ナスカ
2021-05-23 10:50:59
631文字
Public
 

キスの日掌編 スパアス

掌編なので短いです。ムービー「裏切り」の続きみたいなもんだと思ってください。

厄災の怨念の力で生み出された幻影たちは、仮面をつけた武人を死の淵まで追いやった。武人は倒れ伏せ、その二振りの刀を支えにしても立ち上がることは出来なかった。
「ふ、哀れなものよ」
厄災の信奉者は嗤う。かつて自分を好きなだけ蹂躙してきた男が、自分を前に何もできない様が信奉者には愉快で堪らなかった。数々の屈辱を、痛みを、苦しみを、何倍にもして返してやろうと思っていた信奉者の願いはようやく成就しようとしていた。
「アストル、殿……そなたのしようとしていることは間違っているでござる……
「まだそんなに喋れる元気があったか」
仮面越しに聞こえる声はほとんど呻き声のようであった。せっかくだと信奉者は武人の仮面を剥ぐ。これまで散々向こうだけ顔を隠してきたのだ。最期に死に顔くらい拝んでも罰は当たらないだろうと。
褐色の肌に赤い切れ長の瞳、その整った顔にうっすらと残る傷。信奉者は思わず興奮で胸が高鳴る。
「ほう、お前はそんな顔をしておったのか」
「アストル殿、そなたは、厄災に身も心も……
「当たり前だ。私は身も心も厄災ガノンに捧げている。お前に捧げるものなど、これくらいだ」
信奉者は懐から小指ほどの大きさの瓶を取り出し、その中身を口に含む。そしてそのまま武人に口付けた。抵抗できない武人に中身を口移しする。それは、死へと至る劇薬だった。信奉者はすぐさま解毒剤を飲み干し、悶え苦しむ武人を下に見る。

落日の接吻は、何よりも甘くて苦いものだった。


終わり