ガノンドロフが帰宅すると、珍しくアストルがスマホをいじっていた。ガノンドロフが帰ってきたことにも気がついていなかったらしく、「アストル、帰ったぞ」と声をかけて、ようやっとアストルはハッとして画面から顔を離した。
「あ!ガノンさんおかえりなさい!すみません、ちょっと調べ物してて……すぐご飯にしましょうね」
「珍しいな、お前がネットで調べごととは」
「はい。……ちょっと、どうしても……」
アストルは見ていた画面をそのままガノンドロフに見せた。ガノンドロフはそれを見てなるほどと頷く。アストルが見ていたのはウエディングドレスのカタログサイトだったのだ。定番の純白のドレスから、何色ものカラードレス、ふんわりと膨らんだプリンセスドレスからタイトなマーメイドドレスまで多種多様なドレスが取り揃えてある。いくつかのドレスは既に気に入ったのか、「気になるマーク」を付けていた。
「ドレス、着たいのか」
「はい。その……結婚式では……貴方の隣でドレスを着て立ちたいんです」
「式……そうだな、我も式のことについてちょうど考えていたところだったのだよ」
「嬉しいです!考えてること、一緒だったんですね」
「そういうことになるな」
二人してリビングのソファに腰掛け、思い描く結婚式について語り合った。アストルはこんなドレスを着たい、こんな演出にしたい、と夢を描くように幸せそうに話す。ガノンドロフはそんなアストルを見て仕事の疲れが癒される思いだった。一方ガノンドロフは、互いに家族もいないし友人も皆無なことから「二人だけの結婚式」を提案した。二人だけの結婚式ならば招待客に気を遣う必要もないし、何よりお互いだけの空間が作れる。もちろん結婚式を進行させるスタッフや牧師なり神父なりはいるだろうけれど、それ以外は必要ない、と。
「二人だけの結婚式……なんだかとっても素敵ですね!でもガノンさんはお知り合いとか多いですし、結婚式にお招きしなくてもよろしいのですか?」
「我の知り合いを集めたところで、マスコミ共の格好の餌になるだけだ。我はお前と愛を誓えればそれで良い」
そう言われてアストルは頬を赤らめ、ガノンドロフに己の身を預けた。そんなアストルの肩を抱え、ピッタリと寄り添う。ラブラー山での一件を経て互いの思いを伝えあい、二人の距離はより縮まった。遠慮がちだったアストルも少しずつではあるが積極的になり、ガノンドロフはそんなアストルが自分の意見を通せるようになれるために背中を押していた。
「けど二人だけの結婚式って、して、もらえるんですかね?」
「案ずるな、既に調べはついている。少人数専門の挙式を行っているところがあるようでな。一度そこに行ってみるのはどうだ?」
「行きたいです!ガノンさん、お仕事はいつ休みですか?」
「実は……既に予約して、ある」
ガノンドロフは一度咳払いをすると気恥ずかしそうに視線を逸した。思いがけない言葉だった。アストルは口元に手を添えてから、弾けるようにガノンドロフへ抱きついた。
「嬉しい!ありがとうガノンさん!すごく楽しみです!」
「まだ式では無いぞ?」
「確かにそうですけど……なんだかこう、安心するんです。書面で結婚はしたも同然だけれど、結婚式をすることで、やっと私は貴方と一緒になることを許されるんだ……ってそう、思えて……」
「少し不安だったのか?」
「はい……。貴方はすごく世間に知られた方ですし、きっと私は嫉妬の対象になるはずって……。貴方が愛してくださっていることはわかっていても、誰も私たちを祝福してくれないんじゃないかって……どうしても、怖くて」
アストルは嬉しそうな表情から一転、暗い顔になる。目を伏せて、唇をきゅっと閉めている。アストルは卑屈だった。己を卑下し、自分はダメな人間なのだと自己暗示するように何度も言葉を繰り返していた。それを変えたのはガノンドロフだった。お陰でアストルは諦めていた夢を目指し、新しい夢も見つけた。けれどどうしても、未だ自分とガノンドロフの間にある落差を感じざるを得なかったようだ。ガノンドロフはアストルを逞しい腕で抱きしめる。
「もっと早く言えばよかったな。すまないアストル、不安にさせたな」
「私の方こそ……まだ弱くて、ごめんなさい」
❋❋
数日後、二人は中央街から離れたメーベ町にある式典場を訪れた。中央街の最先端を行く街の雰囲気とは異なり、穏やかで伝統的な風景を残している。近くにはハイラルの超老舗であるロンロン牧場があり、敷地内には放牧している動物たちからとれる牛乳や卵を使ったスイーツの直売店があった。メーベ町は町全体がハイラルの有形重要文化財として登録されているのである。
