暗闇の中、一人の少女の荒い息がする。そしてその少女を追いかける、複数の兵士たちの足音。少女の脚はすでに限界を超えていた。もう走れない、もう走れない。けれどここで歩を止めては自分を待っているのは死だと。死への恐怖が今の彼女を突き動かしていた。
「逃がすな!国王陛下のご命令だ!」
「魔女を捕らえよ!」
「魔女を捕らえたものには報奨金が与えられるぞ!」
「魔術を使う恐ろしい女を捕らえよ!」
少女は自分が魔女と呼ばれていることを知っていた。けれど何故そのようなことになっているのかわからなかった。
自分はただ、占いをするのが楽しかっただけだ。同じ村に住む人々や旅人の吉兆を占うことで誰かを幸せにできたら、誰かが不幸を回避できたら。そう思っていた。しかし王家はそれを許さなかった。少女の噂を聞いた国王は少女を危険視し、兵士を派遣して少女を捕えようとしていた。
私は誰かの助けになりたかっただけなのに、どうして。
少女の中にはそんな気持ちばかりが溢れてくる。疲れ果てて涙が自然と流れてきた。
足がもつれる。そのまま転んでしまう。自分を待っているのは死だ。こんな、こんな年で死んでしまうなんて。
少女は暗闇の中を這いつくばった。足が動かなくなっても逃げようとした。けれど冷たい手に足首を掴まれた感覚で少女はゾッと背筋に悪寒が走るのを感じた。捕まった、捕らえられた。
「おいおい……魔女って聞いてたからどんなもんかと思えば……まだほんのガキじゃねぇか」
「いや、ガキってほどでも無いだろ。そろそろ大人の女になる年頃だぜ?」
「ぁ……あ……」
少女はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる兵士たちに取り囲まれ、逃げ道を失い、ただただその場に座っていることしかできなかった。
「へへ……なかなかの美人じゃねぇか。陛下には言えないが、殺すのは勿体無いな」
「気を付けろよ、見た目はそんなんでも魔術を扱う魔女だ。何をされてもおかしくないからな」
「手を出すな。生きたまま捕らえろとの陛下のご命令だ」
兵士長と思われる男の声に、複数の兵士たちがチッと舌打ちをする。兵士長は怯え座り込む少女の懐まで入り込むと、意識を失わせる薬を含ませた布を口に当てた。深く息を吸い込んだ少女は気絶し、その場に倒れ込んでしまった。
「これで任務は完了だ。陛下の元へ報告に行くぞ」
少女は兵士長に担がれ、自分の行方もわからぬままでいた。
❋❋
このハイラル王国にはかつて魔女と呼ばれる存在がいたが、その誰もが邪悪な存在とされている。かつて厄災ガノンが人間だった頃、それを育てたのはゲルド族の中でも高度な魔術を使う双子の魔女だったと伝承に残っている。また、時の監視者という存在も、その片割れが黒の魔女と呼ばれハイラルを混乱に陥れたとされている。
魔女の反対とされているのは、ハイラルの姫巫女たる王女だ。彼女は聖女と呼ばれている。魔女の存在は聖女の存在を汚す恐るべきものだと、この時代の王家は考えていた。その理由というか理屈というか、それは王家の完全なエゴである。魔女が自力で封印の力を手にしてしまっては、王家の血筋が特別なものでなくなってしまう。故に、魔女と呼ばれたその少女は王家から狙われることになったのである。
城の地下にある監獄に囚えられた少女は、一人失意の中にいた。こんなところから逃れられるはずがない。食事も与えられず、満足な寝床すらない。ただゆっくりと死んでいくのだと、少女は絶望の中で寝転がった。
私は何も悪いことなんてしていないのに。
少女はもう、涙すら出てこなかった。
「……そこにいらっしゃるのかしら?」
ふと、監獄の中に美しい声が響いた。まるで妖精の囁きのような、そんな声だ。
「……誰?」
「よかった!まだ生きているのね」
少女は弱々しく返事をしたのにも関わらず、声の主はその声をしっかりと聞いていた。鉄格子の向こう側に現れたのは、貧しい身なりの少女と同じ年頃の娘だ。城の下働きなのだろうと少女は思った。しかしボロボロのフードを被っていて、顔はよく見えない。
「あの……貴女は何の用でここに?」
「貴女を助けに来たんです」
「私を?」
「えぇ、あまりにも理由が理不尽だと……私はこんなこと許せません」
そう言うと娘は少女を閉じ込めている檻の鍵を開け、扉を開いた。突然のことに少女は驚くことしかできない。
「さぁ、ここから右を曲がっていけば外に出られます。この時間は警備も薄いからきっと逃げられるはずよ」
「あ、貴女はどうして私を……」
「言ったでしょう?理由があまりにも理不尽だと。さあ逃げて!巡回の兵士が来る前に!」
娘の言葉に背中を押され、少女は水たまりがあちこちにできている監獄の石床を走った。まだ自分にこんな体力があったのかと少女は驚いたが、これでまだ生きていけると希望を感じていた。
やがて少女の足音が聞こえなくなると、娘の近くに一つの人影が現れる。娘はそれに一切怯えること無く、その人影に向かって話しかけた。
「監視、やってくれましたか?」
「もちろんてございます姫様。……しかしよろしいのですか?彼女が本当に魔女だったとしたら……」
「今どき占いや魔術が使えるなんて逸材よ。魔女だと呼んで迫害なんてとんでもありません。彼女には生き延びてもらいたい……」
ゼルダ姫はそう言うと、少女が逃げた方向をじっと見つめた。
続く
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