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ナスカ
2021-10-26 12:30:32
6242文字
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王と客星の幕間劇 その3
前回の続きです。
「せんせー、おはよーございます!」
「はい、おはようございます」
次々に子どもたちが教室へと入ってくる。住居エリアの空きスペースを使わせてもらえることになり、アストルと子どもたち、そしてその母親たち総出で掃除を行い教室として使えるようにしたのだ。決して広いとは言えないが、天気が悪い日にも青空教室というわけにはいかない。これもまた王に頼んで実現したことのひとつだった。子どもたちが喜んでいる姿を見て王は柔らかに笑み浮かべるが、視界にアストルが入ると睨みつけこそはしないが表情が無になる。アストルはそれを知ってから、極力子どもたちといる時に彼の視界に入らないよう気をつけた。子どもたちにとって、彼は優しく偉大な王でいてほしい。そんな思いのほうが強かった。たとえ自分を見てもらえなくても。
学校は基本的に週に三回、午前中だけ開かれる。それが王の提示した学校常設の条件だった。やはりハイリア人の手で自身の民が教育されるのを快く思っていないのだろう。子どもたちはその条件に不満げだったが、アストルは「王のお言葉通りに」と従った。少人数の学校とはいえ、あれこれ準備するのに時間もかかる。週三回午前のみという条件を、アストルはこっそり嬉しく思っていた。
アストルが教えるのはゲルド文字の綴方に読み方、計算を基本にして、その他はそれぞれ子どもたちが興味のある内容。それは時に生き物に関する内容であったり、物理法則であったりした。もちろん、子どもでもわかりやすいように噛み砕いた授業内容にはしていたが。
アストルは学校に通っていたわけではなく、学んだものは母から教わったものか独学で習得したものばかり。ハイラル王家が指針としている教育の影響をほとんど受けていなかった。それが功を奏し、ゲルドのやり方に違和感を覚えることは無かったのである。アストルは自分のやり方に何か意見があれば改善した。自分はここに住む人々にとって敵として見られているのだから、とにかく自身が脅威でないことを示すのが先決だった。
「せんせー、今日は何をするんですかぁ?」
「そうだねぇ。今日は天気もいいし、ナツメヤシの観察でもしましょうか。観察日記と木炭を持って外に行きましょう」
「はーい!」
十数人が揃ってわいわい話をしながら、教室の外に置かれたナツメヤシの鉢植えの方へ向かう。アストルが育てる植物にナツメヤシを選んだのは、少ない水で育つことや実った果実は食品に加工できるからだった。厳しい砂漠で生きるために必要なのはこれだと感じ、それは見事に的中したと自分でも思っていた。今のところ王や母親以外の女たちからもこれに関して苦情は来ていないので、このまま進めていくつもりだ。
「ねぇ先生、もし実ができたら誰に食べてもらいたい?」
子どもの一人がアストルの鉢植えを見ながら言った。その子どもに何の気は無かったのだろうが、アストルはふと考えてしまう。ナツメヤシが実ったら、最初にそれを捧げるべきなのは
……
。
「やっぱり、君たちの王様かな。ハイリア人の私を、寛大な御心でここに置いてくださっているのだから。そのお礼として、食べてもらいたいな」
「アストル先生は、ガノンドロフ様のこと好きなの?私は大好きだよ!」
返事に困ってしまった。確かにあの王は、自分が想い慕うあの人の過去の姿。けれど一万年以上の時を隔てている以上、ある意味では別人なのかもしれない。そうだとするならば、王に好意を寄せるのはもしかすると浮気になってしまうのでは無かろうか。ナボールに王を好いているのか訊ねられた時は迷わずに答えたが、ここに滞在すればするほどアストルは二人の彼の違いを痛感した。仕方のないことではあるけれど。
