ナスカ
2021-08-20 19:18:11
6210文字
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美しき素顔 第九幕

ガノアスオペラ座パロの続きです

宮廷付きの占星術師アストルが例の怪人の居場所を王の御前にて奏上する件はたちまち城中に知れ渡り、それに関しては城で働く者たちの見学が許された。占星術師が王に予言や予知を告げる様子は国家機密とされることが大抵で、庭師や洗濯女たちの同席など普通は以ての外である。しかし怪人の被害に遭っているのはほとんどが城に仕える者であり、「自分がいつ何をされるかわからないのに、未だここに残ってくれている者に対する敬意としてお告げの場に呼ぶのは当たり前」だと、アストルが王に進言したとの噂が広まった。確かにアストルは王に対して進言はしたが、そこまでの事は言っていない。噂には尾ひれが付くものだと思いつつ、アストルは城の者たちからのお礼に「私は何も」と笑って誤魔化すのであった。
正装の袖に腕を通し、髪を整え、アストルは鏡を覗き込む。鏡の中にはファントムがいた。鏡に映る自分に彼は微笑みかける。
「心配ない。やってみせよう」
「はい、天使様。必ずや、成し遂げてみせます」
アストルがそう返事をするとファントムは鏡の中から消えていった。彼には彼の用意がある。落ち合うまで互いの持ち場で戦うだけだ。
使い慣れた天球儀を抱え、アストルは部屋から出る。失敗すれば自分は城を追い出されることになるかもしれない。そうなればこの部屋に別れを告げなければならない。それでもアストルはそうならないだろうと思っていた。全てを暴けば、全てが変わる。
城の廊下は誰も歩いていない。皆謁見の間へ向かい、アストルと王のことを待っているのだろう。
謁見の間に続く扉で兵士が二人警備をしている。アストルの顔を見た兵士たちは「皆、アストル様をお待ちです」と恭しく頭を下げた。そこまで偉くなったつもりは無かったが、アストルは「ありがとう」と笑って答えた。
謁見の間には何百の人々が詰めかけ、アストルのことをしげしげと見つめてくる。あれが噂の占星術師か、男か?それとも女か?、奴は男だそうな、王太子妃様のご結婚を後押しした者の息子だとか、陛下が取り立てたのだから腕が立つに決まっている。小さな声で囁きあってもアストルには丸聞こえだ。おまけに私は陛下の子です、とぶち撒けたくなったがそれはもう少しあと。今耐えればそれでいいとアストルは唇を固く結ぶ。
玉座にまだ王は座しておらず、王太子夫婦とその娘のゼルダが玉座を挟むようにして立っている。アストルは空席の玉座に対面するところで跪いた。
「国王陛下の御成りである!」
誰かがそう言うのが聞こえた。ざわめいていた使用人たちも一斉に頭を垂れる。謁見の間の袖口から王が姿を現した。静粛な空気がこの間全体に充満し、誰一人として口をきく者はいない。
「アストルよ、面を上げよ」
「はい、陛下」
アストルはゆっくりと顔を上げた。王の姿を視界に入れると、ぶるりと全身が震える。嫌悪感や憎悪が胸いっぱいに広がって思わず目を逸らしたくなった。だがここで一時の感情に身を委ねてはならない。今は我慢だとアストルは自身に言い聞かせる。
「早速、例の怪人の居場所を教えてくれ。儂と、この城で働く者たちのために」
「はい陛下」
アストルはすっくと立ち上がり、天球儀を高く掲げる。天球儀は高く高く宙へ浮き、とうとう謁見の間の天井にまで届くかと思われた。
「ショータイムだ」
低い男の声が聞こえた途端に、天球儀は目が眩むほどまばゆく輝いた。その場にいたアストル以外の全員が目を瞑り、或いは手で目を隠す。
「何事じゃ!」
「陛下、ご覧ください」
