ナスカ
2021-04-14 17:19:19
6823文字
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星の最期

リンアス。孤独なプレアデス後のifストーリー。
⚠死ネタ

命の存続を伝える機械的な音と、弱々しい呼吸の音が彼が生きていることを伝えてくる。敵対していた頃以上に痩せ細った彼の体は、もうその命が長くないことを示していた。そんな現実が怖くて、嫌で、けれどオレにできることはただ冬の日の木の枝のようになった彼の手を握りしめることだけだった。彼がいつ目を覚ましてもいいように、彼が孤独を感じたまま死んでいかないように。

ある日アストルが倒れた。陛下に天災の予言を奏上している最中のことだったという。その時オレは姫様の護衛をしていて、事と次第を知ったのは城に帰ってきてからだった。アストルのパートナーであるオレは話を聞いて、彼が搬送されたという城内の医務室へ真っ先に向かった。心配してくださったのか、姫様もついてきてくれた。医務室に飛び込むと、そこには血色の良くないアストルがベッドで眠っていた。オレと生活を共にする内に肉付きもよくなり、血の巡りの悪さを物語っていた顔も赤みを帯びてきたというのに、これではあの頃に逆戻りだ。

オレが必死に呼びかけていると、アストルはうっすらと目を覚ました。リンクか、と彼は弱々しく微笑む。目が覚めてよかったとオレは泣いてアストルに抱きついた。アストルはそんなオレをよしよしと慰めてくれた。

搬送されてすぐにアストルは医者に診てもらったが、原因はわからなかったのだと話してくれた。とにかく安静にとのことだったという。オレは彼の話を頷きながら聞くことしかできなくて、医療の知識が無いこと自分を恨めしく思った。オレが医者なら、アストルを治してあげられたかもしれないのに。そう思っていると、オレの後ろで姫様が言った。

「私に診せてもらえませんか?」

オレの知る限り、姫様に医療の心得はなかったはず。不思議に思っていると、姫様の両手が金色にぼんやりと輝く。

「ハイラルの医学は、まだ十分に発達しているとは言えません。しかし私のこの力を使えば、もしかすると悪いところが見つかるかもしれません」

オレは姫様のお言葉に甘えることにした。すぐにアストルの近くから退いて、姫様に席を譲る。申し訳ございません殿下、と眉尻を下げるアストルに姫様は「私にできることをしたいのです」と笑って答えた。

金色に輝く姫様の掌が、布団で覆われたアストルの体を隅から隅まで調べていく。オレはその様子を緊張しながら見守っていた。聖なる力の宿った手がアストルの胸を掠めたとき、姫様はハッと目を見開いた。そしてその手から光が失われ、姫様は項垂れる。

きっとよくないことがわかったのだ。

「アストルさん、その、とても申し上げにくいのですが……

「何か、わかったのですか?」

……貴方の心の臓に、厄災の怨念が染み付いて……います」

厄災の怨念。この国を狙った魔王の残滓。アストルはかつてそれをその身に受け入れることで力を授かってきたという。今ではもうその穢れは落ちて、何事もなく暮らしていける体になった。そのはずだった。

「私の力は、厄災の怨念に対して強い反応を示します。貴方の体を調べた時、その反応があったのです」

「殿下、つまり、どういうことですか?」

「貴方の中に残っていた怨念が、貴方の体を蝕んでいるのです。かなり根深く、ほぼ一体化してると言っても過言ではないでしょう。こうなっては、私の力をもってしても、浄化することは……

頭がついていかなかった。アストルの中にまだ怨念が残っていて、その怨念がアストルの命を奪おうとしている。そして、この状態では、姫様の力でもどうにもできない……

「貴方は、もう長くは生きられないかもしれません」

姫様の言葉は、オレの胸に突き刺さった。

それでもアストルは怒ることも、悲しむ素振りも見せなかった。ただ淡々と、「そうですか……」と受け入れていたのだ。そんなアストルの様子に姫様は「死んでしまうかもしれないのですよ!」と詰め寄る。姫様はご自分でアストルを救えないことを責めているのだ。アストルは首を横に振って答える。

