ナスカ
2021-04-21 18:34:40
8270文字
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黄玉を砕く

ガノアス死ネタ。アストル君が死ぬけどそれだけの健全なお話です。先日した私のツイートが元です。

アストルの様子がおかしいとガノンドロフが気がついたのはある日の夕飯時のことだった。アストルは元々食べる量が少ないが、その日は輪をかけて少なかった。どうしたのかとガノンドロフが問えば、アストルは食欲があまり無くて、と笑って答えた。体調でも悪いのかと更に問えば、アストルはそうかもしれませんと言おうとしたのかもしれないが、その言葉は全て紡がれなかった。アストルの体は、崩れるように椅子から床へと落ちた。すぐにガノンドロフが抱きかかえれば、普段ひんやりとしているその体は燃えるように熱い。白い肌には赤みがさし、息も絶え絶えだった。さっきまで彼は台所に立って夕食の準備をしていたのに、彼の内側で一体何があったのかとガノンドロフは考えを巡らせた。だがそれに対してすぐ馬鹿馬鹿しくなり、アストルを毛布にくるませて馬を走らせた。ガノンドロフの巨躯に耐えうる、かつて自分の愛馬としたゲルド馬の子孫と思しきその馬は持久力も走る速さも申し分ない。それでも愛馬の速さが遅いと感じるほど、ガノンドロフは焦っていた。ともに暮らし始めて数十年。突然倒れるほどの熱を出したことは今までに無かったからだ。

一番近くの町にある診療所を訪れたが、夜も遅かったために所内は暗かった。アストルを片腕で抱え、もう片手で診療所の扉を叩き続けた。頼む開けてくれ、伴侶が突然倒れたとガノンドロフは声を上げた。しかし扉の向こうは沈黙したままで、怒りまで湧き上がってきた。アストルと暮らし始めてこのかた、怒りに任せた横暴は行ってこなかった。だが怒りが爆発したガノンドロフは扉を蹴破り侵入すると、「病人がおるのに扉を開けぬとはどういうことだ!」と火山のように怒号を上げた。
怒号で目を覚まされた診療所の医者は怒りに燃えるガノンドロフに足を竦ませたが、騒ぎを聞きつけてきた別の家に住んでいる看護師の女性は、弱っているアストルを見てすぐに彼を診察室へ運ぶようにガノンドロフへ伝えた。ガノンドロフもそれでようやく怒りが収まり、看護師の案内に付いていった。

足が竦んだ医者はなんとか気を持ち直し、アストルの診察を行った。目を覚まさず、ただ高熱に魘されているアストルをガノンドロフは祈るように見つめていた。医者は最初、ガノンドロフをなんと恐ろしい男だと思ったが、苦しむ伴侶を見て胸を痛める様を見てあの怒りが伴侶へと心配の裏返しだったと気付く。原因は、と聞くと医者は首を横に振った。手の施しようがないという意味だったのか、医者の顔は青い。ガノンドロフがまた怒りに燃えそうになったとき、看護師が弁解した。

「数十年前から似たような症状の方はいるのですが、その人数は少ない上に進行が早く、すぐに亡くなってしまうのです。なので私達としては、病の研究をしようにも上手くいっていないのが現実で……

よく見てみれば看護師も医者も、申し訳無さそうに俯いていた。彼らには彼らの無念があるのだとガノンドロフは気がつく。声を荒げてすまなかったと謝罪し、この様子では何処へ行こうと同じ対応だろうと思ったガノンドロフはアストルを抱えて家へと帰ることにした。すると帰る間際に医者が「治すことはできませんがこれで少しでも楽になれるかと」と錠剤を手渡してきた。それは解熱剤だった。意識のあるときに水と一緒に飲ませてほしいと医者は言った。それくらいしか手段が無いのだ。

「ありがとう、礼を言う」

ガノンドロフは貰った錠剤を懐に入れ、来た時よりも穏やかな表情でアストルを連れて帰った。


❋❋


「あ、れ……?私、は……

「アストル!気がついたか!」

「ガノン、ドロフ…………?」

いつも二人で使うベッドに、アストルは一人で横たわっていた。ガノンドロフはいつアストルが目覚めてもいいようにずっと側についていた。高熱を出して意識を失ってから半日が過ぎており、町の診療所に連れて行ったのだと話せばアストルは驚いた。