天球儀はアストルの手に戻り、ふわふわと浮きながら青白い光を放っている。いつの間にか謁見の間の窓は全て厚手のカーテンがかかり、点灯してるのはアストルの天球儀が映し出す星々だけであった。そのために余計目立ち、人々の視線は天球儀から放たれる光に釘付けになった。星々の輝きの中でも一際強く光る星を指さしてアストルは言う。
「この星はナボリス……遠い神話の時代、勇者と共に魔王を討滅したゲルド族の賢者の名を由来とする星です。それが今、激しく明滅しておるのでございます」
「何故そのようなことになっておる」
「一族を無下にされた、悲しみと怒りに燃えているのでありましょう」
「怪人とゲルドに、何の関係があると言うのだ!」
「陛下がよくご存知のはずです」
アストルの強い口調に王太子妃は彼を見つめた。アストルは自分の言ったことを信じてくれたのだと。自分と、母と、友であるアストルの母の間で共有された事実を父王は知らない。夫にも、娘にも話していない。それを今、城中の者が集まったここで、占星術師として彼は何もかもを白日の下に晒そうとしている。もし父王がアストルを罰しようとするならば、自分が彼を守らねばならぬと思った。王太子妃はアストルが今に何を言うのかと、緊張の糸をこれでもかと言うほど伸ばし、唇をキュッと結んで両手を握りしめた。ゼルダはいつになく険しい顔をした母を見て不思議に思ったが、すぐにアストルの方に視線を戻した。
「ええい!前置きなどいらぬ!とっとと怪人の居所を告げよ!」
王は苛立ちながら立ち上がり、アストルを指さした。早く化けの皮が剥がれろと思いつつ、暗い謁見の間の中で背後から聞こえるブーツの音を確認した。あぁ、彼は来てくれた。彼はその姿を多くの人に見せるという覚悟をしてくれた。アストルはそれを嬉しく思った。目を閉じてもう一度覚悟を決める。背中に感じる彼の気配。

もはや、引けない。

「怪人は、彼は……私の側に!」
アストルの背中に真っ黒な翼が広がる。だが翼のように見えたそれは、大きな外套だった。それを翻した巨大な人影が一つ、アストルの背後から現れる。天球儀の光がその人影を照らせば明らかになるその姿。仮面で顔の半分を隠して、燃えるような赤い髪を靡かせた、太陽に祝福された褐色の肌が眩しい。
「あれは、ゲルド族!?」
王太子妃の後ろに控えていたウルボザが驚愕する。まさか怪人は同族だったのかと。ゲルドの女たちは皆屈強で、ハイリア人の男をも凌駕するほどだ。しかしアストルの後ろから現れた怪人は、女たち以上の高身長に鍛え上げられた体躯。
あれはゲルドの男なのだと気が付いた。
だがこれではまるでアストルが怪人を従えているように見える。集まった人々は混乱する。事件は最初から占星術師が仕組んでいたことだったのか、全て二人の自作自演だったのか、占星術師は怪人の味方なのか。疑念を向けられつつある中、アストルは言葉を続ける。
「陛下、貴方はかつてゲルドに生まれた男児を『魔王復活阻止』という名目で、その子を母親から取り上げましたね」
「名目ではない。この国を脅かす魔王はゲルドの男だ。それは事実。しかしそのことは半世紀も前の話。何故それを知っている」
「私は星を読みます。星はなんでも知っているのです。過去も未来も、善行も悪行も、全て、お見通しなのです」
フードの奥でアストルは不敵に笑った。目を細め、口の両端を吊り上げる。まるで悪役のように。自信たっぷりなその様子に、王は思わず気圧される。
「何が言いたい」
「陛下の下した悪しき行為。私はその全てを暴くためにここへ来たのだと、星を読む内に確信しました。星は嘘偽りを語りませんから」
「儂がいつ悪事を働いたと?儂は王としてこの国を守る義務があるのだ。そのために魔王の芽は摘んでおくべきだろう」
「しかし、一人の人間の人生を奪う権利は陛下にはございません」
