ナスカ
2021-10-10 00:41:48
7960文字
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征服戦後夜

征服戦前夜の続き。厄災側勝利ルートなので、まあ、倒されている人は倒されてます。
書きながら色々調整していったら最初のコンセプトとズレちゃったけど、まあいいよね。アスを人柱にはしたくなかったし……。

英傑は死に絶え、退魔の騎士も倒れた。
封印の姫巫女は最期まで抵抗を続けたが、それも無意味に終わった。姫巫女を喪った残存兵たちは士気をも失い次々と降参。後生だから命だけはと懇願する兵士たちは「先祖を苦しめた王国側への罰」として総長の許可のもと、占い師アストルによって厄災の生贄として捧げられた。
斯くして厄災は蘇り、ハイラルに生きるものが恐怖に怯える中、女神の叛徒は歓びに舞い三日三晩の宴が続いた。先祖の恨みを晴らすため王国を滅ぼすという、およそ一万年来の望みを叶えたのである。
城下町の広場で行われているやんややんやのお祭り騒ぎから離れ、アストルはひとり隅っこに座って焚き火をいじっていた。騒がしいところが得意ではないため、そういった者たちとは距離を置くのが彼の常だった。
王も姫巫女も、英傑も騎士も斃した。兵士たちは一人残らず生贄にし、もはやこれで我々を邪魔する者はいないはず。そのはずなのに、何故こんなにも嫌な予感がするのか……アストルにはわからなかった。こんな時に未来を見ればいいのはわかっていたが、もし恐ろしいものが見えてしまっても……自分はそれを変えてはいけない。あるべき未来を変えてはいけないと普段から口にしている以上、それを反故にする行動など許されないのだ。今はただ、この嫌な予感が杞憂で済むことを祈るだけ。
(……一体誰に祈れというのだ。女神か?厄災か?)
ふ、とアストルは嗤う。くだらぬ、祈りなどとうの昔に捨てたはずなのに。祈るばかりでは何も変えられないと知り、すべてを思い通りにさせる力を手に入れた。その力を使おうとしない今の自分に戸惑いもあったが、それも今だけだと思うことにした。スッパが征服戦で死ななかったように、きっとこの不安も思い過ごしに終わる。何も案ずることはない。未来も世界も掌の上。アストルはそう考えながらウトウトし始め、焚き火の前に座ったまま眠りこけてしまった。