そんな古い町並みの中に、ガノンドロフが見つけたという少人数専門の結婚式場がどこにあるのかというと、古い教会をリノベーションした式場が町の北にあった。ハイラルの人々は中央街にあるハイラル大聖堂で盛大な式を挙げることが多い。女神ハイリアの前で永遠の愛を誓うのだが、アストルもガノンドロフも神の祝福など必要としていなかった。二人の気持ちを誓えれば、それでよかったのである。多様な種族が生きるハイラルには、少数派ではあるものの二人のように女神に見守られての式をしたくないという層が一定数存在した。そのような事情を抱えているカップルに限って、少人数や二人だけの挙式を望んでいるのだから何かしらの因果関係を感じる。
建物の基調は中央ハイラルの南の方にある「時の神殿」をモチーフにしているらしく、尖った屋根やブルーの外壁が印象的だった。他のカップルたちも相談会目的なのか、次々と式場の中へ入っていく。
「わぁ……!すごく綺麗なところですね!」
「あぁ、写真で見た以上だ」
「早く中に入りましょ!」
アストルはガノンドロフの腕を引いて速歩きをした。こうして自分の側でアストルか幸せそうにしてくれている、それだけでガノンドロフは思わず目頭が熱くなる。かつてアストルが厄災の怨念という病魔に冒され、意識もなく眠り続けた日々を思えば今の全てが奇跡のようだった。
屋内に入ると、天井は高く開放的で、内装は白をメインとしたロマンチックな造りになっている。リゾートホテルを思わせるロビーの真ん中には噴水まで置いていた。どこに行けばいいのだろうとアストルがキョロキョロしていると、受付のスタッフらしい女性が「本日は結婚式のご相談をご希望ですか?」と尋ねてきた。ガノンドロフが予約していたことを告げると、スタッフの女性はにっこり笑って二人を打ち合わせの部屋へと連れて行った。
打ち合わせ専用の部屋では既に数組のカップルがウェディングプランナーと話をしている。二人が椅子に座ってしばらくすると、先程のスタッフとはまた違う女性がやって来て自己紹介をした。よろしくお願いしますと会釈をし、早速挙式をどのようなものにしたいかという打ち合わせが始まった。
日程からはじまり、どのくらいの人数を招待するか。そこについては二人だけの挙式を望んでいたのでそれを伝えると「ロマンチックで素敵ですね」とプランナーの女性は笑った。アストルが星空の下で結婚写真を撮りたいけど無理ですかね……と少し弱気そうに言えば、星空ウェディングなるものがあることを教えてもらえた。
二人だけの挙式ならば屋内に限らず、許可さえ得れば二人の思い出の場所や希望の場所での式が可能だという。ガノンドロフが、では星空ウェディングの詳細を見せてほしいと頼めばプランナーの女性はすぐにプランについて書かれたパンフレットを出してくれた。
パンフレットに載っていたのは、アデヤ町の近くにある「天望の丘」での挙式及び写真撮影プランだった。天望の丘はその名の通り、空をよく見渡すことができる絶景スポットだ。ロマンチックな写真が並ぶページに、アストルは目を輝かせた。
「気に入ったか?」
「えぇ……えぇ!とっても!」
「ではこちらのプランで進めていってよろしいでしょうか?」
「はい、よろしくおねがいします!」
それから数回に分けて打ち合わせを行い、トントン拍子に話が進んでいった。日程や詳細な内容も決まり、あとはその日を迎えるだけとなった。しかし二人ともそれまで何もしていなかった訳ではない。アストルは秋に控えた大学院への編入試験の勉強を続け、ガノンドロフはいつもどおり音大の講師に公演にと忙しくてしていた。
けれどそれも約束された幸せの日に向けてならいくらでも頑張れたし、家に帰れば愛しい相手と過ごすことができる。式がまだなので「健やかなるときも病めるときも」のような誓いは立てていなかったが、そんな誓いを立てるまでもなく二人は互いを尊重し合い、慮っていた。アストルが勉強をしながら机に突っ伏して眠ってしまっている時はガノンドロフがそっと背中にブランケットを掛け、ガノンドロフが疲れて帰ってきたときはアストルがたっぷり甘えさせるのである。
「アストル、式で着るドレスはどんなものなのだ?」
ソファに座るアストルの膝に頭を預けながらガノンドロフは問いかけた。アストルはそんなガノンドロフの燃えるような赤毛を手で撫でながらニコリと笑って言う。
「内緒ですよ。ドレスサロンのスタッフさんと相談して、しっかり決めているので楽しみにしててください」
「話せぬのか……」
「だって、その日にびっくりするほうがいいでしょう?」
拗ねた様子のガノンドロフにアストルはもっともらしいことを言う。一刻も早くどんな姿をしているか知りたいガノンドロフに対し、サプライズでドレス姿を見せたいアストル。考えは割れていたが、式を楽しみにしていることはお互いに変わらなかった。
「まぁ……そうとも言うが……」
「とびっきり綺麗にしてくださるって、メイクさんも言ってましたから、楽しみにしててくださいね」
ちゅ、とガノンドロフの額にアストルはキスを落とした。まさかそんなことをされるとは思っておらず、ガノンドロフはその褐色肌からはわかりづらいが顔を赤らめた。
