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ナスカ
2020-12-04 18:24:33
5529文字
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孤独なプレアデス その5
続きです。
「アストル、大丈夫?」
医務室に戻ってからアストルは一言も喋らない。きっとインパの言葉が刺さったのだろうとリンクは思っていた。けれどリンクとて、それを完全に慰めるわけにもいかなかった。アストルは罪を罪だと認識しなければならない。犯した罪を正しいことだと思っている状況を変えなければならないのだ。そしてそれは苦痛を伴う。
「オレ、もう帰った方がいいかな」
アストルはやはり答えない。リンクは自分の思い上がりでなければどうか、側にいてほしいという気持ちと離れてもらわなければという気持ちがぶつかっていてほしいと思った。寂しいから側にいてほしい、けれど自分と一緒にいると退魔の騎士の名に傷が付く。そんな相反する感情の中でアストルは何も言えずにいるのだと。
「
……
でも、あれが現実なんだよアストル。オレだって、完全に貴方を許せてるわけじゃない。オレはある程度貴方のことを知っているからこうやって喋れるけど、きっとハイラルの民のほとんどは
……
」
リンクは言葉を続けようと思ってやめた。やはり可哀相になってしまったからだ。アストルが押し黙っているということは、彼が彼なりに罪を認識しているということだ。本人がわかっていることを第三者があれこれと言うものではない。
「
……
ごめん、言い過ぎたかも」
「
……
良いのだ。それが、私のしたことなのだからな
……
」
「アストル
……
」
アストルは自分よりも年上のはずなのに、今の彼は何故かとても矮小な存在に見えた。いや、それは今に始まったことではない。船着き場に向かう途中、何度も転びそうになる彼をリンクは抱き止めた。その細くて弱々しく、頼りなさげな姿にリンクは胸を打たれた。違う、とリンクは思い直した。倒れていた彼を連れて行く際、その軽さに驚いたのが最初ではなかろうか。
「退魔の騎士
……
いや、リンク」
決意したようにアストルはリンクの名を呼んだ。先程インパと出くわした時は思わず言ってしまったようであったが、その声色の違いにリンクは確信した。アストルの固く閉ざされた扉が開かれたのだと。
「話そう。何故私が厄災を信奉するに至ったのかを」
リンクはその言葉と目色に、息を呑んだ。
❋❋
私は幼い頃、家の貧しさから教会に併設されている孤児院に預けられた。そこは当然、女神ハイリアを信仰する教会だった。けれど私は女神の存在を信じていても、信仰する気にはなれなかった。もし女神が慈悲深き存在なら家の貧しさも何とかしてくれて、母と離れ離れになることもなかっただろうとな。私は女神を無慈悲な存在だと思ったよ。
女神が大嫌いだったから女神を信仰する他の子どもとも大人とも考えが合わず、いつも一人だった。一人でいることを気にかけてくれる大人もいたが、私には厄介な存在でしかなかった。その大人たちも女神の信奉者
……
そんな奴らを信じられるはずが無かった。
そういう訳で孤児院は私にとって過ごしにくい場所だった。だから早く独り立ちしたかった。私の名は異国語で『星』という意味なのだが、そこから星に興味を持ち、占星術に手を出した。占いならば過酷な労働をせずとも金を稼ぐことができるし、最低限の荷物で生活が可能だ。私は猛勉強をして、十六で孤児院を出た。
星のよく見える場所を求めて、私はタバンタ村へ移り住んだ。そうして占いで身銭を稼いで数年経ったある日、私は面白そうなものを見つけた。お前も見覚えがあるだろう。お前と戦う度に私が使っていたあの球体だ。ちょうど神獣やガーディアンの発掘が終わった頃だったな。あれは古代遺物と同じように発掘されたはいいものの、どうやら使用方法がわからずに打ち捨てられたものだったらしく、泥だらけで地面の上に転がっていた。天球儀に似ていると思い、私はそれを家に持ち帰った。家の外にある井戸で洗うと、幾重にも重なった金色の歯車、その中心には見事に美しい青色の球体が嵌められていることがわかった。こんなに美しいものを捨てるとはもったいない。私はとにかく触ってその使い方を調べた。しつこくしつこく調べて、とうとうわからず諦めて歯車をガチャガチャ動かしていた途端、歯車がひとりでに回り始めた。そして青色球体が輝き始め、そこを中心に光のドームができた。そしてそれはハイラルの星空を図式化したものだと気がついた。これさえあれば空を見上げずとも占うことができる。そう思った私は数年住んだタバンタを後にし、より人が多い城下町へ住むことにした。