❋❋


「ささ、ガノン様、我々からの供物でございます。どうかお受け取りくださいませ」
ハイラル中からかき集めたというバナナが何百個もの木箱に詰め込まれ、コーガの指示で団員たちがそれらを次々に本丸の中へと運んでいく。復活の祝いもバナナなのか……とアストルはややげんなりした顔でそれを見つめていた。アストルの立ち位置は、自分は厄災の右腕と言うように厄災の隣。こんな供物で厄災が機嫌を損ねやしないか、チラチラとその様子を伺うが特にそんなところは見られないので安堵した。
本丸は厄災が住処としているため、大所帯のイーガ団を全員入れるほど広くはない。そのため入るとを許されたのはコーガとその側近のスッパ、限られた幹部たちだけだった。バナナを運び込んでくれた下っ端たちは仕事を終えると、城下町の広場に拵えた拠点へ戻っていった。
「ガノン様、この度はご復活おめでとうございます」
「おめでとうございます」
コーガは厄災の一番近くに座し、手を床につけて深々と頭を下げる。それを合わせてスッパや幹部たちも同様に、口を揃えて頭を下げた。
「無事女神の末裔共を滅ぼし、もはや時代はガノン様の支配下!これからも我らイーガ団一同、ハイラルを支配するガノン様の御為に力を尽くす所存でございます」
普段からふざけた態度ばかりのコーガが大仰な口を利くのを見てアストルは少々驚く。この男がそんなことを言う姿など見たことがなかった。何か予定外のことが起これば若い衆に任せて自分はその場からすぐ逃げ出すし、仕事もほとんどスッパが代わりにやっている。のんきに昼寝ばかりしているコーガがあんな姿を見せるということは、やはりイーガ団にとって厄災とは結成の根幹を為す存在なのだろう。
「ガノン様、我々にできることはなんなりとお言いつけくださいませ。早速何かご命令はおありでしょうか?」
どうせお前ではなくスッパや他の連中にやらせるのだろうとアストルが胸の内でぼやいた、その瞬間だった。
本丸はおろか、城、いや、城下町全体を揺さぶるように厄災は咆哮を響かせた。すべてを破滅へと導く不協和音。その不気味さに幹部たちだけでなく、アストルまでも思わず耳を塞いだ。とてもではないが聞いていられない。けれど少し前まで、アストルは厄災の雄叫びを聞いて「厄災は歓喜に震えている」と高揚していた。それなのに今はどういうわけか、この叫び声に魂が底冷えするほどの恐怖まで感じる。
「ガ、ガノン様!?如何なされましたか!?」
咆哮が止むと、コーガは真っ先に厄災の元へと駆け寄った。相手が崇拝対象である以上、近づくのをやめろとも言えない。アストルは背筋が凍るほどの予感を覚えながら、何も口にすることができなかった。
『愚カ者共メ』
それは厄災の声だった。長いこと信奉者として厄災に仕えていたアストルですら初めて声を聞いた。地底から響く呪詛のような声にアストルは体を震わせる。幾度と厄災に捧げてきた体はそれを思い出し、もう一度己を明け渡せと指示を出してきた。けれどもうそんなことをアストルはしたくなかった。自分の体を暴いて良い者はただ一人にすると誓いを立てたのだから。呼吸が浅く速くなり、こめかみから冷や汗が伝う。精神と肉体が食い違っていた。
『コノ大地ニハ我ダケガ居レバイイ』
『王家ガ滅ンダ今、オ前タチハ用済ミ』


『失セロ』


イーガ団はたちまち混乱に陥った。よもや厄災にまで裏切られるとは思わなかったのである。厄災はその不気味な怨念色の体を緩慢に動かし、体表面で生成した触手を伸ばした。怨念に触れれば死ぬと思うとコーガは腰を抜かし身動きがとれなくなった。あと少しで食われる……といったところでそれは二振りの刀の一閃によって弾かれる。スッパが抜刀し、コーガを守ったのだ。
「ス、スッパ……
「コーガ様、今すぐ退却を!お前たちも部下たちに伝えよ!『厄災は誰の味方でもなかった』のだと!」
「お、おう!」
スッパからいつもの口調が消えていたのを聞いて、コーガや幹部たちは事の重大さを悟る。札を使って術を使い、すぐに城下町の広場に拵えた拠点へと向かった。幹部たちが移動したのを見送ると、スッパは厄災の側でひとり呆然と立ち尽くしているアストルを見る。厄災はアストルを襲う素振りを見せていない。もしやアストルは厄災と秘密裏にこれを計画していたのではないかと、ふと疑った。だがその目は戸惑いと恐怖で硬直し、手は小刻みに震えている。アストル!と呼びかければこちらを向く。彼は口をやや開き、涙を零していた。どうしようもない状況に直面し、もはやどんな顔をすればいいのかわからないのか、アストルは笑いながら泣いていた。
「スッパ、私、は、どう、すれば、」
「逃げるぞ!」
スッパはアストルを担ぎ、本丸から外へと飛び出した。アストルはスッパの肩の上からハイラル城を見つめる。厄災がその巨体を動かすことで城は紙細工の如くいとも簡単に潰れて崩れていく。
望みは叶った。厄災が支配する世界になった時、ここは地獄になるとわかっていた。けれどそれでもいいと思えたのは、自分を担いでいるこの男が側にいるからだった。その地獄が、自分たちに牙を剥くことなど考えもしなかった。


