星とは岩石の塊であったりガスの塊であったり、基本的に生命の意思と呼べるようなものは存在しない。このハイラルの地には意思を持つ岩の巨人が至るところで息を潜めているが、それらがいるくらいである。時折大地に落ちてくる「星のかけら」は希少だが、ただ光り輝くだけでそれ以上でもそれ以下でもない。
星を手にすることは、限りなく難しい。
「星は小さい粒ではない。遠くにいるからそう見えるだけだ。星は途方もなく遠くにいて、途方も無く巨大なのだ。それこそ、この地を余裕で焼き尽くすほどの熱量を持っていて……観測はできても触れることなどもってのほかなのよ……って聞いてるのか?」
アストルは隣にちょこんと座っているたまご型のからくりをじとっと軽く睨んだ。それでもからくりは「ポーゥ」とのんきに音を立てるだけ。意思疎通ができているのかいないのか、アストルは未だにわからなかった。
「……はぁ」
厄災の宿りしこのからくりと行動を共にし始めてから数ヶ月が過ぎた。計画は順調。イーガ団からは返答待ちといったところだが、恐らく了承はしてもらえるだろう。あれほどの力を示したのだ。断るなど馬鹿げたことは考えられない。
最初こそ、このからくりの見せる未来をアストル自身も信じることができなかった。しかし星はからくりの見せる未来を告げていた。アストルの経験上、星は嘘をつかない。何よりも星を信用していたアストルはこのからくりを信用することにした。そしてこの中に宿るという厄災に、少しずつではあったが惹かれていた。
ふと、二人の目の前に広がる満天の星空を一筋の光が流れていく。アストルは身を乗り出し、からくりを両手で掴んでその光の筋を見せた。
「ほら見ろ、あれが流星だ。美しいだろう?」
からくりの赤いモノアイに流れる星が映る。蛇腹の足が星を掴もうと手を伸ばしたのを見てアストルは笑った。その子供のような仕草が可愛らしかったのだ。
「だから星には触れられぬのだよ、厄災ガノン。先程も言ったろう?星は大気に突入する時に燃え尽きて……あ?」
アストルは我が目を疑った。その流れ星は消えずに少しずつ大きくなり、こちらへと近づいてくるのだ。ぐんぐんぐんぐんと接近してくる岩石の塊にぶつかっては一溜まりもないと、アストルはからくりと天球儀を両腕で抱え、腰を下ろしていた木の根元から急いで離れた。が、元々体力がある方ではなかったので、すぐに疲れて足が縺れ、派手に顔から転んでしまった。手元から吹っ飛ぶからくりと天球儀。からくりは何とか自力で着地したが、天球儀はコロコロと坂道を上がりかけてからアストルの方に戻ってきた。
岩が地面にめり込む轟音と衝撃を感じた。立ち上がったアストルは天球儀を抱えて先程の木のところに戻ろうとしたが、木がどこにも立っていない。あるのは、地面ごと根っこが抉れて倒れている木だけだ。
「……まさか」
アストルは恐る恐る木に近づく。自分が座っていた場所に岩の塊が激突しており、地面をヒビを走らせながら凹ませていた。そこからは煙が立ち上り、その温度の高さを物語っている。もしもここにずっと座っていたら今頃自分は木っ端微塵だと、アストルはゾッとした。アストルの後を追ってきたからくりもその光景に慄いたのか「ピーィポ」と音を立てた。
「ピンポイントで星が落ちてくるとはな……こんなのは初めてだ……どんな確率よりも低いと聞くが……」
アストルは落ちてきた星に触れたいという思いがあったが、この星は空気に擦られて熱々の状態のはずだ。少し待ってから触って持ち帰ってやろうと思った、その瞬間である。
落ちてきた星が、ゆっくりと浮かび上がったのだ。まるで、意思があるかのように。
「な、なんだこれは!?」
「ピ!?」
アストルとからくりが同時に驚く。そしてあろうことか、浮かび上がった星はふよふよとアストルの方に近づいてきたのだ。あり得ない光景にアストルは腰を抜かし、地面に尻をついた。
ペリペリと音を立て、星から岩肌が剥がれ落ちる。どうやら岩のように見えていたのはこの星の表皮だったらしい。しかしそんな星は聞いたことがないとアストルはその様子を驚きと恐怖に支配されながら見つめていた。
「メノ!」
「は……?」
その声は目の前の星から放たれたものだと、アストルは信じたくなかった。星とは生物ではない。意思など無い。あまつさえ声を発するなど、ありえない。
しかし岩の表皮が落ちたその星は不思議なことに目と口があり、夜の闇の中で黄色く輝いていた。この星は、生きていた。
「な、なんなのだ、お前は……」
「メーノ」
「お前も変な鳴き声を出す奴なのか……どうしてこんなのにばかり出くわすんだ……」
からくりと出会ってから数カ月間、ハイラルのあちこちを旅してきたアストルであったがこんな生き物は見たことなかった。岩だと思っていた地形が岩の姿をした魔物だったことはあるが、この生きている星が魔物のようには思えなかった。生きている星はアストルの懐に飛び込む。思わずアストルは腕でその星を抱えてしまう。それに満足したのか、この生きている星は脱力してアストルに身を委ねた。眠っているらしく、目は閉じられている。
「……奇妙な星だ。そもそもこいつは星なのか?星の形をした生き物なのか?……わからん……」
戸惑うアストルの足元をテコテコと歩き回るからくりは頻りに高い音を出し、ローブの裾を引っ張る。どうやらアストルの腕は自分の席だと抗議しているようだった。
「仕方なかろう。この星は今寝ておるのだ。お前は動けるだろう、厄災ガノン」