「そう、でしたか……。すみません、ご迷惑をおかけして……

「迷惑なわけがあるか。あぁそうだ。薬を貰ってきたんだ。解熱剤だ。今よりは楽になるだろう」

ガノンドロフはそう言うと台所に向かい、水瓶から柄杓で水を汲むとコップに注いだ。アストルは熱で重い体をゆっくりと起こし、戻ってきたガノンドロフからコップと薬を受け取ると体の中に流し込んだ。その動作だけで疲れてしまったのか、アストルは再び布団の中に潜る。

「ガノンドロフ様」

「どうした」

……私は死ぬのですか?」

アストルの問いかけにガノンドロフの表情が固まる。この高熱の原因は不明で、似たような症状の人間は確実に死んでいるという。医者からそう説明を受けた時、アストルに意識は無かったはず。それなのにどうしてそんなことが言えるのだろうか。

……何故そう思う」

「こんなこと、今まで無かったですし……だから、その……私は死んでしまうのではないかと……

「馬鹿を言うな。お前は誰だ?この我の伴侶ではないか。この程度で死ぬはずがなかろう」

アストルは顔を半分ほど布団から出してガノンドロフを見つめた。けれどその視線はいつになくこちらを見透かしてきているようだとガノンドロフは思った。きっとこれを嘘だとアストルが知るのは時間の問題だろう。ガノンドロフは思わず嘘を言ったのは、アストルを悲しませくないだけではなく、それが不治の病だという事実をガノンドロフ自身が受け入れたくなかったからだ。否定して否定して、それを続けていればいつかアストルの病は治るかもしれないと。そんな一条の希望を抱きたかったのだ。

「そう、ですよね。弱気になっちゃダメですよね。ありがとうございます、ガノンドロフ様」

アストルはニコリと笑って、やはり布団に潜り込んだ。ガノンドロフは布団越しにアストルの頭をそっと撫でる。その手が震えていると、自分では気付きもしなかった。



解熱剤を何度か服用したお陰か、アストルの熱は下がった。だが病魔は確実にアストルを冒しているらしく、アストルはベッドで過ごす時間が多くなっていった。ガノンドロフはそんなアストルの側でピアノを弾き、歌を唄い、彼の癒やしとなるよう日々を送った。アストルも調子が良い時はベッドに座った状態で歌った。まるで残された人生を謳歌しているかのように、アストルが唄う姿は美しかった。星の瞬きを思わせる澄んだ歌声は、時として野生の動物たちを呼び寄せた。小鳥が窓辺に留まり、アストルと一緒に歌い始めたときにガノンドロフはピアノを弾きながら笑って言った。

「お前の歌には不思議な力があるのかもしれんな。リト族の女達も舌を巻くほどなのではないか?」

「私にこんな才があったなんて、これまで知りませんでしたよ。ずっと貴方は私の側でピアノを弾いていたのに」

指先に小鳥を乗せながら、アストルは高らかに歌った。アストルは歌ってほしいというガノンドロフに対して「私の歌など」とずっと固辞してきたのだ。今になって、もっと早く歌えばよかったと少し後悔していた。

「ではこの音は出るか?」

ガノンドロフが白鍵を軽く叩いて音を出す。それは男性のアストルが発声するには少し難しいと思われる音だった。アストルはその音を聴いて、「大丈夫です、出せます!」と意気込んだ。そして口を開いて、喉から緩やかに音を出そうとした。その時だった。

突然アストルは背中を丸めて、手で口を抑えて咳き込んだ。その咳は一度では収まらず何度も何度も繰り返し、拒絶反応を起こしているようにも見えた。指先に留まっていた小鳥は逃げてしまった。

「アストル!アストル大丈夫か!」

ガノンドロフは椅子から降りて、アストルの背中を擦る。細いアストルの体が曲がって元に戻らないのではないか不安になるほどだった。何度か咳が続いたあと、「オェッ」と苦しそうに何かを吐き出した。手のひらにベットリと張り付いていたのは、固体のような液体のような、赤黒い、「何か」。

