ナスカ
2021-04-29 20:37:39
7670文字
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それはパズルを組み上げるが如く④

ガノアス現パロの続き。
一人は、慣れてるはずなのに。

『お前に奴を愛する資格があるのか?』

『奴を手に掛けたのはお前ではないか』

『形が違っても、結果は見えておるわ』

目の前に現れた黒い影はガノンドロフを嘲笑う。影は自分と同じ姿と声をしていた。もうひとりの自分とでも言ったところか、とガノンドロフは一蹴した。下らぬ、このような幻覚が我の本音だというのか、笑わせる。

『そもそもお前がこの国を狙わなければ、奴は人並みの幸せを手にしていたはずだ』

『奴の凄惨な過去を許せぬと憤ったが、全てはお前が原因』

『生まれ変わったとて、その事実は変わらぬ。魂に刻み込まれた傷は永遠に癒えぬのだよ』


「失せよ幻!我を惑わせようなど、一万年早いわ!」

ガノンドロフが一喝すると黒い影は掻き消されるようにいなくなった。この程度かとフンと鼻で笑えば、その向こうにはアストルが立っている。けれど自分の知らない服装をしていた。深くフードを被り、服の背面には自分の生まれの紋章が描かれている。金色の装飾品をジャラジャラと身に付け、まるで占い師のようないで立ち。

「アストルよ、どうしたのだそのような恰好で」

『あぁ、厄災ガノン。私の救世主よ……!』

ガノンドロフを見つけたアストルは顔つきがおかしかった。顔立ちは自分の知るアストルと同じはずなのに、肌は青白く目元は落ち窪み、頬が痩けている。しかし自分を見つめる瞳はどこか狂信的で、照れながらとこちらを笑って見つめてくる自分の知るアストルとは全く違っていた。そして、自分は何と呼ばれたか。

厄災ガノン

かつてこの国を滅亡の危機へと追いやったという、憎悪と怨念の権化。自分が?まさか。あれは過去の存在だ。もう二度と現れることはない。再び呼び醒まされることはない。あれのせいで、奴は死んだ。あれさえいなければ奴は生きて自分の側で笑って、泣いて、怒って、喜んでいたはず。それなのに厄災は奴の命に牙を剥いた。決してああなるまいと、誓ったのだ。

『共にこの国を本来の未来へ導きましょう……?私はもう、貴方の側でしか生きられない……

「やめろアストル!我はもうならぬ!お前の命を奪った厄災などに……!」

もうならない?では過去はどうだったのかと自問する。厄災ガノンは、紛れもなく自分自身だったのでは無かろうか。この地をどうしても手にしたかった。風の吹くこの地を。けれど女神は自分の手を跳ね除けた。だから女神を力ずくで追放し、その席に自分が座ってやろうと決めた。上手くいった、途中までは。姫の導きで現れた勇者に斃されるまでは。

斃されても、斃されても、何度でも蘇った。しかしその度に自我は薄らいでいったのではなかったか。理性は消え失せ、ただこの地がほしいという執着心だけが残った。

おぞましいことだ。

そしてまた、企みは失敗に終わろうとしていた。自分を慕うこの占い師を喰らい、力を得て姫と勇者に報復をと思っていたのに。

愛していると、占い師は言った。そして口付けまでした。自分は恐ろしい内実を明らかにしたというのに、占い師は愛を誓ったのだ。占い師の愛が自分を正気に返し、人間へと戻してくれたのである。

それなのに、それなのに。

『私を愛して、ガノンドロフ様──』

アストルの体が少しずつ、赤黒い靄へと変わっていく。まるであの時のようだ。あの時?あの時とはいつのことだっただろう。アストルだった靄はガノンドロフに絡みつき、もう一度世界を滅ぼそうと甘く誘う。その声はアストルのものなのか。それとも。



「っ!!」

ガノンドロフは勢いよく目を覚ました。見渡せばここは自宅の寝室。横では裸のアストルが穏やかに眠っている。そしてまた、自分も裸である。甘い夜を過ごしたはずなのに見るのがこんな夢とは、散々たるものだ。

「我は……

両手で頭を押さえ、ガノンドロフは苦悩する。やはり自分は一生あの男を超えられないのかと。生まれを同じとし共通の名を持った、恐るべき魔王。生きている限り魔王の影に怯えて過ごすしか無いのか。或いは自分がそうなってしまう狂気と戦わねばならぬのか。

……ガノンさん、大丈夫ですか?」

「アストル……

「すみません、実はさっきから起きてました」

起き上がったアストルはガノンドロフの様子がおかしいことに気がついた。何かに思い悩んでいると。アストルはそっとガノンドロフに身を預ける。そしてニコリと笑った。アストルに出来るのは、何があっても側にいると安心してもらうことくらいだ。そう思っていた。それ以上はまだ難しいとも。

