ナスカ
2021-11-05 21:37:10
6532文字
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王と客星の幕間劇 その4

続きです。やくもくDLCが配信されましたが、設定はこれまで通りでいきます。

アストルはゲルドの子どもたちの先生をしながら、この時代のことについての情報収集もしていた。ゲルドの歴史書物の管理を任されている者の一人に子どもの母親がおり、ゲルド文字は読めてもここの史実に詳しくないから書物を読ませてほしいと頼めばあっさりと許してくれた。最近の出来事から少しずつ遡って読んでいったが、驚いたのは王の釈放が本当にここ最近だったという事実である。それも一年間続いたものであり、王の不在がこんなにも長く続いたことに対してアストルはどうしても心配になってしまうのであった。王の幽閉から半年ほどで統一戦争は終わり、現在ゲルドはハイラルという大国の傘下……一領土に過ぎないとのことが書かれていた。そうなれば、先日のハイラル兵たちの態度もまあ納得できないことはないが……それでもどうしてもアストルの中に蟠りが残る。女神ハイリアを信仰しないゲルド族は異教の民とは言え、傘下に入ったのであれば立派なハイラルの民だ。同じ国に生きる者に取る態度があんなものなのかとやはり疑問は湧く。
国の体制が変わっても、人は簡単には変われない。これはアストルの経験則でもある。かつてイーガ団に身を寄せていた頃、王家からの扱いに耐えかねたシーカー族数名がイーガ団に救いを求めてやってきたことがあった。その頃既にハイラル王家はシーカー族との対立を止めて和解の道を歩もうとしていたが、シーカー族を蔑視する者がいなくなったわけではない。
それと同じように、ゲルドがハイラルの一部となっても「危険で野蛮な連中」という認識はそう簡単に変わらないのだろう。そしてそんな者たちを尊重する必要も無いという意見もハイラル側には根強くあるはずだ。これが変わるのには長い時間を要するだろう。一万年以上時間が経ち、族長ウルボザと亡きハイラル王妃が友好関係にありながらゲルドは女神ハイリアへの信仰を肯定的に捉えることは無いのと同じで。二つの民の間にある溝は、ハイリア湖に続く川が流れるゲルドの谷底よりも深い。アストルはそれを埋めようとは思わなかった。自分がここにいる時点で歴史が変わる可能性があるというのに、これ以上歴史改変に関わればどうなるかわからない。
統一戦争が終わってから数年後、伽話にも登場するかの有名な「時の勇者」が出現するはずである。魔王は彼と熾烈な戦いを繰り広げ、その末に賢者たちによって封じられることになるのだ。そして長い時の中で復活と封印を繰り返し、厄災という概念になってしまう。だからこそ自分は彼と出会えた訳だが、もしも歴史を変えてしまえば、自分のいた時代に彼がいないということも有り得る。アストルはそれを一番恐れていた。歴史を変えない程度に、けれどできることなら王にとって有益な存在でありたい。難しいことだが、元の時代への帰り方がわからない以上、歴史と自身を守るためにはこの両方を成立させなければならないのだ。