「私は、本当ならすでに死んでいるはずなのです。城の地下空間で、朽ち果てていたはずなのです。けれど殿下やリンクが私を助けてくださった。だからこうして生きていられる。……だから、時が来たのかと思っただけですよ」

「アストルさん……

「厄災の怨念を受け入れてきたのは私の意思です。言うなれば、それで死ぬのは自業自得……これが私のさだめたったというだけです。ですから殿下、ご自分をどうか責めないでください」

姫様は泣いた。オレは姫様にも、アストルにも何も言うことができなかった。


❋❋


アストルは宮廷占い師の役目を退くことになった。アストルが厄災の怨念に蝕まれていることは陛下の耳にも入ったらしく、「その状態では役目を全うするのも難しかろう」と辞めることを薦めてきたのだ。その薦めをアストルは受け入れ、与えられていた部屋を引き払った。もちろん、弱ってしまった彼一人ではできるはずがない。休日を貯めに貯めていたオレはそれを消化し、アストルが部屋を引き払う手伝いをした。

「彼の元にいてあげてください」

姫様はそう言った。

「貴方にこんなことを言うのは本当に酷ですが、アストルさんの命は長くありません。休日はいくらでも与えます。なので、彼の元にいてあげてください。貴方が後悔しないためにも」

ハイラルから厄災の脅威が去り、自分の護衛に必ずオレが必要なわけじゃないと。他の優秀な騎士を護衛につかせるから心配しないでほしいと姫様は語った。オレはその言葉をありがたくいただき、無期限の休みを貰った。オレはなるべく、アストルの側に付いた。

その弱り方は、とても速いものだった。ベッドに座って自力で上半身を起こせていたのに、その二日後にはオレの介助が入らなければ起き上がれなくなり、その三日後にはとうとう横になることしかできなくなった。それと同時に食欲が減退し、固形物が口にできなくなり、今ではポタージュスープや水分を摂るのがやっとだ。元来肉が付きにくい体質なのだろう。食べなくなった途端に彼の体は一気に以前のような痩躯に戻ってしまった。

……もう食えんよ、リンク」

「ダメだよ、ちゃんと食べなきゃ。元気になれないよ」

「元気になど、もうなれんさ。私はじきに死ぬのだ。何もかも、もう無駄なのだよ」

アストルは窓から外を眺めながら言った。オレが泣いているのを見たくないからだ。オレから目を逸らして、自分も泣かないようにしている。

「そんなことない。君は死んだりしない。きっと助かるよ」

「気休めを言うなリンク、もうわかっているのだ。眠りに就くとき、心の臓の動きが少し弱まる。止まりそうになりながら、それでも何とか瀬戸際を私は生きているのだ。……いま死んでもおかしくないのだよ」

アストルは自分の胸に手を当てながら語る。ほら、聞いてみるか?と彼は弱々しく腕を広げた。オレは涙を裾で拭いてから頷いて、彼の胸にそっと耳を押し当てる。奥の方から微かに、とくんとくんと小さな鼓動が聞こえてくる。その間隔は安静にしているから落ち着いてる、というわけではなさそうであった。本当に今にも止まってしまいそうなほど、アストルの胸は脆弱だった。

「うっ……う、ぅ……

「泣くなリンク。私はお前と出会えて幸せになれた。だから……私はもう死んでも構わないのだ」

「だからっ……そんなこと言わないでよ……

死なないで。君にはまだ生きていてほしい。君と生きたい。オレはアストルに何度もそう訴えた。けれどアストルは、まるで今に消えてしまいそうな穏やかな微笑みを浮かべて首を横に振るのであった。認めたくない。こんな運命、認めたくない。

かつてのアストルもこんな気持ちだったのかもしれないとオレは思った。どれほど未来を変えたいと願ったのだろう。それがオレたちにとっては受け入れがたいことでも、彼にとっては希望だったのかもしれない。

女神様、彼はこの国を滅ぼそうとした大罪人です。けれどその罪を省みて、彼は変わりました。だからどうか、彼の命を奪わないでください。
オレにできるのは、祈ることだけだった。


