むかしむかしあるところに、めがみさまのちからにまもられたおうこくがありました。めがみさまのちをひくおひめさまが、だいだいくにをおさめていました。
しかしこのおうこくはとおいむかしから、なんどもなんども「やくさい」というおそろしいそんざいにおそわれてきました。そのたびに、おひめさまとゆうしゃさまがちからをあわせて「やくさい」をふういんしてきました。
あるとき、「やくさい」はからだをてにいれました。こだいのたみがつくった、からくりのからだです。このからだがあれば、どこでもいけるので「やくさい」はこのからだをたいそうきにいりました。
からくりのからだをてにいれた「やくさい」はあるひ、ひとりのうらないしとであいました。うらないしはこどくでした。このあわれなうらないしをつかっておうこくをわがものにしようと「やくさい」はおもいました。
「やくさい」はうらないしによりそうふりをしました。さいしょはつきまとう「やくさい」をじゃまにおもっていたうらないしでしたが、すこしずつ「やくさい」にこころをひらきました。ははがおうけにはくがいされころされてしまったこと、それからたったひとりでいきてきたこと、じぶんもなんどもいのちのききにあったこと。うらないしはたくさんのことを「やくさい」にかたりました。
「やくさい」はうらないしをあわれだとおもいましたが、つかいたいだけというきもちはなくなりませんでした。おうけをにくむならちからをかしてやろうと、「やくさい」はうらないしにかたりかけました。そしてふたりは、おうこくをわがものにするため、ともにこうどうするようになりました。
ひどいことばかりをしました。うらないしは「やくさい」をあがめるものたちのなかまのふりをして、かれらを「やくさい」のためのいけにえにしました。あじんたちのすむしゅうらくをおそいました。
「やくさい」はそのたびにうらないしをほめました。こどくなうらないしは「やくさい」のことばをしんじました。自分がつかわれていることをしらないのです。
それでもうらないしにとって、「やくさい」はとてもたいせつなそんざいでした。
「やくさい」とうらないしのたたかいは、おうこくをやけのはらにするほどでした。さいしょこそ「やくさい」とうらないしがゆうせいでしたが、ちからにめざめたおひめさまとゆうしゃさまによっておいつめられていきました。
そしてたたかいのなかで、とうとう「やくさい」のはいっているからくりのからだがこわれてしまいました。うらないしはとてもなげきかなしみました。するとそのこわれたからくりのからだから、みるもおそろい、どろどろのぶったいがでてきました。それは「やくさい」そのものでした。
しにかけの「やくさい」はうらないしをたべて、ちからをとりもどそうとしました。うらないしはこわがるどころか、にこりとわらい、こういいました。
「わたしはおまえとともにいられればよい、あいしている」
そして、「やくさい」にきすをしました。
するとどうでしょう。どろどろのぶったいはすこしずつきえうせ、もえるようなあかいかみのおとこがあらわれました。
そう、「やくさい」はにんげんだったのです。
「うらないしよ、そなたのおかげでわれはにんげんにもどることができた。かんしゃする」
うらないしはすこしおどろきながらもわらっていいました。
「こんなにおおきいだなんてきいてない」
にんげんにもどった「やくさい」はうらないしをめとり、ふたりはおうこくのかたすみでいつまでもしあわせにくらしました。
おわり
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