「痛い……痛い……

何かを吐き出したアストルは胸を抑え、ベッドの上で胎児のように丸まる。ガノンドロフはそんなアストルの名を呼びながら背中を撫で、吐き出されたものの正体を頭の中で模索した。いや、模索するまでもない。

明らかにあれはかつて自分自身から溢れ出した怨念だった。まだ自分が厄災と呼ばれていた頃、アストルは怨念と交わっていた。そして何度もその身に穢れた流動体を受け入れていた。普通の人間が触れれば命を落とす厄災の怨念。そんなものをアストルが体内に取り込んでも生きていけたのは、それを「自ら望んだ」からだった。

それが何故今になって、アストルの体を食い荒らしているのか理由はわからない。しかしこれでは自分がアストルの命を蝕んでいるも同然ではないかとガノンドロフは己を責める。

「すまない……すまない、アストル……

ガノンドロフはひたすらアストルに謝ることしかできなかった。


❋❋


アストルは度々訪れる発作に苦しむようになった。決まって胸を抑え、痛い苦しいと涙ながらに訴える。ガノンドロフはただただアストルの側に付き、その発作が収まるまで体を撫でてやることしかできなかった。それ以外に方法がわからなかった。診療所に入院したほうがと提案したこともあったが、「貴方と離れるなんて絶対に嫌です」と頑なに譲ろうとしなかった。こんなに辛い方が嫌だろうと言えば、「私は貴方のお荷物になってしまいましたか?」やら「お願いだから私を捨てないで」と言いながらさめざめと泣いた。捨てるつもりなど毛頭ない、ただお前を楽にしてやりたいだけだと言えば「貴方のそばにいるだけで十分楽です」と縋り付いて言う。

我のせいで死にゆくも同然なのにとガノンドロフは思ったが、言えずにいた。アストルに嫌われるかもしれないという恐怖を少なからず感じていたからだった。数十年愛し合っていても、いや、愛し合っていたからこそ、ガノンドロフには「嫌われたくない」という感情が芽生えていた。それでもガノンドロフはアストルへ惜しみなく愛を注ぎ、できる限りの要求に答えた。しかしそれでもアストルが回復に向かうことはなく、日々弱っていくのを手をこまねいていることしかできなかった。

「アストルよ」

……?どうかしました?」

「お前には、嘘を吐いておった」

「どんな嘘、ですか?」

あぁ、この顔は嘘を嘘だと知っている。そういえばこれは星読みの占い師だったと久方ぶりに思い出した。きっと彼は、最初から全てを知っていたのかもしれない。そう思うと自分のしてきたことが滑稽に思えてきた。けれど、今更言わないという選択肢はなかった。

「以前、お前が倒れたとき……お前が死ぬことはないと言った。だが、それは嘘なのだ。お前は、不治の病にかかっておる」

ガノンドロフが言うと、アストルは「……そうですか」とだけ返した。やはり彼は自分の未来を知っていたのだ。アストルはガノンドロフを責める様子もなく、ただ穏やかに笑っている。

……ごめんなさい、知っていたんです。貴方が私を思って嘘を言っていたことも、私が死ぬさだめにあることも……。貴方を、悲しませたくなくて……

「我もそうだ。お前を悲しませたくなかった……

打ち明けてよかったと、ガノンドロフは思った。このまま秘密にしていたら、罪悪感が残るだけだっただろう。二人は固く抱きしめ合う。死ですら自分たちを分かつことはできないのだと、示すがごとく。

だがガノンドロフの厄災としての過去は、それを嘲笑うようにアストルの命を削り取っていった。少しずつ、けれど確実にアストルは死に迫られていた。食事も以前の半分以下しか摂取できず、彼の体は痩せ細るばかり。鎖骨や肋骨が浮き出たその身は見ているだけで痛々しい。自分で動くこともままならないため、生活の全てにガノンドロフの介助が入った。アストルは足を引っ張るだけの存在に成り果てた自分に絶望し、ガノンドロフに「私を捨てないで、私を愛して」と泣いた。もはやアストルの生きる意味は、愛する者の側にいることだけになっていた。何度愛していると伝えても、アストルは「もっと言って」と請う。涙ながらにしがみついて請う。

