ナスカ
2021-09-27 21:39:32
3804文字
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赦しを乞う 中

アスアス♀の続き。うーんなんか予定とちょっと変わってしまった……もっとイケナイ感じになる予定だったのに……。まあつまり、これは健全ってことです。

アストルが彼女に暴力を振るう日々は続く。殴る蹴る暴言はもちろん、ひどいときには首絞めまでが行われた。殺すことはしない。死んでしまえば憂さ晴らしもできなくなるからだ。彼女は嫌がりこそしたが抵抗しなかった。ただ彼女は泣いて、謝って、やめてくれと言うだけ。一度としてアストルの行動を拒むことはなかった。そんなに嫌ならば逃げ出すなりすればいいはずなのに、彼女はアストルの元から離れなかった。それがアストルを更に不機嫌にさせ、暴力はひどくなる一方。無遠慮に髪の毛を掴んで引きずり回し、痛い痛いと泣く彼女の姿を見て薄暗い満足感に支配された。
そのはずなのに、ふとした拍子にアストルの中を鋭い痛みが襲う。アストルは痛みを不快感と捉え、それを解消させるためにその矛先は当然彼女へと向かう。しかし、やれどもやれども痛みが訪れることに変わりはなかった。
厄災よ、なにゆえお前は私を動力源として消化しなかったのだ。アストルは意思疎通など不可能な相手に心のなかで何度も問う。
食われると理解したあの瞬間、自分に待っているのは破滅だと思った。厄災の怨念にまみれ、自我が融けていくのを感じながら眠るように死ぬのだろうと思っていた。ここは厄災の腹の中のはずなのに、なぜそんなことにならないのか。それどころか厄災は自分そっくりの少女を用意していた。まるで、「我にとってお前はこんなものに過ぎない」と嘲笑うかのように。そう思うとアストルは余計に腹が立った。自分はあんなものではない。あんな弱い生き物、自分とは言えない。あれを虐げることでアストルはあれを自分であることを否定した。最初は暴力を振るうことでどうしてこんなに心地よい気持ちになるのかわからなかった。が、否定することで快楽が得られるのだと彼女と十数日を過ごしたアストルは推測する。
あれはきっと、厄災が作り出した人形なのだ。ならばあれに感情など無い。涙も、謝罪や静止の言葉も、全てが見せかけ。ならば、いたぶったところで何も問題はない。
……だとしたら、何故厄災は今更私に快を与えるのか。そこだけが不可解だ。私を苛むために弱い自分を厄災が送り込んだ。それならばまだわかる。しかし今の状態では明らかに自分の方が立場が上。アストルには彼女の存在理由がわからなかった。自分が何故ここにいるのかもわからないのに、他人がここにいる理由などわかるはずがない。
そしてまたアストルが不快になれば……不快でなくても快を求める時に、彼女は犠牲になった。アストルは体力がそこまである方ではないため、一度に暴力を振るえる回数や時間も限られてくる。だが彼女はアストル以上に細く脆弱なせいで、アストルからの虐げを受け入れればあっという間に地面に転がることしかできなくなる。息を荒げて「やめて、やめて」と小声で言いながら涙を流した。時に彼女は失神し、何も反応が無くてはつまらないのでアストルはそういった時は目を覚ますまで彼女を放置した。失神した振りを続ければいいものを、彼女は律儀に目を覚まして起き上がる。まるで、アストルから湧き上がる衝動をぶつけられるのを待っているかのように。
いや考えすぎだ、なぜ自ら進んでそんなことをする。自ら傷つけられにいくなど、愚の極み。やはりあれは私を満足させるために存在する人形なのだとアストルは再定義した。だとするならば、どんな扱いをしたところで誰にも文句は言わせない。文句を言う者などいやしないのだ。


