ナスカ
2020-12-07 20:57:47
4798文字
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孤独なプレアデス その6

続きです。

「ん……
窓から射し込んでくる眩しい朝日の輝きでアストルは目を覚ました。微睡んでいた意識は鋭い腰の痛みではっきりとした覚醒に変わる。ズキズキと全身に響くような痛みのせいで、起き上がる事すらできない。
(何故こんな……)
原因を探ろうとして、すぐそれが思い当たる。昨晩、アストルはリンクにめちゃくちゃに抱かれたのだ。それはアストルの望みだった。過ぎた快楽に気を失ってしまったのか、アストルは目覚める前の記憶が無い。ただ快楽を貪り、ほしいほしいとだらしなく年下の青年に求めていたことを思い出すと顔から火が出るくらい恥ずかしい気持ちになる。
(……なんという醜態を晒したのだ)
そんなアストルにリンクは引くどころかむしろ情欲を掻き立てられ、攻めることを楽しんでいた。アストルはそれに羞恥を感じながらも幸せな気持ちで満たされていた。肌を合わせるのは心地よい。けれど何故かリンクとそうした時はこれまでの誰よりも幸せで楽しかった。
リンクはアストルの後処理を全てしてくれたらしく、シーツから何から何まで新しいものに変わっていた。腹の中を滞留するリンクの精はそのままだが、かえってその方がよかった。
(しばらくは動けそうにないな)
アストルは痛む腰を動かして、窓に背を向けた。まだ眠っていたい。


❋❋


「ゼルダより報告は受けた。厄災の信奉者アストルは、女神ハイリア様への憎しみ故に厄災復活を目論んだ……ということだったな?」
「はい。彼は私にそのように話しました、陛下」
謁見の間の床が壊れてしまったことを受け、現在ハイラル王の玉座は謁見の間のちょうど真上……英傑の間に置かれていた。リンクはそこでハイラル王にアストル監視の報告を行っていた。
「しかし女神様へ憎悪を向けるには複雑な経緯があったようで、その上厄災復活に関してはほぼ彼は洗脳状態にあった模様……。当初姫殿下が仰られていた通り、厄災ガノンは人心をも掌握する力を持っているようです。監視を続けておりますが、少しずつ罪の意識も出てきているのが現在の様子です」
リンクがそう告げると、ふむ……とハイラル王は立派な髭を弄りながら隣の椅子に座るゼルダへ視線を向けた。
「ゼルダよ、お前はどう思う」
「厄災に身も心も蝕まれ、自分の意思と関係なく動いてしまっていたのなら……仕方ない事だとは思います。けれどそれを民が許すかどうかはまた別の話でしょう」
「その通りだゼルダ。我ら王家がかの者を処断しなければ、民は納得しないじゃろう。罪というものは、必ずしも償えるものとは限らぬからのう……此度の厄災の信奉者の件は非常に難しい」
ハイラル王もゼルダも、アストルの今後の処遇について決めかねているようであった。一人の男が厄災復活の中心になっていたことはすでに国中に知れ渡っている。かつては厄災を崇めていたイーガ団であったが、厄災封印戦に参加したことで民からの敵対心は消えつつあった。民の憎しみはほぼアストル一人に向かっていると言っても過言では無かった。
リンクはそれが心苦しかった。
「陛下。彼のことは私にお任せを。今のところ彼が心を開いているのは私しかおりませぬ。私が必ずや、彼を更生に至らせてみせます」
「確かに退魔の剣がかの者を生かしたのは、何か理由があるやもしれぬな……。騎士リンクよ」
「は」
「厄災の信奉者アストルの件はそなたに任せよう。しかしこれからは我が娘ゼルダと共にかの者の監視に当たるが良い」
ゼルダと共に。やはりハイラル王はまだこの報告を聞いてもアストルを警戒している。当たり前だとは思ったが、リンクは王の命令に密かな対抗心が芽生えた。その感情をリンクは騎士という仮面で隠した。
「承りました陛下。姫様、これからよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願いしますねリンク」
ゼルダならある程度はアストルの境遇に理解を示してくれている。アストルは自分に心を開いてくれた。けれどいつまでも自分とだけばかりではいけないとリンクは思っていた。ゼルダとの交流も始まれば、きっとゼルダとも仲良くなれるはず。リンクはそんな期待をしていた。