「お願いです、私を愛してください」

「愛しているアストル。生命の風が吹くこの王国よりも」

アストルが強く愛を請うのは、本来の寿命で得るはずだった分をほしがっていただけだった。きっと一度でも少なければ、アストルの魂は浮かばれない。しかし自分は一生に何回アストルへ愛を囁くことになっているのかはわからなかった。だからこそガノンドロフはひたすらに、アストルに愛を伝えた。アストルの安堵した顔を見ると、ガノンドロフも穏やかな気持ちになるのだった。その反対も、然りではあったが。

「っ……、はっ……あっ……

「アストル、大丈夫か、アストルっ!」

発作で胸を掻き毟るアストルは首を横に振った。大丈夫じゃない、そう言っていた。苦しむ中でアストルができる意思表示は首を縦に振るか横に振るかだけで、気持ちの細やかなところまでは伝えられない。いくら長いこと共に暮せど、アストルの心を完全に読み取ることは当たり前だがガノンドロフにはできなかった。

「アストル、どうすればお前を救える。我はお前に救われた。なのに我はお前を救えずにいる。お前を救いたいのに、それができていない。何をすればいい」

……救って、くれるのですか?」

小さな声だった。力を振り絞って何とか出した声だった。アストルの顔は血の気が引いていて、苦し紛れに笑みを浮かべている。発作は収まったのか、全身から力が抜け落ちてベッドに身を沈めている。

「もちろんだ。我にできることなら、お前を救えるならなんだってする」

ほとんど骨と皮だけになったアストルの手を握る。微かにアストルが、ガノンドロフの手を握り返した。

「では……私を殺してください」

思いがけないアストルの言葉に、ガノンドロフは背筋が凍った。苦悶に耐えながら浮かべている笑みからは想像できない、物騒な願いだった。そもそも救いたいと言っているのに殺してほしいとは、正反対の願い事ではないか。しかし弱っているアストルにその矛盾を指摘する訳にもいかず、「……何故」とだけ呟いた。

「確かに、私は貴方を愛しています。心は満たされています。でも、もう体が限界なのです。痛くて、苦しくて、仕方ないのです。これ以上苦しみたくないのです……もう、もう楽になりたいんです」

……残された救いは死だけだと?」

アストルは黄玉色の瞳にうっすら涙を浮かべながら頷いた。確かにアストルの体は、もうボロボロだった。普通の人間ならばとっくに墓の中。こうして呼吸をして、意思疎通ができているのが奇跡なのだ。ほとんど気力で保っているのだろう。ガノンドロフへの愛という気力で。

「そんなことできないと、思っているでしょう?」

その指摘にガノンドロフは頷く。アストルは笑った。この世界一自分だけに優しい魔王が、幾多の命を奪ってきた男が自分だけは殺せるはずないと、アストルはわかっていた。それでもアストルの願いは変わらなかった。

「こんな病に命を潰されるなんて、嫌です。けれど貴方になら殺されても構いません。それが、私の唯一の救いなのですから……

細くなりすぎた両の手指で、ガノンドロフの手をやんわりと握る。そして自分の首まで導き、「お願いです」とまた涙を零した。

愛する者の「殺してほしい」という願いを叶えるのは、果たして愛なのだろうか。ガノンドロフがここまで愛した人間は初めてだっただけに、その哲学的な問いは難題だった。苦しんででも生きていてほしいというのは、恐らく横暴だろう。しかし、願いを受け入れるだけが愛とも限らない。それはきっと、永遠に答えの出ない命題。答えがないからと言って考えるのを放棄するのではなく、考え続けなければならない。アストルを殺した後も、ずっと。それにガノンドロフはアストルが苦しむ根本からの原因を滅することができなかった。