あの天球儀と出会わなければ、私は今でもタバンタ村で静かに暮らしていたかもしれぬ。
城下町は人が多い分物価も高く、生活するのが大変だと思ったが、古代遺物がハイラルを救うという脚光を浴びている時に、同じ型のものを使った占いはとても客受けがよかった。そしてもう一つの副業もうまくいっており、予想より生活は楽だった。
ある日、天球儀の球体の色が赤くなっていた。いつものように光のドームを展開させると、青い輝きだったそれは赤黒い不気味なものに変わっていた。そしてその星が見せてくれたのは、厄災が復活し蹂躙されるハイラルの地だった。私はそれを見て一瞬恐怖したが、何故かその恐怖はその一瞬だけしか続かなかった。私は『ざまぁない』、そう思っていたのだ。女神の愛する地が厄災に蝕まれていく未来が愉快でならなかった。しかし星は同時に、未来から来てこの運命を変えようとしている者がいると示していた。私はその赤黒い星に導かれるがままに、厄災の怨念が宿ったガーディアンと出会った。この中に厄災ガノンがいるとは俄に信じがたかったが、この天球儀は嘘をつかない。星は嘘をつかないことから信じるしかなかった。
それから私は厄災に付き従い、厄災復活を目論むイーガ団とも手を組み、女神の愛した地を滅ぼそうと躍起になった。
もうわかっただろう?私は女神への憎しみ故に、厄災を蘇らせようとしたのだ。
しかしそれすら少しずつ忘れ、この天球儀が未来を見せてくれることに私は酔っていった。未来をみることができる私は選ばれた特別な存在だと思うようになった。それこそ、厄災を従えるほどの力を持つ者だと
……
。だがそれはとんだ間違いだった。私はただ、厄災に利用されただけだった。
❋❋
「
……
以上が、彼の供述になります」
「ありがとうリンク。よく聞き出してくれました」
ゼルダはリンクからの報告書を読みつつ彼の言葉に耳を傾ける、了解したと頷いた。
あの晩、アストルは己の生涯を吐露し、リンクは黙って側に付いてやった。
「女神ハイリアへの憎しみ
……
それが彼の原動力だった
のですね」
「してはならないと思いながら、少しばかり同情してしまいました。母親と引き離されたのは物心がつくかつかないかと頃だったとか」
「
……
確かにこれは王家の責任ですね。貧しさゆえに心を荒ませてしまう
……
。あってはならないことなのに
……
」
「姫様
……
」
ゼルダの悔しそうな横顔にリンクは彼女の本気を感じた。その頃いくら幼かったとはいえ、修行の結果が伴わなかったとはいえ、自分は王家の人間としての責務を全うできていなかった。それがこんなに大きな悲劇に繋がってしまったのだ。ゼルダは自分を責めた。
「御父様には全て報告します。貧しい民がこのような道をたどることが無いように、支援策を打ち出さなければ
……
。特に今は大厄災の爪痕が残り、多くの民が苦しんでいる時です。早急に決めなければいけませんね」
「姫様の御苦労、お察しします」
リンクがそう言うとゼルダは報告書から目を離すと穏やかに笑った。その笑顔はゼルダがアストルを心配している証拠でもあり、リンクは嬉しくなった。彼の理解者が少しでも増えてくれれば。そう思った。
「リンク、引き続き彼を頼みますね」
「
……
!はい
……
!」
ゼルダは王への報告のため、私室をあとにした。残ったリンクもこの部屋にいる必要は無い。ゼルダの部屋から出たその時だった。
「あっ
……
」
「
……
」
インパと、鉢合わせた。
「ど、どうもインパ
……
」
リンクが話しかけるも、インパはフンとすましてリンクから離れていってしまった。アストルを庇ったことでインパのリンクに対する信頼はかなり削られてしまったのだろう。けれどきっとゼルダが王に報告したことはいずれ執政補佐官である彼女の耳にも届くはずだ。それにアストルが罪を罪だと認めたと知れば少しは心を許してくれるだろう。
今はいち早い王からの勅命を待つばかりである。
「とりあえず、アストルのところに行くか
……
」
アストルはリンクに己の経緯を告げてからというものの、リンクのことを極端に気にするようになった。部屋を離れるときはどこ行っていつ頃帰ってくるのか、戻ってきたときは『もう少し早く帰ってこい』と不満そうにする。まるで駄々をこねる子供のようだった。けれど今となってはそれの理由もわかる。彼には駄々をこねられる相手も、時間も無かったのだ。
医務室に向かい、ひとまず戻ったことを扉越しに伝える。
「アストル、オレだ、リンクだ。戻ったよ。入ってもいい?」