❋❋


「リンク、アストルさんは最近どのようなご様子ですか?」
城内の廊下にて、リンクとゼルダは肩を並べて歩いていた。二人が出会った頃、リンクはゼルダよりも背が小さかった。けれど今となってはリンクはゼルダの背を抜き、本人が気にしている『華奢で小柄問題』の『小柄』の方は少しずつ解決に向かっているのであった。
「ここのところは星の話をよくしてくれています」
「まあ、星ですか!」
ゼルダは目をまるで星のように輝かせた。学者肌のゼルダはあらゆる自然事象に興味を持つ。きっとアストルと相性が良いだろうとリンクは思っていたが大当たりのようだ。
「彼は占いの中でも占星術が得意のようで……隙さえあればずっと星の話をしてますよ。ちょっとオレの手には負えないくらい専門的な話をするので、でも彼が楽しそうに話をするので、連れてきた時から変わったなぁと思いますね」
「それはとても良い傾向ですね。やはりリンクが彼を変えてくださったのでしょう」
そんな話をしている内に二人は医務室前へとたどり着いた。しかしリンクはゼルダを連れてくるのに少しの不安もあった。ゼルダは由緒正しき遠く女神ハイリアの血を引く存在である。アストルは女神ハイリアの血を引くゼルダを憎んではいないかと、いきなり手近にあるものをゼルダに投げつけやしないかと、懸念はあった。ゼルダ姫付き騎士としてリンクは何があってもゼルダを守らなければならない。けれどゼルダを守ればアストルは『自分の側にいてくれたことはどうせ仕事だから』と勘違いするだろう。リンクにはそれが耐えられなかった。決して仕事で近づいたわけではなかったからだ。
リンクはそんな緊張感を抱えて扉を叩く。
「アストル、オレだ、リンクだ」
「あぁ……リンクか。入って良いぞ」
……実は今日はオレだけじゃないんだ」
「?とりあえず中に来い」
リンクはドアノブに手をかける。ガチャリと回すと扉を中へ押し込んだ。奥の窓辺の近くに置かれたベッドで、アストルは上半身を起き上がらせていた。リンクを確認するとニコ、と穏やかに微笑んだ。その表情にゼルダは驚く。目の前で微笑む彼が、かつて自分たちの前に立ちはだかった恐ろしい存在とは思えなかった。
「今日は機嫌いいみたいだね」
「少しは自分で自分をコントロールできるようになってきたようだ。少しずつではあるが、私の中から厄災の穢れが無くなりつつあるのかもしれん」
で、お前以外とは誰だ?とアストルが尋ねる。物陰に隠れていたゼルダがコソッと姿を現す。アストルはゼルダを見た途端に目に嫌悪感を滲ませた。アストルの不安定な情緒のバランスが崩れる。リンクがそう危惧したときだった。
「ごめんなさい!!」
ゼルダが深々とアストルに向かって頭を下げた。それにはアストルもリンクも唖然としている。
「貴方がお母様と離れ離れになってしまう原因となった貧困は、私達王家が至らなかったからです……!すべての民が困らないようにするのが王家の努め……それなのに私達は貴方とお母様を、辛い目に遭わせてしまった……!本当に、ごめんなさい!」
それはゼルダの心からの謝罪だった。かつて父の負ってきた重荷を背負わせてほしいと言ったことは、決して言葉だけではなかった。王家の人間として当然の振る舞い……民の怒りも悲しみも、憎しみでさえ受け入れる覚悟を、ゼルダは決めていたのだ。そしてその上で自分たちの不備を詫びた。しかしアストルは戸惑っている。
「ぁ……その……王女殿下……?」
「リンクから貴方のことをたくさん聞きました。本当に、ごめんなさい。謝っても貴方の傷が癒えることは無いでしょうけど……。私を許さなくても、憎んでても構いません。でも、どうか謝らせてください……!」
