ナスカ
2021-10-20 18:07:33
2568文字
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in the ……

ねきなこさん宅の先アス前提の(まだ付き合ってない)スパアスです。短め。ねきなこさんの絵からセリフを一部お借りしております🙇


「厄災に選ばれたのは先生じゃない……さようなら、先生」


アストルは「先生」に見切りをつけた。厄災に選ばれ、もう彼のもとにいる必要など無くなった。本当は早く独り立ちしようと思っていたけれど、「先生」はそれを許してくれなかった。君はいつまでもここにいていい、いやここにいるべきだとまるで暗示をかけるように「先生」はアストルに言い続けた。それは天涯孤独の身になったアストルを心配しているわけではない。ただていの良い慰みものに逃げられたくないからである。

そんな「先生」はもうどこにもいない。自分を選んでくれた厄災が殺してくれた。これでようやく自由の身になれたと、アストルは厄災と旅路を共にした。

野宿や馬宿に泊まる生活を繰り返す。アストルが「先生」からもらっていた小遣いは微々たるもので、とてもではないが宿場町などの宿に泊まることはできなかった。路銀が尽きれば馬宿前や村や町で占いの店を開いて身銭を稼いだが、まだ年若いアストルが稼げる額などたかが知れていた。

ハイラル中を歩き回る旅を続け、気がつけばあっという間に数年が経っていた。水浴びをしながら、随分髪が長くなったと最近アストルは思う。貴方の髪は綺麗ねと母が褒めてくれたことを思い出すとどうにも切るのが勿体ない。これからもうんと伸ばして、金に余裕ができればちゃんと手入れもしていこうと思っていた。

武闘派のシーカー族から成るイーガ団の噂を聞いたのは、アストルが二十歳を過ぎた頃のことだった。厄災を崇め奉る彼らの元に身を寄せればきっと何かの役に立つ。厄災の宿ったからくりを、そして母の形見の天球儀が指し示す破滅の未来を見せつけたことでアストルはカルサー谷にあるイーガ団のアジトに滞在することを許された。総長は厄災を連れたアストルの来訪を花を飛ばしながら喜んだが、不信感のこもった視線でこちらを見つめる男が一人。

まあ、暗殺集団がいきなり部外者を迎えることを良く思わないのはいるのは当然だとアストルは思うことにした。厄災を連れているためアストルが通された客室はそれなりに豪華だ。寝台も、机も椅子も、物置のための棚も揃っている。そして、身長の高いアストルの全身を映せる大きな鏡もあった。

そういえばここ数年自分の顔をマトモに見ていなかったと思い、アストルは鏡を覗き込む。馬宿に鏡など置いていなかったし、川や湖に映る顔は不鮮明だ。

なんの気もなかった。自分の顔を見るまで。

瞬間、胸の奥が凍りついた。


聞こえる、あの人の声が。

感じる、あの人の手のぬるさを。

見える、見える、あの人の、


顔が────


凍りついた心臓が一気に動き出した。全身の血管に憎悪が巡り、強い嘔吐感に襲われる。深い目眩に思わず腰が抜けた。それと同時に湧き上がる疑問。

どうしてあの人に似ているんだ。
どうして自分はあの人と同じ顔をしているんだ。

あぁ、どうして、どうして、どうして──!!!

アストルは言葉にならない絶叫を喉奥から放ちながら部屋を荒らし回った。椅子をひっくり返し、シーツをぐしゃぐしゃにした。けれど終いには何も引っ掻き回すものが無くなって、今度は自分の頭髪に爪を立てる。

あの人は厄災が殺してくれた。もう自分は苦しまなくてもいいと思っていた。
あの人はもういないはずなのに。聞こえる、聞こえる。それなのに聞こえてくる。

『君は私から一生逃げられないんだよ、アストル』

「あっ……ぁあっ……ゔぁあっ……!!!」

収縮した輝けない星から水が溢れる。どうしたらいいのかわからない。どうしてこんなことになっているのかわからない。腹の底を突き上げられるような気持ち悪さは治まってくれず、何度も何度も空咳を繰り返した。熱かったはずの体が冷えていく。

誰も、だれも助けてはくれない。母を喪ったときから、結局自分は一人きりだったのだ。

「占い師殿、一体如何され……、!?」

聞き慣れない声にふと振り向いて顔を上げると、そこにいたのは自分を不信な視線で見つめてきたあの男だった。自分よりも遥かに高い背の男が立っていて、自分はしゃがみこんでいるからかその男が何倍にも大きく見えた。

「なっ、ど、どうしたでござる!これは……!」

スッパは荒れ放題になった部屋と、ぐしゃぐしゃに泣いているアストルの両方に困惑していた。先程まですました顔で厄災の力とそれが放たれる未来を見せつけてきたアストルは、何故かへたり込んでボロボロ涙を流している。

ハイリア人でありながら厄災に心酔しているのを見るに、この若い占い師には何かあったのだろうとスッパは推察した。これほどにまで心を掻き乱す何かが彼にはあるのだ。いくら疑念が拭いきれぬとはいえ、このまま放っておくこともできない。スッパは一歩前に出る。アストルはビクリと肩を震わせた。

「案ずるな、オレは酷いことなどせぬ」

スッパはアストルの視線まで姿勢を低くすると、丸太のように太い腕でアストルを抱きしめる。ただ温かいだけの行いに、アストルはまた泣いた。深い傷にスッパの温かさが沁みて、泣かずにはいられなかった。


❋❋


「切っちまうのか?勿体ねぇなぁ」

「こんなに長くては鬱陶しい上に管理に手間がかかる。せめて肩につくかつかない程度だ」

アストルの見事な長い髪をスッパが切り揃えるのを総長コーガはしげしげと眺めていた。ザクリザクリと容赦なく切り落とされる音を聞いてアストルは満足する。切ってしまえばきっともう幻聴も幻覚も感じずに済むだろう。アストルはすまし顔をしながら胸中で安堵していた。

一方アストルの髪を切るスッパは、こんなことでアストルの「何か」が解消されるようには思えなかった。彼の心のなかには、その程度では癒やされないものがあるはず。だがきっと、それを知るにはまだ早い。それでもいつか知りたいと思って、断髪の儀を自分にさせてほしいと名乗りを上げたのだ。

「よし、これで如何でござるか?」

……あぁ、大丈夫だスッパ。感謝する」

鏡を見てアストルは一息つく。そこに映っているのは自分と、それからスッパの立派な腹筋だけ。

もう鏡のどこにも、「先生」はいなかった。


そう、「鏡」のどこにも。