答えは無い。これまでは無言で返事をしている彼だったが、ここ数日は『あぁ』だの『わかった』だのと返事をしてくれていたのに。怪しいと思い、ごめんと心の中で謝りながらリンクは返事を待たずに扉を開けた。
「アストル
……
!?」
アストルはベッドの上で息を荒げながら苦しんでいた。しかし起きているわけではない。ひどい悪夢でも見ているのか、魘されているようだ。
「アストル!ねぇしっかりして!起きて!アストル!」
リンクは声をかけ、体を揺さぶり続けた。彼の口から漏れるのは主に何かをやめるよう嘆願する、小さな悲鳴だった。
「や
……
めっ
……
もう、わた、し、はっ
……
、
……
などに
……
二度と
……
!」
「アストル、起きろ。起きてってば、ねえ!」
耳元で大声で叫ぶと、アストルはゆっくりと目を開いた。そしてリンクがいることを確認するとぽろぽろ涙を流しだした。さすがのリンクもそれに驚き、どうしたと問いかける。
「夢
……
厄災に取り込まれる夢を、見た
……
!もう、あんなのは御免だというのにっ
……
!」
「それは
……
怖かった、ね
……
」
肩を震わせ、リンクに抱きついてしゃくりを上げながら泣くアストルはまるで子供だった。甘えられる相手を失ったアストルに、リンクはよしよしと頭と背中を撫でた。
「怖い、怖いんだリンクっ
……
!また彼奴が蘇って私を利用したら
……
!」
「大丈夫。ガノンはもう姫様が封印した。今後蘇るとしても、それは遠い未来の話だ。だから大丈夫だよ」
撫で続けていると、強張っていたアストルの体から緊張が抜ける。もう泣いてはいない。落ち着いた?とリンクが問かければアストルは頷く。
「ほんと、アストルってば変わったね。最初は警戒心丸出しだったのに
……
」
「お前が根気強く私に付き合ってくれたからだ。放り出さず、見捨てずにいてくれたお陰よ」
「へへ、そう言われると何か照れちゃうな」
リンクがポリポリと後頭部を掻く。アストルは屈託なく笑うリンクを見つめながら、初めての感情が芽生えているのに気が付いた。胸が熱く、思わず目尻が下がり、ずっとリンクだけを見つめていたいと願ってしまう。それなのに見つめれると気恥ずかしくて、でも目を逸らされるのは耐えられない。初めてだが、何かに似ているような気がする。
「どうしたの?アストル」
「あっ
……
そ、その
……
」
「ん?」
「リンクは
……
女を抱いたことはあるか?」
言ってしまった一言にアストルは後悔した。引かれた、引かれた、絶対に引かれた。こんな状況で色事の話など何故してしまったのか。特定の人間と深く関係を持つことを嫌ってきたアストルは『恋』というものは理解ができても自分で認知することはできなかった。だから淡い感情を欲望と解釈してしまう。こんなこと言わなければよかったと思っていると、リンクは抱きしめていたアストルをベッドに押し倒した。アストルはこれを何度も経験している。それだけに、アストルは驚いた。
「まさか貴方、女だなんて言うんじゃないよね?」
「そんな訳あるか。私はれっきとした男だ。
……
だが、女のようなものよ」
「
……
どういうこと?」
アストルは頬を赤らめ、リンクから目を逸らした。
「独り立ちしたばかりの頃、占った客に
……
む、無理矢理組み敷かれてな
……
。痛かったし怖かったしだったが、それ以上に
……
心地よかったのだ」
「
……
」
「私は占い師をする傍ら、身売りもしていたのだよ」
アストルは正直に告げる。リンクだって年頃の青年だ。こういうことを知らない訳では無かろうと、包み隠さず話すことにした。
「今リンクを見ていたら、得体の知れぬ感情が湧き上がってきた。だがそれは『抱かれたい』という思いに似ておったのだ。私はリンクに抱かれたい
……
のかもしれぬ」
「アストル
……
」
リンクはアストルのようやく健康体に近くなってきた首筋にキスを落とす。アストルがそれに困惑しているとリンクは見たことの無い笑みを浮かべていた。これまで何百人と刹那の関係を持ってきた男たちの笑みと、よく似ていた。
「押し倒したんだから驚く必要ないでしょ?」
「だ、だが
……
!」
「アストルが欲しいならあげる。オレのことは気にしなくて大丈夫だから。
……
たくさん気持ちよくなって?」
耳元で囁かれ、アストルは腰がゾクゾクとした。普通のハイリア人と比較すると小柄な方だが、彼とて一人の男なのだと感じた。
踏み越えてはいけない一線を、二人は越えた。
続く
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