「私、ガノンさんのこと大好きです。励ましてくれたり、気遣ってくれたり、その……気持ちよく、してくれたり……。だから、私から離れたりしないでくださいね?」

「決して離れぬよ。何故そう言う」

……貴方は優しいから」

ガノンドロフの腿に頭を預けたアストルはそっと頬に腕を伸ばす。ガノンドロフはそれに応えるように頬まで伸びた手を握る。アストルは「夢で『解放しよう』と言われたから」などと言うことはできなかった。

行為を終わらせたまま眠ってしまったので、二人はシャワーを浴びることにした。もちろん、一人ずつ交互に。もし一緒に入ったとしたら、お互いに欲情してしまってシャワーどころではないからである。それでもまあ、いつか風呂場で至ってみたいとガノンドロフは思っていた。湯で濡れた柔肌、湿って房になった髪、狭い空間で反響する嬌声……その全ては妄想だが、いつか現実にしてやろうと息巻く。

ガノンドロフはアストルから「お先にどうぞ」と言われたため先にシャワーを浴び、今は上がってバスローブを着たままピアノを弾いていた。アストルが歌っていた鼻歌を記憶しており、それをピアノでさらさらと奏でていく。いつか彼の声と自分の音色を重ね合わすことができるのだろうか。その日をずっと待っている。恐らく突然「唄ってくれ」と言ったら驚かれるだろう。彼のことだから「貴方の横で歌うなんて」と固辞してきそうな気もする。

アストルのことを考えながら弾くと、何故かとても感傷的なメロディになってしまった。それは咲いてすぐに散ってしまう桜のような、雪降る真冬の夜空を見つめる気持ちのような、儚い旋律。そしてそれは弾いている内に、かつて自分が書いた曲へと変わる。いつだったか、まだ自分が誰を探しているのかわからない頃。今思い返せばまだ見ぬ魂のパートナーを求めて書いたのかもしれない。有名曲のカバーばかりしていたガノンドロフが一般層にも知られるようになったのはこの曲からだった。

「あ、この曲知ってます。有名ですよね。もしかして、ガノンさんが作ったんですか?」

タオルを巻いただけのアストルがリビングに入ってきて、ガノンドロフは一瞬ギョッとしたが一つ咳払いをして「そうだ」と肯定する。アストルはテコテコとピアノまで近づき、譜面台に楽譜が無いことに驚く。

「わぁ、楽譜が無くても弾けるんですね」

「一応自分で作った曲だからな。それくらい覚えておるものよ」

「すごいなぁ。だって両手を同時に違う動きをさせるんでしょう?私にはとてもじゃないけどできませんよ」

……ならば歌は唄えるか」

ガノンドロフは思わず言ってしまった一言に自分でも後悔した。この一言はまだ言うまいと決めていたのに。もっと親しく、もっと交流を深めてから言うべきだったのに。アストルはそんなことを言われると思っていなかったのか、目を丸くしている。

……すまぬ、忘れてくれ」

「どうしてですか?」

「もっと先で言うつもりだったからだ。今は、まだ」

ガノンドロフは、らしくも無く赤面していた。アストルは初めて見るそんな表情が可愛く思えて、思わず笑ってしまう。

「どうしてもっと先じゃないと駄目なんですか?」

「その……いや、我にもよくわからないが、そんな気がして」

「そうですか……。私、歌とかちゃんと歌ったことなんて高校の合唱祭が最後なので、あまり自信は無いのですが」

「いや、お前の声がいいのだ。上手い下手ではない。我はお前の歌が聴きたい。それだけだ」

ここまでストレートに言われてはアストルも照れてしまう。二人して顔を赤くするという、よくわからない状況になってしまった。そんな中、アストルが何とか話を切り出す。

「あの、一昨日……も、言ってましたよね?声が聞きたいって」

……そう、だな」

「どうして私の声がいいんですか?もっと歌が上手な人なんて他にいるじゃないですか」

自分は貴方にはつり合わないと、そう言いたいのかもしれない。こんな包容力の塊のような、しかも世に知られた人が自分を探していたなどアストルには信じがたいのだろう。

「それがわからぬのだ。漠然としていてな。ただわかるのは、探していたのはお前だった、それだけのことよ」


❋❋


アストルはガノンドロフにホームまで見送られて自宅へと帰った。寂しくなって思わず手を握るがそこには空虚があるだけで、逞しい手のひらはどこにも無かった。たった二日と数時間一緒にいただけなのに、こんな気持ちになるなんてとアストルはガノンドロフが恋しくなった。自分の小さな部屋に戻るとその思いが加速する。