❋❋


逃げ場などなかった。味方として従えていたはずの怨念が宿った古代兵器は次々にこちらへ照準を定め、厄災が一歩進むごとに怨念の粘液は洪水のように大地を覆う。木々も花も、平原を覆う草ぐさですら残らなかった。何一つとして厄災は自分以外の存在を許さなかった。
かつて厄災を地下深くに追いやったのは我らの祖先の力あってこそだとコーガは部下たちを庇いながら最終奥義を発動させた。しかし厄災によりそれすらも支配下に置かれ、コーガは厄災に傷一つ付けることもできずそのまま取り込まれていった。総長を喪ったイーガ団は瓦解し、コーガを助けたいがそんなこと不可能だと団員たちは諦観の念に冒された。厄災は次々に団員たちを飲み込み、ついに中央ハイラルのほぼ全域が人間も生物も踏み入れることのできない文字通りの不毛の地と化した。こうなれば、もはや国全体がこうなるのも時間の問題である。
自失呆然としていたアストルの腕をスッパが引き、何とか厄災の魔の手から逃れていた。主がいなくなった、部下も同僚も散り散りになりどうなったかわからない。そんな状況の中、スッパはアストルだけでも守ろうと走り続けた。逃げて逃げて逃げ続ければきっとどうにかなるだろうと。
ふとスッパは丘に囲まれた場所を見つける。そしてその先に湖が広がっているのを、その湖畔に村の跡があるのを見つけた。おそらく厄災が復活した際に制御を乗っ取られたガーディアンが襲ったのだろう。湖の岸が破壊されたことで村のほとんどが浸水していた。厄災は水に弱いらしく、川には侵入できていない。スッパは先程渡ってきたモヨリ橋の手前まで戻り、持ち前の怪力で橋の片方を落とした。こうすれば多少は時間稼ぎができるだろう。自分は体力があるからまだマシだが、アストルはもう疲れ果てた様子で地面にへたり込んでいる。
「アストル、少し休もう。疲れたろう」
アストルは何も答えずに黙って立ち上がる。スッパはその手を握ってその村の跡地へと入っていった。人間が住んでいる気配はなく、静まり返っている。浸水した地面をパシャリパシャリと歩く音だけが響いていた。赤い月が水面に映り、どこにいてもお見通しだと厄災が嗤っているように思えてスッパはその考えを打ち消す。
……この香りは」
アストルは自分の鼻孔をくすぐる香りに気が付き、スッパから離れてヨタヨタとその根源に向かって進む。しかしスッパはなんの香りも感じていない。アストルだからわかる何かなのだろうか、それとも疲れ果てて幻臭でも感じているのかと心配になりながら頼りなさげなその背中を追いかけた。
……やはり」
アストルは崩れた土手の前で立ち止まった。どうやら村のすぐ近くにある湖の香りを感じ取ったらしい。スッパはアストルの横に並び、ここを知っているのかと訊ねた。
「ここはアデヤ湖……そしてこの村はアデヤ村。私の故郷だ」
「なんと。期もせずに辿り着いていたのか」
……そうか、古代兵器共は私の故郷を斯様な目に」
しかしそう言うアストルの瞳に、怒りも憎しみも無かった。ただ村が破壊されたという事実だけを映している。
「この湖の水は少々特殊な成分が混ざっていてな、村の者ならば他の水との匂いを嗅ぎ分けられる」
「だから俺にはわからなかったのか」
「そういうことだ」
確認を終え、二人は雨風が凌げそうなところを探した。しかしどこの家も浸水の被害は免れておらず、屋根と壁はあっても床が駄目になってしまっていた。スッパは他の家々と離れるようにぽつんと建っている、丘の上の一軒家を指さしてあそこはどうかと聞く。アストルは少し苦い顔をしたが、まあいいだろうと同意した。丘の上なので浸水しておらず、壁も屋根もしっかり残っている。家に入ると、大きな家財道具以外は何も残されていない。
……生活の痕跡が無いな」
「数年は空き家だったのだろうな。……誰もこんな家には住みたがらぬ」
「何故言い切れるのだ?」
「ここには変わり者の親子が住んでいたからだ」
この村に住んでいたアストルが言うことなのだから違いないだろうとスッパは思った。しかし数年空き家だったというならば、その親子はどこに行ってしまったのだろうとも思った。
「今その親子は何処に?」
「さあな。私が村を出る前には住んでいたが、そのあとのことは何も知らぬ」
「そうなのか」
これ以上それについて聞くなと釘を刺すようにアストルはそうだと言った。隔離されるように他の住民と距離を置いていたと思われるこの家の主に何があったのか、アストルが知っているような気がしたがスッパは忠告を守ることにした。
とりあえず腹が減っては何もできないと思い、スッパはアデヤ湖に潜って漁をしてきた。アストルはなるべく乾いた枝や落ち葉を集め、浸水した家から使えそうなものを拝借する。母がよく作ってくれたものだと、アストルはスッパが獲った魚を使って郷土料理のアデヤ鍋を作った。
「魚介の味が出ていて旨いな」
「ここでしか味わえぬものだ。ハイラル広しと言えどもこんなに美味い鍋は他にあるまい」
温かい鍋を囲み、二人は和やかに過ごす。悲惨という言葉が安っぽく聞こえるこの現実を忘れてしまいたい気持ちは、互いに同じだった。