「
……
私も、あの方のことは
……
」
アストルがそう言いかけたとき、砦の入り口から何かを突き破るような轟音がした。アストルは何事かと思いそちらを見る。砂煙を上げてゲルドの領土へ侵入してくるそれにアストルは見覚えがあった。
『そこだーっ!!魔女はそこにいるぞ!』
『王の命令だ!決して逃がすな!』
馬車に乗った何人もの兵士たちに追い立てられた。母に手を握られて逃げ続けた。どこかもわからない場所へ、延々と。
胸が苦しくなった。心臓が紐で縛り付けられたように痛い。呼吸もうまくできず、冷や汗が肌を伝う。カッと開かれた瞳孔は震え、本物の景色と異なる風景が映っていた。
「ぁ
……
、あ、ぁっ
……
」
『魔女を殺せーっ!!』
「せんせいだいじょうぶ?」
子どもたちに囲まれてアストルはハッとした。おかしくなりそうな自分を見かねたのだろう。いけない、自分よりも弱い立場のこの子たちの前で狼狽えては、と心を持ち直す。もう乗り越えたはずだったのに、心の奥底は未だに傷ついたままらしい。アストルは子どもたちに微笑みかけて安心させようとする。
「ごめんね、ちょっと意識が遠くなっただけだからもう大丈夫。一回お部屋の中に入ろう」
「ハイラルのへいしがきたんでしょ!アタシたたかうわ!」
「ダメだナボール。相手は大人だ。それもしっかりとした訓練を何年も積んでいる。今の君じゃ勝てない。さあ、みんな部屋の中に入って。兵士たちは私が部屋の入口から見ているから、みんなは机の下に隠れていなさい」
そう言ってアストルは子どもたちを部屋の中へ誘導し、全員が机の下に潜ったのを確認してから入口を阻むようにそこを立ち塞ぐ。
間違いない、あれはハイラル王家が遣わしてきた兵士の一団だ。きっと何度となくここに訪れて何かしらやらかしていくのだろう。何やら若い女兵士と揉めている。
……
と思ったらこちらの方へとやって来た。頭を下げるつもりなどない。彼らがゲルドの安寧を脅かしているのであれば、徹底して反抗してやるまでだ。
銀色の甲冑、そこに刻まれている王家の文様もアストルがいた時代と変わらない。足が竦んで意識がグラリと傾いてしまうが、耐えなければ。そうしなければ、ここに隠れている子どもたちが危ない。
「おい、お前」
「何のようだ」
一人の兵士がアストルに話しかけ、その返事が男の声だったことに驚く。きっとアストルのこともゲルド族の女だと思ったのだろう。ちょうどいいとアストルはフードを脱ぎ、ハイリア人の証を見せる。すると他の兵士たちも驚いた。
「お前っ
……
!ハイリア人じゃないか!」
「何故我々の同胞がここにいる!」
「帰ったほうがいい!ここはハイラルに災いをもたらす邪悪な魔女の住処だぞ!」
魔女。またそれかとアストルはため息をつく。何かにつけてそれを繰り返し言うことに呆れしか出てこない。
「お構いなく。私はここで過ごすことを許されています。それより、あなた方こそ招かれざる客なのでは?あのように無礼な入り方をするなど
……
」
「危険で野蛮な魔女共に礼儀なんていらねぇよ、なぁ?」
「あぁそうだ。奴らはバケモノと一緒なんだからよ」
下卑た笑い方をする兵士たちに苛立ちが募る。アストルは眉間に皺を寄せるが、それ以上のことはできなかった。かつて戦場に立ちこそしたが、それは厄災の力を与えられていたからであり今のアストルに戦う力はない。ましてや素手で兵士の相手をするなど不可能。こんなことになるのであればしっかり鍛えておくんだったとアストルは後悔した。今目の前にいる兵士たちを残らず殴り倒してやりたい気分だった。
今現在は王が成人しゲルドを治めている。だが彼が生まれる前はどうだったのかと、考えるだけでゾッとした。
「
……