からくりは「プー」と音を出して、不満げに赤黒い煙を出した。そんなこと言っても無駄だ、とアストルはからくりのアプローチを蹴っ飛ばす。
「とにかく、こいつの正体を調べればならぬな。生きているならそれなりの世話は必要になる」
アストルは尖った物言いをしていたが、その表情はどこか穏やかなものだった。
❋❋
ハイラル城の図書館は一般人にも開放されており、その書架の豊かさは村や町の本屋とは段違いである。あらゆる知識を集めるにはここを利用するに限る。それに、いつかここは自分の手の中に落ちるのだ。その時のために城の造りや警備を配置具合、それらを把握しておく必要がある。言ってしまえば潜入捜査も兼ねているのだ。ここに王家の反乱分子がいるなど、誰も気付きはしない。敵は「厄災ガノン」だけだと思い込んでいるからだ。
アストルは生きている星について図書館にある本を片っ端から調べていったが、それに関する記述は一文字たりとも見つからなかった。動物の一覧にも、魔物の図録にも載っていない。これはまさに未知の生物なのだとアストルは思った。
「しかしあれは本当に生物、と考えていいのか……?いや岩の巨人の例もある。無機物に命が宿ることも、無くはないと思えなくもないが……」
図書館で調べごとをするついでにしばらく城下町に滞在しようと宿を取っていたアストルは、からくりと戯れている生きている星をじっと見つめた。突如として空から降ってきた謎の生命体は人懐っこく、自分よりも遥かに大きく姿も異なるアストルをまるで最初から知っているかのような態度をとってきた。変な鳴き声を出し、空中をふわふわと浮いているそれはどうにもこうにも生き物のようには見えなかったが、目と口はあるので生物と思わざるを得なかった。
「お前、仲間はいるのか」
「メノ?」
「生き物であるならば同族ぐらいいるだろう。お前にはそれがいるのか?」
「メノノ?」
はぁ、とアストルはため息をつく。これとの意思疎通は厄災ガノンとのそれよりも困難を極めた。星を手にするのは不可能だとそう思っていたのに。アストルは自分のことを見つめている生きている星を見ると、これは死んだ母からの贈り物なのではないかと思ってしまう。初対面の謎の生物である自分にこんなに懐いているのもそれで説明がつきそうだ。アストルは母のことを思い出すと、どうしても苦しい感情と共に復讐心が胸中を渦巻く。厳しい顔をしていたのか、星はアストルに近づき、心配そうに顔を覗き込んだ。
「……お前は、母上の遣いなのか?」
アストルはそっと星に手を伸ばす。アストルの知る星は何千度という驚異的な温度を誇り、触れることなどできない。しかし、この星には触れられた。人肌よりも温かい、ちょうどいい温度をしていたが体温の低いアストルには少し熱いくらいであった。アストルが星を撫でると星は心地よさそうに目を細める。
「母上は立派な方だった……宮廷に仕える占星術師だったのだよ。けれど厄災復活の兆しを予言したことで魔女と渾名され城を追われたのだ……。そして逃れた村では変わり者と忌み嫌われ、とうとう……」
「メノ?」
「あぁすまぬ。お前が母上の遣いならば、こんな顔見せられぬよな。母上の復讐のためにも、早くこの地を、厄災ガノンの見せた未来に導かねばならぬ」
しかしその時この星はどうなってしまうのだろう、とアストルは思った。厄災の怨念は生きとし生けるものの全てを奪い去るという。この地を滅ぼせば、この星はどこでどう生きれば良いのだろう。
「……決めたのだ。復讐すると。だが、だが……」
「メーノ?」
「私に、迷う余地など無いはずなのに」
それからアストルは厄災ガノンの宿りしからくりと、生きている星と行動を共にするようになった。最初こそ、アストルは星を「母の遣い」だと思って可愛がった。何を食べるか、生態はどうなのか、わからないなりにアストルは努力した。しかし日を追うごとにアストルの様子は変わっていった。悪い方向へ。生きている星は荒んだアストルに寄り添った。星が何を考えているのかはわからない。ただ、アストルが母の遣いだと思っている星を蔑ろにすることはなく、寄り添ってきた星を抱きしめ、「お前を抱き締めていると、とても落ち着く」と呟くのであった。
それを見ていて黙っていないのが厄災ガノンの宿るからくりであった。彼を自分の計画に組み込むために、良心を抱えたままでは困る。怒りと憎しみに心を支配させねば、使い物にならない。アストルが言うように生きている星が彼の母の遣いだとしたら、彼の母は息子を悪鬼の道を辿らせんとしているのだろうか。それは決して許されない。
厄災ガノンの考えは半分正解であり、半分が間違いだった。この星は、アストルの母の遣いではない。
星見であるアストルに、この生きている星が懐くのは至極当然のことであった。そして星はアストルの生来の人格を維持させようとしたのである。星見の青年が厄災の信奉者に変わってしまわないように。
しかしアストルは厄災の信奉者の道を辿った。アストルは星を見失ったのである。それまで何ともなかった生きている星は突然アストルの目の前で粒子となった消えた。アストルはこれを、「お前に甘えて目的を見失うなということか」と解釈した。星がいなくなったのは、自分に道を示すためだと。
アストルは悲しんだが、母のために、そして消えた星のためにも自分にはこれしかないと地に足をつけた。
そんなアストルの足元で、厄災ガノンは満足そうに橙色のモノアイを点滅させていた。
終わり
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