❋❋


「せーんせっ!」
窓辺に寄りかかるアストルの、長いけれど少々骨が目立つ背中にナボールが飛びかかった。なんの気配もなく突然飛びかかられてアストルは驚くが、振り返って笑う。
「いきなりどうしたんだいナボール」
「せんせい、なんかぼーっとしてたから!もしかして、こい?」
ナボールの言葉にアストルは顔を真っ赤にする。ちょうど今は、元の時代にいる彼のことを考えていたのだ。これまでこの時代のこの場所で生きなければならないことに必死で、考えられなかった。どうすれば自分は本来の時代に帰れるのかということ、あの人は……救いの手を差し伸べてくれた元厄災の彼は自分がいない中でどう過ごしているのかということ。生きることそのものに余裕が出てきたので、ふと思い返してみたらすっかりどっぷりとそのことに浸かってしまっていた。
「恋……ではないかな。もう私とその人は、結ばれているから」
「ふーん。じゃあ、あい?」
……ナボール、君は本当に子ども?時々わからなくなるよ」
「アタシはこいとあいのせんもんかだもの!」
エッヘンと胸を張るナボールに思わずクスリと笑みが溢れた。さすがはのちに一万年以上名を残す賢者となる……ことだけはあるのだろうか。温かい目で見つめながらも、どこかこの少女に対して畏敬の念も抱いていた。ナボールはアストルにとって、他のゲルドの子どもたちよりも少しだけ特別だった。
「それでそれで、せんせいはそのひととけっこんしてるの?」
「うん。正式に式は挙げてないけどね、結婚したと言っていい関係だと思うよ」
「あいしてる?」
……最初は少し違ったかもしれない」
アストルは首を横に振る。君たちの王様は長い長い時の中でこの国を災禍で包むことしかできない存在になってしまうんだよ、などと言うことはできない。ならば彼との出会いや想いの変化に多少の脚色はするべきであろう。
「ちがったの?すきじゃなかったの?」
「好き……というよりかは、その人の近くにいることで自分が救われる気がした、っていう感じかな」
何もかもが敵に見えた。王家がその威信を保つための愚策で母は死に、自分も何度も命の危険にあった。その中で出会った厄災は自分を救い、認め、受け入れてくれた。依存と言っていいほど、あの頃の自分は厄災の側にいたがったなとアストルは回想する。それは好意でも、愛でもなかった。自分を肯定するために厄災を利用しているだけだった。
「その人だけさえいればいい、他に何もいらない。そう思っていた記憶があるんだ。彼無しでは自分は何もできないように思えて不安で、でもその頃からずっと一緒にいたいっていう気持ちはあったかもしれない」
「ふぅん……
「それがいつしか、恋になって、愛になったのかもしれないね」
どろどろの怨念の姿でも、アストルにとって厄災はかけがえのない存在だった。そんなアストルの献身が厄災を概念から元の人間に戻すことができた。アストルはそれを誇っているわけではないけれど、自分が愛する相手を救えたことで自信が芽生えたのは間違いなかった。
「せんせいのだんなさまはどこにすんでいるの?せんせいはどこにすんでたの?」
「近くて遠いところだよ」
「ちかいけど、とおいの?」
「うん。……ちょっと難しかったかな?」
むずかしいー!とナボールは床で大の字になる。その天真爛漫さが本当に可愛らしくてならない。不思議で、賢者の素養を持ってはいるけれどまだ立派な子どもなのだ。ふふ、と微笑むとからかわれたと思ったのかぷうっと頬を膨らませる。
「じゃあせんせい、だんなさまいるのにガノンドロフさまのこともすきなの?」
「えっ、」
「だめだよせんせい、そういうのフタマタっていうんだから!」
「ナ、ナボール!そういうわけじゃ……!」
そういうわけじゃないと言いかけて、否定しきれないとアストルは口を閉ざした。確かに王は彼の過去の姿。ただの本人である。けれど老練さのある彼と野心に燃える王の姿はまるで別人。どちらも好きだと思ってしまえば、それはナボールの言う通り二股であり所謂浮気なのではないか。もちろんアストルにそんなつもりはなかった。王が彼の過去の姿なのならば、少しでも近づいて彼に何があったのかを知りたい。その気持ちは本気であった。
……私が好きなのは、愛しているのはその人だけだよ。君たちの王様はなんだかその人にとても似ているんだ。今は見た目だけ似てるなって思うだけだけど、いつか心も似ているって思えたら、いいな」
「へー、ガノンドロフさまとせんせいのだんなさまってそっくりなんだ!じゃあフタマタじゃないね!」
「シーッ!ナボール、シッ!頼むからそれは言わないでおくれよ!」
一本だけ立てた人差し指をアストルは困り顔をして自分の口元に近づけながら言う。ナボールとしては覚えたての言葉をただ使ってみたいといったところだろうが、アストルからしてみれば心を掻き乱されるのでそれは勘弁願いたいところである。