アストルは頭を下げ続けるゼルダを見て、怒りの感情などすっかりどこかに行ってしまった。女神の血を引くゼルダにあれこれ文句を言ってやろうと思っていたのに、ゼルダの真摯な態度はアストルの気持ちを変えてしまった。
「殿下、そんなに謝らないでください。私のした事は、いくら女神への憎しみがあっても許されないこと……。殿下が謝る必要など無いのです」
「けれど……
「さあ、そんな暗い表情はおやめになってください」
アストルからスラスラと敬語が出てくることにリンクは驚いた。これまでぶっきらぼうな喋り方か対等な会話しかしてこなかったアストルが、王女であるゼルダに対して謙って話している。リンクにとって不思議な光景だった。
「アストルさん……
「殿下、私の方こそ数々の狼藉……王国を滅亡へと追いやろうとしたこと、大きな罪だと認識しています。そう思えるようになりました。許されるとは思っておりませぬ。死ねば良いと考えたこともあります。しかし殿下のご慈悲でいただいたこの命。贖罪のために生きる覚悟はできております」
ゼルダは顔を上げる。そしてアストルの顔をじっと見つめた。ここに運び込まれてきた時とは比べ物にならないほどアストルは血色がよくなっていた。痩けていた頬も肉付きがよくなっている。戦いの中で見た淀んだ瞳はやや澄んで、夜空の星のような金色になっていた。
「とてもお元気になられたようですね」
「えぇ。リンクのお陰です」
「そういえば貴方は星が好きだとお伺いしました。お話しませんか?」
「!はい、はい是非とも!」
それからゼルダとアストルは星の話に夢中になった。リンクには何がなんだかさっぱりだったが、二人が楽しそうにしていたので「ねぇリンク?」「なぁリンク?」と返事を求められると「うんうん」と思わず頷いた。
「それと……実は私、やりたいことがあるのです」
「やりたいことですか?」
「はい。……ハイラルの人々に謝りたいのです。理由は何であれ、国を滅ぼそうとしてしまったのですから……
アストルの沈んだ声のトーンは本物だった。手を組み、俯くアストルにリンクが言った。
「一人で行くのは危ないよ。貴方の命が狙われるかもしれない」
「それはそうですね……それには私も同感です」
「それはそうなったら仕方が無い。私はそれだけのことをした……
「なら、オレが護衛に就く。そうすれば、誰も手は出せないでしょ?」
リンクがそう言うと「バカか!?」と突然怒られてしまった。
「お前は殿下付きの騎士だろう!?私にくっついてまわってどうする!?」
当然のことを突かれ、リンクは唸った。それに間髪入れず、ゼルダが声を上げる。
「では私も共に参りましょう。私が共に行けば王家が謝罪回りを保証していることになります」
思いがけない言葉にリンクとアストルが目を丸くした。確かにゼルダは今、民たちの間では救国の姫と呼ばれて慕われている。リンクはそれをとんだ手のひら返しだと思っていたが黙っていた。
話は逸れたが、そんなゼルダが共に行けば下手にアストルへ手を出すことはできないだろう。
「姫様、そんなことを陛下がお許しになるか……
「御父様は説得してみせます。これはハイラルを一つにするために必要なことなのです。……彼を含めて」
ゼルダはアストルに優しい眼差しを向けた。アストルは翡翠色の瞳に思わず見入ってしまった。
(あぁ……女神ハイリアがこんな女性だったなら……私と母さんを見捨てはしなかったのだろうか……)
リンクはその様子を見て胸をなでおろした。どうなるかと思ったが、どうやら二人は歩み寄ることができたらしい。


そしてハイラル王の許可が下り、アストルはリンクとゼルダと共にまずは各部族の元へ謝罪へ向かうことになった。


続く