❋❋


あくる朝、スッパはアストルの啜り泣く声で目を覚ました。この空き家にある唯一のベッドにスッパは収まりきらなかったので、そこは必然的にアストルの寝床になった。ちなみにスッパは床で雑魚寝である。
「アストル、どうした」
「私のせいだ……
ベッドで上体を起こしたアストルは俯き、シーツを握る。繊維が劣化しているせいか、握った箇所は皺になるどころか裂けてしまった。
「私が、私がいけなかったのだ。私があの未来を見ていれば、団の者はあんな目に遭わずに済んだ。私がお前の死を見たくないと宣ったばかりに。未来を見ることを拒んだばかりに。これは中途半端だった私への罰だ。全て私が悪いのだ。私が、これをっ……!」
「アストル、落ち着かれよ。お前ばかりが悪いのではない」
スッパは床に膝をついてアストルの両肩を掴んだ。けれどアストルはスッパの顔を見ようとしない。見ることなどできなかった。彼は主も仲間も喪ってしまった。自分のせいで。そう思うとスッパと向き合うことなど怖くてできなかった。
「だが、だが私は見れたはずなのだ、『あれ』を。そうすれば何か手立てを考えられたはずだ。私は最善を尽くさなかった。私が悪いのだ」
「厄災復活は我らが先祖代々望んできたこと……今に始まったことではない。そしてああなるなど誰も予想できなかった。仕方のないことだ」
「スッパ……何故……何故……!」
アストルはスッパに縋り付く。それ以外にどうしたらいいのかわからなかった。罪悪感があった。けれど慰めてもほしかった。感情をぶつけられる相手が目の前の相手しかいない今、ぶつけるものを一緒くたにしなければいけなかった。
「起きてしまったことはもうどうしようもないからだ。過去を憶っても、変えることはできない」
「だが私は知ることができたはずだ。それなのに、私は見ようともしなかった」
「見たところでお前はどうするつもりだった。未来は変えてはいけないのだろう?」
「だからだ。だから私は見たくなかったのだ。けれど、けれどまさかこんな、こんな事になるなんて……
「それは俺も同じだ。厄災にまで見捨てられるなど、団の者は誰一人として思わなかっただろう。だからお前だけが苦しむ必要は無い、アストル」
厄災は誰も救わない。それを王国側の人間はわかっていた。だから未来を変えようとした。自分のしたことが愚かな間違いだったと気がついた時にはもう全てが手遅れ。退魔の剣を携えた勇者も、封印の力を持った姫巫女もいない。古代兵器は厄災の手の中。
国を覆い尽くす勢いの厄災に対抗できる手段など、もう何処を捜しても見つかるはずがない。
「辛いが、お前の言葉を借りるならばこれが運命だったというだけだ……。我々は女神の掌の上でなければ生きることなどできないということだろう」
「女神め……どこまで我らを虚仮にするつもりなのだ……だから私は女神が嫌いだ……
こんなことを言ってもどうにもならないというのに、出てくる言葉は愚痴ばかり。何もしようとしなかった結果、何もできなくなった自分にまで嫌気が差した。自分を呪うような言葉を吐き出すアストルをスッパは抱きしめる。
「アストル、仕方が無い。だが俺はお前だけでもいてくれてよかった。だから俺はお前を喪いたくない」
「スッパ……。こんな、こんな私を……赦してくれるのか?お前の主も、仲間も、全て私が奪ったも同然なのに?」
「言っただろう?『これ』は我らが望んだことでもあるのだと」
スッパは仮面を外し、木の床に投げ捨てた。
「頼むから、お前まで俺の側からいなくならないでくれ」
スッパの懇願にアストルは脳裏を過ぎった決断を飲み込む。言えなかった。言えるはずがなかった。