アストルは隣に立つファントムにそっと視線を投げかける。王をも口ごもらせる鋭い瞳は恋人を心配する優しい目に変わっていた。隠した素顔を見せても大丈夫なのかと。晒せば何をされるか言われるかわからない。それでも露わにしてくれるのかと。ファントムは口元に軽く笑みを浮かべ頷く。
「見るがよい、民よ。これが王の愚かな所業の形だ」
ファントムは人々の方を向き、仮面を外した。顔の左半分は焼け爛れ、皮膚は変色し、片目が潰れている。それを見た瞬間、城仕えの者たちの間に悲鳴が上がる。中には失神する者も現れた。
何故あんな顔をしている、気味が悪い、これが陛下の所業だと、早くその顔を隠せ、なんてものを見せてくれたんだ。あちこちから飛んでくる罵詈雑言に不思議とファントムは何も感じなかった。きっとアストルが自分を守ってくれているのだろう。ちっとも悲しくも苦しくもなかった。
「覚えておりますか陛下。五十年ほど前、貴方は罪無きゲルドの男児の顔を焼いた。その男児こそ、彼なのです」
「っ……!」
「これまでに起きた事件は、怪人による逆襲。全ては、陛下が彼に危害を加えたことから始まったのです」
アストルが言い切ると、王は黙ってしまった。反論などできるはずがない。アストルが告げたことは全て真実なのだから。ファントムを罵倒していた者たちの間にざわめきが広がる。陛下がそのような行いを、そんなまさか信じられない、けれど占星術師が言うことに間違いなどあるのか、陛下のゲルド嫌いを考えると有り得ない話ではない、……
どうかこのまま、王が自分の罪を受け入れますように。そしてファントムに謝罪をしてくれれば、ファントムの感情は別として、そこに関してアストルは王を許そうと思っていた。
「彼をゲルドの街で生かしていれば、亡き王妃様と陛下は仲違いせず、城中であらゆる事件も起こらなかったのです、陛下。……いえ、取り上げこそすれども、顔を焼き、地下に閉じ込めるなどしなければ、彼は怪人にはなりませんでした」
……儂が悪いと申すか」
「星がそう告げております」
「それは、お主の考えではないのか、アストルよ」
王の言葉にアストルはドキリとした。確かに私情を挟んでいるのは事実だった。しかし実際にナボリスの星は強く輝き、それは負の感情を示している。星もファントムに対する不当な扱いに怒りを感じているはずなのだ。アストルは動揺を抑え込み、首を横に振って答える。
……いえ、全て星のお告げでございます陛下」
「では何故お主と怪人は通じ合っておる。それを答えよ」
「それは……
「我がこれを占星術師に育てた。それだけだ」
ファントムは返答に詰まるアストルの肩を掴み、自分の方に引き寄せる。助け舟を出してくれたのはありがたいと思っていたが、相手は憎んでやまない国王だ。ファントムが激情に駆られてしてはいけないことをやらかしてしまうのではないかとアストルは少々不安になった。
それを考えるとやはりおかしい。あれほどの技術を持っていながら、何故ファントムは王を殺さなかったのだろう。
「兵士たちよ!」
王は突然大声を上げた。
「占星術師は、怪人に、いや魔王に心を操られておる!やはりゲルドの男はこの国を脅かす者!生かしてはおけぬ!」
「お父様、何を!」
「占星術師を魔王の手から助け出せ!そして魔王を捕えるのだ!」
王太子妃は二人を庇おうとその場から動こうとしたが、「王太子妃様、あの者は危険です」とその場にいた騎士に止められてしまった。離しなさいと言うが騎士は首を縦に振らない。結局自分はファントムに何もしてやれない。母の思いも友の気持ちも継げないままなのだ。


「アストルよ、どこまで見えておる」
「大丈夫です天使様、ここも見た通りです」