「ガノンさん……

薄っぺらいベッドの上の布団に横になり、アストルはガノンドロフに触れられた箇所を指先でなぞる。カーテンを閉めきった薄暗い部屋の中で思い出に浸った。目を閉じれば瞼の裏に見える、微笑む彼の姿。見る者を圧倒する存在感と共に感じるのは紛れもない愛情。

「どうしてあの人は私を探していたのだろう……

こんな自分が求められる理由がわからない。求められている内は嬉しいけれど、離れてみるとその理由がわからなくてアストルは困惑する。痩せっぽっちで、なんの取り柄もない自分をあんな人が愛してくれる理由が見つからない。

……わからない、な……

不思議で、不思議で堪らない。他人からこんなに愛されたことなんてこれまで無かった。きっと自分に自信がないのだとアストルは思う。

昔からそうだった。いつも影に隠れるように生きていて、唯一の家族であった母以外に心を許せるのは星だけ。星は嘘をつかない、星は裏切らない。その代わり、何一つこちらに働きかけてはくれない。いつからそうだったかと聞かれれば回答に困る。記憶にないほど幼い頃から?それとも、もっともっと昔から?

「私、は……、っ!」

思い出そうとすると、激しい頭痛に襲われた。まるで警鐘を鳴らしているかのようにガンガンと痛む。思い出してはいけないと、これ以上過去に踏み込んでいけないと。

「な、に……?私、は……何を、したんだ……?」


『まさかこの風が吹く場所で、生きていけることになるとはな』

『風……ですか?』

『ハイラルの風は息吹だ。生命に溢れておる。……ずっとこの風が欲しかった』


「──っ!」

アストルは脳裏をよぎる光景に思わず起き上がった。今のは何だったのかと、体が震える。電波の悪いテレビ画面のような、ザカザカとした映像。

「ぁっ……う、ぁっ……!」

全身を走る悪寒。映像を鮮明にしようとすればするほどそれは離れていく。知りたい、知りたいのにこの手からすり抜けていく。まるで、それは幻なのだとでも言うように。目の前に見える彼は、焔のような髪を揺らめかせている。手を伸ばしても、彼には届かない。

「やっ……やだ……、お願い、思い出させてっ……!消えないでっ……!」

彼は廊下の闇に紛れるように消えていった。

アストルは結局、何も思い出せなかった。

翌日。普通に起きて普通に食事を摂り、普通に出勤したアストルだったが、何かが物足りないと思った。これまでこうして生活していたはずなのに、足りないものなどないと思っていたはずなのに。仕事中上の空になっている時間が多く、今日は足りないもののことを考えていてあまり集中できていなかった。それを指摘されることは無かったが、そう気付いたときは「やっぱり中途半端だな」とアストルは自分を責めた。

仕事の帰り、どうにも落ち込んでならなかったのでガノンドロフに連絡をしようとした。何か物足りないのは、彼が近くにいないからかもしれないと。スマホで連絡先を表示してみたが、もし仕事の時間だったら迷惑だろうとアストルは連絡先を閉じた。そして代わりに、CDショップへと足を運んだ。

CDショップには学校帰りと思われる高校生達が流行りのアイドル歌手の新譜コーナーでキャアキャアと黄色い声を上げていた。アストルはそんな少女たちを横目で見ながらポップスや演歌のコーナーを素通りし、クラシックのコーナーへ。

ガノンドロフのピアノ演奏を収録したCDはすぐに見つかった。さすが有名ピアニストと言ったところだろうか。幾つかのアルバムを見比べたが、どれがなんの曲かわからない。一通り買ってみようかと思い、アストルはそこに並べてあったアルバムを全種類、一枚ずつ買うことにした。かなりの価格になってしまったが、アストルは初めて天体が関わらないものに手を出した。これで少しは自分も変われるかもしれない。形から入るのも大事だろうと少し気分が明るくなった。

家に帰ればそこには誰もいない。当たり前だったはずなのに、やはりどこか寂しさは拭えなかった。CDプレーヤーが無かったのでノートパソコンにCDを入れて再生することにした。最初に入れたのはどうやらカバーアルバムだったらしく、音楽に疎いアストルですらどこかで聴いたことのある名曲だった。ガノンドロフがこれを弾いているのだと思うと、少しだけ近くに彼を感じた。聴きながら夕飯をの支度を、と思っていたのに思わず聴き入ってしまって手が動かなかった。これはゆっくり浸かるように聴くべきだと思い、一時停止することに。