❋❋


リンクが私の側にいてくれるのは安らぎだった。死ぬのは仕方ないと言っている私だが、本当はとても怖い。まだリンクとともに生きていたいのに、何故厄災はこんな形で、幸せを噛み締めている最中に私の命を奪いに来たのかと憤りすら感じていた。自業自得なのはわかっていたし、周囲に指摘される可能性も頭の中にはあった。だから、私は「これがさだめよ」と、悟っている姿を周囲に見せるようにしていた。

眠っている時、私は悪夢を見る。厄災に取り込まれる夢だ。私は逃げて、逃げて、逃げ続ける。けれど終いには捕まって、食われて、厄災の腹の中で自我が溶けていくのを感じながら、私は夢から覚める。その時ばかりは弱っている心の臓も恐怖に怯えているのか、ドクドクと鼓動が速まる。

悪夢が消え去ることも、たまにはあった。決まって目が覚めるとその時はリンクが私の手を握ってくれている。彼が悪夢を退けてくれているのだと、私は安心してもう一度眠りにつくことができる。彼の手が私の手を握っている限り、私はまだ生きていられる。そんな気がしていた。

そんな気がしていただけだった。

「アストル!アストルっ!しっかりして、アストル!」

「りん、く……?」

気がついた時、私の目の前でリンクがボロボロと泣いていた。目玉をゆっくり動かすとそこにはシーカー族の……プルアとロベリーとやらもいて、ホッとしたような表情を浮かべていた。私の口と鼻を覆うように何かが付いている。そして、服に隠れているが胸には吸盤のようなものがくっついているのがわかった。

「気がついたみたいね。よかったわ」

「ユーの意識がロストしたとリンクから聞いて、慌てて来たのさ」

……意識が、消えた?」

私の声は小さく、か細いものだった。リンクがこちらを見て首を縦に振っている。

「何回も呼んだのに、答えないからっ……!呼吸も弱かったし、もう死んじゃうんじゃないかなって、思って……!」

……すまぬ、心配をかけたな」

泣きじゃくるリンクの頭を撫でながら、私はプルア女史の説明を聞いた。ロベリーの話は異国語が混ざっていて、今の私が理解するのは少々難解だったからだ。

「古代技術を現代でも使えるように研究を進めていて、これはその一環よ。体の状態を画面に表示できるの。呼吸数と脈拍数が確認できるわ」

「つまり……私はそれほど弱ってきているということ、か……

私がそう言うと、プルア女史もロベリーも、気まずそうな顔をした。当たっている。私はこれらに管理されなければ生きるのも危ういのだ。

倒れてから二週間。もうこんなところまで来てしまったのか。

「アストル、アストル、ねぇ、どこも痛くない?怖くない?どうすればオレは君を助けられるの?君を、喪うのは、嫌だ……!」

「落ち着け、リンク。……言っただろう?私はじゅうぶんお前に助けられた」

嘘だ、本当は助けてほしい。

「お前が手を握ってくれていれば、何も怖くないし何も痛くない」

嘘だ、本当は死ぬのが怖くて、体が痛くて仕方ない。

「じゃあ、どうして泣いてるの」

「っ……!」

あぁ、バレてしまった。知られてしまった。墓まで持っていこうとしていたのに。一度流れた涙は収まることを知らず、滔々と流れ続ける。

「ぃや…………嫌だ……本当は死ぬのが怖い!まだお前と生きていたい!決まってるだろう!このようなさだめ、認めぬ……!」

……アストルも、オレと同じ気持ちだったんだね」

よかった、とリンクは私を抱きしめる。私はリンクの頭を撫でられても、もう抱き返すほどの力は残っていなかった。


❋❋


あの日が、今の所アストルと言葉を交わした最後の日だ。次の日、アストルは目を覚まさなかった。ただ、呼吸はしているし心の臓も動いている。機械的な音と小さな呼吸の音だけが、彼の命の存続を伝えてくる。
こちらが手を握っても、アストルは手を握り返してはくれない。完全に、意識が失われていた。