ぐるりと円環状に並んだ兵士たちに囲まれていたが、アストルもファントムも余裕の面構えだった。アストルは占いで今日のことを見通していたのである。何が起こるのかは全て既知のはずだが、途中までは見た未来と少々違った。結果が同じならば誤差の範囲内だと思うことにして、アストルは更にファントムへ身を寄せた。そんなことをされては兵士たちは下手にファントムに手出しができない。アストルはそれをわかっていた。
「占星術師様!貴方は魔王に操られています!こちらへお戻りください!」
「私は操られてなどいない。正気だ。お前たちこそ、あのような君主に仕えることがバカバカしいと思わないのか?」
「やはり魔王の念に取り憑かれて!おのれ魔王!占星術師様に何ということを!」
槍を持った一人の兵士が叫びながら勢いよく突撃してくる。だがファントムは自分に向けられた槍先をいとも簡単に受け止め、そのままへし折った。その怪力に槍を折られた兵士は顔を真っ青にして腰を抜かす。それを見た他の兵士たちも一気に怖気づく。ファントムはジロリと国王を睨みつける。
「これ以上危害を加えるつもりはない。だからこそ、我はここに来た。だがそちらがその気なら、我らの方も強硬手段に出るしかあるまい」
「ほう、強硬手段とな?どんなものか、見せてもらおうじゃないか」
そんな事ができるものか、と王は高を括る。アストルは謁見の間に投影していた星明りを消し、天球儀を手元に収めた。すると光を失ったことで暗闇が広がり、集まっていた人々はパニックに陥る。闇の中ファントムはアストルを小脇に抱えた。アストルは驚いてファントムの方を見るが暗くて表情はわからない。
「飛ぶぞ」
「えっ……!?」
ふわりと足が床から離れる。巻取り式の鎖鎌を使って、二人は宙を飛んだ。だがこれは予定には組み込まれていない。完全にファントムのアドリブだ。まるで星の見えない夜空を飛んでいるようだとアストルは思った。空気を切り裂くスピードで突き進み、気がつけば謁見の間の二階に足を下ろしていた。
目が慣れていない暗い中で兵士たちはおろおろするばかり。二階の窓際から自分たちを見失った兵士たちの様子を眺めて、思わず笑いが漏れた。見ていて滑稽だと思えてしまう。
「こっちだアストル」
「あ、はい!」
ファントムに腕を引かれ、暗い中を歩く。大丈夫、ここは自分が見た未来と同じだ。アストルはそう言い聞かせて、玉座の裏手……の真上までたどり着いた。いざという時のため、玉座の周辺には脱出や逃亡に使う隠し通路が幾つか用意されている。二人が使ったのはその中の一つ、玉座の真後ろにある小さな螺旋階段だ。足音を立てぬように二人は静かに狭い中を降りていく。ファントムが体を横にしなければならないくらいの狭さだ。王のためのものと言えど緊急脱出用。そんなものかとアストルが思っていると、ファントムの足が止まる。
「天使様、どうかし……
「声を出してはならぬ」
ファントムは階段の途中で立ち止まり、何かを探しているようであった。謁見の間が真っ暗ならば階段も当然真っ暗。壁に挟まれた狭い中を手探りし、ようやく何かを見つけたのかファントムは再度歩き出した。降り立ったその正面には毛羽立ちのいいカーテンがかかり、それを退かした先に何も知らない顔をして全てを知っている王が座っている。この男を連れて行くのだ。ファントムが育った、彼の精神の牢獄へ。
ファントムはカーテンから飛び出す。うまく行きますようにとアストルは祈るだけだ。
「愚王よ、これから貴様を地獄へとご案内致そう」
その声に王と、円形になっていた兵士たちが振り返る。ファントムはカーテンを掴み、勢いよく広げると王を包み隠した。そして自分もすぐさま隠れる。王の側で警備についていた騎士たちは慌てたが手遅れで、カーテンを取り払うと残されていたのは豪華な作りの玉座だけであった。

続く