ナスカ
2021-09-26 22:46:40
2698文字
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赦しを乞う 上

アスアス♀な話。アストル君がひどい暴力男になってる。続きます。

……ここ、は……
ふと、アストルは目を覚ました。確か私はあの時厄災ガノンに食われてしまったはず……何故まだ意識があるのか、何故まだ肉体が残っているのか、アストルの中に自分への疑問が次々と浮かぶ。そして疑問と言えば彼が今いるこの場所。色や感触からして、この空間を構成しているものは厄災の怨念だった。踏みつけたり、触れたりすればすぐに思い出せる。生暖かい、水分を多く含んだ泥のようなそれに身を捧げることは至上の誉れだった。そのはずだった。見捨てられたと理解した瞬間、それまでの甘美なる感情はどこかに消えてしまった。深い恐怖と絶望が自分を支配していた。きっとそれは厄災にとって、何よりも美味いご馳走だったのかもしれない。
……ということはここは厄災の腹の中、か……
あれに生物のような消化器官があるとは思えないが、そう考えるのが自然だとアストルは結論を出す。そして、まだここで生きているということは、ここから出られる可能性があるということでは無かろうか、とも思った。こんなところでぼんやりしていても何にもならない。アストルは立ち上がり、ここから抜け出すために歩き始めた。


❋❋


歩き続けてどのくらい経ったか、アストルにはわからなかった。昼も夜もないこの空間で時間を把握することなどできるわけがない。体力のないアストルはその場にしゃがみこんだ。普段は厄災の力を用いて重力に軽く逆らいながら移動していたが、天球儀も無い今使えるのは自分の足だけ。しかしその足もほとんど使い物にならなくなってしまった。アストルはため息を吐く。やはりここから出ることは叶わないのか、ここでただ死を待つのみなのか。
そんなのはごめんだ、とアストルはもう一度立ち上がった。まだ死にたくなどない。まだ生きていたい。
けれど生きて……それからどうするのかと思うとアストルの足は止まる。あの世界に戻ったとして、居場所はあるのだろうか。自分は大厄災の発生に関わっている。間接的に多くの人々を殺した。あの国の民にとって自分は殺しても殺し足りないほどの憎しみを向けるべき相手。そんなところに居場所など無いのではないかとアストルは思う。
いっそここで朽ち果てたほうが楽かもしれない。戻れば人々に罵倒され、石を投げられ、或いは牢に閉じ込められるなり拷問を受けるなりされる。痛いのも苦しいのも、アストルは大嫌いだった。厄災の力があればそんなことを感じることも無かった。強くなれたと思っていた。だがそれは所詮借り物に過ぎなかった。ここは自分ひとり。痛みも苦しみも何もない世界。自分はまた厄災に守られているのかと思いながら、アストルは涙する。その情けなさに、自分の弱さに、嫌気が差した。


……あの、ここはどこでしょうか?」


突然聞こえた自分以外の声にアストルは驚いて声のする方を向いた。そしてその姿を見て更に驚く。
「はは、うえ……?」
魔女狩り政策の犠牲になった亡き母に、ひいてはその母似の自分に酷似していた。しかし自分のように頬は痩けていないし、いくらか健康そうに見える。同じ色の髪は腰下まで伸び、星色の瞳は澄んでいた。しかし彼女の服は赤い長袖のインナーにスリットの入ったロングスカート、加えて金色の装飾品と、自分とは随分違ったいで立ち。白く細い脚がよく見えるというのにその下に何か履いているようには思えない。少々目のやり場に困った。
「私、ここがどこだかわからなくて……。私一人しかここにいないのかなって思ったんですけど……よかった、私以外の人がいてくれて!」
彼女は嬉しそうにアストルを見つめる。だがその笑顔を見ていると、どうしようもない苛立ちが腹の底から湧いてきた。会ったこともないはずの、初対面のはずの彼女が異様に憎らしかった。アストルは嫌悪感で顔を歪ませ、彼女の方から伸ばしてきた手をバシンと払い除ける。彼女は驚いたのか「えっ……」と呆け、それから何かに気がついたかのように眉をハの字に曲げて謝ってきた。
「ごっ、ごめんなさい!不快にさせたなら謝ります!そうですよね、いきなり見ず知らずの人間に触られそうになったら、嫌、ですよね……
彼女は手を引っ込め、アストルから目を逸らす。だがアストルは彼女のオドオドとした仕草に余計に腹が立ち、彼女の頬に平手打ちをした。彼女は自分の身に何が起きたのかよくわかっていないのか、星色の瞳をチラと動かしてアストルを見る。その視線に怒りを駆り立てられたアストルは彼女の薄い腹に勢いよく拳を叩きつけた。自分よりも更に細い彼女の体はいとも簡単に地面へ倒れる。
胸の中で渦巻く吐き出しそうなほどの嫌悪感と憎悪が鎮まった。アストルは彼女に背を向ける。これ以上自分の内側を掻き乱されたくない。そのくせ、何故こんなにもどす黒い感情が湧き上がるのかアストルにはわからなかった。


❋❋


「痛っ……!ごめんなさいっ、ごめんなさい、許して……!」
「許す?許されると思っているのか!?」
時間にしておよそ数日経ってからアストルは気がついた。この空間にいるのは彼女と自分の二人きり。ならば湧き上がる衝動に任せて彼女を傷つけたところで誰にも咎められることはない。アストルは自分そっくりの彼女に暴力を振るうことで愉悦に浸っていた。
止めることなどできなかった。自分の良心を捨ててしまっていたが故に、善悪を判断することすらできなかった。
「私は、お前が大嫌いだ」
倒れている彼女の長い髪の毛を掴み、無理矢理頭を上げる。自分と同じ色の瞳を涙で濡らしながら、彼女はひたすらに赦しを乞うた。だがアストルにとって、その言葉も態度も腹立たしいものでしかなかった。彼女の体を地面に投げ捨て、転がる彼女の体をアストルは蹴飛ばし、踏みつける。
あぁスッとする。これだからやめられない。けれどアストルは何故彼女を傷つけることが自身の快となっているのかわからなかった。わからないけれど、とにかく心地良い。だからこれを続けている。それだけのこと。
「お願い……もう、もうやめて……
這いつくばりながら、彼女は泣いた。やめてくれと言いながら彼女は一切抵抗しなかった。それがアストルの苛立ちに再び火を付ける。自分と同じように肩から胸にかけてを覆う金色の飾りを掴み、アストルは彼女を睨んだ。
「やめてほしいならば少しは抵抗してみたらどうだ。お前はいつもそうだ。怯え、震え、泣いて、時が過ぎるのを待っている。お前は弱い、弱い、弱いままだ!」

それは、誰に向けての言葉なのか。アストル自身も、わからなかった。


続く