ナスカ
2020-12-04 00:21:53
3572文字
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孤独なプレアデス その4

続きです。

思えばこの男と出会ったのは、退魔の剣が眠る妖精の森だった。まさか一介の騎士に過ぎなかった彼が退魔の剣に選ばれし伝説の勇者だったなど、アストルは思いもしなかった。
確かに退魔の剣に選ばれし勇者がハイラル滅亡の運命を変えるということは占いに出ていた。だからこそ厄災の力を用いて魔物たちを使役し、コログの森を占拠していたのだ。危険な場所にすることで誰も入ったり出たりすることができないようにした。
その包囲網は神獣によって壊され、森へと続く道を埋め尽くした怨念の沼は怨念の幻影を倒されたことで消されてしまった。予定外のことばかり引き起こす厄介者だったはずの男に絆されているのが今の自分だ。アストルは何故こうなったと思いながらも現状に甘んじていた。厄災が封印された以上、自分は何もできないからだ。
「どういうことだ?」
「考えてみてよ。貴方はあの時厄災に取り込まれてしまったじゃないか。そしてオレは厄災を真っ二つに斬ったんだ。それなのに厄災と一体化したも同然の貴方が生きているのは、何故だと思う?」
「それは……
「マスターソードが斬らなかった。これしか考えられないんだ」
リンクの眼差しは真剣だった。ここまで真剣に見入られると、それが真実なのではと思ってしまう。
「マスターソードが斬るのは邪悪なものだけ……それが退魔の剣と呼ばれる由縁だ。貴方はきっと、邪悪なものじゃないんだ」
……それが私が気になる理由か?」
リンクは頷いた。なるほどということは彼も自分の生存が確認される前は自分のことを悪しき存在だと思っていたということだろう。それは仕方のないことだ。人は誰しも、自分と相容れないものを悪と認識する。アストルとリンクの場合は王国の存亡をかけて戦った間柄だ。殺し合ったのだ。けれどリンクはアストルの生存とマスターソードの性質を結びつけ、アストルが完全な悪ではないという結論に至った。
「マスターソードには意思があると、姫様が仰っていたんだ」
「意思だと?」
「そう。古い文献に、退魔の剣には女神が作り出した精霊が宿っているっていう記述があるのを読んだそうだ。きっとその精霊が貴方を生かしたんじゃないかな」
……なんの為に」
「それはわからないけど……
意味も理由もわからないまま、再度現世に放り出された。いっそ厄災ごと斬ってくれた方が楽だったのに。リンクが言ってくれたことには生きて贖罪をするべきらしいが、厄災に蝕まれた自分を女神の作り出した精霊が生かした意図はわからない。
「とにかく貴方は生きている。それ以上でもそれ以下でもない」
……退魔の騎士よ」
アストルに渡された皿はいつの間にか空っぽになっていた。
「星が見たい」