❋❋


その日、何やら砦内はバタバタと忙しそうにしていた。アストルは何が起きるかわからず、いつものように学校を開く準備をしようとしていた。するとヘスディに軽く肩に手を置かれ、ようやく事態を知ることになる。
「アストルさん、今日はコウメ様とコタケ様がお帰りになるわ。だから学校はおやすみでお願いできます?」
アストルはその姿を見たことが無かったが、二人の老婆がガノンドロフだけでなく過去の代の王を育ててきたことはゲルドの歴史書を読んで知っていた。なるほど、王の母親……言わばゲルドの王太后が帰ってくる。それは一大行事だとアストルは判断した。
「ガノンドロフ様の御養母のお二人ですね。今まではどちらに?」
「それがあのお二人はそういうことを話してはくださらないんです。本当、どこで何をしておられたのか……
同族にすら何をしているのかわからない、魔術によって生き永らえているという双子。ゲルドが長命であるとしても、さすがに四百年近くは生き過ぎだとアストルも少々不気味に思っていた。ガノンドロフは名実共にここの王だが、彼を王に相応しい存在に育て上げたのはあの二人だ。彼女たちのことを少しでも知れば、王のこともわかるかもしれない。けれど心配なのは、そもそもその二人に自分が受け入れてもらえるかどうかということ。
「あのお二人は、私のことをどうお思いになるでしょうか」
「アストルさん……
「ゲルドを代々守ってきたお二人が、ハイリア人である私がここに留まっていると知ったら……あまりいい顔はされないのではと」
「大丈夫、コウメ様もコタケ様もきっとわかってくださるわ。アストルさんは、とっても真摯な方なんですもの!」
ヘスディの笑顔にアストルは励まされる思いだった。これまで子どもたちやその母親しかアストルの良い目で見てくれなかったが、その輪は少しずつ確かに若い女たちや年寄りたちにも広がりつつある。けれどそれもいつ崩れてしまうかわからない、とても危ういもの。だからこそそれを大切にしなければならないとアストルは思っていた。
「ありがとうございますヘスディさん。本当に、貴方とナボールのおかげです」
「ふふ、どういたしまして。さぁ、お二人をお迎えする準備、私達も手伝いましょ!」
「はい!」


準備、というのは主に宴の用意であった。ここぞとばかりに酒の入った大量の瓶がどこからか運ばれ、普段は見ない豪勢な料理が炊事場で作られている。普段の食事が質素なだけに、この大盤振る舞いにかなり驚かされた。香辛料の独特な香りに食欲が刺激されると同時に、アストルは元の時代で彼が作ってくれた郷土料理を思い出した。彼が過去に人間として食していたのは、恐らくこの時代だけのはず。これが彼を育てた食事だと考えると、同じものを食べられることを幸せに思った。
「おいハイリア人、右往左往してないでこっちを手伝ってくれ」
「わ、私も炊事に参加していいのですか?」
「使える奴は何でも使わせてもらうさ。何せこっちの人手が足りないんだからな」
炊事場で料理に勤しむ女たちは少々素直でなかったが、ここに住む者の一人として受け入れられているように感じられてアストルは涙腺が緩む。
「私のことはアストルと呼んでいただいて構いませんよ」
かまどに並んで、自分のことをハイリア人と呼んだ若い女にアストルは微笑みかけた。女は知らない風に吹かれた気分になり、思わずプイと顔を背ける。嫌われてしまったかなと思いつつ、手際よく調理を進めていった。長らく一人だったので料理の腕はそれなりにあるし、彼とともに暮らし始めてからはかなり拘っている。指定された形に材料を次々と切っていくアストルの姿を見て、また別の女が目を瞠る。
……お前男にしてはなかなかやるな。ハイリア人の男なんぞ、母なり妻なりに任せてばかりと聞いているが」
「独り身の時間が長かったので自然と。それに、伴侶を喜ばせたいのです。伴侶は長いことマトモに食べてこなかったので……
「それってどういうことだ?」
まあ聞き流してくださいとアストルは笑う。本当のことを幾つか言ったところで信じてもらえないだろうし、ならば深いところまで言う必要はない。
「お前も、その、苦労してるんだな」
アストルがことの詳細を言おうとしないのはつらい思い出だからだろうと思ったのか、いつもはキッとしている女の眉尻が下がる。
「そうかもしれませんね。でも、私のそれまでの不運はすべてその方と出会うためのものだったように思えるんです。全ては運命ですから」
屈託ない笑顔を浮かべるアストルを、女はどこか地に足のつかない顔をして見つめていた。