❋❋


「おい、お前」
アストルは彼女の背中に声を投げつける。彼女は肩をビクリと震わせ、おずおずと振り返ってアストルの方を見る。怯えているはずなのに、彼女はいつだってアストルを無視したことはない。こちらの存在を認識し、受け入れている。自分は彼女から呼びかけられても無視し続けているというのに。
……は、はい」
「お前は何故そうして私の言うことすることを受け入れ続ける」
「え、えぇ、と……
「嫌ならば、やめてほしいならば、抵抗するなり何なりすればよかろう!」
アストルはそう叫んで彼女の頬を両手で掴む。骨張ったアストルの手は皮膚に食い込むと相当痛いのか、彼女は顔を歪ませる。それでも振り払うことはなく、ただ、されるがままになっていた。アストルは彼女の額に自分のそれを擦り付ける。至近距離でアストルはまくし立てるように叫んだ。
「だから私はお前が嫌いだ!大嫌いだ!いつまでも弱いままで、それに甘んじているなど断固として許さぬ!少しは抵抗するということを覚えろ!そうでなければ、そうでなければ……!」
そうでなければ?一体何なのだろう。自分は彼女に何がしたいのか、何を言いたいのか、何を思っているのか、わからなくなってしまった。
……泣か、ないで」
彼女の指先が、アストルの目元に浮かぶ涙に優しく触れた。毎日毎日、あんなことをされていて痛いはずなのに、苦しいはずなのに、その根源が目の前にいるのに、彼女はアストルを慰める。
自分の醜さが浮き彫りになって、そこから目を背けたい。彼女を押し倒し、その細い腰に馬乗りになったアストルは八つ当たりのために彼女の首を絞めた。ヒクヒクと小刻みに振るえる気道と、トクトク脈打つ血管の感触が指に伝わってきた。それをここで今、断ち切ってやろうかと。
「うるさいっ!うるさいっ!!お前などに同情されたくもないわ!お前に私の何がわかる!弱いままでいるお前に!強くなることを選ばないお前に、私の何がわかるというのだ!嫌いだ、大嫌いだ、お前のことなど、昔から大嫌いなのだよ!!」
昔から?つい最近会ったばかりの彼女を、自分は昔から知っていたのだろうか。アストルにはわからない。なぜそんな言葉が出てきたのか。細い首に絡みつかせた指に力を込めていけば、あっという間に彼女は呼吸困難に陥り、もとから青白い顔は更に青ざめていく。
そんな顔を、アストルは知っていた。
(母上)
兵士たちに暴行され殺された母の遺体。自分は無力だと泣き叫び、それを呪ったあの日。あの日からアストルは強くならねばと思った。何があっても、自分は強い存在で無ければいけないと。そうでなければ自分で自分を守れない。母は庇護していくれる者を失いながらも、弱いままだった。だから死んだ。抵抗しなかった。殺された。
弱い自分なんてもう存在しない。捨ててしまったから。そんなものを抱えていては生きていけないから。
ではお前は?私にそっくりのお前は誰なのだ。お前は「私」なのか?
アストルの胸がズキリと痛んだ。その瞬間、手が彼女の首から離れる。空気を得た彼女はゲホゲホと咳き込み、それでいてなお苦しむアストルに手を伸ばす。
「大丈夫?」
アストルは濁った星色の瞳で彼女を睨みつけ、何度目かわからぬ拒絶をした。
「黙れっ!黙れっ!!お前にそんなことを言われては、私の立つ瀬が無い!私に同情するな、私に優しくするな、私は、私はっ……!」
優しくされては生きていけない。この世は冷たい。温もりを知ってしまえばそれに頼りたくなる。それは弱さだとアストルは思っていた。
やめよ触れるなと言うアストルの言葉を無視して、彼女はそっとアストルを抱きしめる。ヒッ、と情けない声が漏れたが彼女はそれを嗤うこと無く、ただアストルに自分の体温を分けるように抱擁を続けた。
「やめよ……やめよっ……!」
「ううん、やめない」
それは、彼女の初めての抵抗だった。
「大丈夫。私は貴方の敵じゃない。弱さは敵じゃないのよ、アストル」
「なにを、」
「いいこ、いいこだよアストル。貴方は少し疲れていただけ。たくさん頑張ったね。でももういいの。ここでは、気張らなくても、いいの」
アストルの握った拳はそれを向ける先を失ってしまった。さっきまで自分から虐げられる一方だった彼女がどうしてこんなに自分に優しいのか、アストルにはわからなかった。
……お前は、私の何を知っているというのだ」
「さあ、どうなんだろうね」
二人の胸が触れ合う。互いが互いの鼓動を感じて、アストルは思わず彼女の背中に腕を回す。もっとくっついていたかった。ずっと嫌悪していたはずの彼女が欲しくなった。
感情の振れ幅が極端すぎて、自分でもよくわからない。頭に血が上るような強い興奮は抑えつけているわけではなく、どこかに消えてしまったようである。
……あっ、ごめんなさい私ってば……!馴れ馴れしいことを……
彼女は今更のようにアストルから離れる。そして先程の聖女の如き様相は消え去り、内気で弱気な顔を見せた。
「お前……何がしたいのだ……?」
……
……まただんまりか」
視線を泳がせる彼女にアストルは呆れのため息を吐く。先程まで自分を包み込んでいた、まるで母のような彼女の姿は一体なんだったのか。あまりにも不可解で、アストルは彼女が怖くなった。
……しばらくお前とは距離を置く。近づくなよ。近づいたら今度こそ、酷い目に遭わせてやる」
……はい」
強い言葉で彼女を突き放す。アストルにできる自己防衛はそれくらいだった。脅して、伝えたことを破れば痛めつけてやると。もしあれが自分ならば、痛いのも苦しいのも嫌いなはず。
自分のことは一番よくわかっている。傷つけ方でさえも。
……ふん」
何故か、胸の内に走った痛みは無くなっていた。


続く