「……お前も積極的になったものだな」
「貴方のお陰で。……もしかして、消極的な方がよかったですか?」
小首を傾げる姿が愛らしい。ガノンドロフは起き上がると、アストルを自分の腕の中に引き込んだ。アストルは「わっ!」と驚きながらも抵抗せずにその身を任せる。
「消極的な方がいい……とまでは言わぬが、初心だったお前が少々恋しいとは思うな。我の挙動に逐一照れる様は可愛いものだった故な」
「なんだか、昔の自分に嫉妬しちゃいます」
「今のアストルも変わらずに愛しておる。その必要はない」
ぷうと膨らませた頬から空気が抜け、穏やかな笑みがアストルに戻る。ガノンドロフの腕にすっぽりと収まるアストルは成人男性でありながらまるで少女のようだった。ぴったりとくっついていると互いの脈動を感じて、ひとつの塊になったような錯覚に陥った。何もかもを思い出したからこそ、アストルは一層ガノンドロフを愛しく思っていた。
「……大好きです、ガノンさん……」
「我も愛しておるぞ、アストル」
とろけるような夕日に照らされて、二人は時間を忘れて睦み合った。
❋❋
髪型はクラシカルなアップスタイルでアクセントに三つ編みを編み込み、メイクはアイホールに鮮烈な赤を引いた。上品で大人な雰囲気に仕立て上がったところでアストルは「これが私……」と思わず鏡の中にいる自分を見つめた。こんな自分をガノンドロフが見たらどんな顔をするのか、今からそれが楽しみだった。
選んだドレスはもちろん純白。その生地には星柄の刺繍が施され、幾重にも重なったレースも星柄だ。そしてガノンドロフが好んでいるからと、アクセサリーに選んだのはトパーズ。胸元が大胆にカットされた場所を埋めるようにトパーズのネックレスが輝く。まるでアストルが黄金色に輝く星のようだった。
「終わりましたよ、アストルさん」
「ありがとうございました!本当に素敵……なんだかまだ夢を見ているみたいです」
「夢の時間はこれからですよ。さあ、新郎様がお待ちしています。行きましょう」
「はい!」
ヘアメイクとドレッシングを終え、アストルは転ばないよう慎重に外へ出る。既に空は暗くなり始め、黄昏の光が丘を包み込んでいた。丘には赤いヴァージンロードが敷かれ、その到達点にはいつもと違う白いタキシードを着たガノンドロフが待っている。ヴェールで顔を隠したアストルは一歩ずつ、けれど確実に伴侶の元へと歩いていく。本当ならば自分は父親と共にここを歩いたのかもしれないけれど、アストルは生まれてこの方父親というものを知らなかった。母親は何も教えてくれなかった。けれどそれをアストルは不幸だとは思わなかった。母親が死んだとき、自分はどうすればいいのだろうと思い悩んだこともあった。それでも、今こうして愛する人と結ばれる喜びがアストルを満たしている。
丘の緩やかな坂を登り終え、アストルはガノンドロフを見つめた。世界一美しい花嫁を前にガノンドロフは何を言ったらいいのかわからなくなっていた。あれほど楽しみにしていた晴れ姿なのに、いざ現実を目の当たりにするとどうも言葉を失ってしまう。何も言ってくれないことにアストルは不安になって、思わず名前を呼んだ。
「……ガノン、さん?」
「……すまぬアストル、あまりにも綺麗すぎて、なんと言えば良いか……」
「……それだけで十分嬉しいですよ」
見つめ合う二人の愛を見届けるのは一人の牧師と、数人のスタッフたち。二人の深い深い場所を知るのは、お互いだけであった。それが二人の望む形だった。牧師が紡ぐありふれた言葉に、二人はかけがえのない誓いを立てる。たとえどんなことがあっても、二人は魔王でも占い師でもない。もう二人を引き裂く非情なさだめは存在しない。
「では、指輪の交換と誓いのキスを」
牧師がガノンドロフに指輪が二つ揃えられたリングピローを差し出す。太い指で繊細な彫刻が施された指輪を摘み、もう片方の手でアストルの手を下から支えた。そして左手の薬指にそっとトパーズの指輪を通した。アストルの瞳と同じ、星のように輝く美しいトパーズだった。アストルはその指輪を見つめた後、ガノンドロフの方を見てニコリと笑った。アストルも同じように指輪を手に取るとガノンドロフの薬指に通した。
ガノンドロフはアストルの顔を隠すヴェールを捲る。透けた布に隠れていた顔が露わになり、ガノンドロフは暫しその顔に見惚れた。白磁のような素肌に、ほんのり桃色に染まった薄い唇。何よりもこちらを見つめてくる黄玉色の瞳が煌めいている。紅色の頬に手を添えると、アストルはその手のひらに頬ずりをした。そして覆いかぶさるように、アストルに口付けた。
ほんのり甘い、初恋の味がした。
「アストル……」
「ガノンさん……」
いつか天井で見た天の川が二人を静かに祝福していた。
続く
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