これ以上苦しませるのは、あまりにも酷だ。

……わかった、お前を『救おう』」

「嬉しい、ありがとう」

皮肉にも、アストルの笑みはこれまで見てきたどんな笑顔よりも喜びに溢れていた。こんな笑顔を死に際に向けられたら決意が鈍ってしまいそうだったが、もうガノンドロフは決めた。死をもってして目の前の愛しい者を救済する。それがアストルの望みなのなら。

「ここを……こう、強く絞めてください。貴方の熱に触れたまま、貴方の愛で窒息して死にたい」

……あぁ、わかった」

ガノンドロフはアストルの細い体に跨ろうとしたが、己の巨体で虚弱な体を粉々にしてしまうのではないかと跨ぎはしたが腰を軽く浮かせた。そしてアストルの首を手で覆う。細い首はガノンドロフの手でいとも簡単に折れてしまいそうな程だった。アストルが呼吸する度に喉が収縮するのを手のひらに感じる。空気が通る気管を狭めるように、首を通る血管を押し潰すように、ガノンドロフはアストルの首を絞めた。

「アストル、愛している、愛している」

少しずつ力を強めながら、ガノンドロフは愛を囁いた。アストルは苦しいはずなのに、じっとガノンドロフを見つめている。与えられる愛をひたすら享受して、幸せそうにすら見えた。息ができなくて苦しい、頭が痛い、異常なほどに鼓動する心臓が痛い。けれどこれは全てガノンドロフから与えられる愛。愛を与えられたならば返さねばと、アストルは薄らぐ意識の中でぼんやりと思った。

「わたしも、あいしています」

アストルは、息絶えた。

ガノンドロフは首から手を離す。手を握れば少しずつ冷たくなっていくのを感じた。

「お前が望んだ救いになったか?」

返事はない。

誰かを殺すなど、覇道を敷く自分には慣れたものだったと思っていた。それなのに、この胸につっかえるような嫌な感情は何なのだろう。女神よ、これが厄災としてこの国を破滅へ導こうとした罰かとガノンドロフは問うた。これまでのツケが全て回った、その結果がこれなのかと。それならば自分が死ぬような罰になればよかったのにと思うが、女神は残酷だ。やっと巡り会えた愛する者を殺させるなどという、重く残酷な結末を選択肢の中に紛れ込ませておくなど。やはりハイラルの神は好きにはなれぬと悪態をつく。

「アストル……全て我のせいだ……お前が死ななければならなかったのは、全て我のせいだ……すまない、すまない、アストル……!」

ガノンドロフはアストルの眠るベッドに顔を埋め、たった一人声を押し殺して泣いた。


❋❋


いつかのようにガノンドロフはアストルの冷たい体と共に馬に乗り、近くの丘を目指した。そこは毎夜のように二人で星を眺めた丘だった。見晴らしがよく、空気も澄んでいるとアストルは大層喜んだものだった。あれが織女、あれが牽牛、天の川を挟んで一年に一度しか会えない可哀想な恋人たちの星なのですよと夏場に教えてもらったことをよく覚えていた。

馬を止め、二人でよく座った場所に穴を掘った。アストルは決まって、ガノンドロフの右に座っていた。あっという間にアストルが入るほどの穴が出来、ガノンドロフはその穴の中へアストルを真っ直ぐに寝かせた。腕を胸の前で交差させ、その上から掘り起こした土を被せる。冷たい土の中に一人置いていく我を許してくれと、ガノンドロフはアストルに謝りながら彼の足を、胴を、顔を、土で覆っていった。

「アストルよ、ここからは星がよく見えるぞ。いつでも、ここから眺めておれば良い。……夜になれば、我は会いに来る」
 
ガノンドロフは土の山に覆いかぶさって、その下に眠るアストルに語りかけた。小高い土の山に、かつてこの国を混乱に陥れた占い師が眠っているなど誰も気が付かないだろう。しかしその方がいい。墓を掘り返されるという死者への冒涜が無ければ、それだけで構わない。

「これもさだめ……か」

昔のアストルの口癖をぼそりと呟くガノンドロフの上に、黄玉色の星が輝く。それは孤独になった魔王を包み込むように優しく瞬いていた。