私はハイリア人ゆえ、王にはまだ嫌疑の目で見られております。ですので、私からできることは何もありません。ほかの、ゲルド族の方にあたってください」
「そ、そう言わず!な!お前、金に困ってないか?」
兵士の一人が大きな革袋に入ったルピーを差し出してくる。意味はわかった。だがあまりにも外道が過ぎたのでアストルはわざと首を傾げる。
「本当なら女どもの誰かに渡す予定だったんだが
……
きっとここの女たちはハイラルの通貨など知らんだろう。金の無駄だ。もしお前がこの砦の情報を幾つかくれるならこれを渡してやってもいいぞ」
アストルは革袋を握る兵士の手を引っ叩いた。革袋が落ちて、ほこりっぽい地面にルピーがジャラリと広がる。その殆どは緑色で、これだけの量があったとしても碌なものを買うこともできない。この程度で自分を買収しようとしたのだと思うと更に腹立たしくなる。アストルの眉間に皺が寄った。
「卑怯ですね。量はあるけれど、一ルピーばかり。大した金額じゃない」
「なっ
……
こいつ
……
!」
革袋を弾かれた手で兵士がアストルの胸ぐらを掴み上げる。けれどアストルは至極冷静な瞳で兵士を見つめていた。王のように畏怖と威圧を覚えることもない相手だ。こんな奴は何も怖くはない。
「ハイリア人の何が偉いんだ、どこがゲルド族より上なんだ。女神の名の下に不当な弾圧をしてばかりの一族など、はっきり言って私は好きになれない。自分もそうであるのが嫌になるほど」
「このっ
……
ハイリアの叛徒め
……
!!」
アストルを掴み上げている兵士がもう片手を振り上げた。叩かれると思って反射的に目を閉じる。
が、予想された痛みはいつまで経ってもやってこない。不思議に思ってアストルは恐る恐る目を開けようとしてハッとする。振り上げられた兵士の手は、王に掴まれて動きを止めていた。
「ガノンドロフ、様」
手を止められた兵士は短く悲鳴を上げてアストルを手放す。ゲルド王を確認した兵士たちはその強靭な立ち姿に顔を青くして、中には腰を抜かす者もいた。
「オレに用があって来たのか?ならば他の者には手を出すな」
「そ、そういうわけでは
……
」
「では何だと言う。それに、そこのそいつはハイリア人じゃないか。同族同士で争うな。見ていて不快極まりない」
王の言葉がアストルの胸に突き刺さる。そうか、彼にとって自分の反抗も醜いものとして映ってしまうのか。過酷な環境で生きなければならないゲルド族にとって、和を乱す同族間のイザコザはあってはならないものなのだろう。いちいち揉めていては一族の破滅を招きかねない。
「
……
申し訳、ありませんでした」
アストルはその場ですぐに土下座をする。彼からしてみれば、自分も兵士たちも何も変わらないただのハイリア人なのだ。これまで通り服従を示すことでしか、ここでの存在を許される気がしなかった。
「ハイラル王家の使者よ。詳しい話は相応しい場でしようではないか」
王はアストルに何の反応せず、兵士たちを連れて玉座のある自身の私室へと向かっていった。
❋❋
兵士たちが何の用でゲルドに訪れたのか、アストルの耳に届くことはなかった。けれど念には念を入れ、彼らが帰るまでは子どもたちと室内で過ごすことにした。外に出て、子どもが兵士たちに誘拐されるという事態は避けるべき。きっと自分一人では守ろうとしても守れないだろう。
「アストル先生、かっこよかったよ!ハイラルの兵士に負けなかった!」
一連の騒動の後、子どもたちはそう言ってアストルを讃えてくれた。この子たちの目にそう映ったならばよかったとアストルは子どもたちを抱きしめた。
きっとこれからも王は自分を良い目で見てくれないだろう。理由はわかっていても、やはり悲しいし寂しい。そのくせ彼に惹かれるのは元の時代の彼への裏切りのように思えてならない。