……なんかやっぱ寂しいな」

早いところ夕飯を作って、聴きながら食べようと思うと支度は捗った。海老の殻を剥き、ニンジンを刻み、とうもろこしとグリンピースは冷凍モノ。バターを溶かしたフライパンに冷や飯と混ぜて炒めればエビピラフの完成だ。量はそこまで多くないが、アストルにしては作りすぎたと思うほどだった。細身すぎてはガノンドロフも抱き心地が悪かろうと、もう少し肉をつけたくなったのである。

皿に盛り付けるとエビピラフは山のようで食べられるのか不安になったが、少しでもガノンドロフに「やわらかいな」と言ってもらいたくてアストルは決意した。

もう一度一時停止を押し、再び音楽を流す。

「いただきます」

アストルの静かな食事の時間に、繊細なピアノの旋律が加わった。


❋❋


コンサートを終え、タクシーを拾って乗り込んだガノンドロフは、自分のスマホに通知が来ていることに気がついた。それはアストルからのものだった。何事かと思えば、写真が送られてきていていた。見覚えのある被写体はこれまで自分が出してきたCD。

こんばんは、ガノンさん。

貴方が恋しくてCD、買っちゃいました。

まだよくわからないのですが、これからたくさん聴いて、貴方のそばで歌えるようになりますね。

ところで印税って幾らくらい入るんですかね(笑)貴方の稼ぎになってくれていると嬉しいのですが。

そんなメッセージも添えられていて、ガノンドロフは思わずクスリと笑う。買ってくれたのも嬉しいし、歌えるようになりたいと思ってくれていることが何よりの喜びだった。ガノンドロフもアストルにメッセージを返す。

CD、買ってくれてありがとう。そうだな、個人的には昨日お前の前で弾いたあれを歌ってほしい。練習がしたければいつでも言ってくれ。あぁ、レッスン代は取らぬから安心せよ。

そうだな……いや、これは内緒にしておく。

そんなメッセージを送り、ガノンドロフはタクシーから外の景色を眺める。冬になるとイルミネーションが輝く通りはまだそんな気配すら見せず、店先の電気や街灯ばかりが照らしている。ロマンスの欠片もない光景だった。

自宅マンションの前に着いたところで料金を払い、ガノンドロフは待つ人のいない部屋へと帰る。もしアストルが常に側にいてくれたら。そんなことを考える。しかし彼がもしも今から天文学者を目指すとしたら、研究室か天文台に籠もりきりになるだろう。結局アストルの夢を叶えるためには、ガノンドロフが多少なりとも我慢をしなければならないのだ。

それともここから出ていって、アストルの住むアパートの隣にでも引っ越そうか。と思ったところであのアパートが防音加工が施されているとは思えないので却下。

(っ……我は何を考えておるのだ……!我とアストルはまだ知り合ったばかりではないか……!)

ベチベチと両手で頬を叩く。一緒に暮らしたいなど考えることが早すぎる。こんなことを言われても迷惑だろう。が、行為に至っている時点でもはや何も言えないわけで。ガノンドロフはため息を吐いた。あまりにもトップギアで突っ込んんでしまったわけだが、大事故にならなくて本当によかった。それもこれも、アストルが自分を受け入れてくれたお陰だ。

しかし、とガノンドロフは思う。夢で見た幻を思い返せば、きっとアストルは自分といると不幸になってしまう。自分がアストルを不幸にさせてしまう。あれはそれを警告する予知夢なのだろうか。けれど夢の中のアストルは自分を愛してほしいと懇願していた。内容が取り留めなく、ただただ戸惑うしかない。

「今夜は飲むとしよう」

ガノンドロフは冷蔵庫からゲルドの銘酒、ヴァーイミーツヴォーイを取り出す。アストルは酒に弱そうな雰囲気だが、これならば飲めるだろうと思った。この前は紅茶にしてしまったが、彼も子供ではない。酒の一杯くらい引っ掛けてもきっと平気だ。

冷やしたグラスに氷を入れて、とぷとぷと注ぐ。昔は氷でできたグラスを使っていたというから、これ以上にキンキンに冷えていたことだろう。最初の口当たりはクリーミーで甘いが、鼻から抜ける香りはどこかスモークしたような苦みを感じる。

……一人の酒は、やはり寂しいな」

一人で暮らすのが当たり前だった。むしろガノンドロフは一人になりたかった。中途半端に他人が混ざる生活より、一人でいられる空間が欲しかった。けれどアストルと二日と数時間であったが生活を共にしたせいで、人のぬくもりを思い出してしまった。否、アストルだから一緒にいたいと思うだけなのだろうが。

……アストル……我はお前を幸せにできるのだろうか……

少し酔ってきたのか、ガノンドロフの瞳はどこかとろんとしている。人工の光で星の見えない夜空は、虚無が口を大きく広げているように見えた。


続く