「アストル……ねぇ、アストル……

声をかけても、返事はない。

「嫌だよ……ねぇ、君だって嫌なんでしょ……?死にたくないんでしょ……?だったらお願いだよ、目を開けてよ、オレを見てよ……お願い……

アストルが返事をしない日は何日も続いた。彼が何も口にしていないのに食事をすることなどできるわけがなかった。オレはアストルの手を握り続けていた。頬が痩けて、目元も落ち窪んで、アストルは以前よりも細くなっていた。

「アンタが死ぬわよ、リンク」

「プルアさん……

「ほら、これくらい食べなさい」

医務室を訪れたプルアが届けてくれたのは、籠に入ったミルクとタバンタ焼きだった。オレはアストルにごめんねと謝ってからゆっくりとタバンタ焼きを食べた。

「健啖家のアンタが何にも食べないなんて、天地がひっくり返るかと思ったわ」

「アストルはなんにも食べてないから……お腹空いてるはずなのに……目を覚ましてくれない……

食べている間も、もう片手でアストルの手を握り続ける。いつ目が覚めてもいいように。いつでもオレは君のそばにいると伝えられるように。

「ぅ……

「アストル!?気がついた!?」

オレは食べかけのタバンタ焼きを急いで籠に戻して、アストルの手を両手で握った。ほんの少しだけど、アストルの手が動いた。呻いただけだけど、声を出した。ここ数日で、初めてのことだった。

……

「なに、何が言いたいの?」

半透明のマスクの向こうで、アストルはパクパクと口を動かしている。何か言いたいようだけど、マスクのせいで聞こえない。アストルはプルアに視線を移すと、これを外してくれという仕草をした。

「アンタ、それ外したら死ぬかもしれないのよ。それでもいいの?」

アストルはわずかに口角を上げる。死ぬかもしれないのに、そんなふうにまた笑って。どうして君はそんなに笑うんだろう。

……わかったわ、外してあげるから。ちゃんとリンクに言いたいこと、言いなさいよ」

頷いたアストルのマスクを、プルアが外す。アストルはオレの方を見て、やっぱり笑った。彼の声は、小さくて、耳を澄まさないと聞こえないほどだった。

「りん、く……

「なに?なに、どうしたのアストル」

「わたしの、さいごのねがいをきいてくれ……

「馬鹿!最後だなんて言っちゃダメだ。ダメだよ、ダメだよ……

「さいご、に……きすを、してくれ……

「キス……?あぁもちろんだよ。君が望むならオレはなんだってする。この命を捧げたって構わないさ。けど、キスが、ほしいんだね……?」

アストルがゆっくりと頷く。いいよ、何度だってしてあげる。けど一つひとつが軽くならないように、一回一回に心を込めてあげよう。それがオレの望みだから。

「キス、するよ」

オレはアストルの顔に自分の顔を近づける。後頭部と枕の間に手を差し込み、頭を支えてそのまま薄い唇に自分のそれを重ね合わせた。アストルの唇はカサついていて、明らかに水分が足りていなかった。このままにしていたら砂になって、消えてしまいそうだと思った。彼の手も顔も冷たいけれど、唇だけは少しだけ温かかった。

呼吸ができなくては苦しかろうと、ゆっくり顔を離す。アストルの赤みを帯びた顔を見るのは本当に久しぶりで、倒れる前に戻ったかのように感じられた。

「ありがとう、リンク。わたしを、あいしてくれて」

アストルの金色の瞳から、涙が一筋流れ落ちた。それと同時に、彼の瞳が閉じる。

「オレも、君を愛してる」

彼はわかっていたのだろう。自分の最期の時を。

この命は終わったと、機械音が残酷に告げる。

よく頑張ったね、もう苦しまなくていいんだね。そう言ってあげたいのに。

オレは、泣くことしかできなかった。


❋❋


アストルの葬儀は本当にささやかなものだった。彼の棺には、生前彼が大切にしていたたくさんの書物や天体観測に使う道具、そしてオレの髪を一房を詰めた。向こうでも星を見れるように、オレを側で感じてもらえるように。

オレ以外に参列者はおらず、神父様は「辛い別れだったね」と悲しそうな目をして言った。彼は共同墓地に葬られることになったが、その立場上、墓地の隅っこに棺は埋められた。その方がオレも気が楽だった。

「また来るよ、アストル」

忘れない。あの唇の温度を。