ白に染まった息は文字の形を取り、見たものを語り尽くした。


❋❋


それから王は常にアストルを側に置いた。王は未来を見る黄玉色の瞳を重宝する内、彼の人となりを真に理解するようになる。アストルもまた、王の側にいることを当たり前のものとして受け入れた。時に元の時代の彼を想うと申し訳なくなったが、王の顔を見ると「彼は彼だ」と思い返せる。


❋❋


「本日は、偉大なる陛下に我らゲルドの忠義を示すべく連れてきた者がおります」
「貴殿が連れとは珍しい」
「此奴はあまり外へ出たがらない質でございまして、説得するのに少々骨が折れました」
「ほう。それ故に頭巾を深く被っておるのだな」
「左様でございます。しかし、このままではあまりに無礼。アストル、陛下に顔を見せなさい」
ハイラル王は夜明けの雲の色をした頭巾を被った者の顔を見て驚愕した。アストルと呼ばれたその者は自身の同胞であり民であり、この黒き砂漠の民の敵であるはずだからだ。これには謁見の間の警備にあたっている兵士たちも動揺する。
「アストルといったか。何故そなたはゲルドに身を置いている」
「ハイラルにいる理由が無かったからです、陛下」
「だがそなたはハイリア人だろう。ゲルドにいる必要などない」
そうだろう?と同意を求めるハイラル王を見て、アストルは一つ吐き捨てる。

……だから私はこの国が嫌いだ」




ガノンドロフはクーデターを起こした。ハイラル王は殺害され、城や城下町はゲルドの弓兵たちによって燃え盛る矢の標的となり、人々はただ逃げ惑う。
混乱のその最中、神の声を聞くという王女は乳母に連れ出されて逃げ出したらしい。それを見たと思われる緑の服を着た少年にその行方を訊ねたが、剣を抜いて拒まれたと聞いたアストルは軽く目を見開いた。
……それは、かの時の勇者なのではないでしょうか?」
「恐らくはな」
「これから如何致しましょう」
「なに、泳がせておけばいい。じきにあの小僧が時の扉を開け、聖地への道を示してくれる」
そう言って王は高らかに笑う。アストルはまた自分が厄災の信奉者としての道を辿っているのではないかと思ったが、これが正しい歴史ならば自分はその流れに身を任せるまで。自身と未来と、王を守ること。その三つを成立させるためならばなんでもするつもりだった。
それに今は一方的に厄災を崇め奉っていた頃とは違う。対等に、意思疎通をとりながら、魔王の予言書としての地位をアストルは確立していた。


続く