ナツメヤシの観察日記を書いてから、アストルは子どもたち同士で話し合いをするよう促した。観察していて気がついたことやこれから予想されることについて、微笑ましい突飛な意見もあれば科学的に的を射た意見もあった。白熱する討議を見つめながらふと視線を窓の方に向けると、馬車に乗った兵士たちがゲルドの領地から出ていくのを見た。これならばもう外に出ても安心だろう。だが一向に話し合いが終わる気配が無いのでなかなか止められず、結局その日はお昼を過ぎるまで子どもたちのナツメヤシ成長予想が続いた。
アストルはナボールとヘスディの家で厄介になっているので、ナボールと共に家路へつく。
「あーあ、せっかくアタシのけんのうでをみせつけるチャンスだったのになぁ」
「ナボールはこれからどんどん大きくなるから、そんなに焦らなくても大丈夫。それこそ、一万年後もその名前が知られるようになるかもしれないよ」
「えぇー!いちまんねん!?そんなのむりだよぅ」
それが本当なんだよなぁ、と思いながらアストルはキャッキャと笑うナボールを見る。
「ハイリア人」
そこに王が、気配なく現れた。ナボールはガノンドロフさまー!と迷いなく向かっていくが、アストルは咄嗟に頭を下げる。
「ナボール、すまないが用があるのはこいつなんだ。またあとでな」
「えー!」
「さあ、ヘスディのところへ行きなさい」
「
……
はーい」
ナボールは不満そうにしながらトテトテと足音を立ててその場から去っていった。廊下にいるのはふたりきり。気まずい沈黙が空間を支配している。何か喋らねばと思ったアストルだったが、王の言葉と重なりかけて口をつぐんだ。王はため息を吐いてからアストルの腕を掴む。何事かと顔を上げたが、王は前を向いていてこちらを見ていない。
「
……
こっちに来い」
アストルは無言で王に腕を引かれる。ついて行った先は人気のない倉庫だ。太陽が照りつける砂漠にあるこの砦だが、この中は日陰にあるからかひんやりと涼しい。そこで感じる王の手のひらの熱さにアストルの胸は苦しくなった。彼の私室ではない、全く違うところに連れて来られた理由はよくわからない。もしかすると、女たちに聞かれてはいかないことを話すのかもしれない。
「なんのご用でしょうか」
「
……
以前のことを謝るべきかと思ってな」
「
……
?謝る
……
?何をですか?」
「以前オレは、自らの民を傷つける国などあるものかと言った」
王は相変わらずアストルを見ない。視線を別の方向に向けたまま、アストルの声だけを聞いて会話していた。
「だが、今日訪れたあの兵士共を見て
……
俄には信じがたいが
……
それは事実なのだと認めざるを得なかった」
「ぇ
……
」
「すまなかった」
王がアストルの方を向く。やっとこの人の顔をマトモに見られたと、アストルは思った。自分の知るガノンドロフの面影が、確かにそこにある。髪は短く瞳は野望に燃えているが、砂漠を統べるその威風堂々たる姿は変わらない。顔が熱くなるのを感じた。暗い倉庫の中だから赤くなっているところは見えないだろうけど、それでもなんだか気恥ずかしい。
「い
……
いえ
……
。それだけ貴方が御自分の民を大切に思ってるということでございましょう。けれど、誤解を解いてくださったこと、感謝致します」
アストルは王に微笑みかけた。暗闇でよく見えないかもしれないと思ったのは、微笑みかけた次の瞬間だったがそれでもいい。これからまた、たくさん彼に笑いかければいいのだから。
「
……
用はこれだけだ。早くナボールのところへ行ってやれ」
「はい、ありがとうございます。ガノンドロフ様」
ひとつお辞儀をしてからアストルは倉庫から出ていった。一方、暗がりにひとり残ったガノンドロフは口元に手を当てる。そして首を横に振って、纏わりつく感情を振り切った。
「
……
あれはハイリア人だ。ほかの連中と何も変わらぬ」
続く
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