❋❋


アデヤ村の跡地で過ごし始めてから一週間が過ぎた。スッパが橋を落としてくれたためか、未だここまで厄災の怨念は広がっていない。だがバウメル高地から北の方向を臨めば、アウール橋から続くモルセ湖一帯は既に怨念に侵されていた。南側の丘からハイリア湖の方を見ると、ハイリア大橋は半分ほど怨念の侵攻を受けている。いつかアデヤ村は陸の孤島になってしまうのだろう。
昼間のはずでありながら空には赤い月が不気味に揺らめき、そんな中アストルはハイリア川を隔てた向こう岸を見つめていた。天望の丘。自分が星見を覚えた場所。そこも怨念が通過したことで何ひとつ残っていない。雑草の一本でさえも肉眼からは確認できなかった。
「アストル」
「スッパか」
「俺以外誰もおらんだろう」
「ふふ、そうだな」
スッパはアストルの横に座る。そのことでアストルとスッパの頭はようやっと並ぶのだ。
「こうしていると厄災が復活した日のことを思い出すな」
「あのときは城を眺めていたな」
二人の間に沈黙が流れたが、それは気まずいものではなかった。言葉を交わさなくても共にいられる心地よさが二人の仲にはあったのだ。
スッパは仮面を捨てた。アストルは既にスッパの素顔を知っていたこと、アストル以外に顔を合わせる人間もいないと判断したこと、アストルに顔を見せたいと思ったこと……色々と理由はあったが、仮面に隠れた人生はここで終わらせることにしたのである。そんなスッパの変化に最初アストルは戸惑ったが、一週間経った今では素顔のスッパが側にいることが普通になっていた。それなのに自分は何も変わっていない。世界の終末を目にしても、アストルは何一つ変われなかった。あれほど未来を見ればよかったと言いながら、アストルはずっと未来を見ていない。自分の根幹はただの臆病者だとアストルは思い知った。
そんな臆病者の自分にスッパは愛想を尽かさずにいてくれている。その愛が嬉しかったが、やはり同時に申し訳無さもあった。自分はその愛に何も返せていない。いてくれるだけで十分だとスッパは言うが、彼の優しさを考えればきっとそれは気遣いから来る言葉。そうだ、そうに違いない。
そう思った瞬間、アストルは自分の白い手がスッパに握られていることに気がついた。考えていることを見透かされたかと思い、誤魔化すように笑う。
「どうしたいきなり」
「思考は思考だ、現実ではない。俺を見ろ」
……何故わかる」
「顔を見ればすぐに」
「見事な観察眼だ」
褒めたつもりだった。だがスッパは顔を顰める。これは怒らせたかとアストルは焦るが、スッパは自分の腕を引っ張り、自分の懐に転がり込ませた。そして頬を両手で挟み、もう一度俺を見ろと言う。
「どうすればお前を思考の世界から掬える。どうすれば『俺』を見てくれる」
……すまないな、これはもうクセになっているらしく、私自身も治し方がわからぬ。自傷癖のようなものだな。自分を追い詰めることで、生きていると実感できる」
……己を傷つけるのは良いこととは言えぬ」
「だがその傷はお前が癒やしてくれる。私はそれが嬉しいのだ」


終わる世界にふたりきり。その関係は終わることはない。もう互い以外が存在しないも同然なのだから。




終わり