❋❋


数日歩いていなかったアストルは一歩歩くごとにふらつき、リンクにその都度心配された。肩を貸すというリンクの言葉を断っていたアストルだったが、あまりにもリンクから心配オーラが漂っていたため観念して肩を貸してもらうことにした。リンクは満足そうである。
「星が見えるところかぁ……うーん……
正式な処断が決定するまでアストルは城から出てはいけないと言われている。城から出ずに星がよく見えるところを探すのは難しいことだった。夜を迎えていると言えど警備のための明かりは常についている。アストルはやはり人工の明かりが嫌いらしく、俯いてばかりいた。
「アストル、大丈夫?」
……一応、平気だ」
「ちょっと長い道のりになるかもだけど、頑張って」
リンクとアストルは廊下を渡り、図書館に入る。図書館には本棚で隠された洞穴があり、そこはとある場所へ繋がっている。誰もいない夜の図書館は、罪人のアストルを連れ歩くのに丁度良かった。奇異の目で見られることもなく、かと言って二人の間に会話があるわけでもなく、静かに目的地に向かって歩いた。
「ここから足場が悪いから気をつけてね」
「言われなくてもわかっておるわ」
洞穴を削って作り出した階段は凹凸が激しく、アストルは何度か転びそうになりながらもその度にリンクに抱き止められた。アストルは自分よりも二回りほど小さなリンクが自分を抱き止められることが不思議でならなかった。
……おい、退魔の騎士……
「オレはリンク。名前で呼んでほしいな。頼むよアストル」
「柄にも無いわ」
「えぇ〜!いいだろ。オレだってアストルのこと名前で呼んでるんだし」
そんな風に会話をしていると開けた場所に出てきた。そこは船着き場だった。いくつもの船が停泊しており、その中にはちょうど二人が乗れそうな小舟も浮かんでいた。
「城の外へ出てはいけないのではなかったのか?」
「大丈夫だよ。堀だって城の一部なんだし」
「お前、本当にそれでも王家に仕える騎士か……?」
アストルは軽く笑うリンクに呆れつつも、自分のために危険を犯してくれることが少しだけ嬉しかった。
小舟の近くまで来ると、リンクはアストルを先に乗せ自分はあとから乗った。そして小舟と船着き場を繋ぎ止めている縄を解くと、オールを使って外堀へと漕ぎ出した。
水面に輪っかがいくつも重なったような模様を描きながら小舟は進んでいく。城の船着き場から出て、ようやく空が見える場所へ。真っ暗な水面に星ぼしが映り、リンクがオールを漕ぐたびに星の影が波に掻き消えては現れてを繰り返す。今夜は新月で、月の輝きが無いのをいいことに星たちは強く瞬いていた。
アストルはそんな星たちを見つめていると、穏やかな気持ちになった。
……こんな気持ちで星を見上げるのは久しぶりかもしれぬ」
「どう?見れて嬉しい?」
「嬉しい……と言うか、安堵すると言った方が正しいかもしれぬ」
いつもは淀んでいるアストルの瞳が、まるで少年のそれのように輝いていた。
「私の友は、星だけだったから……
リンクはオールを漕ぐ手を止め、アストルの手を握った。突然のことにアストルはリンクの方を見た。
……どうしたのだ?」
「っ……ごめん……。なんか……その……アストルって寂しがり屋なのかなって、思って……
意地っ張りで、寂しがり屋で。国を滅亡に追いやった人間なのにこんなにも気になるのはマスターソードが斬らなかったからだけじゃない。リンクの琴線に触れる人間性を、彼は持っていたのだ。
「孤独など、慣れておる……
「けど平気になるわけじゃない、よね?」
アストルの表情が今にも泣きそうなものに変わる。涙をこらえ、口を固く結んだ様子にリンクは少し焦った。泣かせるつもりなどなかったのに。どう慰めようかとリンクが一人で考えているとアストルは静かな声で呟いた。
……今から星を読む。少し、静かにしていてくれ」
「あ、う、うん!わかったよ!」
目を閉じ、指先を合わせて祈るような姿勢をとるアストルはまさに神と交信を可能としている存在のように見えた。アストルが星の行方をどう読んだのかは、占い素人のリンクには何もわからなかった。けれどその横顔が晴れやかだったのを見るに、アストルの中の迷いが少し晴れたのだろうと思った。


❋❋


小舟を船着き場に戻し、図書館を通って医務室に戻るため廊下を歩いていると向こう側からインパがやって来るのが見えた。
「リンク、こんな夜更けにどう…………!」
「あ、インパ。もしかしてまだ仕事?遅くまでお疲れさ……
「何故!何故その者と一緒に!」
大量の書類を抱えたインパはリンクの陰にアストルがいるのを確認するとその瞳に嫌悪感を滲ませた。リンクはアストルをやや庇うように右腕を広げる。
「彼の保護は姫様の意向だ。そしてオレは彼の監視を任されている。彼と一緒にいるのはおかしいか?」
「一緒にいるのは構いませんが……そんな、そんな者を医務室から出すなんて!」
信じられません!とインパは叫んだ。アストルは自分が目の前の少女に嫌われていると感じた。仕方がない。自分はそれだけのことをしたのだから。
「外の空気をたまには吸わないと体に悪いし……それに最近はマトモに会話できるようになってきたよ。この傾向を続けないとだろ?」
「〜〜〜っ!!いいですかそこの貴方!私は貴方を許しませんよ。リンクの優しさや姫様のご慈悲があったとしても、貴方はこのハイラルを滅ぼそうとした大罪人なのですから!」
インパは決してアストルの名前を呼ぼうとしなかった。リンクは引き止めようとしたがインパは怒りながら二人に背を向けて、そのまま去っていってしまった。その手は空気を掴むだけだった。
……
「リンク、やはり私といるのは良くない」
……
「退魔の騎士であるお前の評判まで落ちる」
……アストル、部屋に戻ろう」
リンクはアストルの言葉を肯定しなかった。


続く