大宴会場に料理を届けるため足を運ぶと、何十人もの女たちが飲めや歌えやの大騒ぎをしていた。誰が何を喋っているのかわからないし、酒が回って寝ている者もいれば笑い上戸に泣き上戸もいる。ここまで喧しい姿を見たのは初めてだ。アストルは部屋の一番奥の一際豪奢な卓に王がいるのを確認し、その両脇にしわしわで小さな体躯の老婆がいるのを見る。どちらがコウメでどちらがコタケだかわからないが、所狭しと人が詰まりに詰まった部屋の奥に行くのはまず無いだろうと思った。挨拶をするのが礼儀だろうが、飲んだくれて転がっている女たちを踏んづけてしまいそうなのでまた後日に……と思い、料理を置いて済んだ皿を持って水場に向かおうとした……その時だった。
「ハイリア人の坊やは挨拶もできないのかい?」
嗄れた、けれど甲高い声がアストルの背中に刺さる。それと同時に、その場にいたほぼ全員の視線がこちらへと向いた。眠りこけている者と、王の視線を除いて。
「それとも、こんなババアには声もかけなくないって?」
「い、いえ、そんなつもりでは」
「じゃあどういうつもりだったんだい?なぁコタケさん」
「そうだねぇコウメさん」
双子の老婆はすぐ近くの壁に立てかけていた箒に跨ると、音もなく一気にアストルの方へと迫ってきた。皺だらけの皮膚と、膨らんだホクロ、鷲鼻が対になってグイグイとアストルを追い詰める。強烈な加齢臭にアストルは鼻が曲がるかと思ったが、更に非礼を重ねるわけにもいかないと口をへの字に曲げて堪えた。ぎょろりとした目は白目がちで瞳孔があまりにも小さすぎる。
「あぁ若い男の子なんて久しぶりに見たねぇ」
「あ、あの、」
「うちのは筋肉質で日焼けもしてるし、こんなに細くて生っ白いのいつぶりだろうねぇ」
「す、すみませ、」
「それに可愛い顔をしている」
「ちょいと実験してみようか」
骨が目立つ四本の腕がアストルの方へと伸びてくる。腰を抜かしたアストルは体を縮こませることもできず、部屋と廊下の境目で今にも崩れそうになっていた。
「おいババアどもいい加減にしろ」
ヒョイと老婆二人の体が宙に浮かぶ。王が養母たちの後ろ襟を掴んでアストルから引き離していた。
「こりゃガノンドロフ!何するんだい!」
「やめてくれ見苦しい。少しは自分の年齢を考えろ」
「年なんて関係ないよ!失礼な子だねぇ!」
「なら言い方を変える。そいつが嫌がっているのがわからなかったのか」
思わぬ言葉にアストルは顔を上げる。部屋の照明で逆光になっているからか、王の表情はよくわからない。
けれど、この人は心配してくれたのだ。
「も、申し訳ありませんコウメ様、コタケ様。二ヶ月ほど前からこちらでお世話になっておりますアストルと申します。ハイリア人でありながらこの私を置いてくださっているガノンドロフ様には深く感謝しております」
いつまでも呆けているわけにはいかないと何とか体勢を持ち直し、深々と頭を下げる。
「なんだい、ちゃんと挨拶できるじゃないかい」
「お前らが詰め寄るからできなかったんだろうが」
王はコウメとコタケの額をゴツンとぶつける。そしてその場に落としてズンズンと自分の席に戻っていった。母親に向かってその態度はなんだい!とプンプンしている二人には目もくれないその王の背中を、アストルはじっと見つめた。


続く